――「地上人」は、地上人的善・悪・真・偽を思うから、死をつくり生をつくり出す。だから、地上人が自分自身でなすことには総て永遠の生命がなく、弥栄はあり得ない。生前・生後・死後は一連の存在で、必ず、その前なるものによって呼吸し、脈うち、生命し、存在し、弥栄する。地上人は、生前に生き、生前に向って進みゆき、死後に生き、死後に向って進みゆくが、その総ては神の中での存在。善でも悪でもなく、ただ生れつつあるのみ。総てのものの本体は、無なるが故に永遠に存在する。
・「善を思い悪を思うのは、死をつくり生をつくり出すことである。故に地上人が自分自身でなすことには、総て永遠の生命なく、弥栄はあり得ない。何故ならば、地上人は、地上人的善を思い、悪を思い、真を思い、偽を思うからであ る。思うことは行為することである。生前、生後、死後は一連の存在であって、そこには存在以外の何ものもないのである。存在は生命であり、生れつつあるもの、そのものである。何ものも、それ自らは存在しない。弥栄しない。必ず、その前なるものによって呼吸し、脈うち、生命し、存在し、弥栄する。また、総てのものの本体は、無なるが故に永遠に存在する。地上人は、生前に生き、生前に向って進みゆく。また、地上人は、地上に生き、地上に向って進みゆく。また、地上人は、死後に生き、死後に向って進みゆく。しかし、その総ては神の中での存在であるから、それ自体のものはない。善でもなく、悪でもなく、只生れつつあるのみ。」(二日んの巻)
Copyright © 2020 solaract.jp. All Rights Reserved.