悪を改心させる

――神の願いは、悪を改心させて嬉し嬉しの世にする。

・「悪神の仕組は此の方には判りてゐるから一度に潰す事は易いなれど、それでは天の大神様にすまんなり、悪殺して終(しま)ふのではなく、悪改心さして、五六七(みろく)のうれしうれしの世にするのが神の願ひざから、この道理忘れるでないぞ。今の臣民 幾ら立派な口きいても、文字ならべても、誠がないから力ないぞ。黙ってゐても力ある人いよいよ世に出る時近づいたぞ。力は神から流れ来るのぞ。磨けた人から神がうつって今度の二度とない世界の、世直しの手柄立てさすぞ。みたま磨きが何より大切ぞ。」月の巻)

――悪も元を正せば善で、その働きのご用が悪。悪の世では、悪の御用をする役がいなければ役に立たない。世界が一つになった時は、憎むと善ではなくなるから、悪を憎むことを捨てよ。

・「悪の世が廻りて来た時には、悪の御用する身魂をつくりておかねば、善では動きとれんのざぞ、悪も元ただせば善であるぞ、その働きの御用が悪であるぞ、御苦労の御役であるから、悪憎むでないぞ、憎むと善でなくなるぞ、天地にごりて来るぞ、世界一つに成った時は憎むこと先づさらりと捨てねばならんのぞ、この道理 腹の底から判りて、ガッテンガッテンして下されよ。」(三ラの巻)

・「悪は悪ならず、悪にくむが悪。」(黄金の巻)

――神のやり方は、罪もその人も憎まない。

・「罪を憎んでその人を憎まずとは悪のやり方、神のやり方はその罪をも憎まず。」(黄金の巻)

――悪の世は済んだから、悪は早く善に返って、善の御用をせよ。

・「此の方 悪が可愛いのぢゃ、御苦労ぢゃったぞ、もう悪の世は済みたぞ、悪の御用 結構であったぞ。早う善に返りて心安く善の御用聞きくれよ。世界から化物出るぞ、この中にも化物出るぞ、よく見分けてくれよ、取違ひ禁物ぞ。(中略)今度は世界のみか、三千世界つぶれる所まで行かなならんのざから、くどう申してゐるのざぞ。」(三ラの巻)

――いよいよ、ただ喜びのみの守護となる「表の守護」となった。神は善人の中にも悪人の中にも呼吸しているから、悪は悪ではなく、外道の悪が悪。

・「いよいよ表の守護と相成ったぞ。表の守護とは、よいものもなく悪いものもなく只喜びのみの守護となることぢゃ。悪いもの悪くなるのは表の守護でないぞ。心得なされよ。一つの魂を得ることは一つの世界を得ることぢゃ。人間は一人でないぞ。神は善人の中にも悪人の中にも呼吸してゐるぞ。悪なくては生きて行けん悪は悪でないぞ。外道の悪が悪であるぞ。」(黒鉄の巻)

――悪い者の元の霊まで改心させなければ、今度の岩戸は開けない。悪の改心は早い。型を出せ。

・「悪い者殺してしまふて よい者ばかりにすれば、よき世が来るとでも思ふてゐるのか、肉体いくら殺しても魂迄は、人民の力では何うにもならんであろがな。元の霊(たま)まで改心させねば、今度の岩戸開けんのぢゃぞ、元の霊(たま)に改心させず肉体ばかりで、目に見える世界ばかり、理屈でよくしようとて出来はせんぞ、それ位 判って居らうが、判りて居り乍ら他に道ないと、仕方ないと手つけずにゐるが、悪に魅入られてゐるのぢゃぞ、悪は改心早いぞ、悪神も助けなならんぞ、霊(たま)から改心させなならんぞ、善も悪も一つぢゃ、霊も身も一つぢゃ、天地(アメツチ)ぢゃとくどう知らしてあろが。(中略)この道にゆかりある者だけで型出せよ、カタでよいのぢゃぞ。」(一火リの巻)

――敵対する神もご用に使われる。

・「此の方に敵とう御力の神、いくらでも早う出て御座れ、敵とう神 此の方の御用に使ふぞ、天晴れ御礼申すぞ。世界のどんな偉い人でも、此の方に頭下げて来ねば今度の岩戸開けんぞ、」」(んめの巻)

――まずは心の建直しで、悪を善で抱き参らす。神と人が一つになって、一つの王となり、善も悪も助けて、一つの新しい善となる。

(※「あなない」・・助ける、支える)

・「今度は先づ心の建直しぢゃ、(中略)今度は悪をのうにするのぢゃ、のうにするは善で抱き参らすことぢゃ、なくすることでないぞ、亡ぼすことでないぞ、このところが肝腎のところぢゃから、よく心にしめて居りて下されよ。この世は一つの神で治めんことには治まらんぞ、でくくるのぢゃぞ、人民の力だけでは治まらんのぢゃぞ、一つの教となってそれぞれの枝葉が出て来るのぢゃ、今では枝から根が出て大切なミキがなくなって居るのぢゃぞ、中つ代からの神では何も出来んと申してあろがな、神と人と一つになって一つの王となるのぢゃ、上下揃ふて一つになるのぢゃ、善も悪もあななひて、一つの新しき善となるのぢゃ、王となるのぢゃぞ。」(|三の巻)

