第百六十二章 皇祖皇太神宮沿革[其の一]

 天地の開け始めた頃、「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)一(ハジメ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」として創設された「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」も、ついに地上にその影さえも無いまでに至った。その変遷の概要を収録して、その盛衰の跡を思い出して忍ぶことを助ける。

1、第1代 天(アメ)日豊本(ヒノムト)葦(アシ)牙(カ)気(ビ)天皇(スミラミコト)

 元根年サナヘ月に「大空底日球日神」[天(アマ)照(テル)日(ヒ)大神]と、上神霊、万国(トコヨクニ)の棟鿄(オムヤ)、黄皇主孫命守護の神、支弟姉妹五色孫民王守護と共に、地球天元国へ初めて還元。天皇、皇后外20名のミド女の皇子・皇女達と同時に越し移る。「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)一(ハジメ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」を造営し、「天豊工人宮造知尊」「天日家造工知彦尊」が神宮(たましいたまや)を造り、天皇自身が祭主となって祀った。「天の越根国」と命名。

2、第2代 造(ツクリ)化(ノシ)気(キ)万(ヨロズ)男(ヲ)天皇(スミラミコト)

 即位〇〇年、越根中日見日高見国神明光の「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)一(ハジメ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」へ、上代の万神を、「天(アメ)日(ヒ)万(ヨロズ)言(コト)文(フミ)造(ツクリ)主(ノシ)尊」に命じて言葉を文書にして神霊の御前に捧げる。また、天地万国(トコヨクニ)の五色人(イロヒト)の最初の始祖「天(アメ)日豊本(ヒノムト)葦(アシ)牙(カ)気(ビ)皇(キミ)神(カミ)天皇(スミラミコト)」の頭骨、頸骨で、頭形・身形・像形24の神體を造り、神代文字で上代の神名を彫刻し、神體と定めた。

3、第3代 天(アメ)日(ノヒ)豊(ノ)本(ムト)黄(ヒノ)人(ヒ)皇(ミ)天皇(スミラミコト)

 上代天皇の御名と、万国(トコヨクニ)御巡幸、万国(トコヨクニ)主の勅(ちょく)定(じょう)の次第を記録させて、「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)一(ハジメ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の御神體とされた。

4、第4代 天(アメ)之(ノ)御(ミ)中(ナカ)主(ノシ)天皇(スミラミコト)

 即位○年ウベコ月立5日、「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)一(ハジメ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の本殿の社前の四方位に、日羽鳥(ニハトリ)トマリ鳥居(〇〇〇〇〇)を建てる。また、「元(モト)無(フミ)極(クライ)體(ミ)主(ノシ)王(ワウ)大(オホ)神(カミ)」より「天(アメ)之(ノ)御(ミ)中(ナカ)主(ノシ)天皇(スミラミコト)」までの歴史(アメスヨシロ)を編纂し、これを天越根中大日見国赤池上神明(カミアカリ)「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)一(ハジメ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の御神體として奉納。

5、第10代 高皇産霊(タカミムスビ)天皇(スミラミコト)

 「元(モト)無(フミ)極(クライ)體(ミ)主(ノシ)王(ワウ)大(オホ)神(カミ)」より、歴代天皇をはじめ、今上帝・皇后・皇子・皇族系図を「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)一(ハジメ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」に合祀して本殿を改造。宮の屋根をヒヒイロガネで葦(ふ)き、前殿を参殿造(〇〇〇)とし、神宮(たましいたまや)の名を「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」と改称。太神宮(おおたましいたまや)の四方に、大鳥居を造営。五色人(イロヒト)の90柱を祭り、「別祖(ゲク)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」と称す。祭神である日の神の宮の川上奥山に、太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)の分霊を祀り、「元伊勢太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」と云う。また、ここに「皇后堂」を建て、「伊勢山大皇后堂」と云い、「皇后合神社」またの名「天伊勢神社」と云う。「伊勢」の名の始めなり。(註 この山を今、金剛堂山と云い、山頂に五箇の山両陵が現存する。)皇后堂の祭神は「高皇産霊(タカミムスビ)皇后(キサキノミヤ)」「宇麻志(ウマシ)阿志(アシ)訶備(カビ)美(ミ)皇后(キサキノミヤ)」「天(アメ)(之(ノ))常(トコ)女(メ)皇后(キサキノミヤ)」「豊斟美(トヨクニミ)皇后(キサキノミヤ)」「須(ス)比(ヒ)智(ヂ)邇(ニ)(美(ミノ))皇后(キサキノミヤ)」

