4.「太古時代」皇祖天日豊本葦牙気皇主天皇~皇統第21代

 「天の岩戸閉め」の神意を知らない4次元駛身(かけりみ)界の自在神は、神霊界に展開する争闘は神霊界の内側から起きると思えることから、争闘を神霊自神の努力によって調和させようとした。その方策として、駛身(かけりみ)界統制のために神政内閣を組織することになる。神政内閣は今日に到るまで前後8回変遷した。

■第1次神政内閣((タイ)()(シャウ)(グン) 常世姫(とこよひめ)大神)

  「(タイ)()(シャウ)(グン)」  [御身魂 (クニ)(トコ)(タチ)大神]

  「常世姫(とこよひめ)大神」  [御身魂 常世姫(とこよひめ)大神]

 「(アマ)(テル)(ヒコ)大神」「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」の紊乱後に誕生した、第1次神政内閣の第一の席次「(タイ)()(シャウ)(グン)」と「常世姫(とこよひめ)大神」は、神霊界の政治を「由良里彦(ゆらりひこ)大神」の時代に戻して再び調和させようとさまざま苦心したが、霊界の混乱はあまりに深刻で、成す術はなかった。一方、神霊界恢復のため「(タイ)()(シャウ)(グン)」と共に活躍した日の本の諸大神は、この事態を見て、この混乱が自然に終熄する時期を待つとして、神霊界より隠退する。

◆皇統第1代[上代第1代]天日(アメノヒノ)豊本葦牙気皇主身光(ムトアシカビキミノシミヒカル)大神(オホカミ)天皇(スミラミコト)……身魂:(タイ)()(シャウ)(グン)

  「(アメ)日豊本(ヒノムト)(アシ)()()皇主(キミノシ)身光(ミヒカル)大神(オホカミ)天皇(スミラミコト)」 [御身魂 (タイ)()(シャウ)(グン)

  「(アメ)日豊本(ヒノムト)(アシ)()()(キミ)()(カミ)皇后宮(キサキノミヤ)」    [御身魂 常世姫(トコヨヒメ)大神]

 皇統第1代天皇の御代では、経営万般が着々と進捗し、人類界最初の政治は円満完全に行われた。長い治世後、天皇はフクミミフジ山(富士山)より神幽(カミサ)る。

【天孫降臨の尊勅……「日本」の国体と「皇室」の由来】

 日本島に人類発生直後、5次元燿身(かがりみ)界統治神「天照日(アマテルヒ)大神」によって、人類界の統治者たる日本天皇と皇后の身魂は、永久に「(タイ)()(シャウ)(グン)」「常世姫(とこよひめ)大神」と定めるという、人類統一の御神勅(しんちょく)天孫降臨(〇〇〇〇)の尊勅」が下され、地上では、日本皇室の祖「万国棟梁(トコヨクニオムヤ)天職(アメマツリ)天津(アマツ)日嗣(ヒツギ)天皇(スミラミコト)」の皇統第1代として、「(アメ)日豊本(ヒノムト)(アシ)()()皇主(キミノシ)身光(ミヒカル)大神(オホカミ)天皇(スミラミコト)」と、「(アメ)日豊本(ヒノムト)(アシ)()()(キミ)()(カミ)皇后宮(キサキノミヤ)」が即位。諸々の臣僚を従えて全地球に君臨した。

・「男人祖「大地の上の将軍」を、燿身(かがりみ)統治神「天照日(アマテルヒ)大神」の皇太子と定める。」

・「皇太子「大地の上の将軍」を地上における人類界の統治者とする。「大地の上の将軍」の霊血統者が永世、地上での天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇を継承すべし。(この勅令によって、「大地の上の将軍」は、「万国棟梁(トコヨクニオム)天職天津日嗣(アメマツリアマツヒツギ)天皇(スミラミコト)」の玉座に就き、これを「皇祖(〇〇)」=「人類界統治の始祖」として、地球万国棟梁(トコヨクニオムヤ)の天皇が確定。「万世一系(ばんせいいっけい)」(=血統が永遠にわたって続く)が定められた。)

・「人祖(=皇祖)が世界万国棟梁(トコヨクニオムヤ)日の本皇室の皇祖となり、その他の人類はことごとく臣僚に列する。」「男女尊五十三とその子孫は、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇の臣下たれ。」

・「男人祖「大地の上の将軍」を「天照日(アマテルヒ)大神」の皇太子とし、女人祖「常世姫(とこよひめ)大神」と夫婦たれ。」

 即位161年3月21日、天照日(アマテルヒ)大神の神勅によって、日の本の皇統継承の象徴、ひひいろがね(〇〇〇〇〇〇)の「 (は)玉」で作った天王の証としての神宝(カンダカラ)が天より降され、神主(カンツカサ)天職(アメマツリ)国政(クニマツリ)天皇(スミラミコト)神宝(カンダカラ)を承ける者こそ、天下一人の「天照日(アマテルヒ)大神」の皇子孫々と宣言。皇位継承の神宝(カンダカラ)として金属で作るものは、必ずこのひひいろがね(〇〇〇〇〇〇)と神定められ、十種(トクサ)神宝(カンダカラ)・三種の神器等のうち、金属のものはこの金属で作製された。

 また、天皇は、「天照日(アマテルヒ)大神」以下、燿身(かがりみ)界・駛身(かけりみ)界諸神霊を地上に迎えて祀る「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)一神宮(ハジメタマヒシヒタマヤ)」を造営。

【日の本諸国――支配者と地名の発祥】

 皇統第1代「(アメ)日豊本(ヒノムト)(アシ)()()皇主(キミノシ)身光(ミヒカル)大神(オホカミ)天皇(スミラミコト)」は、皇子それぞれに人類一般の生活に必要な衣食住の道を研究させ、研究結果を漸次、臣下やその子孫等に伝授。また、日本島各地に諸皇子を派遣して、その土地の支配者として住ませ、皇子の名を土地の国名とした。これが、日の本の諸国の名称の起源。当時の日本島は、北は樺太・北海道より、南はフィリッピン島に及び、東北から西南にかけて長き島が点在した。この『い』の国が日本[天国(アメクニ)天皇国(スミラミコトクニ)]で、これ以外の土地、『ろ』の国を「万国(トコヨクニ)」と云う。

【言語の発生】

 天皇がさまざま経営された結果、日の本の人口は、皇族とその臣下より(わか)れて、次第に増大。国民相互の意思疎通のために天皇が教えた「言語」は、神授によって人類に伝えられた「五十一音、七十五声」で、現今の日本人が語るものと全く同一。また、天皇は「(アメ)()(ヨロズ)(コト)(フミ)(ツクリ)(ノシ)命」に命じて、万物に名称を付け、その形を(もと)として形仮名を作らせた。また、世界万国(トコヨクニ)の地図を作製させ、十六方位を定め、方位の名を各国名とした。

【器物の創造・発明】

 神霊界で混乱争闘が絶えない中、「天一天柱主(アメハジメアメハシラ)大神」が創造神として、次第に日の本皇室に器物を作り出す手法の創造・発明を神授。歴代天皇は、日の本で世のあらゆる器物を発明、さまざまの手法を案出し、その度毎に皇子等を外国に派遣して伝授した。初めに神々より神勅があり、それを基礎として工夫を重ねた結果、その発明が考え出された。世界の人文はことごとく日の本皇室より発祥したもので、神の世界に通じ得る人類は日の本皇室以外にはなかったから、治政した。

【『ろ』の国[外国、万国]――五色人の鼻祖(いろびとおや)と子孫

 天皇の皇子女の中で、日の本の人種とは皮膚の色が異なる皇子女「黄色(〇〇)青色(〇〇)白色(〇〇)黒色(〇〇)赤色(〇〇)の五色人」を、世界万国(〇〇〇〇)における「五色人の鼻祖(いろびとおや)」といい、天皇が各外国に派遣して定住を命じた「鼻祖(いろびとおや)より生れた子孫」は、「世界万国(トコヨクニ)での各人種の祖」となった。育成・化成によって創造された五十五祖の御魂が、5次元燿身(かがりみ)界・4次元駛身(かけりみ)界の神々の身魂を直接受け継いだこととは異なり、この五色人の祖とその子孫の身魂は、その神々の従臣等の身魂の分派をもって身魂とされた。

 日本人と支那人の黄色は、その根源が全く異なる。「日本人」は「(ワウ)人」と書いて「ひびと(〇〇〇)」と読み、五十五の人祖(くにつかみ)より審殖したが、支那と沿岸川等に住居する人種「(クワウ)人(キビト)種」は、五色人種の黄色人から審殖させたもの。

『ろ』の国(万国(トコヨクニ))各地方における、五色人種の分布の概要は、

 

【新たな五色人(イロヒト)の創造と派遣】

 歴代天皇の御世、地球では度々大変動があり、その度毎に、世界各地に派遣して植え付けた五色人(イロヒト)も滅亡。滅亡の度毎に、日の本より新たに五色人(イロヒト)が派遣された。日の本ではその必要に応じるべく、盤城国で五色人(イロヒト)を準備し、その住む宮殿を神龍石(カゴイシ)宮といった。その五色人(イロヒト)鼻祖(いろびとおや)は、皇統第1代天皇より出た五組の男女神。

