第百三十九章 三代神勅の真起源

 在来の日の本古記録によって伝えられる、「天孫降臨天壊(てんじょう)無窮(むきゅう)の御神勅」「三種神器御拝受の御神勅」「天津神籬(ヒモロギ)天津磐境の御神勅」は、日の本皇室と国体の尊厳に関する最大の根拠となる神勅とされているが、そもそもこれら神勅は、その根源を古事記・日本書紀・古語拾遺等が記述する所にしており、大きな間違いがある。この事に関する真の事実を明らかにすれば、日の本皇室の尊厳は、さらに一層その意義を深め、国體の光輝が億倍することがわかる。

(1)天孫降臨天壌(てんじょう)無窮(むきゅう)の神勅

 古語拾遺の本文「干時(ときに)、天祖天照大神、高皇産霊尊、乃相語曰、夫葦原瑞穂国者、吾子孫可王之地、皇孫就而治焉、宝祚之隆当与天壌無窮(てんじょうむきゅう)矣。」を、神代文字、「神體神名天皇(〇〇〇〇〇〇)御名の巻(〇〇〇〇)」記載の文と、神示によって綜合すると、

  • 日本島に人類界が出現した時、神界統治神「(アマ)(テル)()大神」より、人祖(くにつかみ)に対して人類統一の神勅が降下された(第6・第13章参照)。この神勅を『天孫降臨の神勅』と言う。略述すると――「男人祖(くにつかみ)(アマ)(テル)()大神の皇太子と定める。」「皇太子男人祖(くにつかみ)と女人祖(くにつかみ)を夫婦とする。」「皇太子を地上における人類界の統治者とし、天において、「(アマ)(テル)()大神」が天職(アメマツリ)天皇(スミラミコト)として天津比嗣(アマツヒツギ)永遠の御位に在ますように、皇太子[御身魂 (タイ)()(シャウ)(グン)]の霊血統者が地上での天津比嗣(アマツヒツギ)を継承すべし。」(ここに皇太子、万国棟鿄(トコヨクニオムヤ)天職(アマメツリ)天津(アマツ)日嗣(ヒツギ)天皇(スミラミコト)高御座(たかみくら)に即位し、皇祖として(アメ)日豊本(ヒノムト)(アシ)()()(キミ)(ノシ)(スミラ)(ミコト)と称す。)「皇位継承の象徴として、ヒヒイロガネの(は)玉を、天より下す。」「男女53尊とその子孫を、臣下に列せしむ。」

 在来言われているように、天孫たる人類が天上より地上に降りてきたのではない。第4次元界に臨む第5次元界の統治神があるように、第3次元界たる人間界でその霊統者を永遠のその統治者と定めた大神の神勅――古記本文の「天祖天照大神」は統治神「(アマ)(テル)()大神」であり、皇孫が治めることは人類統治者の決定。

  • 皇統第3代「(アメノ)()()(ムト)(ヒノ)()()(ノシ)天皇(スミラミコト)」の御代、地球全部に大変動が起って一面泥の海と化し、万国(トコヨクニ)・万物が潰滅時、天皇は皇族397名を率いて天空(あめそら)浮船(うきふね)に乗り、秋津根国大台原峯より天日球の国に登って大難を逃れた。地上が静まり、天皇即位○年イヤヨ月(3月)立1日(1日)詔、「(アメノ)()(ヒカリ)(オホ)(ヒナカ)()()()(オホ)()(カミ)」[(アマ)(テル)()大神]は「(アメノ)()()(ムト)(ヒノ)()()(ノシ)天皇(スミラミコト)」に、「万国(トコヨクニ)天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)は、汝の子々孫々まで(〇〇〇〇〇〇〇〇)天地とともに永遠に極まりなく続く。汝、天津越根中国(越中)に天降りて、再び地球万国(トコヨクニ)を開き治めよ。」。

 また、皇子皇族に詔して、日球の国より越根中国のニ井ヤのトトの山に天降って、御皇城山(オミンジヨヤマ)大宮を仙洞(せんとう)(=御所)とし、皇太子「(アメノ)()(ナカ)(ノシ)尊」は越根中国鷲羽山に天降り、その他の皇子・皇族390名は神国と支那その他に天降る。天皇は、さらに万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)の祖として25名を天降した。(註 第17章)

