★各太陽系の神・神霊
天地開闢によって出現した幾多の太陽系中で、わが太陽系を生成せしめたる「天地根本大祖神」の意志、目的、この生成に当たった神・神霊は、他の太陽系を生成せしめたそれ等とは同一ではない。他の太陽系は、他の「天地根本大祖神」の意志の下に、他の神々によりて生成せられしもの。
★太陽系の五階神

「神と神霊」と「物質の世界」は、相隔てた場所に存在するのではなく、同一宇宙の同一場所に相重なって存在する。相異なる世界とは、その「次元」を異にするという意味で、同一空間に異なる世界が存在する。
★隠身(七次元)……大元霊「天地根本大祖神」(神名「元無極體主王大神」)
唯一にして絶対なる宇宙の大元霊「天地根本大祖神(御名「元無極體主王大神」)は、神・人・万有とこれらを律するあらゆる法則を包括する。「天地根本大祖神」の在ます世界は、七次元の隠身界。(隠身:神は人間の肉眼では見えないこと)。
太初、この神「天地根本大祖神」自体の御意を発動して自らの剖判を始められ、宇宙にさまざまな事実が目に見えるようあらわされた。この姿は、大別して「神の世界」と「物質の世界」となり、「神の世界」は「神界」と「神霊界」に分れた。この神の体たる宇宙の森羅万象とあらゆる法則を根底にさかのぼって考察すると、4個の事実「創造」「統一」「自由」「限定」が、循環する一連の環のように絶えて止むことなく行われつつある真理を認識し得る。
★仮凝身(六次元)……創造神「天一天柱主大神」
「天地根本大祖神」の活現によって、仮凝身界の神が生まれた。仮凝身とは「仮に凝る(=集まってくる)」の意味。「天地根本大祖神」の意志を継承して、宇宙生々存々の創造の神業を、久遠の太初から永遠の未来にわたって行われるこの創造の神業は、一瞬も休止することはなく、永遠に終止することもない。
仮凝身創造神の御身魂は、「天地根本大祖神」のご意志にして、體はなく、形を持たない諸神。「天地分主大神」「中末分主大神」の二神を「根本三六大神」、「天地分大底大神」「天地分大底女大神」の二神を「底津岩根大神」と称し奉る。「天地分主大神」は空間(六・五・第三次元界を含む)を創造してこれを司られ、「中末分主大神」は時間(過去・現在・未来)を創造してこれを司られる。「天地分大底大神」は、霊質(現象世界に於ける九十余りの元素とは異る元素をもって成る異物質)を創造してこれを司られ、「天地分大底女大神」は、現象界の物質を創造してこれを司られる。この四大神の各御力を全部備えて、仮凝身創造神の代表神として現れ給ひし大神を、「天一天柱主大神」と称し奉る。
★燿身(五次元)……統治神「天之御三体の大神」
四大神力の創造によって天地万象の要素が整った後、燿身界の神が生まれた。燿身とは「燿く身」の義。三十二相八十種を円満具備する妙果(=すばらしい成果)成就の神相にして、稜威(=威光)六合(=宇宙全体)に輝き、普く十方世界を照らし、宇宙統治を司り給う神で、御身魂は隠身界「天地根本大祖神」の意志の一部で體も形もない。(時に、次階の駛身界に出現される際は、龍体として現じ給うことがある。)
統治神の代表神「天照日大神」、「撞之大神[月の大神](天之三六大神、天の親神)」、「霊之大神[日の大神]」の三神を「天之御三体の大神」と称し奉る。
★駛身(四次元)……司宰神「国万造主大神(別名 国常立大神)]
仮凝身・燿身両界の神がその位に即かれ、駛身界に駛身神が生じた。この神は霊的威力大で、たちまち巨大化・微小化し、雲散霧消、天や国をはせって通力で自ら移動される。燿身神の統治の下、仮凝身創造神の神業の一たる、限身第三次元界の生成化育の各部分を分担し給う、自在神(世界創造をなしとげる主宰神)。この神の御魂は、仮凝身神あるいは燿身神の御身魂の分派で、體は、常態では駛身界の霊質で構成された竜體。形は意志のままに千変万化し、またその魂も體も意志に従って幾個にも分離できる。命は永世不滅が原則だが、「天地根本大祖神」の御意志のまま、身魂の本源神たる仮凝身或は燿身神に還元することがある。