 中     黄人(土)   (アメノ)(ナカ)(ツチ)()()()()二神

 東     青人(木)   (アメノ)()(イデ)()(アオ)()()()二神

 西     白人(金)   ()(イル)(カネ)(シラ)()()()二神

 北     黒人(水)   ()(ウケ)()(ノシ)(クロ)()()()二神

 南     赤人(火)   ()(ナタ)(ヒノ)(アカ)()()()二神

 皇統第3代「天日豊本黄人皇(アメノヒノムトヒノヒミ)主天皇」の時代、地球大変動後に飛騨の高峯より天降った皇族のうち、黄人の鼻祖(いろびとおや)「天中土黄人男女二尊」は築波山に、白人の鼻祖(いろびとおや)「日入金白人男女二尊」は加賀の()山に、黒人の鼻祖(いろびとおや)「日受水主紫人男女二尊」は越後()姫山に天降る。これが、()山・()姫山等の名称が生まれた由来。

 大変動の度毎、造られた器物も破壊されたが、代々の天皇は、新たな器物手法の発明を繰り返して全世界の五色人(イロヒト)に分ち与え、不撓不屈の創造によって世界文化の発展を図ろうと進んだ。

◆代々の天皇の系譜

1.「太古時代」  (スミ)(オヤ)(アメ)日豊本(ヒノムト)(アシ)()()皇主(キミノシ)天皇(スミラミコト)皇統第21代

 第1次神政内閣((タイ)()(シャウ)(グン) 常世姫(とこよひめ)大神)下で、皇統第1代[上代第1代](アメ)()()(ムト)(アシ)()()(キミ)(ノシ)()(ヒカル)大神(オホカミ)天皇(スミラミコト)(身魂:(タイ)()(シャウ)(グン))即位。

2.「中古時代」  皇統第22代~皇統第97代[葺不合(ふきあえず)第72代]

・皇統第25代[上代第25代](アマ)()(ヒコ)()()()()身光(ミヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)で、「上代王朝」が終わる。

・「葺不合王朝」が始まり、皇統第26代[葺不合(ふきあえず)第1代](タケ)()(ガヤ)(フキ)不合(アハセズ)身光(ミヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)が、即位。――→皇統第96代[葺不合(ふきあえず)第71代](アマ)(テル)(クニ)(テル)()()(モモ)()(ウス)(キネ)(アハ)(セズ)71代(アマツ)()(ツギ)(スミラ)(ミコト) →皇統第97代[葺不合(ふきあえず)第72代](ヒコ)(イツ)()(アハ)(セズ)72代(アマツ)()(ツギ)(スミラ)(ミコト) →皇統第98代[葺不合(ふきあえず)第73代][神倭(かむやまと)第1代]神日本磐余彦(カンヤマトイワレヒコ)(スミラ)(ミコト)(じん)()天皇)

(日の本の古記では、「(じん)()天皇」が葺不合第1代天皇の御子として記されている。)

3.「近世時代」  皇統第98代~皇統第219代

 皇統第98代[葺不合(ふきあえず)第73代][神倭(かむやまと)第1代]神日本磐余彦(カンヤマトイワレヒコ)(スミラ)(ミコト)(=(じん)()天皇)~皇統第219代(こう)(めい)天皇

4.「現代」  皇統第220代「(めい)()天皇」~

■第2次神政内閣(地上丸(ちじょうまる)大神、地上姫(ちじょうひめ)大神)

  地上丸(ちじょうまる)大神  

  地上姫(ちじょうひめ)大神  

 第1次神政内閣の終わり、「(タイ)()(シャウ)(グン)」と「常世姫(とこよひめ)大神」が三姫を伴って肝川の里に隠棲。第2次神政内閣として、首班に「地上(ちじょう)(まる)大神」と「地上姫(ちじょうひめ)大神」が立ち、内閣の補佐役として、「地上(ちじょう)(まる)大神」の兄神「地上大陣大神」と「耕大陣(たがやしだいじん)大神」が事態にあたった。

 「天照日(アマテルヒ)大神」の直系「地上(ちじょう)(まる)大神」は、温厚従順な神で、兄神達の援助によって混乱した神界の現状を回復しようとさまざまな努力をしたが、先に『ろ』の国に逃げた「(アマ)(テル)(ヒコ)大神」の変神「行永春神」が、日の本神霊界を支配しようとそそのかす。結果、『ろ』の国から『い』の国に派遣された諸神霊は、日の本神霊界の政権を掌握しようとして多くの方策を廻らし、「天若彦大神」とその部下は、内閣の輔佐役の地位にありながら、神政を紊乱する暴挙に出た。さらに、「天若彦大神」は、神霊界の皇后「地上姫(ちじょうひめ)大神」を恋愛慾によって引き落し、また、支配・恋愛の両慾から引き起こされた大混乱が、再び神霊界に発生。混乱の果て、「地上丸(ちじょうまる)大神」はその位置に止まることができなくなり、「地上姫(ちじょうひめ)大神」「地上大陣大神」と共に、親神のおられる肝川の里に隠れた。

◆皇統第2代(上代第2代)造化気万男身光神(ツクリノキヨロズオミヒカルカミ)天皇(スミラミコト)……身魂:地上丸(ちじょうまる)大神

  (ツクリ)(ノシ)()(ヨロズ)()()(ヒカル)(カミ)(スミラ)(ミコト) [御身魂 地上丸(ちじょうまる)大神]

 皇統第2代「造化気万男身光神(ツクリノキヨロズオミヒカルカミ)天皇(スミラミコト)」の御代、第2次神政内閣として「地上(ちじょう)(まる)大神」「地上姫(ちじょうひめ)大神」が立つ原因となった駛身(かけりみ)神霊界の混乱が、人類界に反映して顕現。日の本天皇の身魂は必ず「(タイ)()(シャウ)(グン)」の神霊であるべきという統治神「天照日神(あまてらすひのかみ)」の神勅は、皇統第2代にして破られ、「地上丸(ちじょうまる)大神」が天皇の身魂として出現する。

 「造化気万男身光神(ツクリノキヨロズオミヒカルカミ)天皇(スミラミコト)」は、諸皇子を万国(トコヨクニ)の国主に任じて各国に派遣。五色人(イロヒト)の統治に当らせ、これらの諸皇子の中で最高の席次にある諸皇子の名前を取って「世界六大洲の名称」とし、地球上の万国(トコヨクニ)の地図を新たに作らせた。

アジア(天支五色人阿支冑尊洲(アメノイダイツヒトアジウノミコトクニ))    ヨーロッパ(天支予母都(ヨモツノ)尊洲)

アフリカ(天支天夫利降(アフリカノ)尊洲)     オーストラリア(天支黒人尾世阿児安(クロヒトヲセアニア)尊洲)

南アメリカ(天支日前天恵比須(ヒナタアメイビス)尊洲)  北アメリカ(天支日後天恵比須(ヒウケアメイビス)尊洲)

 また、前天皇・皇祖「天日(アメノヒノ)豊本葦牙気皇主(ムトアシカビキミノシ)天皇(スミラミコト)」の頭骨や體骨で、人の形をした石像の神体24箇を作り、神代文字で上代の神々の名を彫刻して天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)(ハジメ)(タマシヒ)(タマヤ)」の御神体と定め、天皇自ら祭主となって、天皇の皇孫億代までの正棟梁の天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)の守護を祈願。この神骨像神体が「十種(トクサ)神宝(カンダカラ)の第一」となる。また、初めて「日の丸の旗」を制定して天皇の身守、「天照日(アマテルヒ)大神」の御神籠守(オカゴモリ)の印となし、「天日万言文造主尊」に命じて、上代万神を言葉にして「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)(ハジメ)(タマシヒ)(タマヤ)」の霊前に奉納。

 皇子「天日豊本黄人皇主(アメノヒノムトヒノヒミ)尊」誕生。長き治世後、越中国立山より神幽(カミサ)る。

■第3次神政内閣(佐田彦王(さだひこおう)大神 佐田子姫(さだこひめ)大神)

  ()()(ひこ)(おう)大神  (もとは「(タイ)()(シャウ)(グン)」)

  ()()()(ひめ)大神  (もとは「常世姫(とこよひめ)大神」)

 第2次神政内閣の「地上丸(ちじょうまる)大神」「地上姫(ちじょうひめ)大神」が、自分達がいる肝川の里に逃げてきたことで、神霊界の容易ならない事態を察知した「(タイ)()(シャウ)(グン)」は、神霊界の治世を回復しようと、「(タイ)()(シャウ)(グン)」は「()()(ひこ)(おう)大神」に、「常世姫(とこよひめ)大神」は「()()()(ひめ)大神」に変じて、第3次神政内閣を組織する。「佐田彦王(さだひこおう)大神」は、第2次神政内閣を没落させた主媒神「天若彦(あまわかひこ)大神」を徹底的に弾圧して追放し、神霊界の混乱を静めようとし、神霊界の従神「八百八光(はっぴゃくはっこう)神」の不平憤懣もおおよそ鎮静し、神界政治の基礎はようやく恢復に向おうとした。

