第二十一章 皇統第5代[上代第5代]

 天(アメノ)八(ヤ)下(クダリ)王(ワウ)身(ミ)光(ヒカル)天(スミラ)皇(ミコト)   [御身魂 大(タイ)地(チ)将(シャウ)軍(グン)]

 天(アメノ)八(ヤ)下(クダリ)美(ミ)皇(キサ)后(キノ)宮(ミヤ)     [御身魂 気(き)津(つ)久(く)姫(ひめ)大神]

 第5次神政内閣の間に、皇統第五代として、「天(アメノ)八(ヤ)下(クダリ)王(ワウ)身(ミ)光(ヒカル)天(スミラ)皇(ミコト)」(御身魂 大(タイ)地(チ)将(シャウ)軍(グン))、「天(アメノ)八(ヤ)下(クダリ)美(ミ)皇(キサ)后(キノ)宮(ミヤ)」(御身魂 気津久姫(きつくひめ)大神)が立たれた。

 天皇は、皇子達を万国(トコヨクニ)に派遣して、鍋・釜の製法、井戸堀、牛馬の牧畜、農事の方法、言語を教えた。言語を教えた四皇子が任を果たして日の本に帰還後、その皇子達を豊前国文珠岳に「文珠」の神として祀る。これはその主班だった皇子の身魂「幡十台神」で、「文殊」の名がここに始まった。将来、「幡十台神」は仏教で「文殊菩薩」として、日の本に渡来。皇太女「天(アメノ)目(メ)降(クダリ)美(ミド)尊」誕生。天皇は筑波山の大宮で国政(クニマツリ)を統べた。筑波の陽峯(男體)より神幽(カミサ)り給うた天皇を「土の神」として祭ったことが、支那での五行(〇〇)の「土神」。皇后は、筑波山の陰峯(女體)より神幽(カミサ)り給えり。

 

 

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