――もう我の世はすんだから、我出すほど苦しくなる。現在を足場として一歩づつ進め。幸福を与へてあるのに、曲げてとっているから、心の目をひらけ。
・「どうしたらよいのぢゃ、神の云ふこときくから助けてくれと申すもの沢山でてくるが、何も六ヶ敷いこと神は申さん。現在を足場として一歩づつ進めばよいのぢゃ。それでは食って行けんと申すものあるが、神はあり余るほど与へてあるでないか。何故、手出さんのぢゃ。与へたもののみが自分のものぞ。今の人民、余っても足らんと考へて、むさぶりてゐるぞ。幸福与へてあるに何故手出さんのぢゃ。曲げてとるのぢゃ。心の目ひらけよ。ゴモク投げ出せよ。我の強い守護神どの、もう我の世はすんだぞ。我出すほど苦しくなるのぢゃ。」(春の巻)
――我を出すな。慢心と取り違いで改心がちぐはぐだから、物事が後先になったので、経綸が少し変わる。自分が苦労して人を救う心でなければ、今度の岩戸は開けない。最初は良いが、今の役員は神の道ではなく、我をひろめている。
・「何処の教会も元はよいのであるが、取次役員がワヤにしてゐるのぞ、今の様(さま)は何事ぞ。此の方は力あり過ぎて失敗(しくじ)った神ざぞ、此の世かもう神でも我出すと失敗るのざぞ、何んな力あったとて我出すまいぞ、此の方がよい手本(みせしめ)ぞ。世界かもう此の方さへ我で失敗ったのぞ、執念(くど)い様なれど我出すなよ、慢心と取違ひが一等気ざはりざぞ。改心ちぐはぐざから物事後先になりたぞ、経綸少しは変るぞ。今の役員、神の道広めると申して我(われ)を弘めてゐるでないか、そんな事では役員とは言はさんぞ。今迄は神が世に落ちて人が神になりておりたのぞ、これでは世は治まらんぞ。神が上(かみ)で、臣民、人民 下におらねばならんぞ。吾が苦労して人救ふ心でないと、今度の岩戸開けんのざぞ、岩戸開きの御用する身魂は吾の苦労で人助けねばならんのざ。」(日の出の巻)
――心にてんし様を拝んで、中道を進めば、楽にいくようになっている。我れがと思うと、鼻がポキリと折れる。
・「この道は中行く道ぞ、左も右りも偏ってはならんぞ、いつも心にてんし様拝みておれば、何もかも楽にゆける様になりてゐるのざぞ、我れが我れがと思うてゐると、鼻ポキリと折れるぞ。」(地つ巻)
――我を出すと、曇りが出て、仕事が判らなくなる。
・「我出すと曇り出るぞ。曇ると仕事わからなくなるぞ。」(カゼの巻)
――我を捨てて素直にすれば、大峠を越せる。
・「早よ我捨ててこの方について参れよ、素直にいたせば楽に行けるのざぞ、大峠越せるのざぞ、」(|三の巻)
――何ごとも神の申す通り、素直にせよ。
・「何ごとも神の申す通り素直になされよ。素直結構ぢゃなあ。」(月光の巻)
――人間心には我があるが、神心には我がないから、我を無くせ、我を出せよ。
・「人間心には我(が)があるぞ。神心には我がないぞ。我がなくてもならんぞ、我があってはならんぞ。我がなくてはならず、あってはならん道理分りたか。神にとけ入れよ。てんし様にとけ入れよ。我なくせ、我出せよ。」(水の巻)
――我の強い身魂ばかりが集まって、お互いに解け合って物事を成就する。
・「何(ど)の身魂も我(が)の強い身魂ばかり、よく集まったものぢゃと思ふであろが、その我の強い者がお互に我を折りて、解け合って物事成就するのぢゃぞ。」(〇つりの巻)
――我を出すな。今度の岩戸開きに使う身魂は、我の強い者ばかり。
・「こんなになったのも この方等が我が強過ぎたからであるぞ。我出すなと申してあろう。この度のイワト開きに使ふ身魂は、我の強い者ばかりが、めぐりだけのこと償って、償ふことぞ。天地かもう神でも我出せんことであるぞ。神々様も懺悔して御座るぞ。まして人民。」(黄金の巻)
――捨てると、つかめる。
・「何もかも捨てる神民、さひはひぞ、捨てるとつかめるぞ。」(上つ巻)
――神様にお任せして、取り越し苦労をするな。我が無くても、我があってもならず。
・「素直に神の申すこと聞いて呉れて我(が)を出すなと申してゐるのぞ、何事も神にまかせて取越し苦労するなよ、我が無くてもならず、我があってもならず、今度の御用なかなか六ヶ敷いぞ。」(下つ巻)
