国之常立身光天津日嗣天日天皇 [御身魂 国万造主大神]
国之常姫皇后宮
「国之常姫皇后宮」は、「宇麻志阿志訶備比古遅天皇」の御子「国之常万男女二神」の姫。皇太子「豊雲野根尊」と「国狭槌尊」誕生。即位51年1月6日、官位十六級(神主・大申政・小申政・大臣・小臣・国令・内宿弥・別宿弥・侍従・大夫・舎人・衛士・丈・郡司・郷司・隊長)を定められる。
天皇は、飛騨位山に大宮を造って、万機を統べさせられた。万国御巡幸で、支那・順天府天寿山から、天竺黒峯へ。その時、「魔訶迦紫尊者」が謹んで奉迎参朝し、礼拝する。それより、天夫利イサワ浜、ゴンダル、オーストラリア州シドニー浜、南アメリカ州サンチアゴ、北米に行かれ、道路陸奥前宮野浦浜に帰朝。御還幸の所を都喜山と名付け、後、月山と改めた。また、天皇と皇后が入浴されたところを湯殿山と名付ける。
即位〇年、天万陪猿日王「申」年(年に十二支を配せし初めなり)二月十一日、地球万国に大変動あり。神勅によってあらかじめ高峯で難を避けられたが、大変動が鎮まった後、「天照日大神」の神勅によって、天皇は越中国二井ヤ祖来ヶ岳に、皇后・皇子・皇族・五色人の祖王達と共に天降られて、再び万国の政治をされた。その祖来ヶ岳を、後に。鑓ヶ岳と云う。天皇・皇子七尊に命じて歴史を編纂せしめる。このように、万国変動の後には、その都度、新しく歴史の編纂が試みられ、その変動の前後の事情を明かにし、かつ、これを「皇祖皇太神宮」に奉納することが歴代の例となった。
「国之常立五身光天津日嗣天日天皇」の御世となり、ようやく神界の混乱状況が地上に反映し始める。万国に出没する盗賊を討伐して、捕えた頭目たちを日の本へ連れて行き、集めおいた越中国立山根の底(「根底の国」と言う始め)を、「自獄(鬼城)」と名付けたことが、「極楽、地獄」の名称の起源。
天皇の御身魂は「国万造主大神」なので、その治世は極めて厳正で、万国の盗賊の頭目を一所に集め置かれたのはその現れの一つ。天皇の御世は歴代天皇の中で最も長く、御身魂と御事跡の因縁によって、国祖「国万造主大神」に、天皇の御名たる「国常立大神」という別名を奉った。また、天皇の御代に初めて方位の名称たる十二支を年に配される。後に皇位を「豊雲野根尊」に譲られ、即位350億万年6月1日、越中立山より神幽り給えり。皇后宮は、蓮葉山より神幽り給う。
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