 一方、さきに「地上丸(ちじょうまる)大神」と共に肝川に隠れた「()(ジョウ)(ダイ)(ジン)大神」は、肝川より『ろ』の国に逃れたが、『ろ』の国で外国諸神に囲まれて支配されつつある間に、次第に日の本魂を喪失。全く『ろ』の国の魂に変化して、放埒(ほうらつ)な(=勝手気ままで身持ちが悪い)神に堕落。名前を「取込大神」と変じて、日の本へ帰ることを思い立つ。「大鶴姫(おおづるひめ)大神」は天神(アマツカミ)の命を受け、『ろ』の国で秘かに「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」を監督しながら、「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」と共に『ろ』の国の固成修理に大活躍したが、この間、「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」の姦悪(=ねじけて悪い)な性質に次第に感化される。「大鶴姫(おおづるひめ)大神」と「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」は、日の本で「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」の御手で人體が完成されたことに倣って、『ろ』の国でも人體を創造しようといろいろ工夫したが目的を達できず、出来上ったものは人體とは似つかない四足動物だった。最初生じたのは、()()、鳥類としてはクジャクと伝えられる。

 ともあれ、『ろ』の国の修裡固成が完了し、日の本に帰りたい「大鶴姫(おおづるひめ)大神」は、さきに日の本への帰還を思い立っていた「取込大神」を同道。一方、『ろ』の国の国魂神たる「盤古大神」(支那にて発生したる神)、「幡十台神」(露西亜にて発生)、「十億道(じゅうおくどう)神」(露西亜にて発生)等の諸神霊は、「大鶴姫(おおづるひめ)大神」を主班として一団体を成し、日の本に同時に帰還して紛れ込む。

 諸神霊が日の本へ渡った後、「大鶴姫(おおづるひめ)大神」は内閣の主班たる「佐田彦王(さだひこおう)大神」に取り入り、日夜菅(げん)舞楽をもよおして歓心を買い、政務を疎かにさせようとし、「取込大神」は日の本の神意(〇〇)を閉じふさごうとしてさまざまな策を廻らした。「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」の手足となって働く「盤古大神」「幡十台神」「十億道(じゅうおくどう)神」等の巨神は、「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」の願う日の本奪取の陰謀を貫き通すために策動を開始。ことに「盤古大神」は、万国(トコヨクニ)の統率者たる日の本皇室の皇霊統に侵入して、神・現両界共に手中に収めようとその爪牙を延ばした。

 帰来した日の本神霊と外国諸神霊の策動が顕著となり、これに気付いた日の本在来の「八百八光(はっぴゃくはっこう)神」は大いに怒って奮起し、これらの外国諸神霊に挑戦したことから、神霊界で大動乱が起きる。時を経るに従ってますます激化し、終熄(しゅうそく)の予想が全く立たない事態となり、激怒した「佐田彦王(さだひこおう)大神」はその位を放り出して、三姫神「気津久姫(きつくひめ)大神」「(はな)(より)(ひめ)大神」「早里姫(はやさとひめ)大神」を伴って、宙界(〇〇)に逃れる。(この事で、「佐田彦王(さだひこおう)大神」は後に「猿田彦神」に堕ちる。)妻神「佐田子姫(さだこひめ)大神」は残って外国諸神霊に防戦し、事態の恢復を図るが、どうにも収拾できなくなり、夫神とは別に肝川の里に逃れて再び隠退せざるを得なくなって、第3次神政内閣は没落した。

 第1次・第2次・第3次と神政内閣が相次いで没落したため、それに関係した日の本諸神霊の間では、次第に怨恨・思念が鬱積し、それが凝固して一箇の悪霊となった。これを「八尾狐(ヤツオキツ)」といい、體なくして形と意志のみなる霊神で、「思凝神(シコリガミ)」と言う。この後、「盤古大神」は皇霊統侵入に成功し、「取込大神」は、日の本根本(タマシヒ)(タマヤ)天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)(ハジメ)(タマシヒ)(タマヤ)」の周囲に鳥居(〇〇)日羽鳥(ヒハトリ))を建てて、神意を閉塞(=閉じふさぐこと)することに成功する。

◆皇統第3代(上代第3代)天日豊本黄人皇王身光神(アメヒノムトヒノヒミノミシヒカルカミ)天皇(スミラミコト)……身魂:佐田彦王(さだひこおう)大神

  (アメ)(ノヒ)()(ムト)(ヒノ)()()(ノシ)()(ヒカル)(カミ)(スミラ)(ミコト)  [御身魂 佐田彦王(さだひこおう)大神]

  (アメ)(ノヒ)()(ムト)(ヒノ)()()()(カミ)(キサ)(キノ)(ミヤ)    [御身魂 佐田子姫(さだこひめ)大神]

 棟梁国の地図を作成して天皇国(スミラミコトクニ)と定め、23人の皇子達を、分図を作成して天支国(アメノイダクニ)と定めた国の国王とし、日の本の祭祀法を制定した。

【数百回の地球大変動で、人類はほとんど滅亡】

 天皇の御代、地球全体にわたって数百回の大変動が起き、」人類はほとんど滅亡する。「(アマ)(テル)()大神」の神勅によってこの事変が起きることを知っていた天皇は、皇后・皇族397名と共に飛騨の高峯に避難していたが、余りに大きな変動による変転に呆然とする。

【天壌無窮の御神勅を、天孫降臨と誤る】

 「天照日(アマテルヒ)大神」より、「万国(トコヨクニ)の皇位継承は汝の子々孫々が天地と共にいく。天越根中国に天降って、再び地球万国(トコヨクニ)を拓き治めよ」と神勅あり。「天壌無窮(〇〇〇〇)御神勅(〇〇〇)」の(まこと)の起源は、この「天照日(アマテルヒ)大神」より皇統第3代「(アメ)(ノヒ)()(ムト)(ヒノ)()()(ノシ)天皇(スミラミコト)」に下された御神勅。後代、日の本の歴史編纂者によって誤って記され、「天照日(アマテルヒ)大神」より「(てん)(そん)()()(ぎの)(みこと)」に下された神勅として伝わった。

 神勅によって天皇は越中・立山に天降り、皇太子「(アメ)()()(ナカ)(ヌシ)()尊」を越中国鷹羽山に、他の皇子・皇族390名を日の本と外国各所に、外国へは新たに五色人(イロヒト)種祖20名を派遣した。

万国(トコヨクニ)御巡幸の始まり】

 天皇は、「天の浮船」に乗って万国(トコヨクニ)御巡幸――支那――ヴェネチヤ浜――メルボルンボ浜――ラフラタ浜―――カナダ。国王を任命。この御巡幸によって、代々天皇が万国(トコヨクニ)を御巡幸する慣習例が開かれる。その後、万国(とこよくに)全部の五色人(イロヒト)の王達たちが日の本に来朝し、祝宴が開かれる。

■第4次神政内閣(八尾大陣(ヤツオダイジン)大神 大鶴姫(おおづるひめ)大神)

  「八尾大陣(ヤツオダイジン)大神」

  「大鶴姫(おおづるひめ)大神」

 「佐田彦王(さだひこおう)大神」の隠退と共に第3次神政内閣が没落した当時、外国より日の本に紛れ込んだ外国諸神霊に懐柔され、なおかつ、日の本に生じた思凝神(シコリガミ)八尾狐(やつをきつ)」に翻弄されて、日本魂の根源を失って全く外国魂に化した「八尾大陣(ヤツオダイジン)大神」は、長年、『ろ』の国で「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」と共に活動していた「大鶴姫(おおづるひめ)大神」を妻にして主班に立ち、第4次神政内閣を成立させる。内閣が成立したことで、外国諸神霊はいよいよその機会が来たとして日の本の神霊界をかき乱し、将来、地上の司宰大権をも掌中に入れようと謀略をめぐらした。

 

(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神の隠退と、節分】

 司宰神「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」((クニ)(トコ)(タチ)大神)は、その時に到るまで神霊界のさまざまな混乱に全く関わらず、終始傍観して、外国諸神霊の策動を牽制していなかったが、外国諸神にとって「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」は最大の圧力であり、障害。この司宰神を隠退させられれば、その後の日の本は外国諸神霊の意のままにできることから、外国諸神霊は一致団結して「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」の隠退を図ろうと画策する。このとき「幡十台神」が外国諸神霊の代表となって天に上り、統治神「天の御三體大神」に数回、司宰神「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」の神政政治の方策は甚しく苛酷厳格で、諸神霊が到底耐えられるものではないとして、大神の隠退を命ぜられんと直訴する。

 従来の神霊界の混乱も創造神「天一天柱主(アメハジメアメハシラヌシ)大神」の神策から出たことなので、「天の御三體大神」は全く黙認し、今回の外国諸神霊の直訴も聞き入れられていなかった。ところがここにおいて、「天の御三體大神」は「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」が現在の位に復する事を条件として、一時、地界の司配権を放擲して隠退する事こそかえって創造神の意を守ることになり、かつ、ある程度まで外国諸神の支配慾に満足を与えない限りはその思念が将来に残留して禍の根源となることから、外国諸神霊に為すがままに為さしめた後、ついにその画策は遂げられないとなって、初めて外国諸神霊が天津神策を冒してはならないことを自覚する時期まで、地界の司配権を投げ出すのがよいと協議がまとまり、「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」は隠退することになる。