――自分を捨てると光が差し入るが、自分にとらわれると、有限の神しか判らない。
・「自分に捉はれると局部の神、有限の神しか判らんぞ。自分捨てると光さし入るぞ。知はアイ、息は真ぞ。平面の上でいくら苦しんでも何にもならん。却ってめぐり積むばかり。どうどうめぐりぢゃ。」(黄金の巻)
――いくら世界のため人類のためと言っても、我が強く、一方しか見えていないと、世界人類のためにならない。
・「何程 世界の為ぢゃ、人類の為ぢゃと申しても、その心が、我が強いから、一方しか見えんから、世界のためにならん。人類の為にならんぞ。洗濯ぢゃ洗濯ぢゃ。」(秋の巻)
――科学を越えて神の学に生きよ。我と判らん我に気をつけよ。自分で勝手に小さい自分の神をつくって固く抱きしめて、自分で自分の首をしめているから、判らんことに行きつまる。一度その神を捨てよ。
・「そなたは学に囚われて御座るぞ。科学を越えて神の学に生きて下されよ。そなたは自分で自分の首をしめるようなことをして御座るぞ。自分で勝手に小さい自分の神をつくってゐるぞ。一度その神をすてなされ、固く抱きしめたり、とぢこめてゐるから判らんことに行きつまるのぢゃ。判りたか。我(が)と判らん我(が)を気つけなされよ、今一息と云ふところぞ。」(月光の巻)
――鼻つまみの御神業はない。御神業だと言って、他に迷惑かけことから改めなければならない。
・「そなたは御神業ぢゃと申して、他に迷惑かけてゐるでないか。そこから改めねばならん。鼻つまみの御神業はないのであるぞ。」(月光の巻)
――心を残すとその霊界にくっつく。つまらないことに心を残すと、 つまらないことが出てくる。
・「そなたはつまらんことにいつも心を残すから つまらんことが出てくるのであるぞ。心を残すと云うことは、霊界とのつながりがあることぞ。つまらん霊界にいつ迄くっついてゐるのぢゃ。」(月光の巻)
――我を出すと力がなくなるから、我を大我に昇華させよ。人をおろがみ、物をおろがめば、自分の喜びとなり、拝まれたものも喜びとなる。
・「われにどんな力があったとて、我を出してはならんぞ。我を出すと力なくなるぞ。我を、大き我に昇華させよ。大我にとけ入らねばならん。大我にとけ入ったとて、小我がなくなるのではないぞ。人おろがめよ。物おろがめよ。おろがむと自分の喜びとなり、拝まれたものも喜びとなるぞ。うれしうれしとはそのことぞ。」(月光の巻)
――わが身をすてて、三千世界に生きよ。わが身をすてるとは、我をすてること、学をすてることで、真理がつかめて大層な御用ができる。ミコトに生きよ。言葉の裏には虫がついていることが判らなければならないし、苦労せよ。不足を言うと不足の虫が、怒ると怒りの虫が湧く。長くゆったりとした気持ちで神を求めよ。
・「わが身をすてて、三千世界に生きて下されよ、わが身をすてると申すことは我をすてること、学をすてることぢゃ、すてると真理がつかめて大層な御用が出来るのであるぞ、それぞれの言葉はあれどミコトは一つぢゃと申してあろうが、ミコトに生きて下されよ。言葉の裏には虫がついてゐるぞ、英語学ぶと英語の虫に、支那語学ぶと支那語の虫に犯されがちぢゃ。判らねばならんし、中々ながら御苦労して下されよ。(中略)不足申すと不足の虫が湧くぞ、怒ると怒りの虫ぞ。一生懸命、自分の信じるように、神を小さくして自分で割り切れるように、引きづり降ろして居るなれど、困ったもんぢゃ、長くゆったりとした気持ちで神を求めて下されよ。」(五十黙示録/極め之巻)
――きく耳がないなら、思うままにやれば、グルグル廻って、またはじめからとなる。われがわれがで苦しむのも薬。人民は神の中にいるから、いくら頑張っても神の外には出られない。
・「これまでに申してきかせても言ふこときかぬ人民多いぞ、きく耳ないならば思ふようにやって見なされ、グルグル廻って又はじめからぞ、人民は神の中にゐるのであるから、いくら頑張っても神の外には出られん。死んでも神の中にゐるのぞ、思ふさまやりて得心改心、われがわれがで苦しむのも薬と申すもの。」(五十黙示録/極め之巻)
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