救われる数

――神示が判る臣民が2・3分できたら、神はいよいよのとどめを刺す。

・「取られたり取り返したりこねまわし、終りは神の手に甦(よみが)へる。世の元のまし水 湧きに湧く所、やがて奥山移さなならんぞ。神示判る臣民二三分できたなら、神愈々のとどめのさすなり。三界を貫く道ぞ誠なり、誠の道は一つなりけり。神界の誠かくれし今迄の道は誠の道でないぞや。鬼おろち草木動物虫けらも一つにゑらぐ道ぞ誠ぞ。」(〇つりの巻)

――霊の国とこの世とは合せ鏡だから、この世に映ってくる。神の衣は人だが、九分九厘の臣民は神の衣になれない。

・「衣(ころも)はくるむものであるぞ、くるむとは、まつらふものぞ、神の衣は人であるぞ、汚(けが)れ破れた衣では神はいやざぞ。衣は何でもよいと申すやうなものではないぞ、暑さ寒さ防げばよいと申す様な簡単なものではないぞ。今は神の衣なくなってゐる、九分九厘の臣民、神の衣になれないのざぞ。悪神の衣ばかりぞ、今に臣民の衣も九分九厘なくなるのざぞ。の国、霊の国とこの世とは合せ鏡であるから、この世に映って来るのざぞ、臣民 身魂洗濯して呉れとくどう申してあらうがな、」(地つ神)

――日本の人民の身魂は、九分九厘まで悪になっている。

・「日本の人民の身魂(みたま)が九分九分九厘まで悪になりてゐるから、外国を日本の地に致さねばならんから、日本の地には置かれんから、どんなことあっても神はもう知らんぞよ。」(〇つりの巻)

――いま夜が明けたら、九分通り〇になっている今の臣民はなくなる。

・「今の臣民九分通り〇になりてゐるぞ、早う戦すませて呉れと申してゐるが、今夜明けたら、臣民九分通りなくなるのざぞ。お洗濯第一ざぞ。」(地つ巻)

――残される三分の一の臣民も、一度は死んでまた生き返る。臣民同士が食い合いし、外国へ逃げる者もいる。

・「残る者の身も一度は死ぬことあるぞ、死んでからまた生き返るぞ、三分の一の臣民になるぞ、これからがいよいよの時ざぞ。日本の臣民同士が食い合ひするぞ、かなわんと云うて外国へ逃げて行く者も出来るぞ。神にシッカリと縋(すが)りて居らんと何も分らんことになるから、早く神に縋りて居れよ、神ほど結構なものはないぞ。」 (上つ巻)

――死んでからまた甦られるように、マコトを心に刻みつけて死んでくだされ。判らないのは一面しか見えないからで、双方を見る目に早く改心せよ。この白黒まだらな時は長くは続かず、最も苦しいのは一年と半年、半年と一年。

・「判らんと申すのは一面しか見えぬことであるぞ、双方を見る目に、早う改心致してくれよ。この白黒まだらな時は長くつづかん、最も苦しいのは一年と半年、半年と一年であるぞ、死んでから又甦られるように死んで下されよ、マコトを心に刻みつけておりて下されよ。」(五十黙示録/至恩之巻)

――八の世界から十の世界になる。今迄の八方的な考へ方、八方的な想念や肉体では生きられず、十方的想念と肉体でなくてはならない。神々様も人民も森羅万象の悉くが、死ぬか生きるか。しばらくの生みの苦しみ。

・「死ぬか生きるかは人民ばかりでないぞ、神々様森羅万象の悉くが同様であるぞ、しばらくの生みの苦しみ八の世界から十の世界になるのであるから、今迄の八方的な考へ方、八方的な想念や肉体では生きては行かれんのであるぞ、十方的想念と肉体でなくてはならんぞ。」(五十黙示録/至恩之巻)

――1/3の人民になると、早くから知らせてあったことの実地が始まっている。大掃除して残った1/3で、新しき御代の礎とする仕組。1/3が難しくなっているのを、天の神にお願い申して一人でも多く助けたさの日夜の苦心。九(光ノ神)の花が咲く。

・「三分の一の人民になると、早うから知らせてありたことの実地がはじまっているのであるぞ。何も彼も三分の一ぢゃ、大掃除して残った三分の一で、新しき御代の礎と致す仕組ぢゃ、三分六ヶ敷いことになっているのを、天の神にお願い申して、一人でも多く助けたさの日夜の苦心であるぞ、カンニンのカンニン、ガマンのガマンであるぞ、(光ノ神)の花咲くぞ。」(五十黙示録/扶桑之の巻)

――残る臣民は二分。

・「神の国を、足の踏むところない迄にけがして仕舞ふてゐるが、それで神力は出ぬぞ。臣民無くなるぞ。残る臣民 三分むつかしいぞ。三分と思へども、二分であるぞ。」(松の巻)

――三分残したいための、三千の足場。

・「三分残したいために三千の足場と申してあるのぢゃ。早う三千集めよ。御役 御苦労。」(黄金の巻)

――臣民が一度は無くなるところまでいく。

・「やりかけた戦ぞ、とことんまで行かねば納まらん。臣民一度は無くなるところまでになるぞ、今のうちに この神示よく読んでゐて呉れよ。九月になったら用意して呉れよ。」(上つ巻)

――死んで生きる人と、生きながら死ぬ人

・「死んで生きる人と、生きながら死んだ人と出来るぞ。神のまにまに神の御用して呉れよ、」(上つ巻)

――神にまつらう者には生も死もなく、生き通し。昔は臣民も亡骸を残さないで死んだ。腹ができてくると、腹に神づまる。

・「神にまつらふ者には生も死もないのぞ、死のこと、まかると申してあろうがな、生き通しぞ、なきがらは臣民残さなならんのざが、臣民でも昔は残さないで死(まか)ったのであるぞ、それがまことの神国の臣民ぞ、みことぞ。世の元と申すものは天も地も泥の海でありたのざぞ。その時からこの世初まってから生き通しの神々様の御働きで五六七(みろく)の世が来るのざぞ。」(地つ巻)

 

 

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