霊がかり

――霊媒を通じた呼びかけは、九分九厘が邪霊。それが激しくなる。

・「霊媒通じてこの世に呼びかける霊の九分九分九厘は邪霊であるぞ。はげしくなるぞ。」(黄金の巻)

――悪神がかかると、えらい神様がうつったと信じ込む、霊のおもちゃになっている者が多い。

・「悪神かかりたなれば自分では偉い神様がうつりてゐると信じ込むものぞ。可哀さうなれど それも己の天狗からぞ。取違ひからぞ。霊媒の行見ればすぐ判るでないか。早う改心せよ。霊のおもちゃになってゐる者多い世の中、大将が誰だか判らんことになるぞ。先生と申してやれば皆先生になって御座る。困ったものぞ。」(黄金の巻)

――心の鏡を掃除すれば、それぞれに神がかかる。掃除なしで神がかりに頼ると、迷う。

・「神がかりよくないぞ、やめて下されよ、迷ふ臣民出来るぞ。程々にせよと申してあらうが。皆々心の鏡掃除すれば、それぞれに神かかるのぢゃ。肉体心で知る事は皆粕(カス)ばかり、迷ひの種ばかりぢゃぞ、」(カゼの巻)

――霊人と語るな。

・「霊人と語るのは危ないぞ。気つけくれよ。人は人と語れよ。」(黄金の巻)

――神の言葉でも、心して怪しいと思ったなら、サニワせよ。馬鹿正直では、まことの道を見失うことがある。

・「心して怪しと思ふことは、たとへ神の言葉と申しても一応は考へよ。神の言葉でも裏表の見境なく唯に信じてはならんサニワせよ。薬、毒となることあると申してあらうが。馬鹿正直、まことの道 見失ふことあると申してあらうが。道は易し、楽し。楽しないのは道ではないぞ、奉仕ではないぞ。」(黄金の巻)

――いろいろなお告げをサニワして聞き、判らなくなったら神示を見る。

・「色々のお告げ出ると申してあらうが。今その通りぢゃ。お告げに迷ふぞ。審神(サニワ)して聞けと申してあらう。審神して聞け。判らなくなれば神示見よ。」(黄金の巻)

――天人が人民に語る時は、人民の中に来て、その人民のもつ言葉で語り、文字を使う。天人同士の文字は数字が多い。夜明け前になると、霊がかりがウヨウヨ勝手放題にまぜくり返すが、しばらくの狂言。

・「天人が人民に語る時は、人民の中に来て、その人民のもつ言葉で語り文字を使うのであるぞ、自分と自分と語る如くなるのであるぞ、天人同士の文字は数字が多いぞ。夜明け前になると霊がかりがウヨウヨ、勝手放題にまぜくり返すなれど、それもしばらくの狂言。」(星座之巻)

――幽界は人間界と最も深い関係にあり、初期の霊かかりの殆どは この幽界からの感応による。霊かかりの動作で下級霊を見極めよ。高ぶる、威張る、命令する、断言する、高度の神名を名乗るものは、下級霊、インチキ霊。今の人民の九分九厘は幽界とのつながりをもつから、胸に手をあててよくよく自分をサニワせよ。例え神の言葉でも尚サニワせよ。無き筈のものを生み出し、それが地上界に反影してくる。迷信でも、信じる人が多くなれば信じる想念によって実体化し、有力な幽界の一部をつくり出すことがあるから、心せよ。

・「幽界は人間界と最も深い関係にあり、初期の霊かかりの殆どは この幽界からの感応によることを忘れるでないぞ。霊かかりの動作をよく見極めればすぐ判る。高ぶったり、威張ったり、命令したり、断言したり、高度の神名を名乗ったりするものは必ず下級霊であるぞ、インチキ霊であるぞ、インチキ霊にかかるなよ、たとへ神の言葉でも尚サニワせよと申してあろう。迷信であってもそれを信ずる人が多くなれば、信ずる想念によって実体化し、有力な幽界の一部をつくり出すことがあるから気付けておくぞ。無き筈のものを生み出し それが又地上界に反影してくるのであるから心して下されよ。今の人民 九分九厘は幽界とのつながりをもつ、胸に手をあててよくよく自分をサニワせよ。」(五十黙示録/龍音の館)

