七月十五日

【御 教 え】

 美術館や色んな事で「文明の創造」を書始めていたのが遅れたので、早く拵えて了おうと思って又書始めたのです。根本的の事を書いたのです。つまり今迄は本当の文明ではない。本当の文明というのは斯ういうものだという事を書くのです。根本というのはつまり悪です。その悪を無くする。他の色んな文化は素晴しいものです。処がそれを悪に利用するからいけないのです。之を善に利用すれば大したものです。原子爆弾でも、あれを人殺しに使うから恐ろしいものなのです。あれを動力や何かの(もと)に使えば結構なものです。原子爆弾を動力に使えば、石炭だとか油は無くて済むのです。何しろ豆粒位のもので自動車や飛行機を動かせるのです。つまり、悪を無くすればそれ丈で地上天国は出来るのです。今みんな困っているのは、人間の悪の為に困っているのです。だからその一番怖いのは戦争、病気。それから今の共産党の運動も、それから泥棒だとか、変な事で人殺しをするという様な事の(もと)は、みんな悪です。で、悪でも、直接――火炎瓶を投げたり、まあ、破壊運動をするのは、之は分り切った悪です。又泥棒したり色んな事の悪は分っているのですが、そういう事よりも、悪を善と思ってそうして悪を行う事、之が一番恐しい。やる方は善と思って一生懸命やるのですから―。その内の親玉が、何時も言う通り医学です。「医は仁術なり」と言って、非常に良い仁術と思っているのです。医学によって病気を作り、それを悪化させて生命迄奪って了うのです。之程恐ろしい悪はない。之程深刻な悪はない。この悪を人間から除けば悪は無くなって来るのです。色んな誤った思想だとか、破壊的な事とか――みんな病気です。精神的病気です。何時か、日本人は全部精神病だと説きましたが、つまり精神病にも種類があるのです。精神病らしいのは分るから病院に入れるとかするが、精神病らしくないのが一番怖いのです。で、病気の(もと)はいうと、今度「栄光」に出しましたが、薬なのです。薬で血を濁すのです。濁すと、濁った血が頭に行く。だから頭が悪くなる。頭が悪くなると、物事の判断力が正確でなくなる。どうも、実に判断が間違うのです。だから、今一番の例は――例えてみれば、政治家とか代議士とか言うと、普通の人よりか偉い人となってますが、確かに偉くなくてはあれ丈の出世が出来ないのですが、その偉い人が、何かの時に―会議だとか協議する時、つまらない問題で毎日々々相談し議論し合っている。まあ、我々からみると五分位で分る事を幾日も何回もやっている。ですから議会が延期々々で延びるのです。今度の延期は四回か五回でした――。というのは判断力が悪いのです。どんな問題でも結論は一つです。一番良いやり方というのは一つしかないのです。それが、頭が悪い為に見附からないのです。というのは因は薬毒です。ですから、此間も言った通り「上面(うわべ)利巧の(しん)馬鹿」だというのはそういう訳です。だからどうしても薬というものを全廃する――無くなれば、頭はずっと良くなります。頭は良くなるし、伝染病というのが無くなります。あの黴菌というのは薬毒から湧くのです。黴菌でも、良い黴菌もあるし悪い黴菌もあります。良い黴菌というのは必要ですが、悪い黴菌というのは薬毒から湧くのです。それを知らない。発見出来ない。そういう訳だから、兎に角少くとも、もう少し人間の頭を良くしなければならない。教育も肝腎ですが、教育はどっちかというと上面を利巧にする事です。まあ物識になる事です。ですから、物識になれば判断力は良くなる訳ですが、処が蕊の方が頭の活動力が悪いから、肝腎な物事の判断をするそういった頭脳が働かない訳です。要するに頭脳の中心が働かないで廻り丈が働いて了う。処が薬というものを又馬鹿に信じているのです。新聞にも出てますが、今度出来たヒドラジットなんか、大した物の様に思って飲みたがってますが、態々悪くする―肺病を治さないものです。薬というのは全部麻薬です。一時良くするのです。丁度頭の悪い人が麻薬を注射すると、頭がはっきりして来る。だから小説を書くにしても、あれが流行っている。急ぎの原稿を書くのに、あれをやると馬鹿に良く書ける。それで中毒になる。それは麻薬丈ではない。一切の薬がそうです。食慾がないので、薬を飲むと一時増えたりして良い様に思えるのです。だから次々に飲んで、結局それが癖になって段々中毒症状になる。然し、直ぐに大いに効くのは麻薬として取締っているが緩慢に効くのは分らない。発見出来ない。だから急速に効くのは麻薬として排斥するが、緩慢に効くのは良いとして奨励するのですから、この無智なやり方頭の悪さです。又それに慣れ切っているのです。それを教え様、解らせ様と思って我々は骨を折っているのです。そういった麻薬を、麻薬でないと思っている迷信です。それを言うと、こっちの方を迷信という。その位頭が悪いのです。だから現代人と言えば、少なくとも悩病です。