6、第11代 神皇産霊(カミムスビ)天皇(スミラミコト)

 上代の歴史を編纂し、その書巻を「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」に奉納。また、七皇子に命じて、万国(トコヨクニ)形の地図を作り、同じく奉納。

7、第14代 国(クニ)之(ノ)常(トコ)立(タチ)天皇(スミラミコト)

 越根中御皇城山(オミンジヨヤマ)クレ羽山に「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」の本殿・前殿を造営し、宮城(タマヤシロ)四方に鳥居を建て、「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」を祀る。また、越根中国日見日高見神明光池上「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」で、大祈念、大祭礼を挙行。

8、第15代 豊(トヨ)雲(クモ)野(ヌ)根(ネ)天皇(スミラミコト)

 諸皇子に詔して歴史(アメスヨシロシ)を編纂させ、「元(モト)無(フミ)極(クライ)體(ミ)主(ノシ)王(ワウ)大(オホ)神(カミ)」より「国(クニ)之(ノ)常(トコ)立(タチ)男神」までを、上代の神(〇〇〇〇)と称し、成った巻物を「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」の神体とする。

9、第17代 角樴(ツヌグヒ)天皇(スミラミコト)

 即位〇年ミナ月立7日、万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)令、支那(イグナ)邦令兄弟「黄能氏」「盤皇氏」「義皇氏」支那天竺邦王「摩迦黒尊者」等178名が来朝。天皇の御前に参朝拝礼し、五色人(イロヒト)王、五色旗(〇〇〇)を立てて奉る。五色旗を「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」に奉納、五色人(イロヒト)等、神前に拝礼。

10、第18代 大(オホ)斗(ト)能(ノ)地(ヂ)王(ワウ)天皇(スミラミコト)

 即位〇年ムツヒ月円3日、越根中国「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」の本殿を造り替え、祈念殿(〇〇〇)を二井ヤのヨク、大宮よりヒカシよりヒニリ向きに新造し、本殿・前殿、祈念殿の四方に大鳥居を造って「二井ヤ宮」の造営が成り、「二宮」と云う。後、「奥井殿」と称し、三度改めて「ヲク田宮」と称す。天皇・皇后みずからがヒヒイロガネで、ホド文ミド文、万国(トコヨクニ)地図を刻んだ宝劔を造らせ、「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」の御神体を祀る。

11、第19代 面(オモ)足(タル)日(ヒ)子(コ)天皇(スミラミコト)

 越根中日見日高見神明赤池上ヒニリ御皇城山(オミンジヨヤマ)根の「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」の本殿・前殿を造り替え、「太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」の四方にニハトリ(〇〇〇〇)居を建造。即位〇年、ナヨナ月立9日、万国(トコヨクニ)御巡幸より二井ヤ浜に御還幸。同所を日入祝(ヒノイリイハ)と名付け、後、東岩瀬と云う。天皇、東岩瀬に「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」の分霊殿を造営し、「東岩瀬太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」と称う。さらに「太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」を山根御皇城山(オミンジヨヤマ)に改築し、屋根をヒヒイロガネにて葺く。四方位に鳥居を造営し、遷宮祭を行う。

12、第20代 惶(カミ)根(コヌ)天皇(スミラミコト)

