――心のもと、すべてのもとは「キ」=喜び。すべてが、心の中に動くキのままになる。
・「キつけてくれよ、キがもとざぞ、キから生れるのざぞ、心くばれと申してあろが、心のもとはキざぞ、総てのもとはキであるぞ、キは(よろこび)ざぞ、臣民みなにそれぞれのキうへつけてあるのざぞ、うれしキは うれしキことうむぞ、かなしキは かなしキことうむぞ、おそれはおそれうむぞ、喜べば喜ぶことあると申してあろがな、天災でも人災でも、臣民の心の中にうごくキのままになるのざぞ。この道理わかるであろがな。爆弾でもあたると思へばあたるのざぞ、おそれるとおそろしことになるのざぞ、ものはキから生れるのざ、キがもとぞ、くどくキづけておくぞ。ムのキ動けばムくるぞ、ウのキうごけばウ来るぞ、どんな九十(コト)でもキあれば出来るぞ、キからうまれるぞ、勇んで神の御用つとめて下されよ。」(磐戸の巻)
――キがもと。人民は総てのもののキをいただいて成長している。横には社会のキを、縦には神の気を。よい気と悪いキを見分ける鏡を与えてあるから、悪いキを吐き出して、よい気を養え。道がわからなければ、これと信ずる人に尋ねよ。
・「キがもとと申してあろうがな。人民は総てのもののキいただいて成長してゐるのであるぞ。キ頂けよ。横には社会のキを、縦には神の気を、悪いキを吐き出せよ。よい気 養って行けよ。【見分ける鏡与へてある】でないか。道わからねば人にきくであろうが。判らんのに判った顔して歩き廻ってゐてはならん。人にたづねよ。これと信ずる人にたづねよ。天地にたづねよ。神示にたづねよ。」(夏の巻)
――祈り、考へ、働きの三つは揃わなければならない。上にたつほど働かなければならないが、動かないのも、動くのも働き。キから力が生まれるから、働くにはキを頂かなければならない。後になるほどよくなる。
・「上にたつ程働かねばならん。働いても力はへらん。働くにはキ頂かねばならん。キから力生れるのであるぞ。働くと申して動くばかりでないぞ。動かんのも働き、動くのも働き、よく心得よ。よせては返し、よせては返し生きてゐるのであるぞ。始の始と始が違ふぞ。後になるほどよくなるぞ。終りの中に始めあるぞ。祈り、考へ、働きの三つ揃はねばならん。」(夏の巻)
――臣民から利巧がなくなれば、神のキが入る。キが餓死すれば肉体が餓死し、キが息吹けば肉体が息吹く。
・「神の臣民それで神洲清潔する民であるぞ、キが元と申してあるが、キが餓死(うえじに)すると肉体餓死するぞ、キ息吹けば肉息吹くぞ、神の子は神のキ頂いてゐるのざから食ふ物無くなっても死にはせんぞ、キ大きく持てよと申してあるが、キは幾らでも大きく結構に自由になる結構な神のキざぞ。臣民 利巧なくなれば神のキ入るぞ、神の息通ふぞ、凝りかたまると凝りになって動き取れんから苦しいのざぞ、馬鹿正直ならんと申してあろがな、」(アメの巻)
――喜べば喜ぶ事、悔めば悔む事ができる。心配りは要るが、取越苦労は要らない。日本の臣民には、何事も見え透く身魂が授けてあるが、我よしという悪魔と学が邪魔している。身魂を掃除すれば、何事もはっきり映る。
・「喜べば喜ぶ事出来るぞ、悔やめば悔やむ事出来るぞ。先の取越苦労は要らんぞ、心くばりは要るぞと申してあろがな。神が道つけて楽にゆける様に嬉し嬉しでどんな戦も切抜ける様にしてあるのに、臣民 逃げて眼塞いで、懐手してゐるから苦しむのぞ。我れよしと云ふ悪魔と学が邪魔してゐる事にまだ気付かぬか。嬉し嬉しで暮らせるのざぞ。日本の臣民は何事も見えすく身魂授けてあるのざぞ、神の御子ざぞ。掃除すれば何事もハッキリとうつるのぞ。早よ判らねば口惜しい事出来るぞ。言葉とこの神示と心と行と時の動きと五つ揃たら誠の神の御子ぞ、神ぞ。」(日月の巻)
――苦しんで開く岩戸は誠の岩戸ではない。神示をよく読んで、苦を楽とせよ。
・「神示が肚に入って血になると、何が起って来ても結構であるが、始の内は、ちょっとの事で迷いの雲が出て悪のとりことなって苦しむぞ、悪はないのであるが、無い悪を人民の心から生むのざぞ、悪のとりことなって苦しむが見へてゐるから、苦も結構なれど いらん苦はいらんぞ、神示よく読んで苦を楽とせよ、楽は喜びぞ、苦のハタラキが楽ぞ、楽は喜びぞ、光ぞ、神人共のまつりぞ、楽で岩戸開けるぞ、苦しんで開く岩戸は誠の岩戸でないぞ。」(|三の巻)
