――改心とは、何もかも神にお返しすること
・「改心と申すのは、何もかも神にお返しすることぞ、臣民のものといふもの何一つもあるまいがな、草の葉一枚でも神のものぞ。」(下つ巻)
――モト(母答)を正せ。心の改心をすれば、どんなおかげでもとらす。
・「モト(母答)を正さねばならん、間に合わんことになるぞ。心の改心すれば、どんなおかげでもとらすぞ。」(月光の巻)
――自分の心の中の獣を善に導くことが、マコトの改心であり、天国に行く鍵。
・「一分一厘、力一杯、違はんこと書かしてあるのぢゃ。色眼鏡で見るから、違ったことに見えるのぢゃ。神示、嘘ぢゃと申すやうになるのぞ。眼鏡外して、落ち付いてみて、ハラで見て下されよ。世の先々のことまで はっきりと写るぞ。そなたの心の中にゐる獣(ケダモノ)、言向けねばならん。善きに導かねばならん。一生かかってもよいぞ。それが天国に行く鍵であるぞ。マコトの改心であるぞ。智慧と、愛が主の座に居らねばならん。物は愛から生れるぞ。ウムものがもとぢゃ。生まれるものはナルのぢゃ。ナルには智慧でなるのぢゃぞ。」(黄金の巻)
――悪い我儘の癖を治していくのが、改心。まず求めて、行ぜよ。
・「たれ一人、悪いわがままの癖持たん人間ないぞ。その癖を直して行くのが、皮むくことぢゃ。改心ぢゃ。弥栄行くことぢゃ。金持つと金の地獄に理屈もつと理屈の地獄に、神に捉はれると神の地獄に落ちて苦しむぞ。持たねばならんし、中々ぢゃなあ。先づ求めよ、求めねばならん。先づ捨てて求めよ、求めて行ぜよ。」(黄金の巻)
――神も人間と同じく弥栄していく。悪い癖、悪い内分を変えなければ、百年祈り続けてもお蔭はなく、いつまで経っても自分に迫ってくるものは変らない。神には、理屈なしに親を信じる子供の心で対せ。実在界での目の光りと声の実力は、体験を通して出る。
・「過去も未来も中今(ナカイマ)。神も人間と同じで、弥栄して行くぞ。悪いくせ直さねば いつ何時までたっても自分に迫ってくるもの変らんぞ。おかげないと不足申してゐるが、悪いくせ、悪い内分を変へねば百年祈りつづけてもおかげないぞよ。理屈なしに子は親を信ずるぞ。その心で神に対せよ。神が親となるのぢゃ。目と口から出るもの、目の光りと声とは、実在界にも実力もってゐるのであるぞ。力は体験通して出るのであるぞ。」(夏の巻)
――神の為と念じつつやれば神のためとなり、小さい行為でも霊的には大きはたらきする。自分が強くなるから我よしになって行き詰まり、発展しない。調和が神の現れ。自分の中の悪い癖を直しにかかることが第一歩で、土台。よきことは人に譲って、人を褒め、人をたてる。
・「念じつつやれ。神の為と念じつつやれば神のためとなる。小さい行為でも霊的には大きはたらきするのぢゃ。自分と云ふことが強くなるから発展ないのぢゃ。行き止まるのぢゃ。われよしとなるのぢゃ。調和が神の現れであるぞ。霊と調和せよ。肉体と調和せよ。人と調和せよ。食物、住居と調和せよ。世界と調和せよ。うれしうれしぞ。一生かかってもよいぞ。おそくないのぢゃ。自分の中のケダモノのため直しにかからねばならん。悪いくせ直さねばならん。これが第一歩、土台ぢゃぞよ。
よきことは 人にゆづりて 人をほめ 人たてるこそ 人の人なる。
敬愛の まこと心に まことのり まこと行ふ 人ぞ人なる。」(春の巻)
――転生しても、なかなか直らない悪い癖を、少しずつ直していかなくてはならないが、努力次第で順次直る。信仰の始めは感情に支配されがちで、理智を強く働かせよ。人間は絶えず穢れてくるから、穢れは清めることによって改まる。想念は永遠に働くから、悪想念は早く清算しなければならない。