 「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」の直属神と「八百八光(はっぴゃくはっこう)神」は大反対したが、天の御三體大神の決定なのでどうにも変更する理由はなく、止むを得ず、暴力で外国諸神の企画を阻止しようとして戦争を開始する。しかし、この事は「天の御三體大神」より出たものであることから、奮い立った外国諸神が大勝。結果、日の本神霊の大半は「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」と共に隠退する事になる。その時の隠退の方向が東北(〇〇)(ウシトラ))だったことから、「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」を「(ウシトラ)の金神」と言い、大神と共に隠退した従属の諸神霊を「金神」と呼ぶ。また「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」の妻神「比津遅(ヒツヂ)比売(ヒメ)大神」は、夫神と苦しみを分け合うとして「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」とは反対の方角、西南(〇〇)(ヒツヂサル))の方角に隠退されたので、「(ヒツヂサル)の金神」と呼んだ。

 「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」の隠退を直訴した神「幡十台神」を、一名「ウシウドの神」と言う。「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」から「自分を隠退させることについて自分に相談なく、天の御三體大神に直訴するとはどういうことか」と問われた「ウシウドの神」は、「貴神は頑固で古い考えに固執する気質なので、諸神の意見を入れない事は分りきっている。貴神のような正義一徹の方策では、世界の完成を望む事は難しい。世界の進歩を図ろうとすれば、平易と寛大をその策とするべき。これは内外諸神の決議で、この決議を遂行するために直接貴神と相談するのはもとよりできないことから、このように天に直訴を企てた。すでに御三體大神の御神勅の降下を見たから、早速隠退されるべき」と答える。「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」が、「天の御三體大神の御命だから朕は無条件に隠退するが、汝ら諸神の試みた方策では将来の神政は必ず不可能に終わる。やがて汝等が失敗すれば、朕は再び世に現れて、政治を執る。いつになれば汝等は再び朕を世に出すのか。」と問うと、「それは〝炒り豆に花の咲く頃ならん〟」と答えた。こうして「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」の隠退を非常に喜んだ外国諸神は、「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」の竜體を取って斬り刻み、臓腑までをも煮て()い、(ひいらぎ)の葉で大神の眼を刺し、炒り豆を作って再び大神が世界に出現しないようにと、隠退する大神の背後から投げ付ける。日の本で正月元旦に雑煮を食う習慣は、この「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」の臓腑を煮て食ったことに始まる。さらに大神の隠退は2月節分の夜になされたことから、節分の夜は柊の葉で魚の眼を貫き、炒り豆を作って、家の中より「福は内、鬼は外」と言って投げつける習慣が生まれた。

 「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」が隠退したことで、「(アマ)(テル)(ヒコ)大神」は諸神に迎えられて日の本に帰り、諸神が「(アマ)(テル)(ヒコ)大神」を擁立して陰で強い力をもつ地界の司宰神としたことも、「天の御三體大神」は黙って見過ごされた。

◆皇統第4代(上代第4代)天之御中主神身光天皇……身魂:盤古大神

  (アメ)()()(ナカ)(ノシ)(ノカミ)身光(ミヒカル)天皇(スミラミコト)  [御身魂 盤古大神]

  (アメ)()()(ナカ)()皇后宮(キサキノミヤ)    

 第4次神政内閣で大変動が起きた反映で、人類界では皇統第4代として、「(アメ)()()(ナカ)(ノシ)(ノカミ)身光(ミヒカル)天皇(スミラミコト)」と「(アメ)()()(ナカ)()皇后宮(キサキノミヤ)」が立つ。4次元界の混乱は天皇の御世に反映し、世界万国(トコヨクニ)に2回大地変が起き、日の本と四方の外国各所の山野に盗賊が大いに出没。天皇は、皇族・大臣・百官・五色人(イロヒト)の各民主を御皇城(オミンジョ)に召集して、万国(トコヨクニ)跋扈(ばっこ)する賊徒の平定を命じ、日の本では官軍が撃破した。

 「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)(ハジメ)(タマシヒ)(タマヤ)」の建替の時、社殿の四方に建てた「鳥居(〇〇)」は、「取込大神」が日の本の神威を閉塞せんとして建てたもので、日本神宮(タマシイタマヤ)における鳥居の始まり。

 「(アメ)()(ヨロズ)(コト)(フミ)(ツクリ)(ノシ)命」(言上姫(コトジョウヒメ)大神)が、新たに創造された天地の造化万物に名称を付け、皇統第1代・皇統第4代に付けられた万物の名称は、形や作用を表わすように作られ、祖先が作った日本語の驚嘆すべき構造の側面をみることができる。例えば、「(うま)」は、前足より立上る直進の力を意味する。「(うし)」は、後足より立ち上り、力の凝集の作用を表わす。「(ちち)」は、「()」(地)で根源。「(はは)」は、「()」(葉)で繁茂、蕃殖(はんしょく)。しかも、母が子を養うは「ちち(〇〇)」(乳)。また、天皇は数文字を訂正し、筆・墨紙の製法・農事・製薬・医薬・医術の法を万国(トコヨクニ)人に教え、十二方位に皇子の御名を配して「十二支」とし、その皇子を十二支の守神とした。

 子   日受万根本一位主尊

 丑   福来()(ノシ)

 寅   戸日開(トヒラ)光出尊

 卯   東宇産大(ウムスヒ)出彦尊

 辰   天立繁辰主(タツノシ)

 巳   天下身力巳陪利(ミミリ)

 午   天日()()()(ノシ)

 未   万色造主(イロドリノシ)

 申   天万()(ザリ)()(ノシ)

 酉   万福酉主(トリノシ)

 戌   万宝(ナガ)()()(ノシ)

 亥   豊受持来主尊

 東   久久能智神

 西   (アメ)()()(ナカ)(ノシ)()(カミ)二神

 南   (ツクリ)(ノシ)()(ヨロヅ)()()二神

 北   天一天柱主(アメハジメアメハシラヌシ)()二神

 中   (アメ)()()(ムト)(アシ)()()(キミ)()二神 

 また、「元無極體(ムトフミクライミ)(ノシ)(ワウ)大神(オホカミ)」から「(アメ)()()(ナカ)(ノシ)(ヲノ)天皇(スミラミコト)」までの歴史を編纂して、「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)(ハジメ)(タマシヒ)(タマヤ)」の御神體として奉納。2回の大地震後、「(アメ)()()(ナカ)(ノシ)(ノカミ)天皇(スミラミコト)」は、「天八下王尊」「天日公運主命」「天豊地球活生主命」に命じて、制定した尺度で、地球の日本根国・支那その他万国(トコヨクニ)の国境を測量し、地形図を作成。この地形図が「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)(ハジメ)(タマシヒ)(タマヤ)」へ神体として合祀されたことは、当時の地図によって明示されている。(第122章「万国(トコヨクニ)大地変」参照)

 永き治世後、越中国立山より神幽(カミサ)った天皇の身魂を、但馬国奴見山に「妙見の神」として祀る。妙見の名はこれが始まりで、天皇の御身魂たる「盤古大神」を、将来仏教で「妙見大菩薩」と称した起源。

【日の本皇霊統への侵入】

 第3次神政内閣当時、日の本に入った「取次大神」等が皇霊統に侵入しようとする画策が成功。この天皇の御代以降、天皇・皇后の身魂は次第に乱れ始める。

【地球大変動で、大平洋の2大陸が滅亡】

 4次元界の混乱は皇統第4代「(アメ)()()(ナカ)(ノシ)(ノカミ)身光(ミヒカル)天皇(スミラミコト)」の御世に反映した。世界万国(トコヨクニ)に2回にわたる地球大地大変動で、現今の太平洋の東部(北米の西方)にあった大大陸と、同西部(フィリピン島の東方)にあった大大陸は、全く海中に陥没し、両大陸の人類万物はことごとく滅亡した。この両大陸の高峯で現在海面上に露出しているのは、東ではイースター島、西ではフィジー島、ホヘナ(〇〇〇)島、ランドロン島、南ではサモア島、タヒチ島。イースター島に現存する山腹の巨人像(〇〇〇)は、当時の西方大陸「ム国」の住民の遺物で、「ム国」の人文(=人類の文化)が相当発達していたことは、インドの某寺に数千年間保存される「ナツカル語」で書いた古書板が示している。

■第5次神政内閣(大野大陣(おおのだいじん)大神 大野姫大神)

  「大野大陣(おおのだいじん)大神」

  「大野姫大神」(大鶴姫(おおづるひめ)大神の変神)

4次元駛身(かけりみ)神霊界の外国化】

 「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」が隠退されたことで、『ろ』の国から「(アマ)(テル)(ヒコ)大神」を迎えて駛身(かけりみ)界の陰の司宰神の位置に据え、「大野大陣(おおのだいじん)大神」「大野姫大神」が主班に立って、第5次神政内閣を組織した。外国諸神は横暴を極め、この風雲を望んで他の外国諸神もひっきりなしに日の本に紛れ込み、在来の日の本神霊でも、表で活動しつつある者はことごとく外国神の感化を受け、日本魂をほとんど喪失。4次元駛身(かけりみ)神霊界は全く外国化され、司配権は完全に外国諸神霊の掌中に帰した。

