善と悪の見分け

――まことの善は悪に、まことの悪は善に似ているから、よく見分けよ。悪の大将は光り輝いている。悪人はおとなしく見える。日本でも、神の元の国でないところは見分けよ。

・「まことの善は悪に似てゐるぞ、まことの悪は善に似てゐるぞ、よく見分けなならんぞ、悪の大将は光り輝いてゐるのざぞ、悪人はおとなしく見えるものぞ。日本の国は世界の雛形であるぞ、雛形でないところは真の神の国でないから、よほど気つけて居りて呉れよ、一時は敵となるのざから、ちっとも気許せんことぞ、神が特に気つけておくぞ。今は日本の国となりて居りても、神の元の国でないところもあるのざから、雛型見てよく腹に入れておいて下されよ、後悔間に合はんぞ。」(地つ巻)

――神の国にも善と悪がある。

・「神の国にも善と悪とあると申してあろがな。」(日月の巻)

――大神の道には正邪、善悪はない。人の世に映って曇っただけのレンズを通して、正邪に見える。レンズを外せ。

・「大神の道には正邪ないぞ。善悪ないぞ。人の世にうつりて正と見え邪と見えるのぢゃ。人の道へうつる時は曇りただけのレンズ通すのぢゃ。レンズ通してもの見ると逆立するぞ。神に善と悪あるやうに人の心にうつるのぢゃ。レンズ外せよ。レンズ外すとは神示読むことぞ。」(黄金の巻)

――悪とはカゲのこと。悪霊自身は、自身を悪と思っていない。

・「悪とはカゲのことであるぞ。斜めに光を頂くから影出来るのぢゃ。影は主人でないぞ。絶対は何と申しても絶対ぞ。相対から神を求めると、相対の神が顕はれるぞ。相対で神の道に導くこと中々ぢゃ。必ず後戻り、判りはせんぞ。この神示、肚に入ったらグレンと変りて来るぞ。早う肚に入れて下されよ。間に合はん。(中略)悪霊自身は自身を悪と思うてないぞ。」(黒鉄の巻)

――政治の動き、経済の根本は、グッとしめたりゆるめたりして呼吸すること。ジッとしている善は善ではない。

・「グッとしめたり、ゆるめたりして呼吸しなければならん。其処に政治のうごきあるぞ。経済の根本あるぞ。逆にしめる事もあるぞ。善と申し悪の御用と申すことの動き、そこから出るのぢゃ。じっとしてゐてはならん。ジッとしてゐる善は善でないぞ。」(秋の巻)

――神を信じない人民は、偽(にせ)の愛、偽(にせ)の智。この人民たちは目を閉じて耳に蓋をしているから、神の声を聞いても聞こえず、神の現れを見ても見えない。今の人民、学者、金持よ、早く心の窓を開け。

・「偽(にせ)の愛、偽(にせ)の智と申すのは、神を信じない人民の愛と智であることを知れよ、この人民たちは神の声を聞いても聞こへず、神の現れを見ても見へないのであるぞ、目をとぢ耳にふたしてゐるからぞ、今の人民よ学者よ金持よ、早う考へ方を変へねば間に合わん、心の窓 早うひらけよ。」(五十黙示録/星座之巻)

――悪を食べて暮らさなければならない時が近づいたが、悪に食われないように、悪を噛んで、よく消化し、浄化せよ。悪は善の仮面をかぶっていることが多いが、悪も大神の中に生れたものだから、ダマシたいものには一先づダマサレてやれ。肉体慾が先に出るから生命を失う。食べないで食べる秘密は、心でとって実を喜ばせて食べる。

・「悪を食ふて暮さなならん時近づいたぞ、悪に食われんように、悪を噛んで、よく消化し、浄化して下されよ、悪は善の仮面をかぶってゐること多いぞ、だが悪も大神の中に生れたものであることを知らねばならん。ダマシたいものには一先づダマサレてやれよ、ダマサレまいとするからダマサレるのであるぞ。生命の樹の実は美しくおいしいぞ、食べてはならんが食べねばならんぞ、肉体慾が先に出るから生命を失ふ、心でとりて実を喜ばせて食べるとよいのであるぞ、食べないで食べる秘密。」(五十黙示録/五葉之巻)

 

 

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