第四十一章 皇統第21代[上代第21代]

伊邪那岐(イザナギ)()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト) [御身魂 行永春神((アマ)照彦(テルヒコ)大神)]

伊弉那冊(イザナミ)皇后宮(キサキノミヤ)         [御身魂 言足姫神(気津久姫(きつくひめ)大神)]

 誕生した皇子「蛭子尊」の御身魂は「桃上彦神」で、八方美人にて優柔不断。日の本伝説によれば、この尊は骨無しだったので、葦の舟に載せて海に流し、外国へ遣わされたとある。この伝説の真相は、北米(日受恵比須洲)に赴任してその国を治めたということ。このため、「蛭子尊」を「恵比須」と言う。

 次いで、皇子「火の尊」(後、津速産霊尊となる)誕生。尊を産んだときに病気になった皇后は、出生地の予母津洲アフスタン(アフガニスタン)国の比良坂伊止に行かれる。「伊弉那冊(イザナミ)皇后宮(キサキノミヤ)」は皇統第十六代「宇比地煮天皇」より分れられたもので、白人(白色人種)。(第三十五章参照)その後、皇后は加賀白山で神幽(カミサ)り給われたことから、現今、白山神社で「伊邪那岐(イザナギ)天皇」に奉る黄旗(〇〇)と皇后に奉る白旗(〇〇)とが並び立ててあるのは、皇后が白人にましませし事を示すもの。「アフスタン」国に皇后を訪ねられた天皇は、平坂伊止に大宮を造って共に住まれ、皇后の病が癒えた後もしばらくその地におられたが、やがて天皇・皇后とお供たちは、日の本に帰還しようとして出発された。その時、別れを惜しんだアフスタン国の白人達数万が大宮の周囲に集まり、アフスタンの地に永遠に止まってほしいと懇願した、天皇が、アフスタンにて産まれた皇子3人をその地に残してその地の統治者と定められたので白人達も少し納得し、天皇・皇后はようやく日の本に帰還された。この三人の皇子「カブイル民主」「ガズニ王尊」「フカラ伊王尊」は、それぞれタシュケント王城・ボハラ王城・カブイル王城の国王となる。この事実が、日の本の伝説によれば、天皇・皇后が帰還の途中、桃果三個(この桃果を意富加牟豆美命と云う)を投げうって黄泉醜女(ヨモツシコメ)を追われたことになった。

 帰国後、天皇・皇后は32尊の皇子を産まれ、神勅によって「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」を参拝されることとなり、予母津国に行かれたことで、筑紫日向の橘の小戸の阿波岐原で身禊払いをされた後、「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の大前で、帰国の御報告をされた。

 即位〇年一月一日、「(アマ)(サカル)(ヒニ)(ムカ)()()()尊」[御身魂 天照日大神(アマテルヒ    )]誕生。続いて誕生した「(アマ)(サカル)(ツキニ)(ムカ)()比古(ヒコ)月読(ツクヨミ)尊」[御身魂 天照彦大神]の又の名を、「()()()()尊」を呼ぶ。日の本の古記によれば、「()()()()尊」と「月読(ツクヨミ)(弓)尊」とは別尊のように伝えられているが、事実は同一尊。

 天皇・皇后の二人は勇気を奮い起し、神勅によって、自らヒヒイロガネで御神劔を造って清め、7年3ヶ月でようやく完成される。この時、「(アマ)(テル)()大神」より御神勅があって、『天皇御自ら作った神宝劔と、「(オホ)()()()天皇(スミラミコト)」「(カシ)(コヌ)天皇(スミラミコト)」が御自ら作った二箇の神宝劔は、万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)(オム)()たる天皇の無極億代まで、必ず(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)の身守・天皇の家宝と定む。』と命じられた。この天皇が御自ら作られた神劔は、「十種(トクサ)の家宝の神宝(カンダカラ)の第九」にして、「神日本魂三御劔の第三(〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇)」なり。天皇が譲位される時、以上の三神宝劔を「(アマ)(サカル)(ヒニ)(ムカ)()()()天皇」に譲られ、これより、この三種宝劔は、天日嗣御継承の御神宝となった。

 御身魂が、天皇「行永春神」、皇后「言足姫神」にあらせらることから、第八次神政内閣初期での駛身(かけりみ)界の混乱は、ようやく現界の天皇の御世に反映。日の本と外国各地で盗賊がしきりに蜂起し、人類社会は騒がしく今にも何かが起こりそうなため、この状況を治める意味で、天の御三體の大神の神意によって、次代皇統第二十二代天皇として御身魂に「(アマ)(テル)()大神」の御出現となる「(アマ)(サカル)(ヒニ)(ムカ)()()()天皇(スミラミコト)」御即位し給う事となった。「伊邪那岐(イザナギ)天皇(スミラミコト)」は越中国立山の大宮にて神幽(カミサ)り給い、皇后宮(キサキノミヤ)は加賀国白山より神幽(カミサ)り給えり。

 

 

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