大正4年11月4日、「大正天皇」即位に際して、「気津久日売大神」は即位式をかき乱して日の本を混乱させようと図り、数ヶ月以前より神霊的に大活動した。これに大いに心を悩まされた「国常立大神」は、天の御三体の大神に対して、「稚比売君大神」の霊統たる「出口直子」をして、満30日間丑の刻の祈願をかけ、遂にようやく事なきを得る。このように未だ神策天津を解さない諸神霊があることから、「国常立大神」はさらに「日之出大神」をして、内外諸神霊に天津神策と諸国の神武よりこの方の因縁を説き、各神和合して神政成就に向って進むべきと力説。「大鶴姫大神」「やつをきつ」等は初めて天津神策を理解し、神業に従事すべきと誓うが、なおも「山武姫大神」は「金毛九尾」と仏魔をそそのかし、また日の本皇室を悩まして、ついに大正8年より「大正天皇」は病気にかかる。
加えて、「多年上須榛名山で勢力をふるっていた高津玉大神」が、大正11年以降、最後の皇室をかき乱す策を弄し、その現界への顕れとして、当時の皇太子妃冊立の際に重大事件を起こす。「良子女王殿下」の身魂は「ハザンノリヒメギミノ大神」で、「天照日大神」の直系「常世姫大神」の分霊。日の本皇室の霊統太初の皇祖「大地の上の将軍」と「常世姫尊」の時に還元すると、「山武姫大神」系諸神の当初よりの日の本の皇位を奪い取る目的が全く失敗して無駄となることから、最後の画策として、「高津玉大神」を皇太子妃冊立に際して大妨害を試みた。ところが、ついにその画策が成就しないと覚り、「高津玉大神」はこの謀り事から全く手を引き、「国常立大神」の下に後悔の実を捧げることを誓う。このように「高津玉大神」が天津神策を理解したことは、引き続いて「千寿姫神」[観世音菩薩]「万倆姫大神」「幡十台神」[文珠菩薩]「御幣田姫神」[普賢菩薩]「大海原姫神」「手蔓姫神」等に及び、これらの諸神霊がようやく天津神策を理解して、「国常立大神」の旗下に入るに到った。
諸神霊がようやく国祖「国常立大神」の宣示に従う所となったことから、時到れりとして、大正10年2月、「日之出大神」は初めて日本天皇の世界統理復帰を力説し、内外諸神霊と現界人類にこれを発表した。さらに、「国常立大神」は万国棟鿄天職天皇の世界統理復帰の準備として、「大地将軍」の霊統たる皇太子「裕仁親王殿下」を欧州各国に派遣。大正10年3月3日、皇太子殿下は軍艦鹿島香取に乗って日の本を発航し、欧州各国の元首を歴訪したことは、実に葺不合皇朝第71代「天照国照日子百日臼杵天皇即位43年万国御巡幸以来の大盛事で、近き将来における世界統理復帰の前提。
以上のようにして、神政復古の神業は次第にその進捗を見たが、未だ天津神策を理解しない諸神系団は日の本各方面で勢力をふるい、国祖「国常立大神」に対してその神業を妨害しつつあった。「国常立大神」系諸神霊は、木曽御岳の四次元界にあり、その眷属、数10万と言い、最も有力な神系団。この国祖系神団に対して――「盤古大神」[妙見]系神団は、摂津妙見山の四次元界に。「山武姫大神」系神団は、信濃善光寺の四次元界にあって、智慧第一の称ある「勢至菩薩」がその内に。「高津玉大神」系神団は、上野榛名山四次元界に。「金竜姫大神」系神団は、紀伊那智山四次元界に。「天照彦大神」系神団は、大和生駒四次元界に。――在って、国祖系神団と対抗しつつあった。
日の本で諸神系団が相対立して和合平静に到らない間に、「金毛九尾」の悪霊はついに大正11年6月、アメリカ・ワシントンで海軍会議を開催させて大いにその猛威を奮い、国防の実力をわきまえずに抵抗した日本代表はこれに大敗した。
この間、「明治天皇」の神霊は大正14年に到り、神霊界に還元され、神界より「天懸部日輔子尊」という御名を賜って、日本皇室守護と日本建替、建直しに関して大活動を開始する。日の本各地の神社・山谷等で勢力をふるう外国諸神霊をことごとく探って調べ、その勢力範囲を調査して、他日の建替の準備を完成されたが、「金毛九尾」「仏魔」等はわがもの顔にのさばり、ついに「大正天皇」は大正15年12月15日、45歳で崩御。
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