太初「天神人祖一神宮」として創設せられたる「皇祖皇太神宮」も、前述の如く、遂に地上にその影さえも没するに到れるが、左に其の沿革の概要を収録して、以て其の盛衰の跡を追懐するの資となさん。
一、第一代 天日豊本葦牙気天皇
元根年サナヘ月に「大空底日球日神」[天照日大神]及び上神霊、万国の棟鿄黄皇主孫命守護の神、支弟姉妹五色孫民王守神と共に、地球天元国へ初めて還し、天皇、皇后外二十名のミド女の皇子・皇女達と同時に越し遷り、此処に、
天神人祖一神宮
を御造営、「天豊工人宮造知尊」「天日家造工知彦尊」神宮を造り、天皇御自身祭主となりて、勧し請め奉り、「天の越根国」と御命名
二、第二代 造化気万男天皇
即位〇〇年、越根中日見日高見国神明光の「天神人祖一神宮」へ、上代の万神を、「天日万言文造主尊」に命じて、文にし神霊の御前に捧げ給う。又天地万国の五色人の大根元祖「天日豊本葦牙気皇神天皇」の頭骨、體骨を以て、頭形・身形・像形二十四の神體を造り、神代文字を以て、上代の神名を彫刻し、神體と定め奉る。
三、第三代 天日豊本黄人皇天皇
上代天皇の御名及び万国御巡幸、万国主御勅定の次第を書き誌さしめ、「天神人祖一神宮」の御神體となし給う。
四、第四代 天之御中主天皇
即位○年ウベコ月立五日、「天神人祖一神宮」の本殿の社前の四方位に、日羽鳥トマリ鳥居を建て給う。又「元無極體主王大神」より「天之御中主天皇」まで歴史を編纂し、之を天越根中大日見国光池上神明「天神人祖一神宮」の御神體として奉納。
五、第十代 高皇産霊天皇
「元無極體主王大神」より、歴代天皇を始め、今上帝・皇后皇子・皇族系図を「天神人祖一神宮」に合祀し本殿を改造し、宮の屋根をヒヒイロガネにて葦き、前殿を参殿造とし、神宮の名を。
皇祖皇太神宮
と改称し給い、太神宮の四方に大鳥居を造営せらる。又五色人の九十八柱を祭り、
別祖太神宮
と称し給う。祭神日の神の宮の川上奥山に、太神宮分霊を勧請し奉り、「元伊勢太神宮」と云う。またここに「皇后堂」を建て、「伊勢山大皇后堂」と云い、「皇后合神社」亦の名「天伊勢神社」と云う。「伊勢」の名の始めなり。(註 此の山を今、金剛堂山と云い、山頂に五箇の山両陵現存す。)「皇后堂」の祭神は「高皇産霊皇后」「宇麻志阿志訶備美皇后」「天(之)常女皇后」「豊斟美皇后」「須比智邇(美)皇后」
六、第十一代 神皇産霊天皇
上代の歴史を編纂し、其の書巻を「皇祖皇太神宮」に奉納し給う。また、七皇子に命じ、万国形の地図を作り、同じく奉納し給う。
七、第十四代 国之常立天皇
越根中御皇城山クレ羽山に「皇祖皇太神宮」の本殿・前殿を造営し、宮城の四方に鳥居を建て、「皇祖皇太神宮」を勧請し奉る。また越根中国日見日高見神明光池上「皇祖皇太神宮」にて、大祈念、大祭礼を行い給う。
八、第十五代 豊雲野根天皇
諸皇子に詔して、歴史を編ましめ給い、「元無極體主王大神」より「国之常立男神」までを、上代の神と称し、成れる巻物を、「皇祖皇太神宮」の神体とし給い。
九、第十七代 角樴天皇
即位〇年ミナ月立七日、万国五色人令、支那邦令兄弟「黄能氏」「盤皇氏」「義皇氏」支那天竺邦王「摩迦黒尊者」等百七十八名来朝し、天皇の御前に参朝拝礼し、五色人王、五色旗を奉捧す。五色旗を「皇祖皇太神宮」に奉納、五色人等神前に拝礼す。
十、第十八代 大斗能地王天皇
即位〇年ムツヒ月円三日、越根中国「皇祖皇太神宮」の本殿を造り替え、祈念殿を二井ヤのヲク、大宮よりヒカシよりヒニリ向きに新造し、本殿、前殿、祈念殿の四方に、大鳥居を造り、「二井ヤ宮」の造営成り、「二宮」と云う。後、「奥井殿」と称し、三度改めて「ヲク田宮」と称す。
