第四十四章 皇統第24代[上代第24代]

  (アメ)()()()()()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)  [御身魂 (アマ)照彦(テルヒコ)大神]

  (コノ)(ハナ)佐久(サク)()(ヒメ)(キサ)(キノ)(ミヤ)            [御身魂 地上姫(ちじょうひめ)大神]

 身魂が「(アマ)照彦(テルヒコ)大神」である天皇の御代となり、「(アマ)照彦(テルヒコ)大神」が初めて皇霊統に出現された。しかも、第二次神政内閣での「地上姫(ちじょうひめ)大神」対「天若彦大神」の争いは、この天皇の御代となって初めて現界に顕現することになる。

 はじめの頃、皇子が無かった天皇は「饒速日尊(にぎはやひのみこと)」を皇太子と定められた。即位30年2月10日、越中国御皇城山(オミンジヨヤマ)から、日向国高千穂峯に遷都。天皇は皇后、皇太子、皇族、臣僚88尊と共に天降られて、大宮を建設。そこにて万機を採決された。この遷都が、後代日本の古記で誤って伝えられ、「天孫(〇〇)高千穂峰に御降臨(〇〇〇〇〇〇〇〇)」とされた。御即位〇年5月5日、高城山の大宮で、「()()()()尊」「()(あかり)尊」誕生。二皇子の住居を男鹿山という。即位〇年6月16日、天皇伊勢津姫国二見水門より朝熊山に行かれる。この天子の行幸は、日本の古書に「猿田彦(さるたひこの)(みこと)」「宇受売(うずめの)(みこと)」の二神が伊勢二見に赴いた事として伝えられるが、二命はこの時、天皇のお供として行った。即位131万11月15日、日向国可愛の山の大宮より神幽(カミサ)り給う。御齢179万2470歳。また天皇即位〇年6月17日、「木花佐久夜姫皇后」が富士山より神幽(カミサ)り給う。

 第二次神政内閣で主班となられた「地上丸(ちじょうまる)大神」「地上姫(ちじょうひめ)大神」は、神定めの夫婦だった。皇統第二十四代の「(アメ)()()()()()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)」は「(アマ)照彦(テルヒコ)大神」の身魂で、「地上姫(ちじょうひめ)大神」の身魂を有した「(この)(はな)佐久(さく)()(ひめ)」を懇望して皇后宮とされた。ところが、第二次神政内閣では、「(アマ)照彦(テルヒコ)大神」と同霊神たる「天若彦大神」のために「地上姫(ちじょうひめ)大神」は引き落され、第二次神政内閣没落の原因を作った。駛身(かけりみ)界でのこの事態は、皇統第二十四代天皇の現界に反映し、「(コノ)(ハナ)佐久(サク)()(ヒメ)皇后(キサキノミヤ)」は「()()()()尊」「()(あかり)尊」の二尊子誕生の時、傷ましい災厄を経験されることとなる。

 すなわち、初めは皇后に子ができなかったので、皇弟「饒速日尊(にぎはやひのみこと)」を皇太子とした。ところが、皇后が皇子を身籠ったことを伝えても、天皇は皇子と認めず、皇后は大変悲しまれた。皇后は、「私が妊娠した子は日の御子たる陛下の皇子だから、また日の御子。火の産屋(うぶや)を造って火の中で安産して、親子共に怪我がなければ疑わないでほしい。」と言って、産屋を造って茅で葺き、床には炭を敷いて出産を待たれた。時が来て、皇后は火を放った産屋に落ち着いて入られて、双子を出産。右手に「()()()()尊」、左手に「()(あかり)尊」を抱いて火焔の中から出てこられたので、天皇は認められた。このように、皇后は肉體をもたれる身で最大の災厄と試練に遇われたが、鎮火の神事で、よく無事でおられた。これが鎮火祭の始まりで、この事によって天皇は、「今後は必ず上下共に鎮火祭を施行せよ。同時に、探湯祭、釜鳴祭を、皇祖皇太神宮(すみおやすみらおおたましいたまや)の大祭に施行して、上下万民の安泰を祈祭すべし」と宣言された。

 このような絶大な災厄に遇われたのは、皇后宮は御身魂が「地上姫(ちじょうひめ)大神」で、かつて駛身(かけりみ)神霊界で「天若彦大神」に虐げられた事実の反映であり、現界では、「天若彦大神」と同系神なる「(アマ)照彦(テルヒコ)大神」の身魂を有する「()()()天皇(スミラミコト)」の妃となって、この因縁を繰返すに到ったから。しかも、この皮肉な因縁の(たわむれ)はこれに止まらず、神霊界での最愛の夫神たる「地上丸(ちじょうまる)大神」は、皇后の御子たる「(ひこ)()()()()尊」の御身魂として出現された。

 神霊界で神定の夫婦と定められた身魂が、そのまま人類界の夫婦として現われることは、世に夫婦間の葛藤はあるが、神霊界で互いに争闘する身魂が現界での夫婦として結び付けられる時は、その夫婦は絶えず非常な葛藤と苦痛を経験しなくてはならない。このような悲惨な現象は、宇宙が未だ自在時代という過程をさまよいつつあるために現れる。将来、身魂の還元整理が完成した暁には、現界での夫婦は必ず神霊界での特定の夫婦の身魂を有することになり、やがては、人類界での夫婦の悲劇はなくなる。換言すれば、人間界の夫婦の紛争は、神霊界での身魂の争闘の反映に外ならない。

 「(コノ)(ハナ)佐久(サク)()(ヒメ)皇后(キサキノミヤ)」は、若くして蕾の花を神幽(カミサ)り給えりと伝えられる。日本神話で「()(あかり)尊」「()()()()尊」に関して海幸彦、山幸彦の伝説があるのは、次の事実に由来する。「()()()天皇(スミラミコト)」即位の〇年2月1日、皇子「()(あかり)尊」が亀の背に乗って琉球宮(伝説に竜宮として伝えられる所)に着かれ、島王「大綿津(おおわたつ)()(みこと)」の姫「豊玉(とよたま)(ひめの)(みこと)」を娶って妃とし、帰還された。「豊玉(とよたま)(ひめの)(みこと)」の身魂は「竜宮の乙姫」[玉依姫(たまよりひめ)大神]で、後、「()(がや)葺不合(ふきあえず)尊」を出産された時に事件が起きて、「豊玉(とよたま)(ひめの)皇后」は父命の在す琉球島に帰られる。代わって、御妹姫の「玉依姫(たまよりひめ)命」[御身魂 玉依姫(たまよりひめ)大神]が、皇子を育てるために姉の皇后に代って大宮に来られ、後に「()(がや)葺不合(ふきあえず)天皇」の(キサ)(キノ)(ミヤ)となられた。

 

 

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