 今「文明の創造」の根本を書いて居るので、その最初の書始めです。

(御論文「文明の創造 天国編」)(「天国建設と悪の追放」)   【註 栄光一六九号】

文明の創造 天国編

(栄光一三七号)

 私は科学篇、宗教篇を次々書いて来たが、これから最後の天国篇を書くのである。併しこの所論は真の意味に於ける前人(ぜんじん)未説(みせつ)のものであって、文明世界設計の根幹ともなるものであるから、そのつもりで読んで貰いたいのである。

 抑々、主神の御目的である地上天国を建設する基本条件としては、何よりも大自然の実相をそのまま現わす事である。併し初めてこれを読む人は、現実とあまりに懸け離れた理想論としか思われまいが、決してそうではない。立派な実現性のある事は、読むに従って分かるであろう。というのは、何時も言う如く、宇宙一切の構成は、日月地が根本となっており、この本質が火水土であるから、この三位一体の力によって、万物は生成され、化育され、世界は無限の発展を遂げつつあるのである。処が今日までの霊界は、屡々(しばしば)説く如く夜であったが為、日は隠れていたのである。つまり、(つき)土日(つちひ)の順序となっていた。無論これは正しい順序ではないから、これ迄の世界は一切に調和が欠け、(みだ)れに乱れて、現在見るが如き地獄世界を現出したのである。これというのも、善と悪について曩に説いた如く、善悪の軋轢(あつれき)が必要であったからで、全く深甚なる神意に外ならないのである。その期間中僅かに宗教によって緩和されて来た事も書いたが、全く釈尊の唱えた苦の娑婆と諦めの言葉も、キリストの贖罪と隣人愛も、その意味に外ならなかった。

 処で、私の唱える夜の世界が、昼の世界に転換するという事であるが、本来宇宙の原則としては、日月地の三段階が正しい順序であるに拘わらず、そうでなかったのは、前述の如き意味であったからで、それが今度愈々完全の形となるのである。言わば世界は百八十度の転換であって、実に空前の一大異変である。従って現在の文化形体も一変するのは勿論、その大綱としては、前述の如き大自然の形となる以上、一切の機構も三段階になり、分れて六となり、又分れて九となる。つまり三六九(さんろくきゅう)で、これを縮めればミロクとなる。地上天国、一名ミロクの世とは、この事である。では、ミロクの世とは具体的にはどのような世界であるかを順次説いてみよう。

 

天国建設と悪の追放

(栄光一六九号)

 神の目的であるこの世界を天国化するに就いては一つの根本条件がある。それは何かというと、現在大部分の人類が心中深く蔵されている悪そのものである。処が不可解な事には、一般人の常識からいっても、悪を好まず、悪に触れる事を非常に恐れるのは(もと)より、昔から倫理(りんり)、道徳等によって悪を(いまし)め、教育もこれを主眼としている。その他宗教に於てもその教えの建前(たてまえ)は善を勧め悪を排撃するにあり、世間を見ても親が子を戒め、夫は妻を、妻は夫を、主人は部下に対してもそうであり法律もそれに刑罰を加えて、より悪を犯さぬようにしている。処がこれ程の努力を払っているにも拘らず、事実この世界は善人より悪人の方がどの位多いか分らない程で、厳密に言えば恐らく十人中九人までが悪人で、善人は一人あるかなしかという状態であろう。

 併し乍ら単に悪人といっても、それには大中小様々ある。例えば一は心からの悪、即ち意識的に行う悪。二は不知不識無意識に行う悪。三は止むを得ず行う悪。四は悪を善と信じて行う悪である。これ等に就いて簡単に説明してみると、こうであろう。一は論外で説明の要はないが、二は一番多い一般的のものであるし、三は民族的には野蛮人、個人的には白痴(はくち)、狂人、児童の精神薄弱者であるから問題とはならないが、四に至っては悪を善と信じて行う以上、正々堂々としてしかも熱烈であるから、その害毒も大きいのである。これに就いては最後に(くわ)しくかく事として次に善から見た悪の世界観をかいてみよう。