  • 皇統24代「仁々杵(ニニギ)天皇(スミラミコト)」は即位○年ケサリ月円10日(2月20日)、天越根中御皇城山(オミンジヨヤマ)より、天空(あめそら)浮船(うきふね)に乗って奇日根日向国高千穂峯に、皇后・皇太子・皇族・臣僚88尊と共に天降る。大宮を建てて、そこに遷都し、自らが万国(トコヨクニ)の万機を親裁(しんさい)(天皇や国王などがみずから裁決を下すこと)された。

以上の三項から、「(アメノ)()(ヒカリ)(オホ)(ヒナカ)()()()(オホ)()(カミ)」[(アマ)(テル)()大神]の神名が「(あま)(てらす)大神(おおみかみ)」の御名に相通ずる所と、また「瓊々杵(ににぎ)天皇」高千穂大宮へ遷都の事実が双方混同されて、来来(過去から現在、そして将来にわたって、変わらない記録や歴史を表す)の古記で、「(あま)(てらす)大神(おおみかみ)」の『天孫降臨』『天壌(てんじょう)無窮(むきゅう)』の神勅として構成された次第。天孫降臨は、決して「(あま)(てらす)大神(おおみかみ)」たる「(アマ)(サカル)(ヒニ)(ムカ)()()()天皇(スミラミコト)」の御代の事ではない。

(2)三種の神器御授受の神勅

 古御拾遺の本文「即以八咫(鏡)及草薙劔二種神宝、授賜皇孫、永為天璽、矛玉自従、即勅曰、吾児視此宝鏡、当猶視吾(可)与同床共殿、以為斎鏡・仍以天児屋命太玉命天鈿女命便配待」を、「神体・神名・天皇御名の巻」の記載文に照合すると、

  • 皇統第22代「(アマ)(サカル)(ヒニ)(ムカ)()()()天皇(スミラミコト)」(後代、天照大神と称し奉る)は、劔・玉・鏡をヒヒイロガネで造らせて、三種の神器(〇〇〇〇〇)と名付ける。鏡・劔は「天真浦命」(宇麻志(ウマシ)阿志(アシ)訶備(カビ)比古遅(ヒコヂ)天皇(スミラミコト)の皇子)に命じ、玉は「生玉命」に命じて磨かせ、天皇自身が常に御に着けられ、これを「(アメノ)(オシ)()(ミミ)尊」に譲った。(天真浦命作の劔は、長さ2尺2寸5分)
  •  葺不合(ふきあえず)第6代「(イシ)(ホコ)()(ナミ)(トリ)(タテ)天皇(スミラミコト)」の御世、即位式の際に「(アマ)(サカル)(ヒニ)(ムカ)()()()天皇(スミラミコト)御神霊」より神勅があり、「三種之神器を自分と思って秘蔵し祭りせよ」と言われたことで、6代天皇御自身所持の御宝の神器(〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇)とされた。

本文に「吾児視比宝鏡・当猶視吾」とあるのは、葺不合(ふきあえず)6代天皇の即位式の際、「(アマ)(サカル)(ヒニ)(ムカ)()()()天皇(スミラミコト)御神霊」よりの神勅で、「仁仁杵(ニニギ)天皇(スミラミコト)」に降されたものではない。また、三種之神器は天皇自身が常に所持される御身守御宝で、それが皇位継承の神宝(カンダカラ)となったのは、葺不合(ふきあえず)第11代「(ワザ)(キリ)(ツルギ)(ヒコ)天皇(スミラミコト)」の御世、「三神宝劔と(アマ)(サカル)(ヒニ)(ムカ)()()()天皇(スミラミコト)の造らられた三種神器を以て、即位した」とあることが始まり。これより前は、代々の天皇は三種神器以外の諸神宝(カンダカラ)で即位された。古語拾遺の本文は、「仁仁杵(ニニギ)天皇(スミラミコト)」を皇孫として、その天降りに、権威をもたせるための創意から出た加筆だと知るべし。

