第百六十九章 登極令の変遷

1、皇統第1代皇祖天(アメ)日豊本(ヒノムト)葦(アシ)牙(カ)気(ビ)皇主(キミノシ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭

 「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)一(ハジメ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」へ「天(アメノ)御(ミ)光(ヒカリ)太(オホ)陽(ヒナカ)貴(キ)王(オ)日(ヒ)二神」「太蔭目二神」「万星神」をあわせて祭り、天皇みずから祭主・結婚祝祭・即位大礼祭を行う。自身が「天(アメノ)御(ミ)光(ヒカリ)太(オホ)陽(ヒナカ)貴(キ)王(オ)日(ヒ)大(オホ)神(カミ)」[大照(アマテル)日(ヒ)大神]に向かって杯を奉る。「太陽日神」の神勅に、「天下五色人(イロヒト)王の上に無極代まで、必ずスミラミコト一人と定め、必ず平安御恵み助けるぞ」とあり。

2、皇統第4代天(アメ)之(ノ)御(ミ)中(ナカ)主(ノシ)天皇(スミラミコト)即位大祭

 天皇はまず十二万位神を定め、五色旗を造って高御座(たかみくら)に五色人(イロヒト)王五色旗を捧げることに定め、天皇の身にヒヒイロガネの劔を付け、手にヒヒロギ(〇〇〇〇)の八ヒロ矛笏(〇〇〇〇〇)を持って、高御座(たかみくら)に即き、「代々の天皇は必ず一人、身に矛劔、手に矛笏を持って、即位することに定める」と詔。

(※ 「ヒヒイロ矛笏」 絵図)(※ 「ヒヒイロガネ矛ケン」 絵図)   

3、皇統第10代高皇産霊(タカミムスビ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭(第139章参照)

4、皇統第20代惶(カミ)根(コヌ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭

 天皇自身に造ったヒヒイロガネ矛劔(神日本魂三神劔の一)を神體とし、自身祭主として「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」へ納祭。「天(アマ)照(テル)日(ヒ)大神」へ天杯を奉り、次にヒヒロギの八ヒロ矛笏を手にして、高御座(たかみくら)に即く。この時、「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」「天(アマ)照(テル)日(ヒ)大神」より「神宮(たましいたまや)神體を吾と思い(〇〇〇〇)、その後、代々の天皇自身が祭主となって天地人(アメツヒト)の祭りをせよ」と神勅あり。

5、皇祖第22代天(アマ)疎(サカル)日(ヒニ)向(ムカ)津(ツ)比(ヒ)売(メ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭

 「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」神殿を造り、自身が祭主、弟「進男尊」が副祭主、「思兼」「児屋」「太玉」の3大臣祭長となって祀る。「天(アマ)照(テル)日(ヒ)大神」に向って、天皇自身が大杯を奉り、天(アマ)津(ツ)日(ヒ)嗣(ツギ)の高御座(たかみくら)に南面して即位。「万国(トコヨクニ)の五色人(イロヒト)王の棟(オム)鿄(ヤ)天皇(スミラミコト)の宝・神の骨像21體・神代文字惶(カシ)根(コヌ)天皇(スミラミコト)のヒヒイロガネの劔以下3神宝劔を万国(トコヨクニ)の五色人(イロヒト)王の上の棟(オム)鿄(ヤ)天皇(スミラミコト)の宝と定める」と詔。

6、皇統第23代天(アメ)之(ノ)忍(オシ)穂(ホ)耳(ミミ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭(第139章第3節参照)

7、皇統第24代天(アメ)(之(ノ))仁(ニ)仁(ニ)杵(ギ)身(ミ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭(第139章第3節参照)

8、皇統第25代天(アマ)津(ツ)彦(ヒコ)火(ホ)火(ホ)出(デ)見(ミ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭(第139章第3節参照)

9、皇統第31代不合第6代石(イシ)鉾(ホコ)歯(ハ)並(ナミ)執(トリ)楯(タテ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭(第139章第3節参照)

10、皇統第36代葺不合(ふきあえず)11代禍(ワザ)斬(キリ)劔(ツルギ)彦(ヒコ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭

 「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」前殿で、天皇・皇后が祭主となって「天(アマ)照(テル)日(ヒ)大神」に天杯を捧げ、天下万国棟梁(トコヨクニオムヤ)の三ッ劔の神宝(カンダカラ)と、「日(ヒニ)向(ムカ)津(ツ)比(ヒ)売(メ)天皇(スミラミコト)」が造らせた三種の神器をもって即位。(註 天皇の即位式に、初めて三種の神器を他の神宝(カンダカラ)と共に身近に奉持される。)

11、皇統第44代葺不合(ふきあえず)19代少(スク)名(ナ)形(カタ)男(ヲ)彦(ヒコ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭 神定(〇〇)