・「信仰の始めは感情に支配されがちぢゃ。理智を強く働かせねばならんぞ。人間は絶えずけがれてくる。けがれは清めることによって、あらたまる。厄祓ひせよ。福祓ひせよ。想念は永遠にはたらくから、悪想念は早く清算しなければならんぞ。中の霊は天国へ行っても、外の霊はこの世に残るぞ。残ることあるぞ。残ってこの世の事物にうつって同じこと、所業をくりかへすことあるぞ。早く洗濯せよと申してあろうがな。梅の実から梅が生へるのぢゃ。その梅に実出来て又梅が生へるのぢゃ。人間も生れかわっても死にかわっても、中々に悪いくせは直らんもんぢゃぞ。それを少しづつ直してかからねばならん。努力次第で漸次直るのぢゃぞ。」(春の巻)
――祓うというのは、無くすることではない、調和すること、和して弥栄すること。厄祓いのみでは結構とはならない。善も悪も大神が許し給へばこそ存在しているから、悪を無くすることのみに努力した結果、今日の大混乱をきたした。
・「はらひは結構であるが、厄はらひのみでは結構とはならんぞ。それは丁度、悪をなくすれば善のみの地上天国が来ると思って、悪をなくすることに努力した結果が、今日の大混乱を来したのと同じであるぞ。よく考えて下されよ。善と申すも悪と云うも、皆悉く大神の肚の中であるぞ。大神が許し給へばこそ存在してゐるのであるぞ。この道理をよく会得せよ。はらふと申すのは無くすることではないぞ。調和することぞ。和して弥栄することぞ。」(月光の巻)
――厄も祓わなければならないが、福も祓わなければならない。厄祓いのみをしたから今日の乱れた世相となった。悪も善も抱くには、〇にならなければならない。
・「厄も祓はねばならんが、福も祓はねばならん。福はらひせよと申してあらうが。厄のみでは祓ひにならん。福のみでも祓ひにならんぞ。厄ばらひのみしたから今日の乱れた世相となったのぢゃ。この判り切った道理が何故に判らんのか。悪を抱き参らせよ。善も抱き参らせよ。抱くには〇にならねばならんぞ。」(月光の巻)
――が枯れることをケガレという。型にはまることをカタマルと言い、コリ固まったものがケガレ。固まらせて型を作って人民に判らせ、型を外して型をつくらなければならない。常にケガレを払って払いつつ、総てをこんなもんだと決めてはならない。曇ったら、すぐ代りのミタマと入れ替える。
・「型にはまることをカタマルと申すのぢゃ。こり固まっては動きとれん。固まらねば型出来んで、人民には判らんし、型外して、型をつくらねばならん。法律つくらねばならんが、つくってもならんぞ。神から命令されたミタマでも油断は出来ん。曇りたらすぐ代りのミタマと入れ替えるのであるぞ。コリ固まったものがケガレぢゃ。ケガレはらさねばならん。絶えず払って払って払ひつつ、又固まらねばならんし、人民には判らんし、肉体あるから固まらねばならんし、常に払ひせねばならん。総てをこんなもんぢゃときめてはならんぞ。枯れることをケガレと申すのぢゃ。判りたか。神界の立替ばかりでは立替出来ん。人民界の立替なかなかぢゃナア。」(秋の巻)
――悪い癖を直すのが、天国へ行く鍵。直しただけ外へ響くものが変わって、外から来るものが変わってくる。大きなものを頂くには、それだけの資格がいる。一歩ずつ進め。
・「無くて七癖、七七四十九癖、悪い癖 直して下されよ。天国へ行く鍵ぞ。直せば直しただけ外へひびくものが、かわって来るぞ。よくなってくるぞ。かわって来れば、外からくるもの、自分に来るもの、かわってくるぞ。よくなってくるぞ。幸となるぞ。よろこび満ち満つぞ。神みちみちて天国ぢゃ。一升桝もってきて一斗入れよと人民申しているが、神は一斗も二斗も入れてやりたいなれど、一升桝には一升しか入らん。大き桝もって来い。頂くには頂くだけの資格いるぞ。一歩づつ進め。一歩づつ絶えず進めよ。それより他に道はないのぢゃ。」(春の巻)
――近づいてくるのは皆、己の心の写し。何事が起って来ても嫌がらず、まず喜んで迎えると、喜びとなる。何事も一段ずつ、一歩ずつで、一足飛びは大怪我のもと。
