息長帶媛天皇 [神功皇后]
即位元年11月14日、筑紫国蚊田宮にて皇子「誉田別尊」御誕生。天皇詔して、御自ら「竹内宿禰」[身魂 八尾大陣大神]を率いて三韓に進み、「忍熊王」を始め53王を征伐。蚊田宮に残されていた皇子「誉田別尊」には、「竹内木菟宿禰」及び「景行天皇」の皇女「五百城入姫尊」に鳩80羽を付けて侍従させ、天皇と皇子との御文通はこの鳩によってなされ給うた。即位三年冬12月23日、天皇は蚊田宮に凱旋され給うたが、其の時まで「誉田別尊」の御誕生を発表されなかったため、皇子は三ヶ年間母天皇の御胎内に在られた事として、伝えられている。
即位54年甲戌5月5日、「武内宿禰」に詔して、筑紫三井垂将玉垂の地中にうつら(虚―空洞)を作らせられ、天皇の御宝、潮満玉、潮干玉を秘蔵され給うた。その所に、「皇祖皇太神宮」「太陽日神」「大陰月神」「日向津天照大神」「豊玉彦神」「豊玉彦姫」を、「高良玉垂の神」として勧請し、天皇自ら祭主となり、宿禰祭長となって、祭祀し奉る。即位69年4月17日、御齢110歳を以て、若桜宮に崩御し給う。池上に葬り奉る。
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