 「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」と共に隠退した日の本神霊は憤怒やる方なく、時々表面に出現しては外国諸神霊と戦ったため、争闘攪乱が止むことはなく、日の本4次元駛身(かけりみ)界は全く乱れた。この内閣の時に外国から紛れ込んだ大神達は、自己の勢力を永遠に根付かせて維持するため、あらゆる方面に手や脚を延ばして奔走。彼らの部下たる外国諸神霊に、当時日の本にあったあらゆる神社で根を張らせ、日本にだけの神霊をどこまでも圧迫駆逐する手段を講じたのは、その一例。

◆皇統第5代(上代第5代)天八下王身光(アメノヤクダリミヒカル)天皇(スミラミコト)……身魂:(タイ)()(シャウ)(グン)

  (アメノ)()(クダリ)(ワウ)()(ヒカル)(スミラ)(ミコト)  [御身魂 (タイ)()(シャウ)(グン)

  (アメノ)()(クダリ)()(キサ)(キノ)(ミヤ)    [御身魂 ()()()(ひめ)大神]

 皇統第5代「(アメノ)()(クダリ)(ワウ)()(ヒカル)(スミラ)(ミコト)」は、皇子達を万国(トコヨクニ)に派遣して、鍋・釜の製法、井戸堀、牛馬の牧畜、農事の方法、言語を教えた。言語を教えた4皇子が任を果たして日の本に帰還後、その皇子達を豊前国文珠岳に「文珠」の神として祀る。これはその主班だった皇子の身魂「幡十台神」で、「文殊」の名がここに始まった。将来、「幡十台神」は仏教で「文殊菩薩」として、日の本に渡来。

(皇統第91代[葺不合(ふきあえず)第66代]豊柏木幸手男不合66代天日嗣天皇が、皇子21尊・皇女23尊を、万国(ヨロズクニ)の文字言語の教官として任命、派遣。これが、棟梁天皇から万国(ヨロズクニ)五色人(イロヒト)に文字言語を教えた最後。)

 天皇は筑波山の大宮で統治。皇太女「天目降美尊」誕生。筑波の陽峯(男體)より神幽(カミサ)った天皇を「土の神」として祭ったことが、支那での五行(〇〇)の「土神」。皇后は、筑波山の陰峯(女體)より神幽(カミサ)る。

◆皇統第6代[上代第6代]「天目降美身(アメノメクダリミドミ)光神(ヒカルカミ)天皇(スミラミコト)……初の女帝

  (アメノ)()(クダリ)(ミド)()(ヒカル)(カミ)(スミラ)(ミコト)

  (アメノ)()(クダリ)(ノシ)(カミ)()(サキ)(ヲノ)(ミコト)

 皇統第6代「(アメノ)()(クダリ)(ミド)()(ヒカル)(カミ)(スミラ)(ミコト)」は、日本皇室における女帝の初め。天空浮船(あめそらうきふね)に乗っての万国(トコヨクニ)御巡幸――支那・広東で、参朝した支那の「()()(カラ)()(タイ)」を国主に任命。天竺・古城(コイシロ)で、参朝礼拝した天竺黒人王[唐良羅恵(カララエ)尊者](釈迦数百代の祖)に「天竺尊者」の名を賜る。亜弗(あふ)()()から一度日本に帰還。オセアニア州・日後恵比須・日前恵比寿須を巡幸し、陸奥大湊浜の釜臥山(かまふせやま)(恐山)に到着。越中御皇城(オミンジョ)の大宮に戻り、「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)(ハジメ)(タマシヒ)(タマヤ)」で万国(トコヨクニ)巡幸の報告祭。天皇を五行の「木の神」として祀る。

◆皇統第7代[上代第7代]天相合美身光(アメノアイアワスミドミヒカル)天皇(スミラミコト)

  (アメノ)(アヒ)(アハス)(ミド)()(ヒカル)(スミラ)(ミコト)

  (アメノ)(アハス)(ノシ)()()(サキ)(ヲノ)(ミコト)

 即位の時、常に皇居で行われていた先天皇までの即位式を、「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)(ハジメ)(タマシヒ)(タマヤ)」の御前で挙行し、初めて神宮(タマシイタマヤ)神前の即位式の例が開かれた。天皇は、世幸男(よさちを)(アメノ)(アハス)(ノシ)()尊]・皇太子[(アメノ)()()(ダリ)()尊]その他皇族を同じに扱って、万国(トコヨクニ)を御巡幸。支那――天竺――予母津国(ヨーロッパ)――()()()()――オセアニア洲――日前恵比須洲アンデス山――日前恵比須洲を経て、九州唐津に還幸。越中国「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)(ハジメ)(タマシヒ)(タマヤ)」で、祭主となって万国(トコヨクニ)御巡幸報告の大祭を挙行。

 万国(トコヨクニ)に大変動1回あり。皇太子「天八百足日尊」に譲位後、奇日根国見山で神幽(カミサ)る。天皇を五行の「火の神」として祀る。

◆皇統第8代[上代第8代]天八百足日身光天津日嗣(アメノヤホダリヒミヒカルアマツヒツギ)天皇(スミラミコト)

  (アメノ)()()(タリ)()()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(スミラ)(ミコト)

  (アメノ)()()()()(ミドノ)(キサ)(キノ)(ミヤ)

 綿糸・綾織・男女の衣・寒暑の裳を作らせ、万国(トコヨクニ)に教える。天皇を五行の「金の神」として祀り奉る。万国(トコヨクニ)御巡幸なし。

◆皇統第9代[上代第9代]天八十万魂身光(アメノマツヨロズタマミヒカル)天津日嗣(アマツヒツギ)天皇(スミラミコト)

  (アメノ)()()(ヨロヅ)(ダマ)()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)天皇(スミラミコト)

  (アメノ)()()(ヨロヅ)()()(キサ)(キノ)(ミヤ)

 皇子を万国(トコヨクニ)に派遣して、商法・市場の法を開き、道路・家造・牧畜・井戸掘の法、臼杵(うすきね)の製法・酒造法・川海漁法等を教える。万国(トコヨクニ)御巡幸――天竺尼波羅国。万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)民王と官民16万8000余人が集まって天皇を迎え、歓迎の楽を奏した(そこを大黒人山と言ったが、後に改め、大黒山と言う)――長門の国に還幸。

 万国(トコヨクニ)に大変動あり。「高皇産霊(たかみむすび)尊」「神皇産霊尊」の両皇子誕生。「高皇産霊(たかみむすび)尊」に譲位後、陸奥の恐山より神幽(カミサ)る。天皇を五行の「水の神」として祀る。

■第6次神政内閣(道成義則(どうじょうよしのり)大神 気津久姫(きつくひめ)大神)

  道成義則(ドウジャウヨシノリ)大神 

  ()()()(ひめ)大神

 第5次神政内閣の「大野大陣大神」は、外国神の感化を受けて日本魂をほとんど喪失した神だったので、施政を誤り、4次元駛身(かけりみ)界に大混乱を招く。混乱はあまりにも激しく、自在を許した「天の御三體大神」も見過ごせず、協議の結果、4次元駛身(かけりみ)界で最も崇高厳粛な神として知られる「道成義則(どうじょうよしのり)大神」[(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神の次位の神]に詔して、「(タイ)()(シャウ)(グン)」の姫神「気津久姫(きつくひめ)大神」を妻神と定め、第6次神政内閣が組織された。

 「道成義則(どうじょうよしのり)大神」は「天の御三體」の意を体して、極力治世の道を講じ、外国諸神の暴威の抑圧に務めたため、内国の諸神神霊もようやくその安心して、一時、大神の治世を声を揃えてほめたたえる時代となった。しかし、宇宙全般が未だ自在時代の過程にあるため、折角の治世も永続できず、妻神「気津久姫(きつくひめ)大神」の事で、再び葛藤を招来する。

 「(タイ)()(シャウ)(グン)」の姫神「気津久姫(きつくひめ)大神」は、第3次神政内閣の時、父神と共に宇宙へ逃れた三姫神の一神。長く宇宙にいる事に我慢できず、4次元駛身(かけりみ)界に帰って活躍する目的で『ろ』の国に赴くが、『ろ』の国で「(アマ)(テル)(ヒコ)大神」の変神「行永春神」の影響を受けて、大いに『ろ』の国魂に感化された後、帰って「道成義則(どうじょうよしのり)大神」の妻神となった。「気津久姫(きつくひめ)大神」は音楽遊芸などに関する諸事を盛んに案出し、常に分を超えた贅沢をして、4次元駛身(かけりみ)界の神霊では最も華美だった。何事も事足るという意味から、一般より「事足姫大神」[明妙言足姫大神]と呼ばれた「気津久姫(きつくひめ)大神」は、『ろ』の国で「ミューズ」となった。

 内閣成立当初、「気津久姫(きつくひめ)大神」はその音楽遊芸で夫神「道成義則(どうじょうよしのり)大神」を慰めたが、『ろ』の国で受けた「行永春神」の感化がやがて表面に顕われる。夫神に冷淡な態度を示すようになり、大いに心を痛めた「道成義則(どうじょうよしのり)大神」の従神「桃照彦(ももてるひこ)神」とその妻神「春子姫神」の諌めも聴かず、次第にますます道理にもとるようになり、ついに「春子姫神」との間で揉め事を起こして、夫神「道成義則(どうじょうよしのり)大神」を偽った。廉直潔白な「道成義則(どうじょうよしのり)大神」は大変怒り、即座にすべてを棄てて宇宙に逃れ去ったため、ようやく恢復しようとした神政政治もたちまちにして崩壊。「八珀八光(はっぴゃくやこう)神」と「八百幡神(はっぴゃくはたしん)」との争闘が再び開始され、第6次神政内閣も終わった。

