政治

――何もかも与えっぱなしにすると、人民の元の姿が現れて、仕事をさせてくれと言って、喜んで働くようになる。

・「今の政治はむさぶる政治ぞ、神のやり方は与へぱなしざぞ、(ウズ)ぞ、マコトぞ。今のやり方では世界は治まらんぞ、道理ぢゃなあ。天にはいくらでも与えるものあるぞ、地にはいくらでも、どうにでもなる、人民に与へるものあるのざぞ、おしみなく、くまなく与えて取らせよ、与へると弥栄へるぞ、弥栄になって元に戻るのざ、国は富んで来るぞ、神徳 満ち満つのぢゃ、この道理判るであらうがな。取り上げたもの何にもならんのぢゃ、ささげられたものだけがまことじゃ、乗るものも只にせよ、田からも家からも税金とるでないぞ、年貢とりたてるでないぞ、何もかも只ぢゃ、日の光見よ、と申してあらうが、黄金(きん)はいらんと申してあろが、暮しむきのものも只でとらせよ、只で与へる方法あるでないか、働かん者食ふべからずと申す事 理屈ぢゃ、理屈は悪ぢゃ、悪魔ぢゃ、働かん者にもドシドシ与へてとらせよ、与へる方法あるでないか、働かんでも食べさせてやれよ、何もかも与へぱなしぢゃ、其処に神の政治始まるのぢゃぞ、神の経済あるのぢゃ。やって見なされ、(中略)この方の申す様にやって見なされ、お上は幸でうもれるのぢゃ、余る程与へて見なされ、お上も余るのぢゃ、此の道理判りたか。仕事させて呉れと申して、人民 喜んで働くぞ、遊ぶ者なくなるぞ、皆々神の子ぢゃ、神の魂うゑつけてあるのぢゃ、長い目で見てやれ、おしみなく与へるうちに人民 元の姿あらはれるぞ。むさぶると悪になって来るのぢゃ、」(一火リの巻)

――与える政治は時と所によっていくらでもある。金が要らなくなる。

・「金(かね)いらん事になると申してあろが、世界の人民 皆青くなって、どうしたらよいかと何処尋ねても判らん事近づいたぞ、早うこの神示読ましてくれよ、神の心が九分通り臣民に判りたら、神の政治判るのぢゃ、与へる政治いくらでもあるぞ、一通りと思ふなよ、時と所によっていくらでもあるのぢゃ、つまることない神のまつりごとぢゃ。人民の政治 神国には用いられんのぢゃ、三千世界天晴れの政治 早う心得て、まつり呉れよ。」(〇つりの巻)

――悪の守護となっているから、裁判所も牢獄も法律も必要だと取り違えている。この大きな取違いが判るまでは動きがとれない。祀っていない時は、太陽と月を拝め。

・「まつりてない時はお日様とお月様おろがめよ、マトとせよ。裁判所(しらす)いらんぞ、牢獄(ろうや)いらんぞ、法律いらんぞ、一家仲ようしたらいらんのぢゃ、国も同様ざぞ。そんな事すれば、世の中メチャメチャぢゃと申すであらうが、悪人がとくすると申すであろが、誰も働かんと申すであらうが、与へる政治だめぢゃと申すであろ、人間の小智恵ぢゃ。其処に人間の算盤の狂うたところ気付かんか、上に立つ人もっともっと大き心 結構ぞ、算盤なしで梶とらすぞ、神の申す通りに進むのぢゃ、これが出来ねば一段さがって頭下げてござれ、余り大き取違ひばかりぢゃぞ、悪の守護となってゐるからぢゃ、此処の道理判るまでは動きとれんのぢゃぞ。」(一火リの巻)

・「今の上に立つ人、一つも真の善い事致しては居らん、これで世が治まると思ふてか、あまりと申せばあまりぞ。神は今まで見て見んふりしてゐたが、これからは厳しくどしどしと神の道に照らして神の世に致すぞ、その積りでゐて呉れよ。神の申すこと、ちっともちがはんぞ。今の世に落ちてゐる臣民、高い所へ土持ちばかり、それで苦しんでゐるのざ。」(上つ巻)

