第百二十八章 皇統第九十八代[葺不合第七十三代][神倭第一代]

   (サヌ)()(ミコト)(アハ)(セズ)(シチ)(ジュウ)(サン)(ダイ)(アマツ)()(ツギ)(スミラ)(ミコト)

   神日本磐余彦(カンヤマトイワレヒコ)(スミラ)(ミコト)(カム)(ヤマト)一代(イチダイ)(じん)()天皇]  [御身魂 山武姫(ヤマタケヒメ)大神]

   多多良五十鈴(タタライスズ)(ヒメ)皇后宮(キサキノミヤ)

 天皇の御身魂は、「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」にましまし皇后宮は、葺不合(ふきあえず)六十七代天皇の皇子「言代大宝尊」の子「春日建櫛甕玉尊」の女にまします。(註 日本記には「言代大主尊」を「言代主命」とし、又一説として、「大物(おおもの)(ぬし)尊」即ち「大和櫛甕王大物主神()」の御子とせり。「言代主尊」は「大国主命」の子、「大物(おおもの)(ぬし)」は「大国主命」の和魂を伝うるものにして、「言代大主尊」より大の字を脱し春日建櫛甕玉の櫛甕玉の三字によりて、「大物主神()」の子とせしものにして、古記の杜撰(ずさん)なる事を知るべし。)

 天の御三體大神の神意によりて、日本覆滅(ふくめつ)後の建直しの目的を以て、「(カム)(ヤマト)(イワ)()(ヒコ)(スミラ)(ミコト)」御即位給いしものにして、其の御身魂「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」は、斯くして遂に日の本皇室の皇霊統に入る事を得給いしなり。而も此の事は、「(アマ)(テル)()大神」の神意に基く所にして、やがて来るべき第二回の岩戸開きを期して、先づ外国神霊をして日本皇霊統に入らしめ、先づ日の本をそれ等諸神霊自らの支配下のものとして、其の再建に努力せしめられし為め、僅々(きんきん)二千六百年にして、今日見るが如き日の本に恢復し得しものなり。

 玆に於て、「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」は、勇躍(ゆうやく)して日本島文化建設の事業に着手し給う。而して、「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」の股肱(ここう)となりて其の御事業を補佐せるは、「磐古大神」「御幣田姫(ごへいだひめ)神」「幡十台神」等の外国諸神霊にして、此の後、様々の人間の身魂として現界に出現し、以て個有日本を覆滅(ふくめつ)し、それ等外国諸神の意の侭なる日本を造らん事に専念せり。即ち、「妙見」[磐古大神]「普賢」[御幣田姫(ごへいだひめ)神]「文珠」[幡十台神]等の諸菩薩が極力仏法の弘通に努め、後また、(じゅ)(どう)入り来りて漸次拡まるに到りしは、之等諸神霊の日の本奪取の計画の現れに外ならざるなり。

 当時越中の地は地変の後を受けて、「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」猶営繕中なりしを以て、天皇、先づ「太神宮(おおたましいたまや)」の東、神通川の岸より遙拝し給い(此の処を遠見の里と名付。)、それより神宝(カンダカラ)を奉持して大和に帰られ、畝傍山に「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」を鎮祭し給い、神宝(カンダカラ)たる神日本魂御劔の名によりて、御名を、「神日本磐余彦(カンヤマトイワレヒコ)尊」と御改めあり、天皇、御齢百十二歳四月三日を以て、此の畝傍分宮の大前に於て、即位の大礼を挙げさせ給う。

 即ち、天皇御(みずか)ら祭主となり給い、天津(アマツ)日嗣(ヒツギ)高御座(たかみくら)に昇り、南面して、「(アマ)(テル)()大神」に天盃を捧げ奉り、終りて万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)王の棟鿄(オムヤ)天皇(スミラミコト)の御宝、神日本魂三神宝劔・神骨像石の御神體・(アマ)(サカル)(ヒニ)(ムカ)()()()天皇(スミラミコト)の三種之神器・神龍立瓶・神代上代の皇統象形仮名アヒル文字の巻・十六菊形御紋宝等を奉持して、正殿に即位し給えり。

 天皇、文化覆滅後に於ける日の本建直しの為め、世界万国(トコヨクニ)(とう)()を一時完全に放擲(ほうてき)し給う。之を第二回岩戸閉めと云う。天皇御即位五十年の記念祭に際し、新片仮名文字、アイウエオ以下ンまで、五十一字を作成し給う。現在吾人(ごじん)の使用するものなり。(第百十七章参照)また、天皇、文化回復の為め、韓支那より文物の輸入を図り給えり。

 

 

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