この神の在す第四次元界を「神霊界」と称し、この世界の主宰神は、「国万造主大神(別名 国常立大神)](艮の金神・地之祖神・国祖)。その妃「国万造美大神(別名 比津遅比売大神])と共に司配される神霊は、天津神の「天地大神霊統神」「天津神霊統神」、国津神の「地之親神霊統神」「地之霊統神」「龍宮系霊統神」。
四次元界が推移変遷する間に出現した「思凝神」、人類発生後に出現した「人霊神」の両神霊は、體がなく、形と意志(魂)のみの神霊で、次第に駛身界にその数を増加した。
★限身(三次元、現界)……「天地剖判」「人類界」
限身界の出現を「天地剖判」と云う。宇宙塵で充満する物質界は、塵の一を核として他の塵が集合し、回転運動を起して次第に星雲の状態となり、ついに固体を形成して、日地月星となった。この固形せるものを総称して「地」と云い、その他の空間を「天」という。次に生じた限身界(三次元界、現界)の神は、各個体の構成がある一定の制限を受けるためたちまち巨大化、微小化することはない。物質的な構成の威(=力)が大きいため霊的自在の範囲が狭く小さく、宇宙の万生万有、森羅万象がこれなり。「人類」は限身界における最も代表的な存在。
★創造――「宇宙剖判」
在来の神話その他は、「天地剖判(限身界の出現)」と「宇宙剖判」を混同しているため、神の世界の発生と限身界の出現とを区別できず、意義不明瞭に陥っている。
4個の事実の中で最初に認識される、この宇宙が瞬時も休止する所なく、永遠より永遠にわたって生々と活動しつつある事実を「創造」という。「創造」の第一段階は「宇宙剖判」(=宇宙開闢)。
天地がひらけた当初、宇宙それ自体の剖判(開けはじめ)が開始され、「神の世界」と「物資世界」が出現し、やがて、神の世界は「神界」と「神霊界」に分れた。わが太陽系の「地球」の修理固成にたずさわった神は、神界の統治神の一部と、神霊界の自在神(=世界創造をなしとげる主宰神)の一部で、これらの神々の悠久なる年月にわたる努力によって、初めて今日在るような地球の出現を見るに到った。[註、わが太陽系の生成化育に対する天地根本大祖神の御意志を、最も濃厚なりと謂う。]
また、混沌として宇宙塵の充満する物質世界でも「天地剖判」(=天地の分れ)が行われ、澄んで陽なるものは、薄く横に長く引いて「天(空間)」となり、重く濁れるものは永くとどまって地[物質][日地月星]となり、こうして生じた無数の太陽系各々がその位置につき、「太陽系」における「地球」もその公転と自転を開始した。やがて、これらの神と神霊との努力によって、地球の修理固成が完了する。海陸の建て分けは終わり、動植物の発生を見、その蕃殖と繁茂の過程に入る。
(この宇宙を一貫して流れる意志の動きを「創造」とのみ見て、これによって凡てを律せんとする時、真理は流転して永遠に定まることはなく、先を見通す可能性は絶対に否定せられざるべからず。「創造」はことごとくが唯一絶対者たる「元無極體主王大神」より発現するものなので、宇宙万有の時間的空間的統量(?)は、恒久に全一(=完全に一つにまとまって)不滅ではない。すなわち、万有の発現は、永遠より永遠に亘る「創造の過程」たると同時に、恒久なる全一の表現神としての「統一態」ではない。換言すれば「創造」の過程は常恒(=いつまでも終わらない)に「統一」されるものではない。)
★「統一」の時代……統治神と被治神、統治者と被統治者
宇宙の「創造」過程が一段落後、到来する「統一」の時代に入ると、神界の神と神霊界の神霊それぞれにその職分位置が決定し、統治神と被治神の別が定まり、神の世界の神代における整然たる政治が開始される。この間、地球は幾回か酷熱期と氷河期とを経過し、気温がようやく定まって、巨草巨木は絶滅、巨獣巨蟲は影を潜め、その適切な時期となって、ここに「人類の創造」を見る。統治神の神命と自在神の活躍によって、ある類の人類が地上に初めて発生し、やがて人類社会でも統治者と被統治者の区別が定まる。この人類界における統治者は「万国棟梁天職天津日嗣天皇」で、日本皇室の祖であり、同時に人類の祖たるなり。このように太古、神界において、統治者神はその位に在して神霊を統治し、地上では日本天皇がその座に坐して、世界万国を治める、神界と人類界の凡てに整然たる統一ありし時代を、「神政政治の時代」という。