(3)神籬(ヒモロギ)磐境の神勅

古語拾遺の本文「因又勅曰、吾則起樹 天津神籬(ひもろぎ)及び天津磐境 当為吾孫奉斎矣 汝天児屋命(あめのこやねのみこと)太玉命二神 宜持天津神籬(ヒモロギ)降於葦原中国 亦為吾孫奉斎焉 惟爾二神 其(共?)待殿内 能為防衛(護?) 宜以吾高天原所御斎庭之穂 亦当御(於)吾児矣 宜太玉命(率) 諸部神供奉其職如天上儀 仍令諸神(亦)与陪従」を、古文書記載の文に照合する。

  • 皇統第十代高皇産霊(タカミムスビ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭

 天皇がまず天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)(ハジメ)(タマシヒ)(タマヤ)(アマ)(テル)()大神」に天盃を捧げ、次に、天津(アマツ)日嗣(ヒツギ)高御座(たかみくら)に即かれる。高御座(たかみくら)は、その八方位に神籬を樹て(〇〇〇〇〇)、その外方四方位の「東に青幣旗立て、青人王神服にて拝礼」「西に白幣旗立て、白人王神服にて拝礼」「南にヒヒロ幣旗立て、青人王神服にて拝礼」「北に紫幣旗立て、黒人王神服にて拝礼」し、四方位の中間4ヶ所に黄幣旗を立て、黄人万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)棟鿄(オムヤ)天皇(スミラミコト)の臣副・32臣が拝礼した。(註 現今大礼に使う万歳旗(〇〇〇)にある()神籬(ヒモロギ)立瓶を表し、五尾の魚(〇〇〇〇)は中東東西南北の五を示し、三十二の波(〇〇〇〇〇)は32臣を表す。)

  • 皇統第23代「(アメ)()(オシ)()(ミミ)()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)天皇(スミラミコト)」は、「(アメ)(ヨロズ)(タク)(ハタ)()(ハタ)()()尊」の姫「(アメノ)(タマ)(ヨリ)()()尊」と成婚。「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」前殿で、即位の大典を挙行された時、神勅によって、天皇自身が神籬立瓶(〇〇〇〇)を造り、上代天皇の大神名を神代文字にて彫刻し、それ以降、即位式の際には必ず用いると定められた。
  • 皇統第24代「(アメ)()()()()()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ヒノ)天皇(スミラミコト)」、即位16年イヤヨ立1日(3月1日)、天越根中日見日高見赤池上「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」にて、即位大祭礼。天皇自ら神籬立瓶(〇〇〇〇)を造り、上代天皇の大神名を神代文字で掘りつけ、8つを八方位高御座に建てて(〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇)、即位式を挙行。それ以降、代々の即位式には必ず神籬(ヒモロギ)立瓶を建てる事とし、かつ、御三劔の御神宝を受け継がせ、即位当日、天皇より「天照日大神(アマテルヒ    )」に天ミキサカツキを奉った。これを天盃(〇〇)と言う。
  • 皇統第25代「(アマ)()(ヒコ)()()()()(アマ)()()(ツギ)天皇(スミラミコト)」、天越根中日見日高見赤池上「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の前殿で、即位の大祭礼を挙行。「(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の本殿と前殿を造り替え、四方位に鳥居を建て、天皇・皇后自身が神籬立瓶(〇〇〇〇)を造って、上代天皇の御名を神代文字にて掘り付け、即位式当日は、高御座の八方位(〇〇〇〇〇〇〇)に建てて即位された。神籬(ヒモロギ)立瓶は「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」に奉納。「(アマ)(テル)()の神」の神勅に依って、即位の年イヤヨ月立3日、天皇・皇后が祭主となって大遷宮祭を行う。この時、「思兼命」が祭長、「児屋命」「太王命」が祭官となる。五色人(イロヒト)王380名が来朝し、参拝。
  • 葺不合(ふきあえず)第6代「(イシ)(ホコ)()(ナミ)(トリ)(タテ)天皇(スミラミコト)」は、「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の本殿と前殿を造り替え、即位5年ジブリ月立3日(11月3日)、天皇祭主となって即位大祭礼を挙行。天津高御座(たかみくら)に昇り、「天照日大神(アマテルヒ    )」に、天皇自身が1尺7寸2分の大盃に酒を奉持。朝六ッの刻より四ッの刻まで天盃を奉り、正九ッ刻に天皇が南面して即位。