 即位8年1月1日、「「天(アマ)照(テル)日(ヒ)大神」の神託に基いて、万国棟梁(トコヨクニオムヤ)天下一人の天皇の即位大礼祭は、今後必ず万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)の祖根たる「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の大前で天津高御座(たかみくら)に即き、その前で、「天(アマ)照(テル)日(ヒ)大神」に対して新天皇自らが天盃酒を捧げ、次いで「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の天盃三杯の酒を捧げて後、高御座(たかみくら)に登って即位すること」と詔。さらに、三劔神宝(カンダカラ)・神體骨石像神體・神籬(ヒモロギ)立瓶の宝・ヒヒイロガネで造った十六菊の紋・日の丸旗・神代文字の巻の神體等を、天皇の御宝として、即位に際し、天皇の御身近くに奉持し、平年平日は、宝全部を「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」に安置し置くべきと、神託あり。

12、皇統第5代葺不合(ふきあえず)第30代円(マル)背(セ)之(ノ)男(ヲ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭

 「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」前殿で即位、皇后宮は一般下座に即かせ給う。

13、皇統第56代葺不合(ふきあえず)第31代橘(タチバナ)媛(ヒメ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭

 「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」前殿で即位。媛(ヒメ)天皇(スミラミコト)は天津高御座(たかみくら)に即き、世(よ)幸男(さちを)「恵長薬王合尊」一段下座に即かせる。   (※ 「世幸男(よさちを)」=女帝の配偶者で、必ず男帝の男系子孫)

14、皇統第58代葺不合(ふきあえず)第33代清(スガ)之(ノ)宮(ミヤ)媛(ヒメ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭

 天皇即位91年11月17日、詔。神代上代天皇の詔命によって即位し、天下の安穏を統合管理した。それ以後、「高御座を(〇〇〇〇)神代上代天皇の(〇〇〇〇〇〇〇)天神地祇を視察し奉る時の(〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇)玉座と定め(〇〇〇〇〇)、天皇はその次の座、世幸男(よさちを)(は一般下座につき、以下座席五級を定めて、万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)王及び女王の席に充てる。

15、皇統第84代葺不合(ふきあえず)第59代天(アメ)地(ツチ)明(アカ)玉(タマ)主(ノシ)照(テラス)天皇(スミラミコト)即位大礼祭 神定

 天皇、即位63年3月15日、天越根中国「棟(オム)鿄(ヤ)皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の本殿に上り、天皇・皇后・皇太女が拝礼した時、「天(アマ)照(テル)日(ヒ)大神」より神託あり。「天下万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)王の総主たる棟(オム)鿄(ヤ)天皇(スミラミコト)天津(アマツ)日嗣(ヒツギ)の即位式は、天皇が南面して高御座(たかみくら)に即き、皇后宮または世(よ)幸男(さちを)は、右の一段下座に即き、高御座(たかみくら)の向って右を皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)の神體・三劔の御宝・神骨像・神代皇歴代天皇の霊神宝(カンダカラ)の巻・神籬(ヒモロギ)立瓶・三種の神器の座と定め、将来堅く守って、違ってはいけない。必ず、皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)を拝礼して御祭りせよ。」

16、皇統第94代葺不合(ふきあえず)69代神(カン)足(タル)別(ワケ)豊(トヨ)(スキ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭 神定

 「天(アマ)疎(サカル)日(ヒニ)向(ムカ)津(ツ)比(ヒ)売(メ)天皇(スミラミコト)」の神勅――「天(アメ)日豊本(ヒノムト)葦(アシ)牙(カ)気(ビ)皇(キミ)美(ミ)二神の骨像21體・神籬(ヒモロギ)立神代文字付瓶十六アヤ惶(カミ)根(コヌ)劔・アメマウラ劔・イクツヒコネノ劔・ヒヒイロガネ造神代文字付玉鏡・天下万国(トコヨクニ)の五色人(イロヒト)の祖神の骨像の宝・棟(オム)鿄(ヤ)皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)の神體棟(オム)鿄(ヤ)天皇(スミラミコト)の宝とし、葺不合(ふきあえず)第69代神(カン)足(タル)別(ワケ)豊(トヨ)(スキ)天皇(スミラミコト)即位大礼祭の3月15日、皇祖「天(アマ)照(テル)日(ヒ)皇大神天御光日神」に向って大杯を奉り、万国棟梁(トコヨクニオムヤ)の天皇(スミラミコト)一人に限り、「日(ヒニ)向(ムカ)津(ツ)比(ヒ)売(メ)天皇(スミラミコト)」の神勅によって定めた高御座(たかみくら)に南面して即位。高御座(たかみくら)はその八方位に必ず上代天皇代々の即位時に上代天皇自身に造った神籬(ヒモロギ)立瓶を樹て、外に臣注連(シメナハ)を張り、その外に弓を八ツ、ツギの外に鳥居を四方に建てて臣注連を張り、外に五色人(イロヒト)王五色幣旗を奉り、神服にて礼拝。