 「道成義則(どうじょうよしのり)大神」は、統治神の神威に(はか)る事なく、自分の一存で重大な任務を放擲して宇宙に逃れ去った罪過から、その後、長く続いて現れて、罪をあがなうための大苦心をすることになる。その顕著な現われの一つが、仏界に出現した「不動明王」。明王の背後にある光と炎は「天の御三體の大神」が叱り責められているもので、手にした劔と縄はその刑罰の象徴。「不動明王」は、今回神政成就の暁を招来するまでに背後の火焔を消し、鋭利な劔と捕縄の刑罰を(ゆる)されるに値する大活躍をしなければならない宿命。

◆皇統第10代[上代第10代]髙皇産神霊身光(ミヒカル)天津日嗣(アマツヒツギ)天皇……身魂:道成義則(どうじょうよしのり)大神

  (タカ)()(ムス)()()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(スミラ)(ミコト)  [御身魂 (ドウ)(ジャウ)(ヨシ)(ノリ)大神]

  (タカ)()(ムス)()(キサ)(キノ)(ミヤ)

 第6次神政内閣の初期、「道成義則(どうじょうよしのり)大神」が神政の混乱を恢復して治世を謳歌された反映から、天皇の身魂として「道成義則(どうじょうよしのり)大神」が出現された皇統第10代天皇の御代は、永き期間、立派な治世となった。

 万国(トコヨクニ)御巡幸では、檀君国(朝鮮)高城郡長陽山に天降られた時、朝鮮の「檀本尊」、支那の「盤霊功尊」「五色功尊」等32名、一族政長2600余名が参朝。天皇は、五色人(イロヒト)の王と32名の尊者を民王に任命後、日向の来浜に到着。天皇は祭主となって「(モト)(フミ)(クライ)()(ノシ)(ワウ)(オホ)(カミ)」より代々の神、歴代の天皇・皇后・皇子・皇族の諸霊を「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)(ハジメ)(タマシヒ)(タマヤ)」に合祭して大祭典を執行。この時、「天神(アマツカミ)人祖(クニツカミ)(ハジメ)(タマシヒ)(タマヤ)」を、「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」と改称し、五色人(イロヒト)の祖等98柱を「()()(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」として祭る。また、天皇に参朝を命じられた万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)の尊者・民王等は、大前で礼拝。天皇はさらに「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」への参拝を命じ、五色人(イロヒト)は「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の大前で二拝・四拝・八拝・十六拝し、合せ手を二拍手(ひらで)・四拍手・八拍手・十六拍手・八十拍手・百六十拍手して礼拝。「宇麻志(ウマシ)阿志訶備比古(アシカビヒコ)遅尊」誕生後、天皇は、即位の記念祭を「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」にて施行。

 「天之御中主天皇」御世以来、地球の大変動が5度にもなったことから、新たに「天豊諸道辻命」「天日支那唐魂命」「少彦名命」等の皇子に命じて、地球地形の図を作成し、「(オム)()(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」「()()(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の神体として合祀。後、現能・日向東霧島山より神幽(カミサ)る。

■第7次神政内閣(大広木正宗(おおひろきまさむね)大神 定予姫大神)

  大広木正宗(おおひろきまさむね)大神

  (さだ)()(ひめ)大神

 第6次神政内閣「道成義則(どうじょうよしのり)大神」の子「大広木正宗(おおひろきまさむね)大神」は、どうにかして父神の治世を恢復しようと、「佐田子姫(さだこひめ)大神」の変神「定子姫大神」を妻神とし、叔父神「十道行成(じゅうどうゆきなり)大神」を輔佐神に立てて、第7次神政内閣を組織。神霊界の経営に大きく努力した功績から業績は上がり、長い年月にわたって立派な神政が行われた。

 ところが、これより先に『ろ』の国に走った「行永春神」は、「道成義則(どうじょうよしのり)大神」と離別して『ろ』の国に逃げた「気津久姫(きつくひめ)大神」[言足姫神]を娶り、二神の間に「桃上彦神」が生まれる。この外国魂を有する「桃上彦神」を擁立して、かねての願いを貫徹しようと考えた外国諸神は、策動を開始。策動が顕著になった時、「大広木正宇大神」は、諸神の意の通りに「桃上彦神」を内閣主班として立てれば神政が乱れることははっきりと分かっていたが、「桃上彦神」は母神「気津久姫(きつくひめ)大神」の子であり異父弟の間柄なので、筋道からすれば「桃上彦神」に内閣を譲らざるを得ない。考えた末、腐敗混乱の極に達していた『い』の国に留まり溜まった悪事を祓い清めようとするよりは、まず『ろ』の国(外国)に行ってその地に教えを樹立して、教化・改造を完了し、更にこれを基礎として、帰国して日の本の神霊界の救済をするのがよいと決意し、内閣を譲る。こうして、妻神「定子姫大神」は止むを得ず夫神「大広木正宗(おおひろきまさむね)大神」と別れて『い』の国に留まり、「十道行成(じゅうどうゆきなり)大神」も隠退。「定子姫大神」はなおも夫神を『い』の国に伴って帰ろうとして、「平野姫神」と身を変じて、夫神の後を追い日の本帰還を促すが、自神は遂に日の本に帰還しなかった。(第7次神政内閣没落後、外国に赴いた「大広木正宗(おおひろきまさむね)大神」は、最初の目的である外国教化事業として、現界各地に出現して、さまざまな教えを樹立した。)

【琵琶湖の平野八光】

 現今、滋賀県琵琶湖畔、江若鉄道大野駅にある大神社に、「大広木正宗(おおひろきまさむね)大神」の神霊が在ます。その対岸、近江八幡の辺りに「平野姫神」がいて、夜毎に湖水を渡って夫神の許に通った。九十九夜通って最後の一夜で百夜となる夜、邪神が現れて乗った船を転覆させたため、「平野姫神」は溺死し、「大海原姫神」と変じた。旧暦2月23日夜の出来事で、現在でもこの夜には、琵琶湖上、近江八幡のあたりより異様な光が現われて湖面を覆うのを見る。土地の人はこれを平野八光(〇〇〇〇)と呼ぶ。この「平野姫神」の思念が湖水に入って生じた、いさざ(〇〇〇)という魚は、平野八光の現われる旧暦2月23日の前後約1週間は漁獲できるが、1年のうち他の日はどんな時でもその姿さえ見ない。これは、「平野姫神」の死が、伝説と結びついて現界に反映しつつある事実。

◆皇統第11代[上代第11代]神皇産霊身光天津日嗣天日(カンムスビミヒカルアマツヒツギアメノヒ)天皇(スミラミコト)……身魂:十道行成(じゅうどうゆきなり)大神

  (カン)()()()()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト) [御身魂 (ジフ)(ダウ)(ユキ)(ナリ)大神]

  (カン)()()()()皇后宮(キサキノミヤ)

 第7次神政内閣の繁栄を受けて、御代は永きにわたる盛んな治世となった。編纂させた上代の歴史と、7皇子に作らせた万国(トコヨクニ)の地図を、「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」に奉納。日本歴史は、皇子「天御食持(アメノミケモツ)尊」(別名「手置帆負(タオキホオヒ)命」)と弟宮「彦狭知命」の2人を、家屋建築の神として伝える。手置(タオキ)は、人の手を置いてその腕の長さを計ってこれを尺度の単位としたもの(古代エジプトでは、キュピットと言う)。帆負(ホオヒ)は、帆を揚げる時に両手で帆綱を()()る時、その一手操りは手置二単位となる。命の名は、尺度の単位の根源を示しており、命の御子は、後に第12代天皇の妃となった。

◆皇統第12代[上代第12代]宇麻志(ウマシ)阿志(アシ)訶備(カビ)比古遅(ヒコヂ)天津日嗣(アマツヒツギ)天皇……身魂:(タイ)()(シャウ)(グン)

  宇麻志(ウマシ)阿志(アシ)訶備(カビ)比古遅(ヒコヂ)(アマ)()()(ツギ)天皇(スミラミコト)  [御身魂 (タイ)()(シャウ)(グン)

  宇麻志(ウマシ)阿志(アシ)訶備(カビ)()()皇后宮(キサキノミヤ)

 皇太子「天之常男尊」誕生。万国(トコヨクニ)御巡幸から、長海山の大宮に戻った後、7皇子に、ヒヒイロガネを使って矛劔(〇〇)()長刀(〇〇)を造らせ、矛劔を「イクツケンツルギ」と称して「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の御神體として奉納。この矛劔が「十種の神宝の第二(〇〇〇〇〇〇〇〇)」で、有名な「三種の神器(〇〇〇〇〇)」を造った「天日真浦尊」は、7皇子の中の一人。

