――霊界との関係によって、この世が動いている道理が判らなければならない。運命は自由自在だが、強いるものでもあり、その人の心次第で変わる。何事も天から(心から)出てくる。
・「運命は自由自在のものではあるが、又強ひるものでもあるぞ。大きくも、小さくも、薄くも、厚くも、その人の心次第に変るぞ。もとは霊界にあるからぞ。嬉し嬉しで運命を迎へる気、結構ぞ。世のことだけで この世のこと動かんぞ。霊界との関係によって、この世が動いてゐる道理判らねばならん。早う神の心に、神意さとれよ。遠慮いらん。何事も天から出て来るのぢゃ。天からとは心からのことぢゃ。」(黒鉄の巻)
――主は霊であり体は従、神は主で人間は従。霊も五、体も五。調和を乱すのが悪で、人間のみならず、総て偏してはならない。
・「調和乱すが悪ぞ。人間のみならず、総て偏してならん。霊に偏してもならん。霊も五、体も五と申してあらう。ぢゃが主は霊であり体は従ぞ。神は主であり、人間は従であるぞ。五と五と同じであると申してあろう。差別則平等と申してあらう。取り違い禁物ぞ。」(冬の巻)
――宿命は宿されたもので、一つのワクに入っているが、運命は自分で切りひらくこと出来る。信念だけでは行き詰るから、ミタマを磨け。
・「宿命は宿されたもの。一つのワクに入ってゐるのであるぞ。運命は自分で切りひらくこと出来るぞ。磨け磨け、ミタマ磨き結構。信念だけでは行き詰るぞ。」(春の巻)
――天国がうつって地が出来ていて、天界のものは光輝き、幽界のものは暗くなるだけの違い。時所位、総てが想念の中、想念のままに現われてくる。時間も空間も情態が変るだけの映像で、本質は無限だから、霊界は無限、絶対、自由自在。現界では順に得たものでも、心の中では時間に関係なく、距離に関係なく、一所へ並べられる。だから、心の世界では、時間、空間がない・
・「天国がうつって地が出来てゐるのぢゃから、霊の国は更に立派、微妙ぞ。天界のもの光り輝き幽界のもの暗くなる違ひあるだけぢゃ。その時の状態によって変化するが、総ては神が与へたのぢゃ、現界同様、与へられてゐるのぢゃと知らしてあらうがな。時間、空間もあるのであるが、ないのであるぞ。同じ状態にあれば同じ処に住み、変化すれば別の所に住むのであるぞ。見ようと思へば、念の中に出て来て、見ること、語ること出来るのぢゃ。見まいとすれば見えんのぢゃ。自分で見、自分で語るのぢゃぞ。時、所、位、総てが想念の中、想念のままに現はれて来るのであるぞ。判るやうに申すならば、時間も空間も映像であって、情態が変るのみのことであるぞ。情態のもと、本質は限りないから、無限であるから、自由であるから、霊界は無限、絶対、自由自在であるぞ。現界では、時間に順に得たものでも、心の中では時間に関係なく、距離に関係なく、一所へならべられるであらうがな。心の世界で、時間、空間のない道理これでよく判るであらうがな。」(白銀の巻)
――あの世とこの世は合わせ鏡だと肚の底から得心できなければ、どんなにいいことをしても言っても何にもならない。喜びが、真、善、美、愛と現はれ、それが又、喜びとなり、それが繰り返す。
・「喜びが﹅、真、善、美、愛と現はれ、それが又、喜びとなり、又、﹅、真、善、美、愛となり、又現はれ、限りないのぢゃ。喜びの本体はあの世、現はれはこの世、あの世とこの世合せて真実の世となるのぞ。あの世ばかりでも片輪、この世ばかりでも片輪、まこと成就せんぞ。あの世とこの世と合せ鏡。神はこの世に足をつけ衣とし、人はあの世をとして、心として生命しているのぢゃ。神人と申してあろうがな。この十理(ドーリ)よくわきまへよ。この世にあるものの生命はあの世のもの、あの世の生命の衣はこの世のもの。くどいようなれど このこと肚の中に、得心なされよ。これが得心出来ねば どんなによいことをしても、まこと申しても なにもならん、ウタカタぢゃぞ。時節来たのぢゃから、今迄のように一方だけではならんぞよ。」(春の巻)
――カタは形をもたなければならない。念は語ることによって現れ、が無くなるほど、〇は有となる。
・「カタは形をもたねばならん。念は語ることによって現れるのぢゃ。﹅が無なればなる程〇は有となるのであるぞ。このことよく判りて下されよ。肚の中のゴモクすてるとよくわかる。」(夏の巻)
――地上すべては霊界で同じことになっているから、霊の世界の動きが大切。霊の死食物や生活を求める人民が少ないから、片輪車。
・「ほんとうにモノを見、きき、味はい、消化して行かなならんぞ。地の上にあるもの、人間のすること、その総ては霊界で同じことになっていると申してあろうが。先づ霊の世界のうごき大切。霊の食物、霊の生活、求める人民 少ないのう。これでは、片輪車、いつまでたってもドンテンドンテンじゃぞ。」(夏の巻)
――見えるものから来る幸福は有限だが、見えないものから来る幸福は無限。尽きない喜びは、常に神から。
・「見へるものから来る幸福には限りがあるが、見えんものから来る幸福は無限ぞ。つきんよろこびは常に神から。」(夏の巻)
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