 天皇・皇后は自作のヒヒイロガネの劔矛(ホド文・ミド文にて神名と万国(トコヨクニ)図を刻む)を、「太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」の御神体として奉納。

13、第21代 伊邪那岐(イザナギ)天皇(スミラミコト)

 伊邪那岐(イザナギ)・美(ミ)二神が、筑紫日向阿波岐原で身禊祓された時、「天越根中国日見高見神明赤池上皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)で、大祭礼乞祈(こいのむ)(=請願)をなせ」と神勅あり。天皇・皇后は即刻参拝して、詔。本殿・前殿・四方の鳥居を造替し、自ら祭主となって大祭礼を挙行。万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)王383名が参朝拝礼し、大楽舞で歌う。

 即位〇年、神勅により、天皇の御宝としてヒヒイロガネで劔矛を作り、「大(オホ)斗(ト)能(ノ)地(ヂ)王(オウ)」「惶(カミ)根(コヌ)王(オウ)」の宝劔と共に、万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)の棟(オム)鿄(ヤ)たる皇孫天皇の果てがない億代まで、必ず天皇の身守家宝と定め、「天照大神」に譲位された。

14、第22代 天(アマ)疎(サカル)日(ヒニ)向(ムカ)津(ツ)比(ヒ)売(メ)天皇(スミラミコト)

 「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」神殿を造り、「天御光日神」[天(アマ)照(テル)日(ヒ)大神]に天盃を奉って、天(アマ)津(ツ)日(ヒ)嗣(ツギ)高御座(たかみくら)に即く。即位の年、イヤヨ月立1日、天皇は「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」で大遷宮祭を行う。(第42章参照)

15、第23代 天(アメノ)忍(オシ)穂(ホ)耳(ミミ)天皇(スミラミコト)

 自身に「天照日大神(アマテルヒ    )」と「日(ヒ)向(ムカ)津(ヅ)媛(ヒメ)天皇」が神憑り、「今後、天皇神幽(カミサ)り給いて遺骸を祭葬する場合は、必ず「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」の神主(カンツカサ)がその祭主となるべし」と定める。即位○年イヤヨ月マドヒ七日、詔して、神代歌(〇〇〇)を記し、「天日忍日古命」「万国言文字知主命」「石動彦命」「栗羽方守命」「天忍神彦命」「天根杵彦命」「活津根彦命」「天津彦根命」の諸神が奉捧し、天皇自らが祭主となって「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」へ奉納。(第43章参照)

16、第24代 天(アメノ)仁(ニ)々(ニ)杵(ギ)天皇(スミラミコト)

 「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」と「懸賊四社」を改めて再興し、祭る。

(1)赤池白竜明神[空的空海川野山万災難除守神]――祭神「大空霧雲祓吹尊」「海原大海主尊」「玉之姫」「道主神」「綿津見尊」「黄竜神」「黒竜神」「青竜神」「赤竜神」「白竜神」

(2)護法守神[兆勝守神長寿守護神]――祭神「大山草木Image蒔主尊」「津速五百筒火産尊」「風二神」「猿田彦尊」「宇受女尊」「大国主尊」「八百万天狗神」「火乱神」「万国言語伊吹尊」「万国八意五十一言造根尊」

(3)五色商運神[恵比寿商大神・天地神和合守神]――祭神「天豊恵比寿商主尊」「万五十一音形仮名文造根尊」「天豊言明文尊」「万国言語学尊」「蛭子尊」「天相合二神」「万福酉主尊」「五色人祖二十三柱民」

(4)稲荷王神[福主神・富貴神]――祭神「天日瑞穂造美尊」「天豊穀食類姫尊」「豊宇気比女尊」「大田大上祖二神」「大市比売尊」  

右御再興後の「皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ)」神域の模様は、左の如し。[竹内真鳥謹記]