 高御座の八方位(〇〇〇〇〇〇〇)ヒガシ・ヒニリ・ヒナタ・ヒウケ・ヒタミ・ヒサリ・ヒイル・ヒトツに神籬立瓶(〇〇〇〇)を立て、高御座の天皇の左の方(〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇)に、天下万国の棟鿄(オムヤ)天皇(スミラミコト)の宝ヒヒイロガネの三種の三神宝劔を奉安し、其の右の方に、天皇竹笏を持ちて立たれ、天皇の白羽衣には、身守りとして十六菊、中真の丸は(アマ)(テル)()神、十六菊花びらは、十六方位の万国としたる初代ウガヤフキアへズ天皇詔して自ら造らせ給いて十六菊紋と名づけ、我子孫は必ず此の紋を身の羽衣に付けるべしと宣りたまえるを付けさせて、南面して御位に即かせ給う。この時、「(アマ)(サカル)(ヒニ)(ムカ)()()()天皇(スミラミコト)御神霊」から、「天下万国(トコヨクニ)に一人、天皇の身は、羽衣にのみ日の神の守として十六菊紋章を付けるべし。三種神器を自分と思って秘蔵せよ。祭りせよ。」と神勅あり。

 以上列記の即位式の模様から、高御座(たかみくら)磐境(いわさか)(=神の鎮座する場所)であり、ここに神籬(ヒモロギ)を樹てて、天上の諸大神の神霊を招き奉り、上代天皇の御霊としては、神日本魂御劔その他代々天皇が残した神宝(カンダカラ)を南面せる天皇の上位(左方)に置き、天皇御皇祖皇宗と共々、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)継承の大典を挙行する次第と拝察される。

 すなわち、神勅によって、「(アメ)()(オシ)()(ミミ)天皇(スミラミコト)」自身が神籬(ヒモロギ)立瓶を作られ、これに上代天皇と諸大神の御名を神代文字にて彫刻し、将来これを即位式に用うべき事を遺詔した御事を考えれば、古書日本文の天津神籬(ヒモロギ)・天津磐境の真意は、ありありと脳裏に浮び来る。在来諸学者の唱える解説は話にならない論議に亘り、天祖皇祖皇宗と共々に天津日嗣天皇の高御座(たかみくら)に昇らせらるる大典の本義を含む、神籬(ヒモロギ)磐境の真意に、遠くして及ばないことを思わせる。

 ことに、本文「天児屋」「太玉」二神は、決して四次元界の神霊ではない。「太玉命」は皇統10代「高皇産霊(タカミムスビ)天皇」の皇子(佃女命はその子)。「児屋命」は、「神皇産霊(カミムスビ)天皇」の皇子「天豊津速産霊尊」―「市干魂」―「居に登魂命」の子にして、「高皇産霊(タカミムスビ)天皇」の皇女「(アメ)(ヨロズ)(タク)(ハタ)()(ハタ)()()尊」の女「天玉依毘売尊」を皇号宮として正式に決定したと同時に大臣となりしもの。「(アマ)(サカル)(ヒニ)(ムカ)()()()天皇(スミラミコト)」の御世の「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」大祭典の時、「児屋命」は既に祭典長を勤め、「仁々(ニニ)()天皇」即位式では祭官を勤めた、完全なる人間。これを天上より派遣された神霊のように書き記したのは、前述の如く、天孫天降りを権威づけんとする筆者の曲筆。

 以上によって、三神捗の起源はほぼ明瞭となった。現在、諸学者が唱えるような神現混合の(ぬえ)式(=あいまいな)解説は、これら上代の即位式の事実を知らないため、いい加減な推測を重ねてこれを神秘化し、哲学化して挙げつらう観念の遊戯が過ぎている。後段「第169章 登極霊の変遷」を参照する際、以上は惟神にして、なんらことさら言葉に出して言い立てることも要さない、明瞭な事実であることを納得すべし。

 

 

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