【アメリカ州名の起源】

 万国(トコヨクニ)御巡幸――日後イビロスロッキー山脈――日前イビロス洲ロッキー山脈――日前イビロス洲ロクサオ河畔。アルヘンチナ・アルスの賊頭(オロサ)ブラジル賊王・コロンビヤ賊王等が、天皇を害そうとしたが、天皇が真の勇気をふるい、三賊王を指三本でひねり殺す。恐れおののいた日前・日後二洲の五色人(イロヒト)は、50名の王が参朝して大前にひれ伏す。天皇は今までの者の代りに、これらを国寺に任命し、五色人(イロヒト)王等は謹んでこれを拝受して、口々に「(アメ)()、天の利」と唱えた。これによって、イビロス洲改め、アメリグニと言う。(現在のアメリカの洲名の起源。)――道路奥羽後神浜に還幸。

【日の本の高山に神社がある由縁①】

 天皇は、遠津海駿河老猿土山[富士山]に大宮を造営して、統治。これより天皇・皇后・皇子・皇族・官人等の住所を、すべて高く山峯とすると詔され、将来、日本の高山の頂きには必ず神社がある所以となった。

◆皇統第13代[上代第13代]天之常男(オマノトコタチオノ)身光天津日嗣(アマツヒツギ)天日天皇

  (アマ)()(トコ)(タチノ)(オノ)身光(ミヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)

  天之常(アメノトコ)()皇后宮(キサキノミヤ)

 皇子・皇女達39名に命じて、平民とならせ、「勧豊頭(〇〇〇)」とする。皇太子[国之常立尊]誕生。

◆皇統第14代[上代第14代]国之常立五身光(クニトコタチミヒカル)天津日嗣(アマツヒツギ)天日天皇……身魂:(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神

  (クニ)()(トコ)(タチ)()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)  [御身魂 国万造主(クニヨロズツクリヌシ)大神]

  (クニ)()(トコ)(ヒメ)皇后宮(キサキノミヤ)

 「(クニ)()(トコ)(ヒメ)皇后宮(キサキノミヤ)」は、「宇麻志阿志訶備比古遅天皇」の御子「国之常万男女二神」の姫。飛騨位山に大宮を造って、万機を統べさせる。皇太子「豊雲野根尊」と「国狭槌尊」誕生。即位51年1月6日、官位十六級(神主(カムロ)大申政(オホマウシ)小申政(ヲマウシ)大臣(オホオミ)小臣(ヲオミ)国令(クズシリ)内宿弥(ウツネ)別宿弥(トシネ)侍従(ホリネ)大夫(ヤツコ)舎人(トモコ)衛士(ホタコ)(タケリ)郡司(クズコ)郷司(オトコ)隊長(ヤレコ))を定める。

 万国(トコヨクニ)御巡幸――支那・順天府天寿山――天竺黒峯。「魔訶迦紫尊者」が奉迎参朝して礼拝――天夫利(アフリ)イサワ浜――ゴンダル――北米――道路陸奥前宮野浦浜に帰朝。還幸の所を都喜山と名付け、後、月山(〇〇)と改める。天皇と皇后が入浴されたところを湯殿山と名付ける。

 「豊雲野根尊」に譲位し、即位350億万年6月1日、越中立山より神幽(カミサ)る。皇后宮は、蓮葉山より神幽(カミサ)る。

【万国変動後の新編纂歴史を、(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)奉納へ

 即位〇年、天万陪猿日王「申」年(年に十二支を配せし初めなり)2月11日、地球万国(トコヨクニ)に大変動あり。神勅によってあらかじめ高峯で難を避けられたが、大変動が鎮まった後、「天照日神(あまてらすひのかみ)」の神勅で、天皇は越中国二井ヤ祖来(オヤクル)ヶ岳に、皇后・皇子・皇族・五色人(イロヒト)の祖王達と共に天降り、再び万国(トコヨクニ)を統治した。その祖来ヶ岳を、後に(やり)ヶ岳と云う。天皇・皇子7尊に歴史を編纂させ、初めて方位の名称たる十二支を年に配した。

 このように、万国(トコヨクニ)変動後はその都度、新しく歴史の編纂が試みられ、その変動の前後の事情を明かにし、かつ、これを「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」に奉納することが歴代の例となった。

【地獄の起源と、(クニ)(トコ)(タチ)神の御名の所以】

 皇統第14代「国之常立五身光(クニトコタチミヒカル)天津日嗣(アマツヒツギ)天日天皇」の御世となり、ようやく神界の混乱状況が地上に反映し始める。万国(トコヨクニ)に出没する盗賊を討伐して、捕えた頭目たちを日の本へ連行して集めた越中国立山根の底(〇〇〇)(「根底の国」と言う始め)を、「自獄(ジゴク)(鬼城)」と名付けたことが、「極楽、地獄」の名称の起源。天皇の身魂は「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」なので、その治世は極めて厳正で、万国(トコヨクニ)の盗賊の頭目を一所(ひとつところ)に集め置いたのはその現れの一つ。天皇の御世は歴代天皇の中で最も長く、身魂と事跡の因縁によって、国祖「(クニ)(ヨロズ)(ツクリ)(ヌシ)大神」より、天皇の御名たる「(クニ)(トコ)(タチ)大神」という別名を奉った。

◆皇統第15代[上代第15代]豊雲野根(トヨクモヌネ)身光天日嗣天日天皇……身魂:比津遅(ひつぢ)比売大神

  (トヨ)(クモ)()()()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)  [御身魂 比津遅比売(ヒツヂヒメ)大神]

  (トヨ)(クニ)()皇后宮(キサキノミヤ)

 天皇の御身魂は、神霊界では「国万造主(クニヨロズツクリヌシ)大神」の妃である。「宇比地煮尊」が誕生。天皇は、「元無極體主王大神(モトフミクライミノシワウオホカミ)」より「(クニ)(トコ)(タチ)天皇(スミラミコト)」に到るまでを「天上代の神」と称し、新たに「天上代史(アメスヨシロ)」(歴史)を編纂させ、「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の御神体として奉納。これが、「十種(〇〇)神宝(〇〇)第三(〇〇)」。参朝を命じられた万国(トコヨクニ)の王、支那国令「盤古民主」を初め五色人(イロヒト)民王320名が参朝して礼拝。「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」に参拝して、五色人(イロヒト)が自己を代表・象徴する「五色の旗」を捧げた。これを和幣(にぎたえ)と云い、以後、「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」参拝に際して五色の旗を奉ることになる。

 「宇比地煮尊」に譲位し、越中国位一城山(呉羽山)より神幽(カミサ)る。

◆皇統第16代[上代第16代]宇比地煮(ウヒヂニ)身光天日嗣天皇

  宇比地煮(ウヒヂニ)身光(ミヒカル)(アマ)()()(ツギ)天皇(スミラミコト)

  ()()()()(ミノ)皇后宮(キサキノミヤ)

 初めて鏡・玉を造らせ、後にヒヒイロガネで円鏡・八咫鏡(やたのかがみ)二面を造り、八サカの曲玉を()って造らせ、「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の御神體として奉納。これが、「十種の神宝(〇〇〇〇〇)」の「第四(〇〇)第五(〇〇)第六(〇〇)」。また、初めて天皇の印章を定める。万国(トコヨクニ)民主・五色人(イロヒト)等370名に、越中国「皇祖皇太宮」の参拝を命じる。皇太子「角樴尊」誕生。皇女「道路奥姫尊」に「伊弉册尊」が誕生し、後に「伊邪那岐天皇」の皇后宮となる。神幽(カミサ)りし後、「常盤中国土利祖山(トリノコヤマ)御骸骨子(シカバネ)」の峯に墓葬。土利祖神(〇〇〇〇)、一名「土祖神」として祭る。

◆皇統第17代[上代第17代]角樴(ツヌグヒ)身光(ミヒカル)天津日嗣(アマツヒツギ)天日天皇

  角樴(ツヌグヒ)()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)

  (ツマ)(グヒ)皇后宮(キサキノミヤ)

 皇子達を万国(トコヨクニ)観察使(アマノオムトノカヘ)に任命し、万国(トコヨクニ)観察使が始まる。その後、万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)令王(タケリオ)に文書で往復して経過や結果を報告するよう勅命。能登国高州山に大宮を造り、万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)令で――支那邦令兄弟「黄能氏(コンノンタイ)」「盤王氏」「義皇氏」・支那天竺邦王「魔訶黒尊者」等178名が来朝。天皇の大前に礼拝して、五色人(イロヒト)王は五色の旗を奉納。天皇みずから祭主となって、五色旗を「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」に奉納。皇太子「大斗能地王(オホトノヂワウ)尊」誕生。この御世も天地大変動あり。草木根国(紀伊)安堵峰の大宮より神幽(カミサ)る。「木の神」として勧請し奉る。

◆皇統第18代[上代第18代]大斗能地王(オホトノヂオウ)身光(ミヒカル)天津日嗣(アマツヒツギ)天日天皇

  (オホ)()()()(ワウ)()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)

  (オホ)()()()(ワウ)皇后宮(キサキノミヤ)

 越後国蒲原栗の山に大宮を造営して、万国(トコヨクニ)の政治を採決。天皇・皇后みずからヒヒイロガネで宝劔を造って、ホド文(凸字)ミド文「凹字」の神名と万国(トコヨクニ)地図を宝劔に彫刻し、「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の御神體として奉納。これが、「十種の神宝(〇〇〇〇〇)の第七」で、後に、「神日本魂三御劔の第一(〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇)」となる。

 万国(トコヨクニ)大変動あり。皇太子「面足日子(オモタルヒコ)尊」に譲位後、万国(トコヨクニ)を巡幸―→道路奥大湊浜に還幸。恐山に戻って、同宮で神幽(カミサ)る。