――世界中が霊かかりとなるのは今のこと。世界を、日本を、自分をサニワしなければならない。目に見えない所からの通信は、高度のものほど肉体的には感応が弱くなり、暗示的となる。下級霊は現実界と紙一重の所に住んでいるから、その感応は極めて強く、如何にも尤もらしく人民の目にうつる。ドタンバタン、大声でどなり散らすのは下の下。神もフトマニに従うから、順を乱すわけにはならない。高度の霊が直ちに肉体人に感応することはなく、それぞれの段階を経て感応する。その人民のミタマと同一波調の神霊に伝達され、その神霊の感応によって表現される。特別の使命をもつ天使は、最下級の霊界まで降りて、人民に特別な通信をなし、指示することもある。天使の霊が母体に宿って人民として生れてくる事もあり、末世にはこの種の降誕人がたくさんある。

・「世界中が霊かかりとなると申してあるのは今のことであるぞ、かかりてゐる世界自身わからなくなっているぞ、サニワせねばならん、サニワの方法書き知らすぞ。世界を、日本を、自分をサニワせねばならん。目に見へぬ所からの通信は高度のものほど肉体的には感応が弱くなり、暗示的となるものであるぞ、ドタンバタン、大声でどなり散らすのは下の下。神もフトマニに従わねばならん。順を乱すわけには参らん、高度の霊が直ちに肉体人に感応することはなく、それぞれの段階を経て感応するのであることを忘れてはならんぞ、下級霊は現実界と紙一重の所に住んでゐるのであるから、その感応は極めて強く、如何にも尤(もっと)もらしく人民の目にうつるものであるぞ、高度のものは、その人民のミタマの如何によって、それと同一波調の神霊に伝達され、その神霊の感応によって表現されるのであるぞ。特別の使命をもつ天使は、最下級の霊界まで降って来て、人民に特別な通信をなし、指示することもあるぞ。また天使の霊が母体に宿り人民として生れてくる事もあるぞ、末世にはこの種の降誕人が沢山あるぞ。」(五十黙示録/龍音の館)

――霊的良識は、神示や神典類によって、また体験によって養はれ、高度な科学書も参考となる。高度の幽界の霊は、神界の高級神霊と区別することが難しい。初歩のサニワの誤り易いところで、霊眼するものの誤り易いところだから、注意しなければならない。霊光の如きものも、強く大きくて中々にサニワ出来ない。

・「霊的良識は、神示や神典類によって、又体験によって養はれ、又高度な科学書も参考となるものぞ、科学を馬鹿にしてはならん。幽界の霊であっても高度のものともなれば、神界の高級神霊と区別することが六ヶ敷いぞ。初歩のサニワの誤り易いところであり、又霊眼するものの誤り易いところ、注意しなければならん、例へば霊光の如きものも強く大きくて中々にサニワ出来ないぞ。」(龍音の館)

――人間の肉体は真理の宿り給う神の生宮だから、下級霊が入ることはできない。例外はあるが、肉体霊、外部霊、副守護霊等の想念は、時によって動物的、幽界的となるから、それと同一波調の動物的霊が感応するが、肉体の内部までは入り込めない。しかし、感応の度が強ければ入ったと同様に見える状態となるため、多くの霊覚者やサニワは、人間の肉体に他の霊が入って自由にしていると信じているし、事実そう見えているが、それは誤り。先祖霊も大体同様。

・「人間の肉体に他の霊が入って自由にしてゐるのだと、多くの霊覚者やサニワが信じてゐるなれど、事実そう見へるなれど、それは誤りであるぞ。人間の肉体は原則として真理の宿り給ふ神の生宮であるから、下級霊は中々に入ることは出来ん例外はあるなれど、肉体霊、外部霊、副守護霊等の想念は、時によって動物的、幽界的となるものであるから、それと同一波調の動物的霊が感応する、感応はするが肉体の内部迄は入り込めない、しかし感応の度が強ければ入ったと同様に見へる状態となるのである。先祖霊も大体同様であるぞ。」(五十黙示録/龍音の館)

――霊には、人間の肉体は無いのと同じだから、霊には物質は感覚の対象とはならない。憑依の対象となる人間の肉体霊の知っていることを、直ちに知り得るから、動物霊は祖先のことを知る。祖先霊に化けて何かを企てる動物霊が多いから注意せよ。

・「霊には物質は感覚の対象とはならない霊には、人間の肉体は無いのと同じである。祖先霊に化けて何かを企てる動物霊が多いから注意せよ動物霊が何故祖先のことを知るかと申せば、その憑依の対象となる人間の肉体霊の知ってゐることを、直ちに知り得るからである。」(五十黙示録/龍音の館)