(二) 護法天空神  

(三) 五色商運神  亦名恵比須  商大神

(四) 五柱神  稲荷王神  福主神()  気津王姫  九十七魂

神(カン)主(ツカサ) 宮 月星神宮(たましいたまや) 棟鿄(オムヤ)皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシイ)宮(タマヤ) 日神(タマシイ)宮(タマヤ) 五行神(タマシイ)宮(タマヤ)

     鳥居のような絵

     楕円形の中に、赤池白龍神

 更に、「仁(ニ)仁(ニ)杵(ギ)天皇(スミラミコト)」の御世、詔して「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の御船代(〇〇〇)(みふなしろ)(=神社で神体を謹んで納める、石船(いわふね)の形に作られた箱)と真の三柱(〇〇〇〇)について、左の如く定めた。――天越国天国(アメクニ)天皇(スミラミコト)の身を永遠に守護の大神を「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」に、棟鿄(オムヤ)天皇(スミラミコト)共に四柱の神宝(カンダカラ)と神體とを神殿中に祭る法は、真の三柱神として、

天(アマ)照(テル)日(ヒ)神の皇子 天(アメ)日豊本(ヒノムト)葦(アシ)牙(カ)気(ビ)皇神(天皇の神霊にして大(タイ)地(チ)将(シャウ)軍(グン))

月蔭神の皇女 天(アメ)日豊本(ヒノムト)葦(アシ)牙(カ)気(ビ)皇女神(皇后の神霊にして常世姫(トコヨヒメ)大神)

         造(ツクリ)化(ノシ)気(キ)万(ヨロズ)男女神(天皇の神霊にして 地上丸(ちじょうまる)大神

                     皇后   〃   地上姫(ちじょうひめ)大神)

を、「天の日球国」より勧請し奉る。更に、これを謹んで安置する御船代(みふなしろ)として、上代「天照日大神(アマテルヒ    )」が、「万国棟梁(トコヨクニオムヤ)政治天皇を一人と定めて、天空(あめそら)浮船(うきふね)に乗って、右三柱の神が、天日豊天越根中国に天降られたことを形取って、神殿の中(なか)真(み)に船代(ふなしろ)を形りて、三柱を樹(た)て、これに真の三柱(〇〇〇〇)神の神霊の来臨を請い祀れ」と定めた。さらに、「造(ツクリ)化(ノシ)気(キ)万(ヨロズ)男女神天皇」自身が、船代(ふなしろ)の造り方を詔して、「天豊工(タクミ)人(ヤ)宮(ミヤ)造(ツクリ)知(シリ)尊」「天浮(うき)船(ふね)大空乗公運(アルキ)尊」に造らせ、「神殿・神體の舟代の真の三柱に祭る祭式は、天皇自身と臣神主(カンツカサ)一人の別(ホカ)、人には秘密に秘伝し、アヤマルナヨ。祭式法を自する者の、国・家・身・子は、天の罰罪にて死す。必ず神を拝礼信心せよ。富貴来幸天賦天然の幸徳日神月の神あり。」と定め、「造(ツクリ)化(ノシ)気(キ)万(ヨロズ)男女二柱天皇」は自身が祭主となって奉斎したと伝えられる。

 「永遠サキノヨ、天皇並に臣必ず堅く守れ、代り努め代れ」

 即位16年イヤヨ月立1日の大祭礼に当り、天皇自ら神籬立瓶(〇〇〇〇)を造り、上代天皇の大神名を神代文字で彫り付け、八個を高御座(たかみくら)の八方位に建て、即位式を挙行、神籬(ヒモロギ)立瓶を「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」に納祭。今後の代々の即位でも同様に、必ず神籬(ヒモロギ)立瓶を建てることとされる。

17、第25代 天(アマ)津(ツ)彦(ヒコ)火(ホ)火(ホ)出(デ)見(ミ)天皇(スミラミコト)

