天豊足別彦不合六十二代天日嗣天皇
前天皇病によりて急に神幽り給いし時、天皇即刻に「皇祖皇太神宮」に参拝し、神託により、天津比嗣に即かせ給う。御在位二百三十八年。皇太子「事代国守髙彦尊」に御譲位あり。三年にして神幽り給う。御齢三百五十一歳。即位百三年一月六日詔して、「皇祖皇太神宮」の大遷宮祭を行わせらる。五色人民、主二十五名、五百名の五色人民及び八千の民大舞楽歌を奏す。御皇山大宮のヒウケ[北]の方の大空に大楽舞の形あらわれ、五色人王等平伏す。(神武即位前二千七百四十八年なり。)天皇詔して、「皇祖皇太神宮」を一の宮とし、「丹波別伊勢岩屋神宮」を二の宮とし、「日向高千穂二上神社」を三の宮とし、各々皇子皇女を以て神主となし給う。諸国に一の宮より九の宮まで存することの基なり。また、皇子・皇女三十一尊を平民に降下せしめ、万国に派遣し給う。天皇御皇城山の大宮に於て神幽り給い、アンネボ山に葬り奉る。
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