・「何事が起って来ても先づ喜んで迎へねばならんぞ、近づいてくるのは呼びよせたからぢゃ、こんないやな、きたないものは、ごめんぢゃと申す人民もあるなれど、それは皆 己の心のうつしでないか。内に無いものが外から近よる道理ないのぢゃ、どんなものでも、喜んでむかへるとよろこびとなる結構な仕組、よく会得せよ。何事も一段づつ、一歩づつぢゃ、一足飛びは大怪我のもと。」(五十黙示録/扶桑之の巻)
――人民は表ばかり見ているから、奇跡を見ても、病気を治してもらっても、なかなか改心できない。まことの改心は、中の中ののキをいただいて、ほっこんの改心ができなければならない。
・「表ばかり見てゐるから判らんのぢゃ。水晶の心なれば三千里先のこともありやか。人民と云ふものは奇跡見ても、病気になっても、中々改心出来んものぢゃ。死後の生活がハッキリ判っても、未だ改心出来んのぢゃ。それは外からのものであるからぢゃ。まことの改心は、中の中ののキいただいて、ほっこんの改心出来ねばならん。死後の生活知らすことはよいなれど、それのみによって改心せよと迫るのは悪のやり方。奇跡を見せ、病気を直してやるのもよいのぢゃが、それのみによって改心を迫ってはならん。それのみで道を説いてはならんぞ。そんなこと位でマコトのホッコンの改心が出来るならば、人間は遠の昔に改心して御座るぞ。今迄のやうな宗教は亡びると申してあらうが。亡びる宗教に致して下さるなよ。」(黒鉄の巻)
――自分の中と外を和すのが、改心の第一歩。欲が入ると邪気が湧き、邪気が湧くと、悪霊が集まる。肉体人には、神のはたらきの影しか判らない。
・「中の自分と外の自分と和せよ。それが改心の第一歩。(中略)慾入ると邪気湧く、邪気湧くと邪霊集まるぞ。肉体人に神は直接分らんものぞ。神は能(ハタラ)き、神の働きの影しか判らんものぞ。神の姿、見たと申すのは、神の姿の影を自分の心に描き出したまでであるぞ。心に判っても肉体に判るものでないぞ。肉を魂とせよ。魂を魂の魂と向上させよ。ひらけ来るぞ。何事もとがむでないぞ。
――太祝詞(ふとのりと)をのり祈れば、岩戸が開ける。神は一時は仏とも現れたが、岩戸が開けたから、蓮華ではならない。人民の心によって、明るい天国への道が暗く見え、暗い地の中への道が明るく見える。改心しなければ、自分で地の下に沈むことになる。珍しきこと、珍しき人が現れて、ビックリひっくり返らないよう気をつけよ。
・「太祝詞(ふとのりと) のりのり祈らば 岩戸ひらけん。神は一時は仏とも現れたと申してありたが、仏ではもう治まらん、岩戸が開けたのであるから、蓮華ではならん。人民も改心しなければ、地の下に沈むことになるぞ、神が沈めるのではない、人民が自分で沈むのであるぞ、人民の心によって明るい天国への道が暗く見へ、暗い地の中への道が明るく見えるのであるぞ、珍しきこと珍しき人が現れてくるぞ、ビックリ、ひっくり返らんように気つけてくれよ、目の玉 飛び出すぞ、たとへでないぞ。」(五十黙示録/紫金之巻)
――今度の岩戸は立体に入る門。今までは平面の土俵の上での出来事だったが、今度は立体土俵の上だから、悪い人も善い人も、心をさっぱり洗濯して改心しなければ立体に入れない。
・「善では立ちて行かん、悪でも行かん、善悪でも行かん、悪善でも行かん。岩戸と申しても天の岩戸もあるぞ、今迄は平面の土俵の上での出来事であったが、今度は立体土俵の上ぢゃ、心をさっぱり洗濯して改心致せと申してあろう、悪い人のみ改心するのでない、善い人も改心せねば立体には入れん、【此度の岩戸は立体に入る門ぞ】。」(五十黙示録/五葉之巻)
――神がまことに改心できたと見届けたら、何の心配もないように守り、肉体、魂まで変えてやる。