――神の政治は、高きから低きに流れる水のやり方。

・「今の政治経済はわれよしであるぞ。臣民のソロバンで政治や経済してはならんぞ、神の光のやり方でないと治まらんぞ、与へる政治がまことの政治ぞよ、臣民いさむ政治とは上下まつろひ合はす政治のことぞ、(中略)神のやり方は日の光と申して、くどう気つけてあらうがな。政治ぞ、これは経済ぞと分けることは、まつりごとではないぞ。」(地つ巻)

――神の国の政治は、ものを活かす政治だから、経済も政治も要らない。

・「神の国の政治は、もの活かす政治と申してあろが、もの活かせば、経済も政治も要らんぞ。金もの云ふ時から、物もの云ふ時来るぞ。誠もの云う時来るぞ。石もの云ふ時来るぞ。」(松の巻)

――世界が狂い、悪となった人民の多くが、多数決で選ぶほど殆んどが悪人か狂人だから、ますます混乱してくる。立体にアヤなせば弥栄え、神人交流による神裁の道が判る。

・「多数決が悪多数決となるわけが何故に判らんのぢゃ。投票で代表を出すと殆んどが悪人か狂人であるぞ。世界が狂ひ、悪となり、人民も同様となっているから、その人民の多くが選べば選ぶ程、益々混乱してくるのであるぞ。それより他に人民の得心出来る道はないと申してゐるが、道はいくらでもあるぞ。人民の申してゐるのは平面の道、平面のみでは乱れるばかり、立体にアヤなせば弥栄えて真実の道が判るのぢゃ。ぢゃと申して独裁ではならん。結果から見れば神裁ぢゃ。神裁とは神人交流によることぞ。」(月光の巻)

――新しきタマの選挙がある。メクラの人民が集まって相談しても、ヤミとなり、行き詰まるから、早く改心せよ。総てを数だけで決めようとするから悪平等となる。

・「メクラの人民がいくら集まって相談すればとて、すればする程ヤミとなるのぢゃ、行き詰って【あげもおろしも】出来んことになるのぢゃぞ、総てを数だけで決めようとするから悪平等となるのぢゃ、メクラをいくら並べてみても何もならん、早う改心せよ、新しきタマの選挙があるでないか。」(五十黙示録/碧玉之巻)

――平等・公平は、悪魔のワナ。天地には、人民の言うような平等も公平もない。一寸のびる草は一寸が、一尺のびる草は一尺が頂天。これが公平であり平等。選挙と言うマヤクに酔って、選挙すればするほど本質から遠ざかる。世は立体なのに、平面の数(平面選挙)で定めず、立体の数に入れ。

・「平等とか公平とか申すのは悪魔のワナであるぞ、天地をよくみよ、人民の申す如き平等も公平もないであろうがな、一寸のびる草もあれば一尺のびる草もあるぞ、一寸の草は一寸が、一尺の草は一尺が頂天であるぞ。これが公平であり平等と申すもの。人民は選挙と申すマヤクに酔ってゐるぞ、選挙すればする程、本質から遠ざかるぞ。他に方法がないと定めてかかるから、悪魔に魅入られてゐるから判らんことになるぞ。世は立体であるのに平面選挙していては相成らんぞ。平面の数で定めてはならん、立体の数に入れよ。」(五十黙示録/五葉之巻)

――悪も神の用(ハタラ)きだが、悪は表に出てはならない。悪の仕組通り、悪平等、悪公平の選挙で選びだすから、出るものは悪にきまっている。

・「悪の仕組通り、悪平等、悪公平の選挙でえらび出すのざから、出るものは悪にきまっているでないか、悪もよいなれど、悪も神の用(ハタラ)きであるなれど、悪が表に出ること相成らん。」(五十黙示録/星座之巻)

 

 

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