お世話

――はじめは目標を作って進め。

・「はじめは目標(メアテ)つくって進まんと、行ったり来たり同じ道をドウドウめぐりぢゃ。掴める所から掴んで行けよ。拝んで行けよ。統一した幸福こそ、二二(フジ)晴れの幸福ぞ。」(黒鉄の巻)

――人民に、一つずつ目にもの見せて目標を作り、引っ張れ。

・「人民と云ふ者はアレコレと沢山に目に見せては迷ふものざから、一つづつ目にもの見せて目標作って、それで引張ってやりて下されよ、一度に沢山見せたり教へたりしては迷ひ生む許りぢゃ、役員殿 気付けてくれよ。」(ア火バの巻)

――難しく言わず、平たく解け。ミタマを上中下三段に分けて説いて聞かせなければ、仕組みが遅れる。今までの教えは人間知恵(理屈)だが、を入れた理でなければならない。

・「むつかしいこと申さずに、ひらたう解けと申してあらうが。ミタマは上中下三段、三段にわけて説いて聞かせねば仕組おくれるぞ。はじめは神様がして下さるが、向上すると自分でせねばならん。いつ迄も神を使ってゐてはならんぞ。理解は真から、意志は善からであるが、今迄はそれでよいと説いて来たが、愈々イワトびらきとなったのであるから、二(ツキ)の鍵わたすから、よく心得よ。今迄の教ではマボロシぞ。力ないぞ。まつり合せて意志と働き、入れて理解出来るのであるぞ。まつりまつりと申してあらう。上のまつりぞ。マボロシとは人間智慧のこと。理屈のことぢゃ。理屈とは悪の学のことぢゃ。理でなければならぬ。」(黒鉄の巻)

――天国の組織と同じ、縦横そなえた組織にせよ。

・「集団(マドイ)は天国の組織同様にせよ横にはウクスツヌフムユルウの十柱ぞ。縦にはアイウエオの五柱、結構ぢゃなあ。横だけでもかたわ、縦だけでもかたわ、」(黄金の巻)

――表裏が合わせなければ、力は生まれない。生活は神への奉仕から生まれる。

・「二人でせよと申してあるのは裏表合せて一つぞ。二人で一人でせねばならん。統一ないところ力生れんぞ。人民の奉仕は神への奉仕生活は奉仕から生れる。世界は大きな田畠、それ蒔け、それ蒔け、種を蒔け。」(黄金の巻)

――神心になれば、神がありやかに見える。気がついたことから早く改めて、人間同士でよくせよ。

・「気づいたことから早う改めて下されよ。トコトン迄行って神がさすのでは人間の面目ないから、人間同士でよく致し下されよ。只有難いだけではならん。仕事せねばならん。努力せねばならん。ぢっとしてゐては進めん道理ぢゃ。あかりつけなければ闇のよは歩けんぞ。それぞれのあかりとなれよ。油は神示ぢゃ。油つきん、いくらでもあかりつけて下されよ。マツリから出直せよと申してあらう。結構に大きまつり、小さいまつり、まつろひて下されよ。神心になれば、神ありやかに見えるぞ。」(黒鉄の巻)

――家におまつりしていても、格の上の所へ求めて行くのが仁義、礼儀。

・「わざわざ遠い所へお詣りせんでも、自分の家にまつってあるのぢゃから、それを拝めば同じことぢゃ、それでよいのぢゃと理屈申してゐるが、格の上の所へ求めて行くのが仁義、礼儀と申すもの。キあれば必ず出来るのぢゃ。(中略)マツリせねば真理は通らん。子供にまつろはねば子供導けん道理。【自分判れば一切ありやか】。」(黒鉄の巻)

――神様の言われることを素直にすれば、神様が護るから、何事も思うように心配なく出てくる。時所位に応じて誤らなければ、栄える。

・「神の申すやうにすれば神が護るから、何事も思ふ様にスラリスラリと心配なく出て来るぞ。区別と順をわきまへて居れば、何様を拝んでもよい。時、所、位に応じて誤らねば弥栄えるぞ。同じ愛、同じ想念のものは自ら集まって結ばれる。天国のカタチ、ウツシが奥山ぞ。ミソもクソも一緒にして御座るぞ。」(黒鉄の巻)

