第三十三章 皇統第十四代[上代第十四代]

   (クニ)()(トコ)(タチ)()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)  [御身魂 国万造主(クニヨロズツクリヌシ)大神]

   (クニ)()(トコ)(ヒメ)皇后宮(キサキノミヤ)

 「(クニ)()(トコ)(ヒメ)皇后宮(キサキノミヤ)」は、「宇麻志(ウマシ)阿志(アシ)訶備(カビ)比古遅(ヒコヂ)天皇(スミラミコト)」の御子「天之常万男女二神」の姫なり。皇太子「豊雲野根尊」及び「国狭槌尊」、御誕生あり。天皇、御即位五十一年一月六日、詔して左の官位十六級を定め給う。

 神主(カムロ)大申政(オホマウシ)小申政(ヲマウシ)大臣(オホオミ)小臣(ヲオミ)国令(クズシリ)内宿弥(ウツネ)別宿弥(トシネ)

 侍従(ホリネ)大夫(ヤツコ)舎人(トモコ)衛士(ホタコ)(タケリ)郡司(クズコ)郷司(オトコ)隊長(ヤレコ)

 天皇、飛騨位山に大宮を造りて、万機を統べさせ給えり。後、万国(トコヨクニ)御巡幸の途に上り給い、先づ支那順天府天寿山に天降り給い、後、天竺黒峯に赴かせられしに、「魔訶迦紫(マカカシ)尊者」謹みて奉迎参朝して礼拝し奉れり。それより更に天夫利(アフリ)イサワ浜よりゴンダルに天降り、それよりオーストラリア州シドニー浜に赴かれ、続いて南アメリカ州サンチアゴに天降り、北米に赴れて、道路陸奥前宮野浦浜に御帰朝し給う。御還幸の所を都喜山と名付け、後、月山(〇〇)と改む。また、天皇皇后御入浴し給いし所を、湯殿山と名付く。

 天皇御即位〇年、天万陪猿日主「申」年(是れ、年に十二支を配せし初めなり。)二月十一日、地球万国(トコヨクニ)に大変動あり。此の時、神勅によりて予め難を高峯に避け給いしが、鎮まりて後、更に「(アマ)(テル)()大神」の御神勅によりて、天皇、越中国二井ヤ祖来(オヤクル)ヶ岳に、皇后・皇子・皇族・五色人(イロヒト)の祖王達と共に天降り給い、其処にて再び万国(トコヨクニ)の政を知食めさる。此の祖来ヶ岳を、後に改めて(やり)ヶ岳と云う。天皇・皇子七尊に命じて、歴史を編纂せしめ給いたり。斯の如く万国(トコヨクニ)変動の後には、其の都度新しく歴史の編纂を試みられて、其の変動の前後の事情を明かにし、且つ之を「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」に奉納せらるゝが、歴代の例となり居るものなり。

 天皇の御宇(ぎょう)に到りて、神界の混乱状況が漸く地上に反映し来り、万国(トコヨクニ)草賊(そうぞく)跋扈したるを以て、之等を討伐し、万国(トコヨクニ)五色(イロヒト)草賊(そうぞく)の頭目を捕えて日の本に連れ来り、それ等の頭目を一団にして、越中国立山(たてやま)根の底(〇〇〇)に(是れ、根底の国と云う始めなり。)集め置けり。其の場所を自獄(ジゴク)(鬼城)と名付けしが、是れ極楽地獄の名称の起源なり。

 天皇の御身魂は、「国万造主(クニヨロズツクリヌシ)大神」にあらせらるゝ所より、其の御治世は極めて厳正にして、前述の如く、万国(トコヨクニ)草賊(そうぞく)の頭目を一所に集め置きたる如き御事跡は、即ちその御現れの一なり。また天皇の御宇(ぎょう)は、歴代天皇の中にて其の期間最も長きものにして、国祖「国万造主(クニヨロズツクリヌシ)大神」に天皇の御名たる「(クニ)(トコ)(タチ)大神」と云う別名を奉りしは、上述の如き御身魂と御事跡の因縁によるものなり。又天皇の御代に、初めて方位の名称たる十二支を年に配さる。後、皇位を「(とよ)(くも)()()尊」に譲り給い、即位三百五十億万年六月一日、越中立山より神幽(カミサ)り給えり。また皇后宮は、蓮葉山より神幽(カミサ)り給う。

 

 

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