天皇皇后親らヒヒイロガネにて、ホド文ミド文、万国地図を刻める宝劔を造らせられ、「皇祖皇太神宮」の御神体を勘請し給う。
十一、第十九代 面足日子天皇
越根中日見日高見神明赤池上ヒニリ御皇城山根の「皇祖皇太神宮」の本殿前殿を造替え、「太神宮」の四方にニハトリ居を建造せらる。即位〇年、ナヨナ月立九日、万国御巡幸より二井ヤ浜に御還幸。同所を日入祝と名付け、後、東岩瀬と云う。天皇、東岩瀬に「皇祖皇太神宮」の分霊殿を造営し、「東岩瀬太神宮」と称う。更に「太神宮」を山根御皇城山に御改築、屋根をヒヒイロガネにて葺く。四方位に鳥居を造営し、遷宮祭を行わせらる。
十二、第二十代 惶根天皇
天皇・皇后御自作のヒヒイロガネの劔矛(ホド文、ミド文にて神名を及び万国図を刻み)を「太神宮」の御神体として奉納し給う。
十三、第二十一代 伊邪那岐天皇
伊邪那岐美二神、筑紫日向阿波岐原にて身禊祓いし給いし時、神勅あり、『天越根中国日見日高見神明赤池上皇祖皇太神宮にて、大祭礼乞祈をなせ。』と。天皇・皇后、即刻御参拝。詔して、本殿・前殿・四方の鳥居を御造替あり、自ら祭主となり給いて、大祭礼御挙行。万国五色人王三百八十三名参朝拝礼。大楽舞し歌い奉る。
即位〇年、神勅により、天皇の御宝として、ヒヒイロガネにて劔矛を作り給い、「大斗能地王」「惶根王」の宝劔と共に、万国五色人の棟鿄たる皇孫天皇の無極億代まで、必ず天皇の身守家宝と定め給い、「天照大神」譲位の御時、之を譲り給う。
十四、第二十二代 天疎日向津比売天皇
「皇祖皇太神宮」神殿を造り、「天御光日神」[天照日大神]に天盃を奉りて、天津日嗣高御座に即かせ給う。即位の年、イヤヨ月立一日、天皇、「皇祖皇太神宮」にて大遷宮祭を行わせ給う。(第四十二章参照)
十五、第二十三代 天忍穂耳天皇
御自身に「天照日神」並びに「日向津媛天皇」神憑りまして、『今後天皇神幽り給いて、御遺骸を祭葬する場合は、必ず「皇祖皇太神宮」の神主、其の祭主となるべし』と神定あり。即位○年イヤヨ月マドヒ七日、詔して、神代歌を文し、左の諸神奉捧し、天皇自ら祭主となりて、「皇祖皇太神宮」へ奉納し給う。(第四十三章参照)
天日忍日古命 万国言文字智主命 石動彦命 栗羽方守命
天忍神彦命 天根杵彦命 活津根彦命 天津彦根命
十六、第二十四代 天仁々杵天皇
詔して、「皇祖皇太神宮」並に「懸族四社」を、改めて再興し祭る。
(一)赤池白竜明神[空敵空海川野山万災難除守神]
祭神
大空霧雲祓吹尊 海原大海主尊 玉之姫 道主神 綿津見尊
黄竜神 黒竜神 青竜神 赤竜神 白竜神
(二)護法守神[兆勝守神長寿守護神]
祭神
大山草木 蒔主尊 津速五百筒火産尊 風二神 猿田彦尊 宇受女尊
大国主尊 八百万天狗神 火乱神 万国言語伊吹尊 万国八意五十一言造根尊
(三)五色商運神[恵比寿商大神・天地神和合守神]
祭神
天豊恵比寿商主尊 万五十一音形仮名文造根尊 天豊言明文尊 万国言語学尊
蛭子尊 天相合二神 万福酉主尊 五色人祖二十三柱民
(四)稲荷王神[福主神・富貴神]
祭神
天日瑞穂造美尊 天豊穀食類姫尊 豊宇気比女尊 大田大土祖二神 大市比売尊
右御再興後の「皇太神宮」神域の模様、左の如し。[竹内真鳥謹記]

更に、「仁仁杵天皇」の御宇、詔して、「皇祖皇太神宮」御船代(みふなしろ)と真の三柱とに就きて、左の如く御定めあり。
天越国天国天皇の身を永遠に守護の大神を「皇祖皇太神宮」に、棟鿄天皇並に四柱の神宝と神體とを神殿中に祭る法は、真の三柱神として、
