天照国照日子百日臼杵不合七十一代天日嗣天皇
玉依比売皇后宮
天皇御在位二百十六年、皇太子「彦五瀬尊」に御譲位ありて、同年神幽り給う。御齢三百三歳。「竹媛尊」「宮建媛尊」「噌野媛尊」を妃とし。他六名を嬪とせられ、「田鶴媛尊」[御母宮建媛尊]「彦五瀬尊」[御母竹媛尊、又の名、稲飯田竹媛尊]「狭野尊」[御母皇后]「三毛野入野尊」[御母建媛尊]「串柿野尊」[御母建媛尊]等の諸皇子・皇女、御誕生あらせらる。
即位二十一年十月(神武即位前二百二十九年)、日本島に再び大変動大地震ありて、人文殆ど潰滅し尽す。即位四十三年十二月二十七日詔して、万国御巡幸の途に登らせられ、ヨモツ国トリコ、ドスト水門より、同百三十三年、秋津根大和生駒の宮に還幸し給う。天皇神幽りまして、皇后宮と共に「生駒二神」として祀り奉る。
皇后は、御名を「玉依比売皇后宮」と称し給い、葺不合第一代「武鵜草葺不合天皇」の皇后宮と同一の御名にあらせらる、為に在来の古記は、葺不合七十一代の皇后宮を其の侭第一代天皇の皇后宮となしたる為め、其の結果、此の葺不合朝七十一代の歴史を省略するに到り、従って「神武天皇」を葺不合第一代天皇の皇子として伝えたるなり。(第百三十八章参照)
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