 天皇・皇后自身が神籬(ヒモロギ)立瓶を作り、高御座(たかみくら)の八方位に樹て、即位し、これを「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」に奉納。「日の神」の神勅によって、即位〇年イヤヨ月立3日、天皇が祭主、「思兼命」が祭典長、「児屋根命」「太玉命」が祭官となって、大遷宮祭を挙行。五色人(イロヒト)王380名が参拝。「太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」大祭礼に際しては、必ず、探湯祭(〇〇〇)・鎮火祭(〇〇〇)・釜塢祭(〇〇〇)を、神主(カンツカサ)がその術を行い、上下万民の安泰を祈祭すべしと詔。

18、第26代 武(タケ)鵜(ウ)草(ガヤ)葺(フキ)不合(アワセズ)天皇(スミラミコト)

 即位〇年ミナツ月立7日、詔。十六菊御紋章(〇〇〇〇〇〇)・日の丸国旗(〇〇〇〇〇)を制定し、天皇の紋と定め、更に「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の紋を定めて右に刻し、ヒヒイロガネで御紋章を作らせる。ムツヒ月1日を「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の祭日と定める。

19、第28代 真(マコ)皇(スミラ)真(マ)輝(テル)彦(ヒコ)天皇(スミラミコト)

 即位〇年ムツヒ月立5日、詔。「太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」造営で、屋根を鵜(う)の羽を葺草(かや)にして葺(ふ)きあわせ、「元(モト)無(フミ)極(クライ)體(ミ)主(ノシ)王(ワウ)大(オホ)神(カミ)」より葺不合(ふきあえず)2代「軽(カル)島(シマ)彦(ヒコ)天皇(スミラミコト)」までを合祀。二井ヤのヲク井に祈念殿を新造し、「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の分霊を祀る。太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)神主(カンツカサ)は、大祭礼には必ず大神の御前で、探湯祭(〇〇〇)・鎮火祭(〇〇〇)の中渡り祭(〇〇〇〇〇)・釜塢祭(〇〇〇)の米のフカシを(〇〇〇〇〇〇〇)、大神に奉ると定める。

 即位〇年ケサリ月3日、「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の御神體を定める。――「三種の三劔神宮(たましいたまや)」「神骨像神體」「天(アマ)疎(サカル)日(ヒニ)向(ムカ)津(ツ)比(ヒ)売(メ)天皇(スミラミコト)の三種の神器」「忍(オシ)穂(ホ)耳(ミミ)天皇(スミラミコト)・仁(ニ)仁(ニ)杵(ギ)天皇(スミラミコト)・彦(ヒコ)火(ホ)々(ホ)出(デ)見(ミ)天皇(スミラミコト)・葺(フキ)不合(アワセズ)天皇(スミラミコト)身造の神籬(ヒモロギ)立瓶」「ヒヒイロガネの十六菊御紋章」「神代文字にて成れる霊巻物の神体、日の丸旗」。

 即位〇年イヤヨ立1日、新たに編纂した歴史を、さらに神代象形文字(〇〇〇〇〇〇)で纂らせ、「太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の御神體に合祭。

20、第29代 玉(タマ)噛(オギ)天皇(スミラミコト)

 霧島山に大宮を造り、「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の分霊と「伊邪那岐・美二神」以上の男女の神霊を合祀して、大祭。「真(マコ)皇(スミラ)真(マ)輝(テル)彦(ヒコ)天皇(スミラミコト)」以上「天(アマ)疎(サカル)日(ヒニ)向(ムカ)津(ツ)比(ヒ)売(メ)天皇(スミラミコト)」までを、阿蘇山に合祀。「鳴沢之雄命」以下39神の霊を、「加賀白山宮相殿」に祀祭。守長寿富守護瓊矛として霧島山に逆矛を立てて納め、「伊(イ)邪(ザ)那(ナ)岐(ギ)天(スミラ)皇(ミコト)」所持の人頭形の印(〇〇〇〇〇)[御神霊]を、赤池上・神明「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の御神霊として納祭。