天照日神の皇子 天日豊本葦牙気皇神(天皇の神霊にして大地将軍)
月蔭神の皇女 天日豊本葦牙気皇女神(皇后の神霊にして常世姫大神)
造化気万男女神(天皇の神霊にして 地上丸大神
皇后 〃 地上姫大神)
を、「天の日球国」より勧請し奉る。更に、之を奉安する御船代として、上代、「天照日神」詔して、
「万国棟鿄政治天皇を一人と定めて、天空浮船に乗りて、右三柱の神、天日豊天越根中国に天降り給いし様を形取りて、神殿の中真に御船代を形りて三柱を樹て、之に真の三柱神の神霊を登して勧請せよ。」
と定め給えり。更に、「造化気万男女神天皇」自身、船代の造り方を「天豊工人宮造知尊」「天浮船大空乗公運尊」に詔して造らしめ、
「神殿・神體の舟代の真の三柱に祭る祭式は、天皇自身並に臣神主一人の別、人には秘密に秘伝し、アヤマルナヨ。祭式法を自する者の、国・家・身・子は、天の罰罪にて死す。必ず神を拝礼信心せよ。富貴来幸天賦天然の幸徳日神月の神あり。」
と定め、「造化気万男女二柱天皇」詔して、自身祭主となり、奉斎すると、伝う。
「永遠サキノヨ、天皇並に臣必ず堅く守れ、代り努め代れ」
即位十六年イヤヨ月立一日の大祭礼に当り、天皇自ら、神籬立瓶を造り、上代天皇の大神名を神代文字にて彫り付け、八個を八方位高御座に建て、御即位式を挙げ給い、神籬立瓶を「皇祖皇太神宮」に納祭し給う。爾今、代々の御即位式にも同様、必ず神籬立瓶を建てることゝせらる。
十七、第二十五代 天津彦火火出見天皇
天皇・皇后御自身にて、神籬立瓶を作り、高御座の八方位に樹て、御即位、之を「皇祖皇太神宮」に奉納し給う。「日の神」の神勅により、即位〇年イヤヨ月立三日、天皇祭主となり、「思兼命」祭典長、「児屋根命」「太玉命」祭官となり、大遷宮祭行わせらる。五色人王三百八十名参拝。「太神宮」大祭礼に際しては、必ず探湯祭・鎮火祭・釜塢祭を、神主により、其の術を行い、上下万民の安泰を祈祭すべし、と詔し給う。
十八、第二十六代 武鵜草葺不合天皇
即位〇年ミナツ月立七日、詔して、十六菊御紋章・日の丸国旗を制定し、天皇の紋と定め、更に、「皇祖皇太神宮」の紋を定めて石に刻し、ヒヒイロガネにて御紋章を作らせ給う。詔して、ムツヒ月一日を「皇祖皇太神宮」の祭日と定む。
十九、第二十八代 真皇真輝彦天皇
即位〇年ムツヒ月立五日、詔して、「太神宮」御造営。屋根を鵜草にて葺き合せて、「元無極體主王大神」より葺不合二代「軽島彦天皇」迄を合祀し、二井ヤのヲク井に祈念殿を新造、之に「皇祖皇太神宮」の分霊を勧請し奉り、太神宮神主は大祭礼には必ず大神の御前にて、探湯祭・鎮火祭の中渡り祭・釜塢祭の米のフカシを、大神に奉捧をなすことに定めらる。
即位○年ケサリ月三日、「皇祖皇太神宮」の御神體を、左の通り定めらる。
三種の三劔神宮
神骨像神體
天疎日向津比売天皇の三種の神器
忍穂耳天皇・仁仁杵天皇・彦火々出見天皇・葺不合天皇身造の神籬立瓶
ヒヒイロガネの十六菊御紋章
神代文字にて成れる霊巻物の神体日の丸旗。
即位〇年イヤヨ立一日、新に編纂せし歴史を、更に神代象形文字にて纂らせ、「太神宮」の御神體に合祭し給う。
二十、第二十九代 玉噛天皇
霧島山に大宮を造り、「皇祖皇太神宮」の分霊及び「伊邪那岐美二神」以上の男女の神霊を合祀して、大祭。「真皇真輝彦天皇」以上、「天疎日向津比売天皇」までを、阿蘇山に合祀す。「鳴沢之雄命」以下三十九神の霊を、「加賀白山宮相殿」に祀祭す。