――神の国のまことの役員は、人の心・行と神の心に融ける。ご用が嬉しくなったら、神の心に近づいた。
・「人の心と行ひと神の心に融けたら、それが神の国のまことの御用の役員ぞ、(中略)この道は神の道ざから、神心になると直ぐ分るぞ、(中略)御用うれしくなりたら神の心に近づいたぞ、手は手の役、うれしかろうがな、足は足の役、うれしかろうがな、足はいつまでも足ぞ、手はいつまでも手ぞ、それがまことの姿ぞ、逆立して手が足の代りしてゐたから よく分りたであろうがな。」(下つ巻)
――苦しいご用が喜んでできるようになったら、神の仕組みが判りかける。学は人間の知恵ではないが、肝心の真ん中が無くなっている。
・「学も神力ぞ。神ざぞ。学が人間の智恵と思ってゐると飛んでもない事になるぞ。肝腎の真中なくなりてゐると申してあろが。真中動いてはならんのざぞ。神国の政治は魂のまつりことぞ。苦しき御用が喜んで出来る様になりたら、神の仕組判りかけるぞ。何事も喜んで致して呉れと申してあろがな。臣民の頭では見当取れん無茶な四(よ)になる時来たのざぞ。それを闇の世と申すのぞ。神は、臣民は〇、外国は〇、神の国は
と申してあろが、神国から見れば、まわりみな外国、外国から見れば神国真中。人の真中には神あらうがな。」(日月の巻)
――因縁のミタマは、どんなに苦しくても心は春。神示に反発する者は、去れ。
・「因縁のみたまは何んなに苦しくても心は春ぢゃ。心勇まんものは、神示よんで馬鹿らしいと思ふものは、遠慮いらんから、さっさと帰りて下されよ。神はもう、気嫌とりは御免ぢゃ。」(黄金の巻)
――苦しむと曲がるから、苦を楽しめ。
・「苦しむと曲るぞ、楽しむと伸びるぞ、此の方 苦しむこと嫌ひぢゃ、苦を楽しみて下されよ。」(んめの巻)
――喜べば、弥栄えの種をまく。
・「喜べよ。よろこびは弥栄のたね蒔くぞ。」(黄金の巻)
――祈りは実行。
・「祈りは実行ぞ。」(黄金の巻)
――キは時代によって変わり、その時のキが、その時のまことの姿。それに合わないものは滅びる。
・「天地には天地のキ、民族には民族のキあるぞ。そのキは時代によって変って来る。その時のキが、その時のまことの姿であるぞ。それに合はんものは亡んで了ふぞ。」(黄金の巻)
――誠の真理を知らない人間に、神は判らない。神は人民を根本から永遠の意味でよくしようとしているから、局都的、瞬間的に見て判らないことが多い。すぐのおかげは下級霊。現在の環境に積極的に感謝し、天地の恩に報じなければならない。生まれたその時、その環境に従わなければならない。
・「自分は自分の意志で生れたのではないのぢゃ。その時、その環境を無視出来ん。その法則に従はねばならん。(中略)神は人民を根本から永遠の意味でよくしようと、マコトの喜び与へようとしてゐるのぢゃ。局都的、瞬間的に見て判らんこと多いぞ。おかげは、すぐにはないものと思へ。すぐのおかげは下級霊。まゆにつばせよ、考へよ。現在の環境を甘受せよと申してあるが、甘受だけでは足らん。それに感謝せよ。積極的に感謝し、天地の恩に報じねばならん。誠の真理を知らぬ人間に神は判らん。」(春の巻)
――真理を理解するのが早道で、確信となる。見て、接して、下肚がグッと力こもってくるものは本物。キは総てのものに流れ込む。
・「そのものを見、そのものに接して下肚がグッと力こもってくるものはよいもの、ほんものであるぞ。キは総てのものに流れ込むもの。信仰は理智的にも求められる、完き情である。真理を理解するのが早道。確信となるぞ。」(夏の巻)
――キがもと。道は感謝から。何事に対してもまず感謝せよ。ありがたいと思う、そこに神の力が加わる。何事が来ても何クソと思へば、神の力が加わる。
・「何事に向っても先づ感謝せよ。ありがたいと思へ。始はマネごとでもよいぞ。結構と思へ。幸と思へ。そこに神の力 加はるぞ。道は感謝からぞ。不足申せば不足うつるぞ。心のままとくどう申してあろうが。病気でないと思へ。弥栄と思へ。病治るモト生れるぞ。キがもとぞ。何事くるとも何クソと思へ。神の力 加はるぞ。おそれはおそれ生むぞと申してあろうが。」(春の巻)
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