七月二十六日

【御 教 え】

 「文明の創造」ですが、やっと暇が出来たので書始めたのです。最初の方も大分書変えた処がありますから、ずーつと読ませます。

(御論文「文明の創造 序文」

序 文

(『文明の創造』より)

 この著は歴史肇って以来未だ嘗てない大聖著であり、一言にしていえば新文明世界の設計書であり、天国の福音でもあり、二十世紀のバイブルといってもよかろう。即ち現在の文明は真の文明ではなく、新文明が生まれるまでの仮の文明であって、聖書にある世の終りとは、この仮定文明世界の終りを言ったものである。また今一つの〝(あまね)く天国の福音を()べ伝えらるべし、然る後末期到る〟との予言も、この著の事であろう。そうしてバイブルはキリストの教えを綴ったものであるが、この著はキリストが繰返し言われた処の、天の父であるエホバ直接の啓示である。そうしてキリストはこうも言われた。それは『天国は近づけり、爾等悔改めよ』との警告である。してみればキリスト自身が天国を造るとは言われなかったのである。

 併し私は〝天国は近づけり〟とは言わない。〝天国は已に来れり〟というのである。何よりも私は目下天国の基礎的準備に取掛っており、甚だ小規模ではあるが、日々驚くべき力と奇蹟を(あら)わしつつあり、人々は驚歎している。そうして右の如き模型的経綸が漸次発展するに従い、他面世界的には旧文明の清算の幕が切って落される。それが最後の審判の開始であって、眼目は善悪の立分けである。即ち悪は亡び善は栄える段階に入るのである。これが為如何に多数の犠牲者が出るかは計り知れないものがあろう。併し乍ら神の大愛はこれ等犠牲者を最少限度に食止めらるべく、救いのその第一声がこの著出版の理由である。といっても、旧文明世界からも神は善悪正邪(せいじゃ)()り分け、善にして役立つ者は残されると共に、悪にして見込なき者は永遠に滅びるの止むなきに至るのである。

 以上の如く、最後の審判が済むや、続いて新世界設計の順序となるのは勿論だが、その転換期に於ける凡ゆる文化の建直しこそ、空前絶後のものであって、言う迄もなくそれは旧文明の誤謬(ごびゅう)是正(ぜせい)と共に、新文明の指針を示すのである。処が茲に悲しむべき事がある。というのは、人類が数千年の長い間に堆積された処の罪穢(つみけがれ)であって、当然この大浄化作用が発生するのである。それをこれから詳しく説いてみるが、幸いこれを読む人々は救いの綱を目の前に出されたのであるから、何等の躊躇(ちゅうちょ)なく摑まれん事である。それを前以て人類に知らせ、悔改めを私は神に代って勧告するのである。これぞ神の大愛でなくて何であろう。従ってこれを知った以上、一時も早く頭の切替えは固より、心の準備に取掛るべきである。そうして審判の最後に到っては、罪深き者は亡び、罪浅き者は救われるのは決定的であるから、これを信ずる者こそ永遠の生命を獲得すると共に、将来に於ける地上天国の住民として残るのである。そうして主神の経綸の深くして、そのスケールの如何に大なるものであるか、又現在までの文明が如何に野蛮極まるレベルの低いものであるかを、この著によって充分知らせ、確固たる信念を得させるのである。

(御論文「地上天国、真と偽」」

地上天国

(『文明の創造』)

 地上天国とはバイブルから出た言葉であり、仏教ではミロクの世といひ、西洋ではユートピヤなどといふが、勿論意味は同一であって、つまり理想世界である。(これ)(さき)にかいた如く神の目的であるから、現在迄の歴史は(その)世界を造る過程であったので、幾変遷を経て(ようや)く天国の一歩手前に来たのが現在である。(この)世界を一口にいえば、病貧争絶無の世界である。(ところ)(この)三大災厄の中の王座を占めてゐるのが病気であるから、病気さへ解決すれば、貧乏も争ひも(おのずか)ら解消するのは、言を(ま)たない(ところ)である。

 如上(じょじょう)の意味に於て、私は病気に就て根本原因を、(あら)ゆる面から徹底的に解剖し明かにするのである。(しか)(これ)は医学と異って、人智によって生れた学問上の研究理論ではなく、神の啓示を土台とし、実験によって得たる真理であるから、(ごう)(まつ)も誤りはないのである。そうして実験とは今日(まで)何万に上る私の弟子が、毎日何十万に上る患者の治療に当ってをり、(その)治癒率の素晴しい事は、医学の一に対し百といっても、決して過言ではない程である。