21、第39代 火(ヒ)之(ノ)進(ススム)奇(キ)猿(サリ)媛(ヒメ)天(スミラ)皇(ミコト)

 即位86年ハヤレ月円4日、富士の大宮を造り替えて、再び左の祭神を勧請。(第59章参照)――「木(コノ)花(ハナ)咲(サク)耶(ヤ)姫(ヒメ)尊神霊」「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)分霊」「天(アマ)照(テル)日(ヒ)大神」「天(アマ)疎(サカル)日(ヒニ)向(ムカ)津(ツ)比(ヒ)売(メ)天皇(スミラミコト)神霊」「天豊国押彦天皇(スミラミコト)神霊」「豊狭姫皇后神霊」

22、第40代 臼(ウス)杵(キネ)天皇(スミラミコト)

 即位〇年ムツヒ月籠9日、遺詔「上代天皇の神霊と、今後代々天皇の神霊は、必ず天越根中日見日高見神明の皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)に合祀すべし」。

23、第44代 少(スク)名(ナ)形(カタ)男(オ)彦(ヒコ)天皇(スミラミコト)

 神託により、即位式には、「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」御神体を天皇の御身近くに奉捧して祭り、平年平日は神宝全部を「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」に安置すべきと定める。

24、第48代 天(アメ)饒(ニギ)国(クニ)饒(ニギ)狭(サ)真(マ)都(ツ)国(クニ)足(タル)天皇(スミラミコト)

 即位53年ムツヒ月円8日、詔。今後「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の神主(カンツカサ)は「竹内」と名のるべきと定め、他人がこの姓名を使用することを禁じる。

25、第52代 建(タテ)玉(タマ)天皇(スミラミコト)

 即位102年ムツヒ月立5日、詔。「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」は今後、必ず御皇城(オミンジョ)中央――ヒナタ[南]の方 2里20丁、ヒウケ[北]の方 1里20丁、ヒガシ[東]の方 1里30丁、ヒニリ[西]の方 2里10丁――を「太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」移転地の境内と定め、造替の時、神明に向って右に行くを「神(タマシヒ)宮(タマヤ)」と云い、次に造替え左に行くを「御皇城山(オミンジヨヤマ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」とする旨、「天(アマ)疎(サカル)日(ヒニ)向(ムカ)津(ツ)比(ヒ)売(メ)天皇(スミラミコト)」より、今上建(タテ)玉(タマ)天皇(スミラミコト)・皇后(キサキノミヤ)・皇太子に神託あり。「今後必ず50年毎に造替え、且つ、天皇が代った時にも必ず造り替えよ」と定められ、家屋はヒヒイロガネで葺き、神主(カンツカサ)職は皇子を以てする。

26、第54代 神(カミ)豊(トヨ)実(ミ)媛(ヒメ)天皇(スミラミコト)

 即位○年ウベコ月円9日、詔。常道路下毛国三本遺鹿子山に「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の分霊を祀り、「甲子(カシ)大神宮」と称える。

27、第58代 清(スガ)之(ノ)宮(ミヤ)媛(ヒメ)天皇(スミラミコト)

 即位100年ムツヒ月立6日、詔。「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」分霊を宮中に親祭(〇〇〇〇〇)することに定める。(同床共殿の初めなり)

28、第75代 神(カミ)足(タル)別(ワケ)国(クニ)押(オシ)之(ノ)女(ヒメ)天皇(スミラミコト)

 即位103年ムツヒ月立6日、詔。「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の本殿・前殿及び五社懸族(赤池白竜神、安産守神、白狐(びゃっこ)七十五神、大空万主神、千兆勝神)

29、第92代 春(ハル)建(タテ)日(ヒル)媛(ヒメ)天皇(スミラミコト)