◆皇統第19代[上代第19代]面足日子(オモタルヒコ)身光(ミヒカル)天津日嗣(アマツヒツギ)天日天皇

  (オモ)(タル)()()()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)

  淤面陀琉日売(オモタルヒメ)皇后宮(キサキノミヤ)

 万国(トコヨクニ)御巡幸――天竺―→支那国―→北アメリカ洲カナタニユイヨイク(ミナト)―→越中国ニ井ヤの浜に還幸。同所に「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の分霊殿を造営し、「東岩瀬大神宮」(今の東岩瀬村)と言う。皇太子「惶根王尊(カシユスオウ)」に譲位後、日向法礼山の大宮で神幽(カミサ)る。「火の神」として勧請し、「愛宕の神」と言った。

◆皇統第20代[上代第20代]惶根王(カミコヌオウ)身光(ミヒカル)天津日嗣(アマツヒツギ)天日天皇

  (カシ)(コヌ)(ワウ)()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)

  ()()()()皇后宮(キサキノミヤ)

 天皇・皇后みずからヒヒイロガネで矛劔を造り、ホド文・ミド文で神名を刻し、これに万国(トコヨクニ)地図を刻して「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の御神體として奉納。これが「十種の神宝(〇〇〇〇〇)の第八(〇〇〇)」で、「神日本魂三御劔の第二(〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇)」。万国(トコヨクニ)御巡幸――天竺ハヴライ浜―→丹後国天橋立に還幸。皇太子「伊弉那岐尊」に譲位後、甲斐文国金峰山より神幽(カミサ)る。

■第8次神政内閣(桃上彦神 津上姫神)

  「桃上彦神」

  「津上姫神」

 「行永春神」と「言足姫神」の意志と、外国諸神霊の策動が効を奏し、外国魂を有する「桃上彦神」が「津上姫神」を妃として主班となり、「道精堂王」「独立道王」を輔佐として、第8次神政内閣が成立。神政の施設すべては外国諸神が行い、八方美人の「桃上彦神」は、全く崇拝の対象となるだけの偶像で終わった。

 「桃上彦神」をあやつり人形とした神々は、親神の「行永春神」「言足姫神」、その他外国より渡来した諸神「高津玉(こうづだま)大神」「盤古大神」「十億道(じゅうおくどう)神」「七尾岳(ななおだけ)神」「山武姫(ヤマタケヒメ)大神」「天若彦大神」「横領姫大神」等。こぞって裏から神政政治を操縦し、4次元駛身(かけりみ)界の政治はことごとく外国諸神の掌中に帰したために、日の本個有の神々は隠退するか国外に逃走離散し、外国諸神が思うままの神政政治を行うところとなった。その間も「八百八光(はっぴゃくはっこう)神」と「八百幡神(はっぴゃくはたしん)」の争闘はやむことがなく、その状態は、その後長く、昭和の今日に到るまで継続する。

 4次元駛身(かけりみ)神霊界を掌中にしたことから、外国諸神はさらに3次元限身(かぎりみ)人類界にまでその手を延ばし、絶えず万国(トコヨクニ)棟梁(オムヤ)天職(アメマツリ)天皇たる日の本皇室の皇霊統と重臣などの霊統に侵入して、実質的な日の本掌握を全うしようとした。その間、隠退した日の本諸神は絶えず守護して外国諸神を妨害したため、外国諸神の願いは貫き通されず、皇室の霊統にしばしば日の本の大神が出現して、外国諸神の策謀を覆す方策を講じた。この守護・妨害の任に当った主な日の本の大神を「十六柱の大神」と言い、十六菊型の花辯の一つ一つは、この大神の一柱一柱を象徴したもの。

 司配慾と恋愛慾を満足させようとする諸神霊と、これを防いで反対しようとする諸神霊が、争闘を継続して4次元駛身(かけりみ)界の混乱を繰り返しつつある間に、各神霊は「天の御三體大神」の意志による試練を受けつつあったが、争闘が推移する状況は次第に3次元限身(かぎりみ)人類界に反映し、人類界に治乱興亡の歴史を発生させた。

 この第8次神政内閣の状況の反映が日本皇室に対して顕著となったのは、皇統第21代「伊邪那岐天皇」「伊弉那冊皇后」の御代。第8次神政内閣は、当時より昭和5年5月31日まで継続したため、第8次神政内閣の神霊界でのさまざまな治乱荒廃の経過は、その反映と顕現である「伊邪那岐天皇」「伊弉那冊皇后」の時代以降、現今に到るまでの人類界の歴史を考察する事で、その大要を窮い知ることができる。

◆皇統第21代[上代第21代]伊邪那岐(イザナギ)身光(ミヒカル)天津日嗣天日天皇……身魂:行永春神

伊邪那岐(イザナギ)()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト [御身魂 行永春神―(アマ)照彦(テルヒコ)大神]

伊弉那冊(イザナミ)皇后宮(キサキノミヤ)        [御身魂 言足姫神―気津久姫(きつくひめ)大神]

 誕生した皇子「蛭子尊」の身魂は「桃上彦神」で、八方美人にて優柔不断。この尊は骨無しだったので、葦の舟に載せて海に流し、外国へ遣わされたという日の本伝説の真相は、北米(日受恵比須洲)に赴任して、その国を治めたということ。このため、「蛭子尊」を「恵比須」と言う。

【ヨモツヒラサカ】

 「蛭子尊」に次いで、皇子「火の尊」(後津速産霊尊となる)を出産したとき病気になった「伊弉那冊(イザナミ)皇后」は、出生地の予母津洲アフスタン(アフガニスタン)国の比良坂伊止に帰省。皇統第16代「宇比地煮(ウヒヂニ)天皇」の皇女の子「伊弉册尊」(「伊弉那冊皇后宮」)は、白人(白色人種)。「アフスタン」国に皇后を訪ねた「伊邪那岐(イザナギ)身光(ミヒカル)天津日嗣天日天皇」は、平坂伊止に大宮を造って共に住み、皇后の病が癒えた後もしばらくその地に滞在した。やがて、天皇・皇后が日の本に帰還しようとした時、アフスタン国の白人達数万が、アフスタンの地に永遠に止まってほしいと懇願。天皇がアフスタンで産まれた皇子3人をその地に残してその地の統治者と定めたので、白人達も少し納得し、天皇・皇后はようやく日の本に帰還した。この3人の皇子「カブイル民主」「ガズニ王尊」「フカラ伊王尊」は、それぞれタシュケント王城・ボハラ王城・カブイル王城の国王となった。この事実が、日の本の伝説では、天皇・皇后が帰還の途中、桃果3個(この桃果を意富加牟豆美命と云う)を投げうって黄泉醜女(ヨモツシコメ)に追われたことになった。

 天皇は身魂が「行永春神」、皇后は「言足姫神」なので、第8次神政内閣初期での4次元駛身(かけりみ)界の混乱は、ようやく現界の天皇の御世に反映してくる。日の本と外国各地で盗賊がしきりに蜂起し、人類社会は騒がしく今にも何かが起こりそうな状況を治める意味で、「天の御三體の大神」の神意によって、天皇は国立山の大宮で、皇后宮は加賀国白山で神幽(カミサ)る。現今、白山神社で「伊邪那岐天皇」に奉る黄旗(〇〇)と「皇后」に奉る白旗(〇〇)とが並び立ててあるのは、加賀白山で神幽(カミサ)った皇后が白人であることを示している。

 神勅で「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」に参拝されることになり、予母津国に行かれたことで筑紫日向の橘の小戸の阿波岐原で身禊払いをした後、「(スミ)(オヤ)(スミラ)(オホ)(タマシイ)(タマヤ)」の大前で帰国の報告をした。

天照日(アマテルヒ)大神と須佐之男尊の誕生】

 帰国後、天皇・皇后から、32尊の皇子を産まれる。即位〇年1月1日、「(アマ)(サカル)(ヒニ)(ムカ)()()()尊」[御身魂 天照日(アマテルヒ)大神]誕生。続いて誕生した「(アマ)(サカル)(ツキニ)(ムカ)()比古(ヒコ)月読(ツクヨミ)尊」[御身魂 (アマ)(テル)(ヒコ)大神]の又の名を「()()()()尊」と呼ぶ。日の本の古記で別尊のように伝える「須佐之男尊」と「月読(弓)尊」は、事実は、同一尊。

 天皇・皇后は勇気を奮い起して、神勅によって自らヒヒイロガネで神劔を造って清め、7年3ヶ月でようやく完成。「天照日(アマテルヒ)大神」より神勅で、「天皇が作った神宝劔と、「大斗能地(オホトノチ)天皇」「惶根(カシコヌ)天皇」が作った二箇の神宝劔は、万国(トコヨクニ)五色人(イロヒト)の棟梁たる天皇の無極億代まで、必ず天日天皇の身守・天皇の家宝と定む。」と命じられる。天皇が作った神劔は、「十種(トクサ)の家宝の神宝(カンダカラ)の第九」にして、「神日本魂三御劔の第三(〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇)」。譲位の時、天皇は以上の三神宝劔を「天疎日向津比売天皇」に譲り、これより、この三種宝劔は天日嗣御継承の神宝となった。

 

 

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