 右の如く驚くべき治病の実績が、(この)地球上に出現したに(かか)はらず、全人類は治る力のない医学を無上のものと誤信し、病苦に悩み、長く生きられる生命を中途に挫折して(しま)(その)無智悲惨なる現状は、到底黙視出来ないのである。此様(このよう)な末期的惨状を神として、そう長く放任して置けないのは当然である。といふ理由と(きた)るべき理想世界の住民としての健康人を作らんが為との二つの理由によって、(ここ)に医学の迷盲を発表するのである。

 

(「天国建設と悪の追放」)   【註 栄光一六九号】

天国建設と悪の追放

(栄光一六九号)

 神の目的であるこの世界を天国化するに就いては一つの根本条件がある。それは何かというと、現在大部分の人類が心中深く蔵されている悪そのものである。処が不可解な事には、一般人の常識からいっても、悪を好まず、悪に触れる事を非常に恐れるのは(もと)より、昔から倫理(りんり)、道徳等によって悪を(いまし)め、教育もこれを主眼としている。その他宗教に於てもその教えの建前(たてまえ)は善を勧め悪を排撃するにあり、世間を見ても親が子を戒め、夫は妻を、妻は夫を、主人は部下に対してもそうであり法律もそれに刑罰を加えて、より悪を犯さぬようにしている。処がこれ程の努力を払っているにも拘らず、事実この世界は善人より悪人の方がどの位多いか分らない程で、厳密に言えば恐らく十人中九人までが悪人で、善人は一人あるかなしかという状態であろう。

 併し乍ら単に悪人といっても、それには大中小様々ある。例えば一は心からの悪、即ち意識的に行う悪。二は不知不識無意識に行う悪。三は止むを得ず行う悪。四は悪を善と信じて行う悪である。これ等に就いて簡単に説明してみると、こうであろう。一は論外で説明の要はないが、二は一番多い一般的のものであるし、三は民族的には野蛮人、個人的には白痴(はくち)、狂人、児童の精神薄弱者であるから問題とはならないが、四に至っては悪を善と信じて行う以上、正々堂々としてしかも熱烈であるから、その害毒も大きいのである。これに就いては最後に(くわ)しくかく事として次に善から見た悪の世界観をかいてみよう。

 衆知の如く、現在の世界を大観すると、悪の方がズット多く、全く悪の世界といってもよかろう。何よりも昔から善人が悪人に苦しめられる例は幾らでもあるが、悪人が善人に苦しめられた話は聞いた事がない。この様に悪人には味方が多く、善人には味方が少いので、悪人は法網を潜って大腕ふりつつ世の中を横行するに反し、善人は小さくなって戦々(せんせん)兢々(きょうきょう)としているのが現在の世相である。この様に弱者であるが為、善人は強者である悪人から常に迫害され苦しめられている不合理に反抗して生まれたのが彼の民主主義であるから、これも自然発生のものである。日本も右の如く長い間封建思想の為、弱肉強食的社会となって続いて来たのであるが、幸いにも外国の力を借りて、今日の如く民主主義となったので、この点自然発生と言うよりも、自然の結果といってよかろう。というようにこの一事だけは珍しくも、悪に対して善が勝利を得た例である。併し乍ら全体から言えば、外国は兎も角、日本は今の処(なま)(ぬる)い民主主義で、まだまだ色々な面に封建の(かす)が残っていると見るのは、私ばかりではあるまい。