 即位〇〇〇年ケサリ月籠7日、詔。天越根中婦見神明ヒニルの方、御皇城山(オミンジヨヤマ)のヒナタ・ヒウケ・ヒニリの方、長沢より四方水門までを大宮の境内とする。

30、第94代 神(カン)足(タル)別(ワケ)豊(トヨ)(スキ)天皇(スミラミコト)

 「神竹内真戸利王尊」[神主(カンツカサ)]に詔して、白石で赤池白竜の身形神體大小二個(〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇)を作らせる。

31、第95代 神(カン)心(ココロ)伝(ツトフ)物(モノ)部(ノベ)建(タテ)天皇(スミラミコト)

 即位〇年ケサリ月籠10日より、諸カタの高千穂峰に天越根中「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」分霊を再度勧請し、「天孫天降宮」と云う。この時より「天孫降臨」と呼ぶ。

32、第98代 神(じん)武(む)天皇

秋津根別大和畝傍山へ「「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」を乞い奉る。112歳、ウベコ月立3日、畝傍山の「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」分宮の前で高御座(たかみくら)に登り、「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の神體をもって即位。

33、神倭(かむやまと)16代 品(ホム)陀(ダ)和(ワ)気(ケ)天皇(スミラミコト)[応(おう)神(じん)天皇]

 即位11年正月6日、詔。再び棟梁の民「竹(たけ)内(うちの)宿(すく)禰(ね)」を勅使として、越根中国日見日高見神明赤池上棟梁「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」に差遣(さけん)し、神代より伝えられた、代々天皇の即位に用いられた御宝、上代天皇自身が造られた神籬(ヒモロギ)立瓶五組・神功皇后の水金鏡・神代上代の万宝を、神宮の地中に秘蔵せしめ(〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇)、天皇即位11年3月朔日、自ら祭主となって、大祭礼を挙行。

34、神倭(かむやまと)22代 雄略(ゆうりゃく)天皇

 「安康天皇」3年11月21日、葺不合(ふきあえず)朝天皇御即位式の儀をもって、天津(アマツ)日嗣(ヒツギ)の高御座(たかみくら)に登られ、上代の即位式礼はこれをもって終わりとする。

35、神倭(かむやまと)25代 仁(にん)賢(けん)天皇

 即位5年、「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」大祭礼を挙行。天皇御親祭の終り。後の詔で定紋を定め、日見日高見神明宮赤池上並に金屋上御皇城山(オミンジヨヤマ)両宮、ヒナタよりヒウケに向って右平地を「神明宮」社左、山田川ヒニリ「御皇城山(オミンジヨヤマ)宮」社地止と神代より定め、神代より左に替造り建宮の時、右の宮地はカラ地と定め、右平地の赤池上神明池に、「神(じん)武(む)天皇」の孫「意富祁(おおけ)天皇」[億計(おけ)天皇・仁(にん)賢(けん)天皇]即位6年ケサリ月円5日夜九ッ刻に「御皇城山(オミンジヨヤマ)宮」よりヒガシ「神明宮」の宮へ遷宮。「御馬皇子」祭主万国棟梁(トコヨクニオムヤ)「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」の勅祭主・「御馬皇子」と、神主(カンツカサ)「竹内真鳥」にて謹祭。摂社宮・境内社と太神宮(おおたましいたまや)懸族四社宮は、いずれも皆、遷宮式祭と五行神祭・雷神祭を行う。

 「補遣 一」……万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)法政を定め[唐字の急練習中 真鳥]、神皇産霊(カミムスビ)身光(ミヒカル)天皇(スミラミコト)・神(カン)皇(ム)産(ス)辡(ヒ)皇后宮(キサキノミヤ)は、即位70億3000年イヤヨ月籠5日、謹んで万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)の政法(マツリ)事を定(サダム)める。