――動物霊でも他の霊でも、人間に感応したら、その人間のもつ言葉をある程度使いこなせるから、動物霊が人間の言葉を使う。だから、日本人に感応すれば日本語、米人なれば英語を語る。霊界の事を知らない霊的白痴は、理屈に合わな無茶苦茶な文章だと言うが、この神示は八通りに読めるから、いよいよ判らないことになる。

・「動物霊が人間の言葉を使ふことは、フに落ちないと申すものが沢山あるなれど、よく考へて見よ、例へば他人の家に入って、其処にある道具類をそのまま使用するのと同じ道理ぢゃ、判りたか、動物霊でも他の霊でも人間に感応したならば、その人間のもつ言葉を或る程度使いこなせるのであるぞ、故に日本人に感応すれば日本語、米人なれば英語を語るのであるぞ。今の偉い人民がこの神示をよむと、理屈に合わん無茶苦茶な文章であるから、下級霊の所産だと断ずるなれど、それは余りにも霊界の事を知らぬ霊的白痴であることを、自分で白状してゐるのぞ、気の毒ぢゃなあ、ましてこの神示は八通りに読めるのであるから、いよいよ判らん事になるぞ。」(五十黙示録/龍音の館)

――例外として、肉体に入り込んだ場合、人間の魂と動物の魂が入れ替っていることもある。その場合、狐は狐の様相を露呈するから判りやすいが、悪行を積んだ霊は、巧みにその時代の流れにあわせて化けているから、見破ることが難しい。自分自身は高度な神界に住んでいると誤信しているある種の霊が感応した場合は、人間が知らない世界のことを自信を以って断言する場合が多く、自信を以って強く告げられると、多くのサニワは参ってしまう。

・「時に、例外として人間の魂と動物の魂と入れ替ってゐることもあるぞ、この場合は肉体に入り込んだと考へてよいぞ。こう言ふ場合、例へばそれが狐ならば狐の様相を露呈するから、誰にでもすぐ判るなれど、悪行を積んだ霊ともなれば巧みに、その時代々々の流れに合せて化けているから、中々見破ること六ヶ敷いぞ、心得なされよ。或る種の霊は、自分自身は高度な神界に住んでゐると誤信してゐるものもあるが、こうした霊が感応した場合は自信を以って断言する場合が多い人間が知らぬ世界のことを、自信を以って強く告げられると、多くのサニワは参って了ふぞ。」(五十黙示録/龍音の館)

――幽界霊も、時によって正しく善なることを言うが、それはただ言うだけ。よいことを語ったとて直ちに善神と思ってはならない。真の善言真語は、心、言、行、一致だから、直ちに力する。言葉の上のみ同一であっても、心、言、行、が一致していないと力しない。偽りの言葉は、落ちついて聞けばすぐ判る。われは天照太神なりなどと名乗る霊にロクなものはない。大言壮語する人民はマユツバもの。

・「幽界霊も時により正しく善なることを申すなれど、それは只申すだけであるぞ。悪人が口先だけで善を語るようなものであるぞ、よいことを語ったとて直ちに善神と思ってはならん。よい言葉ならば、たとへ悪神が語ってもよいではないかと申すものもあるなれど、それは理屈ぢゃ、甘ければ砂糖でなくサッカリンでもよいではないかと申すことぞ。真の善言真語は、心、言、行、一致であるから直ちに力する、言葉の上のみ同一であっても、心、言、行、が一致しておらぬと力せぬ偽りの言葉は、落ちついてきけばすぐ判るぞ、同じ「ハイ」と言ふ返事でも、不満をもつ時と喜びの時では違ふであろうがな。われは天照太神なり、などと名乗る霊にロクなものないぞ、大言壮語する人民はマユツバもの。」(五十黙示録/龍音の館)

――サニワは、場合によって霊媒を誘導してもよい。霊に向っては常に愛を持って接しなければならない。誰でも絶へず霊界とのつながりがあり、霊界からの呼びかけがあるから、サニワはそれを助け導くように努力せよ。

・「サニワは、場合によって霊媒を誘導してもよいぞ、又霊に向って常に愛を持って接しなければならんぞ。誰でも絶へず霊界とのつながりがあり、霊界からの呼びかけがあるから、サニワはそれを助け、導くように努力しなければならんぞ。」(五十黙示録/龍音の館)

――はじめに出て来る霊は殆ど下級霊。祖霊が出る場合は、何か頼みたい場合が多い。浄化した高級霊は、人民に判るような感応は殆どない。

・「はじめに出て来る霊は殆ど下級霊であるぞ、玄関に先づ出て来るのは玄関番であるぞ。祖霊の出る場合は、何か頼みたい場合が多いぞ、浄化した高級霊ともなれば、人民に判るような感応は殆どないぞ。」(五十黙示録/龍音の館)

