12.参考資料<皇祖皇太神宮>

 神宮(たましいたまや)は、宇宙開闢の神皇「天地身一大神(あめつちまひとつのおおかみ)」(「元無極體主王御神(もとふみくらいみぬしおおかみ)」)(またの名メシヤ)から、「天御光太陽貴王日大光日大神(あめみひかりおおみなかきおうひおおてるひおおかみ)」までの天神七代、「天日(アメヒノ)豊本葦牙気皇主身光(ムトアシカビキミノシミヒカル)大神(オホカミ)天皇(スミラミコト)」から二十六朝千百六十八代、そして神武朝の現代までの、代々の天皇皇后を合祀したお宮で、「皇祖皇太神宮(すみおやすみらおおたましいたまや)」という。

 本来は、「天祖(あまつかみ)人祖(くにつかみ)一神宮(はじめたましいたまや)」と称して、天超根中国(あまこしねなかつくに)皇城山(おみじんやま)(「神霊正典」ではオミンジョヤマ、元宮が富山市金屋宇平奥5643番地(奥羽山近く)に建立され、毎年8月大祭を施行)に還し、奉斎されていたが、上古第十代「(タカ)()(ムス)()()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(スミラ)(ミコト)」の御代に神勅があり、初代天皇以来、1293代の今上天皇までを合祀奉る神宮を、「皇祖皇太神宮(すみおやすみらおおたましいたまや)」、万国(トコヨクニ)の「五色人祖祖(いろひとおやかみ)」(外国の国王、王妃、民主尊(みっとそん)ら)を祀る神宮を「別祖大神宮(とこおや(ゲグ) おおたましいたまや)」と改名された。 (内宮外宮の始まり)

 代々の天皇は必ず、「皇祖皇太神宮(すみおやすみらおおたましいたまや)」の大前で自ら祭主となって大礼祭を行い、即位後、「天津(あまつ)高御座(たかみくら)」に御せられ、南面し、手には万国棟梁(トコヨクニオムヤ)としてなくてはならない神劔「神日本魂劔(かみやまとたましいつるぎ)」をもち、身には「天照日神(あまてらすひのかみ)」の稜威燦(みいつさん)として十六方に光り輝くさまを現わした日輪章(菊型御紋章)をつけ、世界万国(トコヨクニ)から集まった尊者民主の祝賀を受けた。

 天皇が日本だけの天皇となったのは神武天皇以後のことで、それまでの代々の天皇は、一代に一度は必ず万国(トコヨクニ)を巡幸(世界一周)されることを恒例とし、天空浮船(あめそらうきふね)に乗って巡幸されながら、万国(トコヨクニ)それぞれの国王、尊者、民主に謁を賜り、任命されるなど、光明赫灼とした、正に万国(トコヨクニ)の棟梁、世界天皇だった。神宮には、上古第24代「(アメ)()()()()()(ヒカル)(アマ)()()(ツギ)(アメ)(ノヒ)天皇(スミラミコト)」(五世続く)の御代に、懸族四社(護法守天空神、稲荷福主大神、赤池白竜神、五色商運神)をはじめ、九十七狐王の魂も祀られた。

 また、不合朝六十九代「(カン)(タル)(ワケ)(トヨ)(スキ)」天皇の御代にモーゼ、七十代「(カン)(ココロ)(ツトフ)(モノ)(ノベ)(タテ)」の天皇の御代に釈迦、神倭(かむやまと)朝初代「神武天皇」の御代に老子、第三代「安寧天皇」の御代に孔子、第六代「考安天皇」の御代に孟子、第十一代「垂仁天皇」の御代にキリスト、第三十代「欽明天皇」の御代にマホメットと、それぞれ来日、参朝して修行して帰った。

 このように、皇祖皇太神宮(すみおやすみらおおたましいたまや)は特定の神だけをまつる神社(かみやしろ)ではなく、すべての神々をまつる神宮(たましいたまや)であり、ユダヤ教、道教、儒教、キリスト教、仏教、イスラム教すべてを包括する万教帰一の神宮。神州日本に生きる誇りを堅持し、世界の五色人もまた皇孫であるとの秘史の教えに従い、祖宗を祀り、世界の平和と繁栄の為につとめることが、神宮を奉斎する私達の使命。

 

 

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