――「一、万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)よ、天の天皇と、皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)・神主に背くなよ。」「一、天国(アメクニ)の天皇が、万国(トコヨクニ)に今先の代々天皇の氏(タイ)・民主(ミツトソン)を造(ツク)った。天国(アメクニ)の天皇に背くなよ。」「一、天国(アメクニ)の神託に背くなよ。」「一、天国(アメクニ)の神の教えに背くなよ。人に害禍(ガヘマガ)をするなよ。」「一、五色人(イロヒト)よ、天国(アメクニ)の天皇・神主(カンツカサ)・神国の神子民に、恨みや憎しみを持つなよ。負けるぞ。死ぬぞ。潰れるぞ。」「一、汝を産んだ父母に背くなよ。」「一、天国(アメクニ)の天皇が造った法政を、教えと親に背くなよ。」「一、人の男女(ネトメ)を取るなよ、人に禍をするなよ、すると天罰があるぞ。堅く法政を守れよ。背くと潰れるぞ。病魔に合うぞ。万災難に合うぞ。ベンボ(=貧乏?)になるぞ。万事負けるぞ。万人が憎しみや恨みの相手となり、和合しなくなるぞ。死ぬぞ。十代先まで天罰あるぞ。必ず、背くなよ。ソモカノ人こそ君に忠義達ゾ。天賦天資天然の無極ク勝幸福徳長寿子孫々在宝立身高名開運を身に付神籬(ヒモロギ)守護あるぞ。」(豊葦原姫命、天底立角己利命、天豊歴史頭命、天豊八意知命  皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)納祭 (右、上記神代文字巻ニアル写し))

「補遣 二」……天皇御系譜の巻に記載される、「皇(スミ)祖(オヤ)皇(スミラ)太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)」神殿の大きさの大略を記す。

――「1、葺不合(ふきあえず)4代 玉(タマ)噛(オギ)天皇(スミラミコト)即位○年ムツヒ立5日、太(オホ)神(タマシヒ)宮(タマヤ)本殿・前殿造替。本殿661尺、奥681尺、前殿1301尺、奥1041尺」「2、葺不合(ふきあえず)6代 石(イシ)鉾(ホコ)歯(ハ)並(ナミ)執(トリ)楯(タテ)天皇(スミラミコト)。本殿601尺、奥661尺、前殿1213尺、奥1021尺」「3、葺不合(ふきあえず)7代 豊(トヨ)媛(ヒメ)天皇(スミラミコト)。本殿721尺、前殿1261尺」「4、葺不合(ふきあえず)10代 千(チ)足(タル)媛(ヒメ)天皇(スミラミコト)。本殿661尺、前殿1261尺」「5、葺不合(ふきあえず)14代 火(ヒ)之(ノ)進(ススム)奇(キ)猿(サリ)媛(ヒメ)天皇(スミラミコト)。本殿661尺、(※ 前殿の記載なし、記載漏れと思われる)」「6、葺不合(ふきあえず)17代 表(ウハ)照(テル)明(アカリ)媛(ヒメ)天皇(スミラミコト)。本殿661尺、前殿1261尺」「7、葺不合(ふきあえず)24代 天(アメ)饒(ニギ)国(クニ)饒(ニギ)黒(クロ)浜(ハマ)彦(ヒコ)天皇(スミラミコト)。本殿661尺、前1261尺」「8、葺不合(ふきあえず)27代 建(タテ)玉(タマ)彦(ヒコ)天皇(スミラミコト)。本殿661尺、奥行601尺、前殿1261尺、奥行1061尺」「9、葺不合(ふきあえず)31代 橘(タチバナ)媛(ヒメ)天皇(スミラミコト)。本殿661尺、四方の宮前1261尺」「10、葺不合(ふきあえず)50代 神(カミ)足(タル)別(ワケ)国(クニ)押(オシ)之(ノ)女(ヒメ)天皇(スミラミコト)。本殿661尺、前殿1261尺」「11、葺不合(ふきあえず)五十七代 天(アマ)津(ツ)照(テル)雄(ヲ)之(ノ)男(ヲ)天皇(スミラミコト)。本殿660尺、前殿1261尺」

 

 

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