――大奥山は神人交流の道の場。ありてなき、なくて有る存在の奥山と、他のものを混ぜこぜにしてはならない。

・「大奥山は神人交流の道の場である。(中略)奥山は奥山と申してあろう。いろいろな団体をつくってもよいが、何れも分れ出た集団、一つにしてはならん。奥山はありてなきもの、なくて有る存在である。奥山と他のものとまぜこぜまかりならん。大き一つではあるが別々ぞ。今迄になかった奥山のあり方、判らんのも無理ないなれど、これが判らねば この度の大神業、判りはせんぞ。」(月光の巻)

――大奥山はこの度の大御神業にゆかりのある神と人とを引きよせてねり直し、御用に使う仕組。教会や其の他の集団は現われで、大奥山はかくれ。

・「大奥山と教会とをまぜこぜしてはならん。教会や其の他の集団は現われ、大奥山はかくれぢゃ。大奥山この度の大御神業にゆかりのある神と人とを引きよせてねり直し、御用に使う仕組。みて御座れ、人民には見当とれんことになるぞ。」(月光の巻)

――三千世界を一つにまるめるのが この度の大神業。大奥山から流れ出た宗団はひかり教会のみではなく、いくらもあるし、出てくる。それぞれのミタマの因縁によって色々な集団に属する。大奥山はありてなき存在、人間の頭で消化されるような小さいしぐみをしてない。

・「大奥山から流れ出た宗団はひかり教会のみでないぞ。いくらもあるのぢゃ。出てくるぞ。故に大奥山に集まったものが皆ひかり教会員ではない。それぞれのミタマの因縁によって色々な集団に属する。この点よく心得なされよ。大奥山はありてなき存在、人間の頭で消化されるような小さいしぐみしてないぞ。大奥山だけに関係もつ人もあるのぢゃ、囚われてはならん。三千世界を一つにまるめるのが この度の大神業ぞ。世界一家は目の前、判らんものは邪魔せずに見物して御座れ。神の経綸 間違ひなし。」(月光の巻)

――親の心がわかったら、言われる前にする。

・「親の心判ったら手伝ひせねばならん。云はれんさきにするものぢゃと申してあらうが。いつ迄も小便かけてゐてはならんぞ。」(黒鉄の巻)

――二の御用は、フデ(神示)を人間に、世界にうつすこと。生活がフデだから、仕事にフデを活かして生活せよ。仕事が宗教だから、小乗の行から始めて、大乗の真理をつかめ。

・「二の御用はフデうつすことぢゃ。フデうつすとはフデを人間に、世界にうつすことぞ。フデを中心とした世界のはたらきせよ通した人間の仕事つかへまつれよ。フデとした世界つくることぞ。フデに囚はれるから判らん。フデすてて、仕事に神示(フデ)生かして生活せよ。生活がフデぢゃ。判りたか。早う次の御用急いで下されよ。宗教に生きて、宗教に囚はれるでないぞ。仕事が宗教ぢゃ。小さいことから始めよ。小乗の行と馬鹿にするでないぞ。小乗の行から大乗の真理を掴むのであるぞ。」(黒鉄の巻)

――他にものを与えることに心せねばならない。自分のものと云ふものは何一つない。与えることは頂くことになる。与えさしてもらう感謝の心がなければならない。

・「そなたは他にものを与えることに心せねばならんぞ。与えることは頂くことになるのであるから、与えさしてもらう感謝の心がなければならんぞ。強く押すと強く、弱く押すと弱くはねかえってくること、よく知って居ろうがな。自分のものと云ふものは何一つないこと、よく判って居る筈ぢゃ。」(月光の巻)

――与えることは頂くことだが、度をすぎてはならない。過ぎると、過ぎるものが生れて、生んだ本人に迫って来る。

・「与えることは頂くことぢゃと申しても、度をすぎてはならん。過ぎると、過ぎるものが生れて、生んだそなたに迫って来るぞ。」(月光の巻)

――強く押すと強く、弱く押すと弱くハネ返ってくる。自分のものと言いものは何一つもないから、与えさせて頂く感謝の心がなくてはならない。与へることは頂くこと。心してよきに与えよ。

・「もの与へること中々ぢゃ、心してよきに与へねばならんぞ。与へることは頂くことと知らしてあろうが、与へさせて頂く感謝の心がなくてはならん強く押すと強く、弱く押すと弱くハネ返ってくるぞ。自分のものと言ふもの何一つもないぞ、この事判れば新しき一つの道がわかるぞ。」(五十黙示録/五葉之巻)

 

 

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