守長寿富守神瓊矛として、霧島山に逆矛を立て納め、「伊邪那岐天皇」御所持の人頭形の印[御神霊]を、赤池上・神明「皇祖皇太神宮」の御神體として、納祭す。
二十一、第三十九代 火之進奇猿媛天皇
即位八十六年ハヤレ月円四日、富士の大宮を造替えて、再び左の如く、祭神を勧請。(第五十九章参照)
木花咲耶姫尊神霊
皇祖皇太神宮分霊
天照日大神
天疎日向津比売天皇神霊
天豊国押彦天皇神霊
豊狭姫皇后神霊
二十二、第四十代 臼杵天皇
即位〇年ムツヒ月籠九日、詔して、
『上代天皇の神霊及び今後代々天皇の神霊は、必ず天越根中日見日高見神明の皇祖皇太神宮に合祀すべし。』
と遺詔し給う。
二十三、第四十四代 少名形男彦天皇
神託により、即位式には、「皇祖皇太神宮」御神体を、天皇の御身近くに奉捧して祭り、平年平日は神宝全部を「皇祖皇太神宮」に安置すべき事、に定められる。
二十四、第四十八代 天饒国饒狭真都国足天皇
即位五十三年ムツヒ月円八日、詔して、今後「皇祖皇太神宮」の神主は「竹内」と名のるべき旨定め給い、他人の此の姓名使用を禁じ給う。
二十五、第五十二代 建玉天皇
即位百二年ムツヒ月立五日、詔して、「皇祖皇太神宮」は今後必ず御皇城中央
ヒナタ[南]の方 二里二十丁
ヒウケ[北]の方 一里二十丁
ヒガシ[東]の方 一里三十丁
ヒニリ[西]の方 二里十丁
を「太神宮」移転地の境内と定め、造替の時、神明に向って右に行くを「神宮」と云い、次に造替え左に行くを「御皇城山神宮」とする旨、「天疎日向津比売天皇」より今上建玉天皇・皇后及び皇太子に神託あり。
『今後必ず五十年毎に造替え、且つ、天皇代りたる時にも必ず造り替えよ。』と定められ、家屋はヒヒイロガネを以て葺き、神主職は皇子を以てす。
二十六、第五十四代 神豊実媛天皇
即位○年ウベコ月円九日、詔して、常道路下毛国三本遺鹿子山に「皇祖皇太神宮」の分霊を勧請し奉り、「甲子大神宮」と称え奉る。
二十七、第五十八代 清之宮媛天皇
即位百年ムツヒ月立六日、詔して「皇祖皇太神宮」分霊を宮中に親祭の事、に定め給う。(同床共殿の初めなり)
二十八、第七十五代 神足別国押之女天皇
即位百三年ムツヒ月立六日、詔して、「皇祖皇太神宮」の本殿・前殿及び五社懸族
二十九、第九十二代 春建日媛天皇
即位〇〇〇年ケサリ月籠七日、詔して、天越根中婦見神明ヒニルの方、御皇城山のヒナタ・ヒウケ・ヒニリの方長沢より四方水門まで、大宮の境内とし給う。
三十、第九十四代 神足別豊天皇
「神竹内真戸利王尊」[神主]に詔して、白石にて、赤池白竜神の身形神體大小二個を作り祭る。
三十一、第九十五代 神心伝物部建天皇
即位○年ケサリ月籠十日より、諸カタの高千穂峰に天越根中「皇祖皇太神宮」分霊を再度勧請し奉りて、「天孫天降宮」と云う。此の時より「天孫降臨」と呼ぶ。
三十二、第九十八代 神武天皇
秋津根別大和畝傍山へ「皇祖皇太神宮」を乞い祈り奉る。百十二歳、ウベコ月立三日、畝傍山の「皇祖皇太神宮」分宮の前にて、高御座に登り、「皇祖皇太神宮」の神體を以て即位し給う。
三十三、神倭十六代 品陀和気天皇[応神天皇]
即位十一年正月六日、詔して、再び棟鿄の民「竹内宿禰」を勅使として、越根中国日見日高見神明赤池上棟鿄「皇祖皇太神宮」に差遣し、神代より伝え来れる。
代々天皇の御即位に用い給いし御宝、上代天皇が御自身にて造り給いし神籬立瓶五組・神功皇后の水金鏡・神代上代の万宝
を、神宮の地中に秘蔵せしめ、天皇即位十一年三月朔日、自ら祭主となりて、大祭礼を挙げ給う。
三十四、神倭二十二代 雄略天皇