 衆知の如く、現在の世界を大観すると、悪の方がズット多く、全く悪の世界といってもよかろう。何よりも昔から善人が悪人に苦しめられる例は幾らでもあるが、悪人が善人に苦しめられた話は聞いた事がない。この様に悪人には味方が多く、善人には味方が少いので、悪人は法網を潜って大腕ふりつつ世の中を横行するに反し、善人は小さくなって戦々(せんせん)兢々(きょうきょう)としているのが現在の世相である。この様に弱者であるが為、善人は強者である悪人から常に迫害され苦しめられている不合理に反抗して生まれたのが彼の民主主義であるから、これも自然発生のものである。日本も右の如く長い間封建思想の為、弱肉強食的社会となって続いて来たのであるが、幸いにも外国の力を借りて、今日の如く民主主義となったので、この点自然発生と言うよりも、自然の結果といってよかろう。というようにこの一事だけは珍しくも、悪に対して善が勝利を得た例である。併し乍ら全体から言えば、外国は兎も角、日本は今の処(なま)(ぬる)い民主主義で、まだまだ色々な面に封建の(かす)が残っていると見るのは、私ばかりではあるまい。

 玆で悪と文化の関係に就いてもかいてみるが、抑々文化なるものの発生原理は何処にあったかというと、古えの野蛮未開時代強者が弱者を圧迫し、自由を奪い、掠奪(りゃくだつ)、殺人等思うが儘に振舞う結果、弱者にあってはそれを防止すべく種々の防禦法を講じた。武器は固より垣を作り、交通を便にする等、集団的にも個人的にも、凡ゆる工夫を凝らし努力したのであった。これが人智を進めるに役立った事は勿論であろう。又その後に到って安全確保の為、集団的契約を結んだのが今日の国際条約の嚆矢(こうし)であろうし、社会的には悪を制禦(せいぎょ)するに法の如きものを作りこれが条文化したのが今日の法律であろう。処が現実は、そんな生易しい事では人間から悪を除く事は到底出来なかったのである。これによってみても、人類は原始時代から悪を防止する善との闘争は絶える事なく続いて来たのであるから、何と不幸な人類世界であったであろうか。この為如何に大多数の善人が犠牲にされたかは誰も知る通りである。そこでそれらの悩みを救おうとして、時々現われたのが彼の宗教的偉人であった。というのは、弱者は常に強者から苦しめられ通しであり乍ら、防止の力が弱いので、せめて精神的なりとも不安を無くし希望を持たせると共に、悪に対しては因果の理を説き悔い改めさせようとしたので、多少の効果はあったが、大勢はどうする事も出来なかった。処が一方唯物的には、悪による不幸を防止せんとして学問を作り物質文化を形成し、この進歩によって目的を達しようとしたのであるが、この文化は予期以上に進歩発展はしたが、最初の目的である悪を防止するには役立たないばかりか、反って悪の方でそれを利用してしまい、益々大仕掛な残虐性(ざんぎゃくせい)を発揮する様になったのである。これが戦争を大規模にさせる原因となり、遂には原子爆弾の如き恐怖的怪物さえ生まれてしまったのであるから、こうなっては最早戦争不可能の時代となったといえよう。これを忌憚(きたん)なくいえば、悪によって物質文化が発達し、悪によって戦争不可能の時代を作ったので、(まこと)皮肉(ひにく)な話である。勿論その根本には深遠なる神の経綸があるからで、この点よく(うかが)われるのである。そうして精神文化の側にある人も物質文化の側にある人も、共に平和幸福なる理想世界を念願しているのは勿論であるが、それは理想のみであって現実が仲々伴なわないので、識者は常に疑問の雲に(とざ)され、壁に突当っているのが現状である。中には宗教に求め哲学等によってこの謎を解こうとするが、大部分は科学の進歩によってのみ解決されると確信している。併しそれも確実の見透しもつかないで、未解のまま人類は苦悩を続けているのである。としたら、世界の将来は果してどうなるかという事を、私はこれから徹底的に説いてみようと思うのである。

 前記の如く、悪なるものが人類不幸の根本原因であるとしたら、何故神は悪を作られたかという疑問が湧くであろう。これが今日迄最も人間の心を悩ました問題である。処が神は遂にこの真相を明らかにされたので、茲に発表するのである。先ず第一今日迄何故悪が必要であったかという事である。というのは、悪と善との争闘によって現在の如く物質文化は進歩発達し来ったという、何と意外な理由ではないか。処がこの様な夢想だも出来ない事が実は真理であったのである。それに就いては先ず戦争である。戦争が多数の人命を奪い悲惨極まるものなるが故に、人間は最もこれを恐れ、この災害から免れようとして最大級の智能を絞り、工夫に工夫を凝したので、この事が如何に文化の進歩に拍車をかけたかは言う迄もない。何よりも戦争後勝った国でも負けた国でも、文化の飛躍的発展は歴史がよく示しているからである。併し乍ら戦争が極端にまで進み、長く続くとなれば、国家は滅亡(めつぼう)の外なく、文化の破壊ともなる以上、神は或程度に止め、又元の平和に立返らすので、このように戦争と平和は交互に続いて来たのが、世界歴史の姿である。又社会を見てもそうであり、犯罪者と取締当局とは常に智慧比べをしているし、個人同士のゴタゴタもその因は善と悪との争いからであって、これ等の解決が人智を進める要素ともなっているのは分るであろう。

