伊邪那岐身光天津日嗣天日天皇 [御身魂 行永春神]
伊弉那冊皇后宮 [御身魂 言足姫神]
天皇・皇后の御身魂は、夫々「行永春神」及び「言足姫神」に在します。皇子「蛭子尊」、御誕生あり。此の尊の御身魂は「桃上彦神」にして、所謂八方美人にて優柔不断の尊なり。日の本伝説によれば此の尊は骨無しにして、蘆舟に載せて海に流し、外国へ遣わされ給えりとあれども、此の伝説の真相は、北米即ち日受恵比須洲に赴かれて、其の国を治め給いし事にして、此の故に、「蛭子尊」を「恵比須」と称す。
次いで、皇子「火の尊」(後、津速産霊尊となる)、御誕生あり。此の尊を産み給いし時、皇后病を得させられ、皇后の御生国たる予母津洲アフスタン(アフガニスタン)国の平坂伊止に赴きたまえり、「伊弉那冊皇后宮」は、皇統第十六代「宇比地煮天皇」より分れ給いしものにして、白人(白色人種)に在します。(第三十五章参照)後、皇后は加賀白山にて神幽り給われしにより、現今其の白山神社に於て、「伊邪那岐天皇」に奉る黄旗と皇后に奉る白旗とが並び立てあるは、皇后が白人にましませし事を示すものなり。玆に於て、天皇は、「アフスタン」国に皇后を訪れ給いて、平坂伊止に大宮を造りて共に住まわせ給い、皇后の御病癒えし後も暫く其の地に在しまししが、やがて日の本に御帰還あらんとして、天皇・皇后・御供ども御出発あらせ給えり。此の時、アフスタン国の白人達は別れを惜しみ奉り、大宮の周囲に、数万の人々群れ集いて、アフスタンの地に永遠に止まり給わん事を懇願し奉えり。玆に於て、天皇はアフスタンにて産み給える皇子三人を其の地に残し、之を其の地の統治者と定め給いたるによりて、白人達も僅に納得したれば、天皇・皇后漸くにして日の本に御帰還遊ばされ給う。此の三人の皇子は「カブイル民主」「ガズニ王尊」「フカラ伊王尊」にして、夫々タシュケント王城・ボハラ王城・カブイル王城の国王となり給えり。此の事実が、日の本の伝説によれば、天皇・皇后御帰還の途次、桃果三個(此の桃果を意富加牟豆美命と云う)を擲ちて、黄泉醜女を追い給いし事となり居るなり。
天皇・皇后は、御帰国の後、三十二尊の皇子を産み給い、神勅によりて、「皇祖皇太神宮」を参拝し給う事となり、予母津国に赴かれし事によりて、筑紫日向の橘の小戸の阿波岐原にて身禊払いし給いて後、「皇祖皇太神宮」の大前にて御帰国の御報告をなし給えり。
天皇即位〇年一月一日、「天疎日向津比売尊」[御身魂 天照日大神]御誕生あり。続いて「天疎月向津比古月読尊」[御身魂 天照彦大神]御誕生あり給う。此の尊の又の名を、「須佐之男尊」を呼び奉る。日の本の古記によれば「須佐之男尊」と「月読(弓)尊」とは別尊の如く伝えらるれども、事実は同一尊にましますなり。
天皇・皇后御二人、大勇力にましまして、神勅によりて、御身親ら、ヒヒイロガネを以て御神剣を造り清め、七年三ヶ月にして漸く完成し給う。此の時、「天照日大神」より御神勅ありて、
『天皇御親作の神宝剣ならびに「大斗能地天皇」「惶根天皇」御親作による二箇の神宝剣は、万国五色人の棟鿄たる天皇の無極億代まで、必ず天日天皇の身守、天皇の家宝と定む。』
と命じ給えり。此の天皇御親作の神剣は、十種の神宝の第九にして、神日本魂三御剣の第三なり。天皇御譲位に際し、以上三神宝剣を「天疎日向津比売天皇」に御譲りあり、之よりして、此の三神宝剣は、天津日嗣御継承の御神宝となりしなり。
天皇・皇后の御身魂夫々「行永春神」及び「言足姫神」にあらせらるゝ所より、第八次神政内閣初期に於ける駛身界の混乱漸く現界の天皇の御宇に反映し来り、日の本並びに外国各地に於て草賊頻りに蜂起して、人類社界の物情騒然たるものもあり。為に、此の情況を治定さる意味に於て、天の御三體の大神の神意により、次代皇統第二十二代天皇として、御身魂に「天照日大神」御出現ましませる「天疎日向津比売天皇」御即位し給う事となれり。「伊邪那岐天皇」は越中国立山の大宮にて神幽り給い、皇后宮は加賀国白山より神幽り給えり。
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