「安康天皇」三年十一月二十一日、葺不合朝天皇御即位式の御儀を以て、天津日嗣の高御座に登り給う。上代の即位式礼、之を以て終りとす。
三十五、神倭二十五代 仁賢天皇
天皇即位五年、「皇祖皇太神宮」大祭礼を挙行し給う。天皇御親祭の終りなり。後、天皇詔して、定紋を定め、日見日高見神明宮赤池上並に金屋上御皇城山両宮、ヒナタよりヒウケに向って右平地を「神明宮」社左、山田川ヒニリ「御皇城山宮」社地止と神代より定め、神代より左に替造り建宮の時右の宮地はカラ地と定め、右平地の赤池上神明池に、「神武天皇」の孫「意富祁天皇」[億計天皇・仁賢天皇]即位六年ケサリ月円五日夜九ッ刻に「御皇城山宮」よりヒガシ「神明宮」の宮へ遷宮し、天皇詔して、「御馬皇子」祭主万国棟鿄「皇祖皇太神宮」の勅祭主・「御馬皇子」並に神主「竹内真鳥」にて謹祭す。摂社宮・境内社並に太神宮懸族四社宮、何れも皆遷宮式祭並に五行神祭雷神祭を行う。
補遣 一
万国五色人法政定メ。 [唐字の急練習中 真鳥]
神皇産霊身光天皇 ┐
│ 即位七十億三千年イヤヨ月籠五日
神皇産辡皇后宮 ┘
謹ンデ万国ノ五色人ノ政法コトヲ定
一、万国ノ五色人ヨ、天ノ天皇ト皇祖皇太神宮神主ニソモクナヨ。
一、天国ノ天皇万国ニ今先代々天皇氏・民主オ造リゾ、天国ノ天皇ニ、ソモクナヨ。
一、天国の神託ニソモクナヨ。
一、天国ノ神ノ教ニソモクナヨ。人ニ害禍スルナヨ。
一、天国ノ天皇ト、神主ト、神国ノ神子民ニ五色人ヨ敵仇ニスルナヨ。マケルゾ。死ヌルゾ。ツブレルゾ。
一、汝ヂオ産の父母ニソモクナヨ。
一、天国ノ天皇造リシ法政ヲ教ト親ニソモクナヨ。
一、人ノ男女ヲトルナヨ、人ノ物ヲヒキマキ、イキハギ、サカハギスルナヨ。
一、人ニウソヲツクナヨ、人ノスルコト害禍スルナヨ。スルト、天罰アルゾ。堅く法政ヲ守レヨ。ソモクトツブレルゾ。病魔ニ合ゾ。万災難ニ合ゾ。ベンボニナルゾ。万事マケルゾ。万人仇敵不和合ニナルゾ。死ヌルゾ。十代先迄天罰アルゾ。必ズソモクナヨ。ソモカノ人コソ君に忠義達ゾ。天賦天資天然ノ無極ク勝幸福徳長寿子孫々在宝立身高名開運ヲ身ニ付神籬守護アルゾ。
豊葦原姫命
天底立角己利命
天豊歴史頭命
天豊八意知命
皇祖皇太神宮納祭
(右、上記神代文字巻ニアル写し)
補遣 二
「皇祖皇太神宮」神殿の大いさに就き。天皇御系譜の巻に記載しある所によりて、大略を記さば左の如し。
一、葺不合四代 玉噛天皇即位○年ムツヒ立五日、太神宮本殿・前殿造替、
本殿 六百六十一尺 奥 六百八十一尺
前殿 千三百一尺 奥 千百四十一尺
二、葺不合六代 石鉾歯並執楯天皇
本殿 六百一尺 奥 六百六十一尺
前殿 千二百十三尺 奥 千二十一尺
三、葺不合七代 豊媛天皇
本殿 七百二十一尺
前殿 千二百六十一尺
四、葺不合十代 千足媛天皇
本殿 六百六十一尺
前殿 千二百六十一尺
五、葺不合十四代 火之進奇猿媛天皇
本殿 六百六十一尺
六、葺不合十七代 表照明媛天皇
本殿 六百六十一尺
前殿 千二百六十一尺
七、葺不合二十四代 天饒国饒黒浜彦天皇
本殿 六百六十一尺
前殿 千二百六十一尺
八、葺不合二十七代 建玉彦天皇
本殿 六百六十一尺 奥行 六百一尺
前殿 千二百六十一尺 奥行 千六十一尺
九、葺不合三十一代 橘媛天皇
本殿 六百六十一尺
四方の宮前 千二百六十一尺
十、葺不合五十代 神足別国押之女天皇
本殿 六百六十一尺
前殿 千二百六十一尺
十一、葺不合五十七代 天津照雄之男天皇
本殿 六百六十尺
前殿 千二百六十一尺
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