――霊の要求は、よく判断した上で処理せよ。殊にその霊が病気に関連をもつ場合は、微妙だから、よく心得よ。悪い企て、悪い行為でも、やんわりともちかけて善きに導け。悪抱き参らせよ。邪道的要求を容れて一時的に病気を治すと、それに倍してブリ返す。

・「霊の要求ぢゃと申して、そのまま受け入れてはならんぞ、よく判断した上で処理せねばならん。下級霊、動物霊の場合は酔ひどれのように箸にも棒にもかからんことを申すものぞ。殊にその霊が病気に関連をもってゐる場合は微妙であるから、よく心得なされよ。悪い企て、悪い行為ぢゃとて、直ちにキメつけてはならん、やんわりともちかけて善きに導かねばならんぞ、悪をきらふ心があってはならん、悪抱き参らせと申してあろうがな。邪道的要求を容れて一時的に病気を治すと、それに倍してブリ返すぞ、この呼吸大切。」(五十黙示録/龍音の館)

――霊に(ひつぐ)神示をよんで聞かせれば、その偉大さがハッキリ判る。どんな下級霊でも、馬鹿にすると反射的にサニワを馬鹿にして始末におえないことになる。霊覚者や行者の中には奇跡的なことや非常識な行動をする者がよくあり、一般の人民はそれに騙されるが、何れも下級霊のしわざ。正神には奇跡はなく、奇跡ないことが大きな奇跡。奇跡するものは亡びる。高級霊は態度が立派。

・「霊に(ひつぐ)神示をよんで聞かせて見よ、その偉大さがハッキリ判るぞ。どんな下級霊であっても、その霊を馬鹿にしてはいけない、馬鹿にすると反射的にサニワを馬鹿にして始末におへんことになるぞ。霊覚者や行者の中には奇跡的なことや非常識な行動をする者がよくあるぞ、一般の人民はそれにだまかされることがよくあるぞ、何れも下級霊のしわざであるぞ、正神には奇跡はない、奇跡ないことが大きな奇跡であるぞ、奇跡するものは亡びる。高級霊は態度が立派であるぞ、わかりたか。」(五十黙示録/龍音の館)

――霊の発動をとめて、静かにする法は、「国常立大神 守り給へ幸(さき)はへ給へ」と三回くり返す、または「素盞鳴大神 守り給へ幸はへ給へ」と三回くり返す、または「太日月地大神 守り給へ幸はへ給へ」と三回くり返す。世界そのものの霊かかり、日本の霊かかりを早く鎮めなければ手に負えなくなるが、見事な事を致して見せる。

・「霊の発動をとめて、静かにする法は「国常立大神 守り給へ幸(さき)はへ給へ」と三回くり返すこと。又「素盞鳴大神 守り給へ幸はへ給へ」と三回くり返すこと、又は「太日月地大神 守り給へ幸はへ給へ」と三回くり返すこと世界そのものの霊かかり、日本の霊かかり、早うしづめんと手におえん事となるが、見て御座れよ、見事な事を致してお目にかけるぞ。」(五十黙示録/龍音の館)

――ウヨウヨしている霊かかりに、まだ騙されている人民が多い。奇跡を求めたり、われよしのおかげを求めたり、下級な動物のイレモノとなって囚われているから、騙される。霊媒の行いをよく見ればすぐ判るから、早く目覚めよ。マコトの道にかへれ。マコトとは一二三四五六七八九十、そのうらは十九八七六五四三二一で、合せて二十二。二二が真理。二二が富士(不二、普字)。

・「ウヨウヨしてゐる霊かかりにまだ、だまされて御座る人民多いのう、何と申したら判るのであるか、奇跡を求めたり、われよしのおかげを求めたり、下級な動物のイレモノとなってゐるから、囚われてゐるから、だまされるのぢゃ、霊媒の行ひをよく見ればすぐ判るでないか。早うめさめよ、因縁とは申しながら、かあいそうなからくどう申して聞かせてゐるのであるぞ、マコトの道にかへれよ、マコトとは〇一二三四五六七八九十と申してあろう、そのうらは十九八七六五四三二一〇で、合せて二十二であるぞ、二二が真理と知らしてあろう、二二が富士(不二、普字)と申してあろうが、まだ判らんか。」(五十黙示録/紫金之巻)

 

 

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