しかるに、「統一」は常に「創造」そのものを前提として初めて行われるべきものであり、その根本を無くすことがあれば、「統一」は往々にして昔からのしきたり、形式、伝統等のために固定されて、本来の根源たる「創造」自身に委縮や退嬰(=あとへ退く)を来たすことがある。この傾向を打開して、永劫に生き生きたる「創造」の系統をうけつぐために必要なるを、「自在」(=心のままである)なりとす。
★「自在」の時代
宇宙における「統一」の時代たる「神代の神政政治」の後に来たのは、この「自在」の時代。神々は当時、その宇宙に出現ありて以来日が浅く、わずかに地球の修理固成と人類の創造を終えたのみで何らの経験もなく、人類も同じく、創造せられし時のままなる無経験の人類だった。ゆえに、宇宙をこのままの統一状態に放置するか、間もなく万事は形式のまま委縮固定し去るべきかとなり、「天地根本大祖伸」が意志を発露して神霊を固定され、神霊界のみならず人類界全般にわたって「自在時代」の到来を許容された。
この時代の間に発生したものは、愛慾と支配慾との葛藤。それを調和せしめんとする争闘や、争闘が止まざるを得ない調和が引き続いて起こった結果、神霊界と人類界は、幾多の波瀾曲折、治乱興亡を経験した。この間、「天地根本大祖神」が密かに仕組まれた大試練の前に、神霊と人類はそれ以来、悠久の年月に亘って経験に経験を重ね来て現在に及び、ようやく神霊と人類は自分の思うままに天の神則を破ってはならないことを自覚。宇宙はようやく次の時期に入らんとしつつある。
本来、「自在」は「統一」が枯渇しようとするのを打開すべきもので、この「自在」を不合理に解き放つと、やがて放縦自恣(=欲するまま気ままな行動)に堕落し、その本源たる「統一」の意義を喪失する。だから、放縦自恣に陥るのを禦ぎ、「自在」本来の意義を恒久に維持するためには、「限定」を必要とする。
★「限定」の時代――「太初の神政政治の復古」
宇宙もここに到り、「自在」の時代が終了を告げたことで、次の「限定」の時期に入る事となった。この時代に入っては、神々も自覚して限定せられ、人類もまた自覚して限定する。
神界・人類を問わず、制限と限定なき社会は、到る所に欠陥と破綻を生ずる。この欠陥と破綻を償うものは、天津神則に従う限定あるのみで、しばらくこの「限定」の時代が継続した後、宇宙に「太初の神政政治の復古」を見るに到るものとす。
★4個の事実「創造・統一・自在・限定」の循環
このように、「創造・統一・自在・限定」は、一連の環のように循環して消えることはなく、宇宙間の万象。一つを欠陥する時、その円満な運行を見にくくなる。この4個の事実の円満なる調和とは、太初の「絶対」そのものに他ならない。近き将来、宇宙や太初の「神政政治」の状態に復古帰順するが、この来るべき期における神政は、太初でのような無内容なものではない。神々は既に「天地根本大祖神」の悠久に亘っての試練を完全に終了し、人類もその理想と物質文明に行き詰りし後なることから、世界文化の根底は、ただ神意に依るべき事を明瞭に自覚する。故に、来るべき神政復古の時代は、形式・内容共に整備し、なお漸次進歩を続け、ついに玲瓏玉のような時代(=玉のように透き通って輝く美しい時代)に到達する。この完全無欠な社会到来の暁を、神政成就の時と云い、その時の人類の統率者は、日本天皇。
この神政政治の時代を「神界現界の究極」として、それ以上の進歩発達はないかというと、決してそうではない。宇宙は流転の世界にして「創造」は寸時も己まない。その創造に連れて、更に「統一・自在・限定」は繰り返へされるべき、しかも、その推移の状況は、一に「天地根本大祖神」の意志の発露に依るもので、現代人類の考え廻らす範囲を脱しており、大神は未だその様子を現人類には示しされていない。
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