死線を越えた話

 私が治療時代、某会社重役の夫人(三十歳)、から重病のため招かれた事があった。勿論医師から見放されたのであって、その家族や親戚の人達が是非助けて欲しいとの懇願(こんがん)であったが、その患者の家が、私の家より十里位離れているので、私が通うのは困難であるから、兎も角自動車に乗せて私の家へ連れて来たのである。その際、途中に於いての生命の危険を慮り夫君も同乗し、私は車中で、片手で抱え片手で治療しつつ、兎も角、無事に私方へ着いたのである。

 然るに翌朝未明、付添の者に私は起こされたので、直ちに病室へ行ってみると、患者は私の手を握って放さない。曰く、「自分は今、身体から何か抜け出るような気がして恐ろしくてならないから、先生の手に捉まらせて頂きたい。そうして(めかけ)はどうしても今日死ぬような気がしてならないから、家族の者を至急招いて貰いたい。」というので、直ぐに電話をかけ、一時間余経って夫君や子供数人、会社の嘱託(しょくたく)医等、自動車で来たのである。その時患者は昏睡状態で脈搏も微弱である。医師の診断も勿論時間の問題であるという事であった。そうして家族に取巻かれながら、依然昏睡状態を続けていたが、呼吸は絶えなかった。終に夜となった。相変わらずの状態である。ちょうど午後七時頃、突如として目を開き、不思議そうにあたりを見廻しているのである。曰く、「私は今し方、何ともいえない美しい所へ行って来た。それは花園で、百花爛漫と咲き乱れ、美しき天人が大勢いて、遥か奥の方に一人の崇高き、絵で見る観世音菩薩の如き御方が、私の方をご覧になられ微笑まれたので、私は思わず識らず平伏したと思うと同時に覚醒したのである。そうして今は非常に爽快で、このような気持は罹病以来、未だ曽て無かったと曰うのである。そのようなわけで、翌日から全然苦はなく、否全快してしまって、ただ衰弱だけが残っていた。それも一ヶ月位で、平常通りの健康に復したのである。

 右は全く一時的霊が脱出して天国へ赴き、霊体の罪穢を払拭されたのである事は勿論である。そこは第二天国の仏界である。

 

 

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