宇宙自體の剖判より創造の神業が進み、人類の創造に到って宇宙創始の創造時代はほぼ終了、神の世界と人類界の神政政治が布かれて、統一時代が出現した。しかし、当初の統一時代は、神も人も全く幼稚で深い経験がない。このままの統一状態を恒久に持続して、将来、その統一内容が進歩発展してから望んではいけないし、このまま放置すれば宇宙創造の神業は退歩委縮することを免れないことから、何らかの方法によってこれを打開し、進歩向上の一路を辿らせなければならない。ここで「天地根本大祖神」の御意志が発露されて、宇宙全般は統一時代を終わり、いよいよ次の「自在の時代」に入る事となった。「自在の時代」では各神霊が自らの意志のままに欲する所を行ったため、神の世界の政治は動揺を来して、その間、様々な調和たらんとする争闘・争闘を余儀なくされる「調和の葛藤」が演出されて、一見、「神政の大紊乱時代」が出現した。これを称して「天の岩戸閉め」と云う。
この争闘紊乱で終始した「自在時代」は、それぞれの神が個性に応じた能力を発揮して、やがて来るべき神政成就の前に各種の試練に直面すべき時代。すなわち、神政成就の暁にはその統一ある自在が許され、天律を以て律せられる「限定の形式」が生じ、創造・統一・自在・限定の4箇が各々一聯の環のように密接、微妙な運転をなす時代となる。将来、この時代を招来するためには、各神霊・各人類が「創造・統一・自由・限定」の間における真の天津神則(=天の神様の法則?)を自ら得て理解することが必要条件。この条件を充分満たすため、各神霊、各人類は試練に直面し、真の調和ある時代に向かって進むべき準備として宇宙に展開されしを「自在の時代」とする。
自在時代で初めて発生を見た「争闘」は、何から起因したか。そもそも宇宙の万神万生(=総ての神と生き物?)の霊的恋慕性「愛」(万有のそれを引力と云う)は、万霊万物の調和の原動力だが、この調和を破らんとするものは、その範囲を脱して不自然に堕したる愛自体「愛慾(恋愛慾)」で、争闘を引き起こす。一方、これらの愛慾によって発生する争闘を調和させようとする圧力を「司配権」と云う。調和させようとして、かえって調和を破壊するものも、その常規(=通常の規則)を逸した司配権、すなわち「司配慾」に他ならない。
宇宙創造神は、この自在時代の内容として、神霊界と人類界にこの愛慾と司配慾の二個をはっきり現わされた。しかも、この両個の欲望によって引き起こされる争闘は、自らだけで終始するものではなく、必ず相当の反逆性[自家撞着性(=矛盾)]を伴う。すなわち、既に出ている争闘は必ず己に帰るという事実にして、宇宙間に存在する凡ての神霊と人類をして、自らが惹き起して帰ってくる争闘の反逆性に眼覚めさせ、真の調和の域「神政成就の彼岸」に到達せしめんとする創造神「天一天柱大神」の神策によって、ここに「神代の神政政治の紊乱」が開始された。この神業の顕現を「天の岩戸閉め」という。この間、人類は漸次神霊と離れ、神と人の交通は天津日嗣天皇と特殊人以外は途絶え、それもやがて終焉する。
ここにおいて、「天之御三體の大神」は駛身界司宰神「国万造主大神」と協議され、「天一天柱主大神」の神策の意を心にとどめ、駛身界政治の紊乱を見過ごされることとなった。こうして、自在時代の政治紊乱は次第に起こり、やがて神霊界の紊乱は人類界の神政政治に反映して、神・現両界の自在時代における政治の混乱は、相共々に顕現してきた。これが、やがて来るべき「限定時代の前駆」で、内容が充実した神政成就に対する神人両者の事前の試練なり。
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