 玆で悪と文化の関係に就いてもかいてみるが、抑々文化なるものの発生原理は何処にあったかというと、古えの野蛮未開時代強者が弱者を圧迫し、自由を奪い、掠奪(りゃくだつ)、殺人等思うが儘に振舞う結果、弱者にあってはそれを防止すべく種々の防禦法を講じた。武器は固より垣を作り、交通を便にする等、集団的にも個人的にも、凡ゆる工夫を凝らし努力したのであった。これが人智を進めるに役立った事は勿論であろう。又その後に到って安全確保の為、集団的契約を結んだのが今日の国際条約の嚆矢(こうし)であろうし、社会的には悪を制禦(せいぎょ)するに法の如きものを作りこれが条文化したのが今日の法律であろう。処が現実は、そんな生易しい事では人間から悪を除く事は到底出来なかったのである。これによってみても、人類は原始時代から悪を防止する善との闘争は絶える事なく続いて来たのであるから、何と不幸な人類世界であったであろうか。この為如何に大多数の善人が犠牲にされたかは誰も知る通りである。そこでそれらの悩みを救おうとして、時々現われたのが彼の宗教的偉人であった。というのは、弱者は常に強者から苦しめられ通しであり乍ら、防止の力が弱いので、せめて精神的なりとも不安を無くし希望を持たせると共に、悪に対しては因果の理を説き悔い改めさせようとしたので、多少の効果はあったが、大勢はどうする事も出来なかった。処が一方唯物的には、悪による不幸を防止せんとして学問を作り物質文化を形成し、この進歩によって目的を達しようとしたのであるが、この文化は予期以上に進歩発展はしたが、最初の目的である悪を防止するには役立たないばかりか、反って悪の方でそれを利用してしまい、益々大仕掛な残虐性(ざんぎゃくせい)を発揮する様になったのである。これが戦争を大規模にさせる原因となり、遂には原子爆弾の如き恐怖的怪物さえ生まれてしまったのであるから、こうなっては最早戦争不可能の時代となったといえよう。これを忌憚(きたん)なくいえば、悪によって物質文化が発達し、悪によって戦争不可能の時代を作ったので、(まこと)皮肉(ひにく)な話である。勿論その根本には深遠なる神の経綸があるからで、この点よく(うかが)われるのである。そうして精神文化の側にある人も物質文化の側にある人も、共に平和幸福なる理想世界を念願しているのは勿論であるが、それは理想のみであって現実が仲々伴なわないので、識者は常に疑問の雲に(とざ)され、壁に突当っているのが現状である。中には宗教に求め哲学等によってこの謎を解こうとするが、大部分は科学の進歩によってのみ解決されると確信している。併しそれも確実の見透しもつかないで、未解のまま人類は苦悩を続けているのである。としたら、世界の将来は果してどうなるかという事を、私はこれから徹底的に説いてみようと思うのである。

 前記の如く、悪なるものが人類不幸の根本原因であるとしたら、何故神は悪を作られたかという疑問が湧くであろう。これが今日迄最も人間の心を悩ました問題である。処が神は遂にこの真相を明らかにされたので、茲に発表するのである。先ず第一今日迄何故悪が必要であったかという事である。というのは、悪と善との争闘によって現在の如く物質文化は進歩発達し来ったという、何と意外な理由ではないか。処がこの様な夢想だも出来ない事が実は真理であったのである。それに就いては先ず戦争である。戦争が多数の人命を奪い悲惨極まるものなるが故に、人間は最もこれを恐れ、この災害から免れようとして最大級の智能を絞り、工夫に工夫を凝したので、この事が如何に文化の進歩に拍車をかけたかは言う迄もない。何よりも戦争後勝った国でも負けた国でも、文化の飛躍的発展は歴史がよく示しているからである。併し乍ら戦争が極端にまで進み、長く続くとなれば、国家は滅亡(めつぼう)の外なく、文化の破壊ともなる以上、神は或程度に止め、又元の平和に立返らすので、このように戦争と平和は交互に続いて来たのが、世界歴史の姿である。又社会を見てもそうであり、犯罪者と取締当局とは常に智慧比べをしているし、個人同士のゴタゴタもその因は善と悪との争いからであって、これ等の解決が人智を進める要素ともなっているのは分るであろう。

 この様に、善悪の摩擦(まさつ)によって文化が進歩するとすれば、今日迄は悪も大いに必要であった訳である。併し乍らこの悪の必要は決して無限ではなく限度がある事を知らねばならない。これに就いては順次説いてゆくが、先ず肝腎な事は、この世界の主宰者(しゅさいしゃ)たる主神の御目的である。これを哲学的に言えば絶対者と、そうして宇宙意志である。彼のキリスト始め、各宗教の開祖が予言された処の世界の終末であるが、これも実は悪の世の終末の事であったのである。そうして次に来るべきものが理想世界であって、病貧争絶無の地上天国、真善美の世界、ミロクの世等々、名は異なるが意味は一つである。という様に、これ程の素晴しい世界を作るとしたら、それ相応の準備が必要である。準備とは、精神物質共に右の世界を形成するに足る丈の条件の完備である。それに対して神の経綸は物質面を先にされた事である。というのは、精神面の方は時を要せず一挙に引上げられるが、物質面の方はそうはゆかない。非常に歳月を要するのは勿論であるからである。然もその条件として先ず第一に神仏の実在を無視させ、人間の精神を物質面に集中させた事で、その意味で生まれたものが彼の無神論である。というように悪を作るには無神論こそ最も根本的であるからである。斯くして勢を得た悪は、益々善を苦しめ、争闘を続け、人間をして苦悩のドン底に陥らしめたので、人間は常に(はい)(あが)ろうとして足掻(あが)いている。これが文化の進歩に大いなる推進力となったのは勿論で、悲惨ではあるが止むを得なかったのである。