・「まことに改心出来たと、神が見届けたら、今度はこの世はもとより、何の心配もないやうに守って、肉体、顔まで変へてやるぞ。宿命と運命は同じでない。磨けばどんなにでも光るぞ。放っておいても神に背くものは自滅して行き、従ふものは弥栄えて行くぞ。其処に神の能(ハタラキ)、よくさとりて下されよ。」(黄金の巻)
――トコトン落とされていたこの方さえ、改心のお蔭で今度の御用の立役者となった。改心して、千人力のお蔭を取れ。
・「この方 悪神、祟神(たたりがみ)と人民に云はれてトコトン落されてゐた神であるぞ、云はれるには云はれるだけの事もあるのぢゃ、此の方さへ改心いたしたのであるぞ、改心のおかげで此の度の御用の立役者となったのぢゃぞ、誰によらん改心致されよ。改心とは まつろふ事ぞ、中行くことぞ、判りたか。今度は十人並のおかげ位では誠の信心とは申されんぞ、千人万人のおかげを取りて下されよ、千人力与へると申してあろが、大事な御先祖様の血統を皆世に落して了ふて無きものにして了ふて、途中からの代へ身魂を、渡りて来た身魂を、まぜこぜの世と致して、今の有様は何事ぞ、まだ判らんのかなあ、人民もぐれんぞ。」(|三の巻)
――身を神に捧げると、神の御身(みみ)に出世するから嬉しい。草木は身を動物や虫に捧げて、動物や虫の御身となるのが嬉しい。
・「草木は身を動物虫けらに捧げるのが嬉しいのであるぞ。種は残して育ててやらねばならんのざぞ、草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのざぞ、出世するのざから嬉しいのざぞ、草木から動物虫けら生れると申してあろがな、人の身(み)神に捧げるのざぞ、神の御身(みみ)となること嬉しいであろがな、惟神のミミとはその事ぞ、神示よく読めば判るのざぞ、」(アメの巻)
――因縁の身魂はどうしても改心しなければならない。掃除すれば、何事もはっきりと映って楽なことになるが、改心が遅いと、難しくなる。
・「外国がいくら攻めて来るとも、世界の神々がいくら寄せて来るとも、ぎりぎりになりたら神の元の神の神力出して岩戸開いて一つの王で治める神のまことの世に致すのであるから、神は心配ないなれど、ついて来れる臣民少ないから、早う掃除して呉れと申すのぞ、掃除すれば何事も、ハッキリと映りて楽なことになるから、早う神の申すやうして呉れよ、(中略)洗濯できた臣民から手柄立てさしてうれしうれしの世に致すから、神が臣民にお礼申すから、一切ごもく捨てて、早う神の申すこと聞いて呉れよ。因縁の身魂は何うしても改心せねばならんのざから、早う改心せよ、おそい改心なかなか六ヶ敷ぞ。(中略)神の申す通りに、分らんことも神の申す通りに従ひて呉れよ。初めつらいなれど だんだん分りて来るから、よく言うこと聞いて呉れよ、」(上つ巻)
――真底からの改心でなければ役に立たない。守護神の改心がまだまだ。
・「この神示 言波としてよみて呉れよ、神々様にもきかせて呉れよ、守護神どのにも聞かして呉れよ、守護神どのの改心まだまだであるぞ、一日が一年になり百年になると目が廻りて真底からの改心でないとお役に立たんことになりて来るぞ。」(天つ巻)
――人に言ってもらっての改心では役に立たない。
・「天の様子も変りて来るぞ。何事にもキリと云ふ事あるぞ、臣民 可哀想と申してもキリあるぞ、キリキリ気付けて下され、人に云ふてもらっての改心では役に立たんぞ、我と心から改心致されよ、我でやらうと思ってもやれないのざぞ、それでも我でやって鼻ポキンポキンか、さうならねば人民得心出来んから やりたい者はやって見るのもよいぞ、やって見て得心改心致されよ、」(アメの巻)
――肉体があるうちに改心しておかないと、霊になってからの改心は大変。
