――神は順序なり。
・「何事も順正しくやりて下されよ、神は順であるぞ、順乱れた所には神の能(はたらき)現はれんぞ。」(アメの巻)
――順序が判れば初段、和に徹すれば名人。人間、動物、木、石、道具など総てのものに、それぞれの霊が宿って、霊と体とで一つのものが出来上がっている。数字にも文字にもそれぞれの霊が宿り、それぞれの能(ハタラキ)をしている。
・「木にも竹にも石にも道具にもそれぞれの霊が宿ってゐるのである。人間や動物ばかりでなく、総てのものに宿ってゐるのである。宿ってゐると云うよりは、霊と体とで一つのものが出来上がってゐるのである。一枚の紙の裏表のようなもの、表ばかりのものもない。裏ばかりのものもない道理。数字にも文字にも それぞれの霊が宿って居り、それぞれの能(ハタラキ)をしてゐるのであるぞ。順序が判れば初段、和に徹すれば名人。」(月光の巻)
――区別と順序さへ心得て居れば何様を拝んでもよい。金が好きなら金を拝んでもよい。赤貧も、無神論も自慢にならない。清貧はまけおしみ、清富こそ弥栄の道、神の道。
・「金が好きなら金を拝んでもよいのぢゃ。区別と順序さへ心得て居れば何様を拝んでもよいぞ。金を拝めば金が流れてくるぞ。金を拝み得ぬイコヂさが そなたを乏しくしたのぢゃ。赤貧は自慢にならん。無神論も自慢にならん。清貧はまけおしみ、清富になれよと申してあろうが。清富こそ弥栄の道、神の道、大大神のマコトの大道ぞ。」(月光の巻)
――真っ先に神に捧げるのが順序。神に供えてから食べると、身魂が太る。
・「この世はみな神のものざから臣民のものと云ふもの一つもないぞ、お土からとれた物、みな先づ神に供へよ、それを頂いて身魂を養ふ様になってゐるのに、神には献げずに、臣民ばかり喰べるから、いくら喰べても身魂ふとらぬのぞ、何でも神に供へてから喰べると身魂ふとるぞ。今の半分で足りるぞ、それが臣民の頂き方ぞ。」 (上つ巻)
――人民のものは何一つないから、大引き上げにならないうちに捧げよ。
・「土地分け盗りばかりか、天まで分け盗って自分のものと、威張ってゐるが、人民の物一つもないのぢゃ。大引上げにならんうちに捧げた臣民 結構ぞ。」(カゼの巻)
――太(オオヒツキ)太神様、殊に育ての、生みの親さま 九二十九十千(クニトコタチ)の大神様の御実体を理解しなければ、自分でいくら頑張っても、やりそこなう。自分に与へられたものの中から、神に捧げなければ、神は受けられない。自分のものをまず捧げるから、弥栄える。
・「心の洗濯 早ういたして 太(オオヒツキ)太神様に、殊に育ての、生みの親さま 九二十九十千(クニトコタチ)の大神様の御実体を理解せねば、自分でいくら頑張っても やりそこないぢゃ。われがわれがと思ふてゐるなれど、皆このほうがかげからさしてゐるのに気づかんのか。おわびせよ。と申せば、そんな悪いことした覚えないと申すが、何処迄くもったのぢゃ。神にささげるには、自分に与へられたものの中から ささげねばならんぞ。むさぶり取ったり横取りしたり、自分のものでないもの、もうけたカスを神にささげて威張ってゐるが、それはささげ物にならん。神は受け給わんぞ。泥棒のお残りちょうだいは真平ぢゃ。自分のもの先づささげるから弥栄えるのぞ。おかげ万倍間違ひなし。」(春の巻)
――全ててんし様のもの。臣民は神に供えてからいただく。
・「何もかもてんし様のものではないか、それなのにこれは自分の家ぞ、これは自分の土地ぞと申して自分勝手にしているのが神の気に入らんぞ、一度は天地に引き上げと知らしてありたこと忘れてはならんぞ、一本の草でも神のものぞ、野(ぬ)から生れたもの、山から取れたもの、海の幸もみな神に供へてから臣民いただけと申してあるわけも、それで分るであろうがな。」(富士の巻)
――神示を示す時に、順序を乱してくる。順序が乱れるところに神様のお働きはない。
・「神示しめすに、順乱して来るぞ。慾出して下さるなよ。順乱れる所に神のはたらきないぞ。人民 自由にせよと申して、悪自由してならん。」(黄金の巻)
――数霊、言霊、色霊。
・「世の中には順序あるぞ。それがカズタマ(数霊)、動くと音出るぞ。それがコトタマ(言霊)、ものには色あるぞ。それがイロタマ(色霊)。」(黄金の巻)
――順と区別を心得、一切に向かって感謝せよ。日の神だけ拝むのは理(ミチ)にならないから、お蔭はない。
・「順と区別さへ心得て居れば、何様を拝んでもよいと申してあろうが。日の神様ばかりに囚われると判らんことになるぞ。気付けおくぞ。それでは理(ミチ)にならん。父だけ拝んで母拝まんのは親不孝ぞ。おかげないぞ。おかげあったらヨコシマのおかげと心得よ。(中略)一切に向って感謝せよと申してあろうが。門もくぐらず玄関も通らずに奥座敷には行かれん道理。順序を馬鹿にしてはならんぞ。いつ迄門に立っていても何もならん、お出直しぢゃ。(中略)始はカタふんで行かなならんぞ。」(春の巻)
――神から出る理(ミチ)に従へばこそ、向上、弥栄するが、慢心するから、理がなくなって行き詰る。ねり直して、天が上で地が下で、中にあるミロクの世、マコトの一家となる。長い苦心がなければ よいものはできないから、この世で出来終らなければ、あの世までやり続けてもよい。永遠性のない生活は、宗道ではない。
・「神から出るものは理(リ)にきまってゐるぞ。この平凡の理(ミチ)の道理が何故に判らんのぢゃ。得心出来んのぢゃ。それに従へばこそ向上、弥栄するのぢゃ。天狗ざから、慢心するから、理がなくなるから行き詰るのぢゃ。一応は世界一家のカタ出来るのぢゃ。が、それではならん。それを越えて、ねり直してマコトの一家となるのぢゃ。天が上で地が下で、中にあるのぢゃ。それがミロクの世ぢゃ。気長にやれと申してあろう。長い苦心なければ よいもの出来ん。この世で出来終らねば、あの世までもちつづけても やりつづけてもよいのぢゃ。そなた達はあまりにも気が短いぞ。それではならんのう。マコトの生活は永遠性もってゐるぞ。これないものは宗道でないぞ。」(春の巻)
――コト=言(光透)と、時と、その順序さへ心得ていれば、何をしても、何を話しても、何を考へてもよい。
・「コト=言(光透)と、時と、その順序さへ心得て御座れば、何をしても、何を話しても、何を考へてもよいのぢゃ。」(月光の巻)
――その順序と区別がよく判らずに、何でも彼でも拝んではならない。
・「そなたは何神様でも仏でも、何でも彼でも拝んでいるが、その順序と区別がよく判ってゐないぞ。判らずにめくらめっぽうに拝んではならん。心得なされよ」(月光の巻)
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