 高御座(たかみくら)南面栄に、日像の繍帽額長さ108尺8寸5分、幅4尺8寸5分、金色の日像を立てる。高御座(たかみくら)の西方下に、皇后の御座帳台を設け、多く高御座(たかみくら)に似たる南面に、月像の繍帽額長さ88尺5寸、幅4尺5寸、金色の月像を建て、高御座(たかみくら)の下台の高欄の四方に、「東」青人王 星像を頭に頂く彫刻をなし、「西」白人王 星像を頭に頂く彫刻をなし、「南」赤人王 星像を頭に頂く彫刻をなし、「北」黒人王 竜の上に星像を頭に頂く彫刻をなし、その高欄の上に高さ24尺5寸、東西に24尺、南北に20尺の高御座(たかみくら)を置く。高御座(たかみくら)の東西、南北に、金色繍帽紋付金銅で十六菊大紋を造って付ける。この高御座(たかみくら)の八角殿に、天皇が南面して即位。

17、皇統第98代葺不合(ふきあえず)第73代狭(サヌ)野(ノ)天皇(スミラミコト)[神(じん)武(む)天皇]即位大祭

 天皇、112歳、ウベコ月立3日、畝傍山の「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の分宮大前で、天皇御自身祭主となり、天津(アマツ)日嗣(ヒツギ)の高御座に登り、南面して「天(アマ)照(テル)日(ヒ)大神」に天杯を奉持し、万国(トコヨクニ)の五色人(イロヒト)王の棟(オム)鿄(ヤ)天皇(スミラミコト)の宝、ヒヒイロガネの三劔神宝(カンダカラ)。神骨像の神籬(ヒモロギ)・三種神器・神籬(ヒモロギ)立瓶・神代上代の皇霊形仮名天(ア)ヒル文の宝巻・ヒヒイロ金十六菊花の紋章を奉じて正殿で即位。天皇はヒナタ面、そのヒニリの方に皇后は一段下座に、天皇のヒナタ面のヒガシ座に神宝(カンダカラ)天神(あまつかみ)座一段下の座は、神官が並ぶ。

18、皇統第119代神倭(かむやまと)第22代雄略(ゆうりゃく)天皇即位大礼祭

 神倭(かむやまと)第21代「安康(あんこう)天皇」、即位3年11月13日、上代天皇即位式の通り、自身が祭主となって、万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)王の祖神棟(オム)鿄(ヤ)「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」「太陽日神」へ杯を奉り、次に高御座(たかみくら)に南面して即位。以上「大(オオ)泊(ハツ)瀬(セ)幼(ワカ)武(タケ)[雄略(ゆうりゃく)]天皇」即位5年辛丑(〇〇)11月11日に、皇居泊瀬朝倉宮にて、「棟(オム)鿄(ヤ)皇(スミ)祖(オヤ)天(アマ)照(テル)日(ヒ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」神主(カンツカサ)、記。(大臣 紀竹内平群真鳥宿禰、大連 紀大伴 室屋印之、物部日連)    

 以上によって見ると、即位式は必ず「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」大前で施行することを原則としたが、「太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の造営その他の事情によっては、分宮や皇居で行われることもあった。天津(アマツ)日嗣(ヒツギ)継承の天璽の象徴たる御神宝は高御座(たかみくら)に向って右に置かれ、天皇はその左に南面する。皇后はその左の一段下座に着座。これが即位式として神定された座席。神宝を天皇の左側に置くのは、御神宝それ自体が皇祖第1代天皇より前天皇までの御神霊そのものにして、新天皇はその延長として、皇祖皇宗と共々に天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)の御位に即くという真意のように拝さられる。ゆえに、現在の登極令は、上古の有様に改正されて然るべきものと考えられる。なお、両陛下の写真を、現在のように皇后宮を向って右に置くのは誤り。これは、成婚式の時における姿で、古式に由れば、次の如し。

 葺不合(ふきあえず)不合第28代天(アメ)之(ノ)海(イソ)童(リ)噱(エ)楽(ラギ)之(ノ)雄(オ)天皇(スミラミコト)は、神託にて御成婚の議を定められる。天皇即位46年8月14日、皇祖「天(アメ)日豊本(ヒノムト)葦(アシ)牙(カ)気(ビ)天皇(スミラミコト)」より神託あり。「天皇の婚儀式は、天皇は向って左座の一段高座に、皇后は向って右座一段の下座に即かせ、天皇は天人座、皇后は八百万神地神座として右下座のこと、今後代々天皇婚儀式として必ず堅く守るべし。」

 以上は、皇祖天皇が神勅をもって成婚の儀式を定められたもの。この時の両陛下の御座は、向って右が皇后宮で、世に行われる内裡雛(〇〇〇)の姿がそれ。故に、現両陛下が皇太子と皇太子妃殿下の砌(みぎ)り、成婚の写真は天皇陛下が向って左が正しく、即位大礼後の写真は、皇后陛下は向って左が正当と考えられる。

 

 

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