――神の心は弥栄で、本来 悪も善もなく、ただみ光の栄えのみ。悪も善も抱えて、神力が輝く時が来た。悪魔の教えは、悪を殺して善ばかりの輝く御代が来る。

・「今日(こんにち)までの御教は、悪を殺せば善ばかり、輝く御代が来ると云ふ、これが悪魔の御教(みおしへ)ぞ、この御教に人民は、すっかりだまされ悪殺す、ことが正しきことなりと、信ぜしことのおろかさよ、三千年の昔から、幾千万の人々が、悪を殺して人類の、平和を求め願ひしも、それははかなき水の泡、悪殺しても殺しても、焼いても煮てもしゃぶっても、悪は益々ふへるのみ、悪殺すてふ其のことが、悪そのものと知らざるや神の心は弥栄ぞ、本来 悪も善もなし、只み光の栄ゆのみ八股おろちも金毛も、ジャキも皆それ生ける神、神の光の生みしもの、悪抱きませ善も抱き、あななふ所に御力の、輝く時ぞ来たるなり、善いさかへば悪なるぞ、善悪不二と云ひながら、悪と善とを区別して、導く教ぞ悪なるぞ、只御光の其の中に、喜び迎へ善もなく、悪もあらざる天国ぞ、(中略)生れ赤児となりなりて、光の神の説き給ふ、誠の道をすすめかし、マコトの道に弥栄ませ。」(|三の巻)

――善も悪もない。悪も善に立ち返ってご用せよ。改心すれば、たまの入れ替えをしてよい方に回す。

・「此の道は先に行く程 広く豊かに光り輝き嬉し嬉しの誠の惟神の道で御座るぞ、(中略)いろはに戻すぞ、一二三(ひふみ)に返すぞ、一二三(ひふみ)が元ぞ、天からミロク様みづの御守護遊ばすなり、日の大神様は火の御守護なさるなり、此の事 魂までよくしみておらぬと御恩判らんのざぞ。悪も善に立ち返りて御用するのざぞ。善も悪もないのざぞと申してあろがな、の国真中に神国になると申してあろがな、(中略)神の国あるのみざぞ、判りたか。改心すれば(たま)の入れかへ致して其の場からよき方に廻してやるぞ、何事も我がしてゐるなら自由になるのであるぞ。我の自由にならんのはさせられてゐるからざぞ、此の位の事判らんで神の臣民と申されんぞ、(中略)従ふ所には従はなならんぞ、従へばその日から楽になって来るのざぞ、高い所から水流れる様にと申して知らしてあろがな。」(アメの巻)

――悪が善にまつろえば、悪も善の花が咲く。

・「悪のやり方よ、早う善にまつろへよ、まつろへば悪も善の花咲くのぢゃぞ。」(|三の巻)

――邪を払うとは、邪を正しく導くこと。

・「邪はらふとは邪無くすることではないぞ、邪を正しく導くことざぞ、追払ふでないぞ、まつろへよ。引寄せて抱き参らせよ、取違ひならん大切事ぞ。」(〇つりの巻)

――神人ともにの、天地の時。己も人も活かす。己を殺して他人を助けるのは、悪の教え。

・「今までは悪の世でありたから、己殺して他人助けることは、此の上もない天の一番の教といたしてゐたが、それは悪の天の教であるぞ。己を活かし他人(ひと)も活かすのが天の道ざぞ、神の御心ぞ。他人殺して己助かるも悪ぞ、己殺して他人助けるも悪ぞ、神無きものにして人民生きるも悪ぞ。神ばかり大切にして人民放っておくのも悪ぞ。神人ともにと申してあろが。神は人に依り神となり、人は神によって人となるのざぞ。まことの神のおん心わかりたか。今までの教へ間違っていること段々判りて来るであろがな。天地和合してとなった姿が神の姿ざぞ。御心(みこころ)ざぞ。天(あめ)と地(つち)ではないぞ。あめつちざぞ。あめつちの時と知らしてあろうが、みな取違ひ申して済むまいが。神示よく読めと、裏の裏まで読めと申してあろが。」(夜明けの巻)

――悪には悪の道があることを知らない善の神では、悪を抱くことはできない。

・「心次第で皆救はれる。悪には悪の道、それ知らん善の神では、悪抱き参らすこと出来ん。」(黄金の巻)

――神示を読めば、神示の気が通う。神示を世界にうつせ。悪のミタマを和め抱くには理解が大切。

・「神示読めば神示の気通ふぞ。神示読めよ。神示うつせよ。うつす御役 結構ぢゃなあ。うつせ。うつせ。人にうつせよ。世界にうつせよ。悪のミタマなごめ抱き参らすには理解大切ぢゃ。」(黄金の巻)

――悪の利かない時節が来たから、悪神は早く善に立ち返れ。

・「悪神よ、今迄は思ふ通りに、始めの仕組通りにやれたなれど、もう悪の利かん時節が来たのであるから、早う善に立ちかへりて下されよ。」(黄金の巻)

 

 

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