 今迄宗教でも哲学でも色々説いたが、悪に就いてはあんまり説かなかった。軽く説いてある。私は悪に就いて未だ々々色んな方面から説くのですが、之が分らなくては、本当の事は分らないです。ですから現在の医学というものも、之は悪の現われです。之は必要悪です。之は医学が使っている薬が、之がよい材料です。薬で人間を弱らせるのです。寿命を縮める。之が必要だったというのは、人間が原始時代の毛むくじゃらな、不味い――食物でない様な物を食って、始終裸で、やっと藁で作った物を着て、穴でも掘って住んでいる。それが、身体が健康だと平気でそれをやっている。そこで何うしても身体を弱らせなければならない。弱らせる為に薬を飲ませたのです。薬を飲ませるとそういう生活は出来なくなりますから、何か雨風を防ぐ家だとか、食物でも美味い物を調理するとか智恵をしぼる。それから原始時代に色々闘うが、闘うには色々しなければならない。武器を作ったり――尤もその前に猛獣と闘っているが、その次に人間と闘ったという事で、段々智識が進んで来た。で、神様が人間を最初造った時に、智識の方を先に造られなかった。後廻しだった。で、智識を造る為に人間を或る程度弱らせなければならなかった。それで薬が良い様に思わせた。人間はずっと最初は。(、?)病は浄化作用という事は知らなかった。そういう為に薬を使っていたのです。観音様が薬師如来に化現したのはそういう為です。今観音様が薬は毒だ、薬は毒だというのは矛盾してますが、それは時期です。時の関係でそういう事になる。そういうもので、神様の時期は何万年目に変る、何千万年目に変らせるという位のものですが、それでも神様から見ると一瞬のものです。人間の目から何万年というが、神様の目では一秒かも知れない。もっと短いかも知れない。之が永遠の世界です。処が人間の寿命というものは長くて僅か百年位ですから、何うしても考え方が短く考える。ですから文化を発達させる為に争い、薬で弱らせるという、そういう手段をとったのです。それでそうなったのです。之からは――これ以上やると行過ぎになって了う。そこで、こゝらで()めて了おうと――止めるには本当の事を知らせなければ止められないから、私が本当の事を皆に知らせて止める。そこで悪の闘争を止めて、それで人間の智識もこゝ迄来れば、闘争で智識を進めるという必要が無くなったのです。やはり智識は進めて行きますが、今度は闘争でない方法で進め様と思う。それはミロクの世になってもドンドン発明発見は出来ます。今迄の発明発見とは違う――今迄の発明発見は、つまり戦争――人殺しの仕事です。出来る丈短い時間で、出来る丈多くの人間の命を取ろう、殺して了おう、それを防ごうという智識を使った。今度はミロクの世になるというそういう智識でなくて、何うすれば人間が楽しめるか、何うすれば気持が良くなるか、何うすれば寿命が延びるか、という良い事の発明発見です。そういうことを言っても一寸信じられないですが――今迄にそういう事がなかったから――経験がない為に夢の様にしか思えないのですが、処がそれは神様ははっきりしているのです。そういう事も之から段々説いて行く積りです。世界の人類に、今迄分らなかった本当の事を知らせる事です。之が聖書の天国の福音なのです。それからが<その前にもありますが>世界の大転換――霊界では非常な大転換が起っているのですが、現界の方にも段々そういう事が現われて来るのです。それが、人間の目に一番分り易いのは、やっぱり病気です。此頃伝染病なんか非常に増えて来ました。赤痢だとか日本脳炎とか、あゝいうものは非常な勢いで増えて来ました。それから結核が非常に増えて来ましたが、今迄は一時抑えの新薬で抑えて来ましたが、之が新薬で抑えられない程の浄化になったら、片っ端から肺病になって了う。今肺病の原料を作ってますが――ヒドラジットなんか素晴しいものです。然しそうなってからは皆メシヤ教に頭を下げて来るのです。もうそう長くないです。大分近寄って来てます。之が一番分るのは、あなた方が浄霊しても段々効くでしょう。去年より今年、先月より今月と、ずっと早く治って来る。之は霊界で火素が増えて来た為です。つまり、火素が増えて来たという事は浄化が強くなったのです。もう一息すると、てんてこ舞する。それも、こっちではない、世の中がです。こっちは愈々落着いてよい。今迄はこっちから奨めに――助けに行ったのが、今度は先方で助けて貰いたいと頼みに来る。それ迄の辛抱をして貰いたいです。その位にして置きます。

 

 

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