――神の息に合わせて、一二三祝詞を宣れ。
・「一二三祝詞(ひふみのりと)するときは、神の息に合はして宣(の)れよ、神の息に合はすのは三五七、三五七に切って宣れよ。しまひだけ節(ふし)長くよめよ、それを三たびよみて宣りあげよ。天津祝詞の神ともこの方申すぞ。」(下つ巻)
――礼拝の仕方は、神代になるまでに進んでいく。
・「暫くこのやうに拝めよ、神代になる迄にはまだ進むのざぞ、それまではその様にせよ、」(アメの巻)
――人間の日々の仕事、食事も、みな直会。
・「直会(なをらひ)も祭典(まつり)の中ぞ。朝の、夕の、日々の人民の食事 皆 直会ぞ。日々の仕事 皆まつりぞ。息すること此の世の初めのまつりぞ。まつれまつれと申してあろが。おはりの御用は はじめの御用ぞ。まつりの御用ぞ。」(夜明けの巻)
――直会では、神の座を上に作る。
・「直会(なほらい)には神の座 上につくらなならんのざぞ、神人共にと申してあろがな、末だ判らんのか、順正しく礼儀正しく神にも人にも仕へまつれよ。たばねの神は、束(たばね)の人は後からぢゃ、後から出るぞ。」(三ラの巻)
――玉串を捧げるのは、自分を捧げること。
・「玉串 神に供へるのは衣(ころも)供へることぞ、衣とは神の衣のことぞ、神の衣とは人の肉体のことぞ。臣民をささげることぞ、自分をささげることぞ、この道理分りたか。人に仕へるときも同じことぞ、人を神として仕へねばならんぞ、神として仕へると神となるのざから、もてなしの物出すときは、祓ひ清めて神に仕へると同様にして呉れよ」
――玉串は自分を捧げるから、自分の肉体の清い所を供えろ。
・「玉串として自分の肉体の清い所 供へ奉れよ、髪を切って息吹きて祓ひて紙に包んで供へまつれよ、玉串は自分捧げるのざと申してあろがな。」(ア火バの巻)
――鳥居は要らない。
・「鳥居はいらぬぞ、鳥居とは水のことぞ、海の水ある それ鳥居ぞ。」(下つ巻)
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