第二十九章 第七次神政内閣

   大広木正宗(おおひろきまさむね)大神  (さだ)()(ひめ)大神

 第六次神政内閣の「(ドウ)(ジャウ)(ヨシ)(ノリ)大神」の御子に「(おお)(ひろ)()(まさ)(むね)大神」あり、如何にもして、父神の御治世を恢復せんとして、「()()()(ひめ)大神」の変神なる「(さだ)()(ひめ)大神」を妻神とせられ、更に叔父神たる「(ジフ)(ダウ)(ユキ)(ナリ)大神」を輔佐神に立て、第七次神政内閣を組織し給う。神霊界御経営に大努力を払い給いし効(むな)しからず、御事跡(ことと)(あが)りて、永き年月に亘り立派なる神政行われ居たり。

 然るに、是れより先『ろ』の国に走りたる「行永春神」は「(ドウ)(ジャウ)(ヨシ)(ノリ)大神」と離別したる後『ろ』の国に走り行きし「()()()(ひめ)大神」[言足姫神]を娶りて、二神の間に「桃上彦神」を産み給えり。玆に於て、外国諸神は、此の外国魂を有する「桃上彦神」を擁立し、自己の素志(そし)を貫徹せんとする意図を抱きて策動を開始する事となれり。此の策動愈々顕著となりし時、「(おお)(ひろ)()(まさ)(むね)大神」は、諸神の意を迎えて「桃上彦神」を内閣主班として立つるに於ては、神政紊乱を来たすは予め明瞭なる事を知り給えども、而も「桃上彦神」は、御母神「()()()(ひめ)大神」の御子、即ち異父弟の間柄なるを以て、所謂義理(ぎり)の上よりしては、之に内閣を譲らざるを得ず。此の間種々御勘考(かんこう)の後、遂に意を決して内閣を譲り給い、而して当時腐敗混乱の極に達せし『い』の国(日の本)に全く絶望し、斯かる国に止りて其の(かく)(せい)を図るよりは、寧ろ先づ『ろ』の国(外国)に赴きて其の地に教を樹立し、先ず『ろ』の国の教化・改造を完了し、更に之を基礎として、還りて日の本の神霊界の救済をなさんには如かず、との御計画を御決意とをなし給えり。此の御計画に対して、「(さだ)()(ひめ)大神」は、其の本来を誤れる故を説いて、切に諫言(かんげん)し給いしが、其の効なく、遂に「大広木(おおひろき)正宗(まさむね)大神」は、諸々の従神を(ひき)()して『ろ』の国に赴き給えり。斯して、「(さだ)()(ひめ)大神」は、止むを得ず、夫神と別れて『い』の国に留まり、また(ジフ)(ダウ)(ユキ)(ナリ)大神も隠退し給えり。然も「(さだ)()(ひめ)大神」は、(なお)も夫神を『い』の国に伴い帰らんとなし給い、「平野姫神」と変じて、夫神の後を追い行き給えり。然れ共、「大広木正宗(おおひろきまさむね)大神」は、切に「平野姫神」の日の本帰還を促し、御自神は、遂に日の本御帰還を(がえ)んじ給わざりき(第一二九章参照)

 現今、滋賀県琵琶湖畔、江若鉄道大野駅に大野神社あり。其の処に、「大広木正宗(おおひろきまさむね)大神」の神霊在ましたり。その対岸、近江八幡の辺りに「平野姫神」在まして、夜毎に湖水を渡りて夫神の許に通い給えり、()て、九十九夜通いて最后(さいご)の一夜にて百夜となる夜、邪神現われて、湖上にありし「平野姫神」の乗船を(くつがえ)したる為、「平野姫神」は遂に溺死し、「大海原姫神」と変じ給えり。此の事は旧暦二月二十三日の夜の出来事にして、現在に於ても、此の夜には、琵琶湖上近江八幡の辺りより、異様なる光現われて、湖面を覆うるを見る。土地の人之を平野八光(〇〇〇〇)と呼べり。また、此の「平野姫神」の思念湖水に入りて生じたりしが、いさざ(〇〇〇)と称する魚にして、而も此のいさざ(〇〇〇)なる魚は(あたか)も平野八光の現るゝ旧暦二月二十三日の前後約一週間は之を漁獲するを得れど、其の他の日は、一年のうち如何なる時に於ても、其の姿をだに見ず。以上は、「平野姫神」の死が――而も伝説と結びつきて――現界に反映しつゝある事実なり。

 

 

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