・「今迄 上にあがりて楽してゐた守護神は大峠越せん事になるぞ。肉体あるうちに改心しておかんと、霊になっての改心なかなかぞ。悪も御苦労の御役。此の方について御座れ。手引いて助けてやると申してあろが。悪の改心、善の改心、善悪ない世を光の世と申すぞ。」(松の巻)
――今の守護神は、悪の血筋だから、気の毒なことになってくる。
・「くにまけて大変待ちゐる臣民 沢山あるが、そんな守護神に使はれてゐると気の毒になりて来るぞ、よく神示読んで下されよ。今の守護神、悪の血筋眷属であるぞ、悪も御役ながら奥表に出ては誠おさまらんぞ、悪結構な世は済みて、善結構、悪結構、卍(ホトケ)結構、基(ヤソ)結構、儒結構(コトゴトク)の世となりなる神の仕組 近くなって来たぞ。」(アメの巻)
――神がかりがたくさん出て、わけがわからなくなる。改心すればわかる。
・「カミカカリが沢山出来て来て、わけの分らんことになるから、早く此の理(みち)をひらいて呉れよ。(中略)改心すれば分りて来るぞ、改心第一ぞ、早く改心第一ざ。」 (上つ巻)
――改心と言って、人間の前で懺悔するのは、神を傷つけることになる。神の御前にこそ懺悔して、懺悔の悪い事に倍した、よいコトタマを宣れ。そのコトに神がうつって、万劫末代名の残るようにしてやる。今度のご用は、世に落ちて苦労に苦労した臣民でなければ務まらない。
・「今度の御用は世におちて苦労に苦労した臣民でないと中々につとまらんぞ、神も長らく世におちて苦労に苦労かさねてゐたのざが、時節到来して、天晴(あっぱれ)世に出て来たのざぞ、因縁のミタマ世におちてゐるぞと申してあろがな、外国好きの臣民、今に大き息も出来んことになるのざぞ、覚悟はよいか、改心次第で其の時からよき方に廻してやるぞ。改心と申して、人間の前で懺悔するのは神国のやり方ではないぞ、人の前で懺悔するのは神きづつけることになると心得よ、神の御前にこそ懺悔せよ、懺悔の悪きコトに倍した、よきコトタマのれよ、コト高くあげよ、富士晴れる迄コト高くあげてくれよ、そのコトに神うつりて、何んな手柄でも立てさせて、万劫末代名の残る様にしてやるぞ。」(磐戸の巻)
――昔から苦労してきた、いき魂でなければ、今度の御用は難しい。数で決めようとすると、数に引かれて悪になる。踏み出すより、神示を読むのが先。
・「今度は昔からの苦労のかたまり、いき魂(たま)でないと御用むつかしいぞ。世のたとへ出て来るぞ。神が人の口使ふて云はせてあるのぢゃぞ。神国は神力受けねば立ちては行けんぞ、神なくして神力ないぞ、神なくなれば丸潰れざぞ。まわりに動く集団(まどひ)早うつくれよ。数で決めやうとするから数に引かれて悪となるのざ、数に引かれ困らん様 気付けよ。(中略)ふみ出すもよいなれど、神示読むのが先ざぞ。神第一ざぞと申してあらうが。暫し待て。世界のふみ出す時来るぞ。アワの様な今のふみ何にもならんぞ、時待てと申してあらうがな、」(一火リの巻)
――外国人が昼夜なく神に仕えるから許してくれと言うようになるには、神の臣民が身魂掃除をしなくてはならない。
・「神が人を使うてゐるのざぞ、今度の戦で外国人にもよく分って、神様にはかなはん、何うか言ふこときくから、夜も昼もなく神に仕へるからゆるして呉れと申す様になるのざぞ、それには神の臣民の身魂掃除せなならんのざぞ、」(天つ巻)
――生神の生味は激しいから、日本にいる幽界魂の守護人は、生神の総活動となったら、一時は死ぬことも生きることもできない苦しみになる。
・「生味(しょうみ)の、生き通しの神が、生味を見せてやらねばならんことに、何れはなるのざが、生神の生味ははげしいから、今の内に綺麗に洗濯しておけと申すのざ、皆にまつろひておけと申すのざ。(中略)幽界人(がいこくじん)よ、日本の国にゐる幽界魂(がいこくたま)の守護人よ、愈々となりて生神の総活動になりたら、死ぬことも生きることも出来ん苦しみに一時はなるのざから、神から見ればそなた達も子ざから早う神の下にかえりてくれよ、」(磐戸の巻)
――改心すれば、どんな悪人でも助ける。
・「早く兜脱いで神にまつはりて来いよ、改心すれば助けてやるぞ、(中略)どんな悪人も助けてやるぞ、どんな善人も助けてやるぞ。」(富士の巻)
・「悪の総大将よ、早よ改心なされ、悪の神々よ、早よ改心結構であるぞ。いくら焦りてあがいても神国の仕組は判りはせんぞ。悪とは申せ大将になる身魂、改心すれば、今度は何時迄も結構になるのぞ。」(松の巻)
――改心次第で、善の霊と入れ替えて、よき方に回す。
・「改心次第で善の霊と入れ換へて、その日からよき方に廻してやるぞ。(中略)道はまっすぐに行けよ。寄り道するではないぞ。わき目ふると悪魔魅入るぞ。それも我れの心からざぞ。」(松の巻)
――改めただけのお蔭があるが、発根の改心ができなければ、まだまだ辛い目にあう。洗濯が足らないから、天の御三体の大神様とお地の先祖でなければ、根本の建て替えができないと本当にはわかっていない。
・「それでもまだまだ一苦労二苦労あるぞ、頭で判っても肚で判らねば、発根(ほっこん)の改心出来ねば、まだまだ辛い目に会ふのざぞ、人民 自分で首くくる様なことになるのざぞ、判りたであろ。天の御三体の大神様と ちのおつちの先祖様でないと今度の根本のお建替出来んのざぞ、判りても中々判らんであろがな。洗濯足らんのであるぞ。(中略)改まっただけ おかげあるのざぞ。今度の岩戸開いたら末代の事ざぞ、天地の違ひに何事も違ふのざぞ。(中略)まだまだ世界は日に日にせわしくなりて云ふに云はれん事になって来るのざから、表面(うわつら)許り見てゐると判らんから、心大きく世界の民として世界に目とどけてくれよ、」(アメの巻)
――世界の人民、動物虫けらまでも助ける仕組だから、人民が早く改心しなければ、神の仕組が人民に判らなければ、それだけこの世の歩みが遅れる。ウ(現実界)とム(霊界)は同じだが、ムからウが生れてくる。
・「ウはムであるぞ。ウとは現実界ぞ。ムとは霊界であるぞ。ウもムも同じであるぞ。ムからウ生れて来ると申してあること、よく心得よ。神の仕組、狂ひないなれど、人民に判らねば、それだけこの世の歩みおくれるのぢゃ。この世は人民と手引かねばならんから、苦しみが長くなるから、千人万人なら一人づつ手引いてやりても やりやすいなれど、世界の人民、動物虫けらまでも助ける仕組であるから、人民 早う改心せねば、気の毒いよいよとなるぞ。」(秋の巻)
――世界中を泥の海にしなければ道がない所まで押し迫ったが、泥の海となる直前にグレンとひっくりかえす、びっくりの道、一厘の手立てがある。神々も人民も心得違いが多いから、大神様におわび申してすっかり心を改めて下され。
・「世界中を泥の海にせねばならんところまで、それより他に道のない所まで押しせまって来たのであるが、尚一厘のてだてはあるのぢゃ。大神様におわび申してすっかり心を改めて下されよ。神々さまも人民さまも心得ちがひ多いぞ。泥の海となる直前にグレンとひっくりかえし、びっくりの道あるぞ。」(月光の巻)
――真の懺悔は正法をおさむる、掃除すること。まず、御(おさ)め、次に治(おさ)め、次に知(おさ)めなければならない。悪がそなたの中にあるから、素盞鳴(スサナル)の大神が悪神とうつる。
・「真の懺悔は正法をおさむることであるぞ、掃除することであるぞ。先づ御(おさ)め、次に治(おさ)め、次に知(おさ)めねばならんぞ、素盞鳴(スサナル)の大神は先づ滄海原を御め給ひ、更に蒼海之原を治め給ひ、次に天下(あめのした)を知め給うたのであるぞ。素盞鳴の大神が悪神とうつるのは悪がそなたの中にあるからであるぞ。」(五十黙示録/碧玉之巻)
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