 この様に、善悪の摩擦(まさつ)によって文化が進歩するとすれば、今日迄は悪も大いに必要であった訳である。併し乍らこの悪の必要は決して無限ではなく限度がある事を知らねばならない。これに就いては順次説いてゆくが、先ず肝腎な事は、この世界の主宰者(しゅさいしゃ)たる主神の御目的である。これを哲学的に言えば絶対者と、そうして宇宙意志である。彼のキリスト始め、各宗教の開祖が予言された処の世界の終末であるが、これも実は悪の世の終末の事であったのである。そうして次に来るべきものが理想世界であって、病貧争絶無の地上天国、真善美の世界、ミロクの世等々、名は異なるが意味は一つである。という様に、これ程の素晴しい世界を作るとしたら、それ相応の準備が必要である。準備とは、精神物質共に右の世界を形成するに足る丈の条件の完備である。それに対して神の経綸は物質面を先にされた事である。というのは、精神面の方は時を要せず一挙に引上げられるが、物質面の方はそうはゆかない。非常に歳月を要するのは勿論であるからである。然もその条件として先ず第一に神仏の実在を無視させ、人間の精神を物質面に集中させた事で、その意味で生まれたものが彼の無神論である。というように悪を作るには無神論こそ最も根本的であるからである。斯くして勢を得た悪は、益々善を苦しめ、争闘を続け、人間をして苦悩のドン底に陥らしめたので、人間は常に(はい)(あが)ろうとして足掻(あが)いている。これが文化の進歩に大いなる推進力となったのは勿論で、悲惨ではあるが止むを得なかったのである。

 以上によって善悪に就いての根本義は分ったであろうが、前記の如く愈々悪不要の時が来たと共に、それが今日であるから容易ならぬ問題である。併しこれは臆測(おくそく)でも希望でもない、現実であって、信ずると信ぜざるとに拘らずそれが最早人の眼に触れかけている。即ち原子科学の素晴しい進歩である。従って若し戦争が始まるとしたら、今度は戦争ではなく、一切の破壊であり、人類の破滅であるが、これも実は悪の(りん)()まりであるから寧ろ喜んでいいのである。然もこの結果今日まで悪が利用して来た文化は、一転して善の自由となり、茲に待望の地上天国は生まれる段階となるのである。

 

 次はあんまり固いのは()めまして、今度は信仰とは関係ない様なものですが、興味的に映画の事に就いて書始めてみたのです。その前に一つ――。

(御論文「私物語 無信仰時代」)

無信仰時代

(『私物語』より)

 いつかも記いた事があるが、私の前半生は至極平凡なものであったから、詳しくかかなかったが、其後記き漏らしたと思う点も少なくないので、興味ある話題を少しかいてみようと思うのである。

 それに就て先づ私の現在の妻であるが、之は二度目であって、最初の妻を娶ったのは私が二十五歳の時で、妻は十九歳であった。私の処へ来て一年ばかり経った頃結核に羅って了ったのである。そこで早速医師に診て貰った処、医師の曰うには此病気には薬がないから、先づ空気の良い処へ転地して、気長に療養するより外に方法はないとの事であった。処が幸いにも妻の実家は神奈川県の金沢で、海岸ではあるから恰度いいとして、母や兄、親戚なども口を揃えて、此病気は伝染の危険もあるし、仮令(たといえ)子供が出来ても遺伝するから、(当時の学説)是非実家へ帰した方がいいと頻りに勧めるので、私は一時は其気になったが、よく考えてみるとどうも腑に落ちない気がした。というのは一生を契った妻が病気に羅れば、猶更親切に介抱してこそ人間の道であるのに、伝染の危険があるからとて実家へ還すなどは、余りに功利的考へ方で、そんな薄情な事は私にはどうしても出来ない。一生涯苦楽を共にすべきが夫婦の道ではないかと堅く心に決めたのである。而も幸ひな事には、以前私が治った体験もある事だし、必ず治るに違いない。それのみか人間は正しい道を踏む以上、伝染する筈もないという確信が湧くのである。当時無神論者であった私として、そんな考えが湧くのは実に不思議でならなかった。それを聞いた医師も親戚の者も呆れて了い、私を変り者とさえ思ったのである。という訳で其時既に肚の底には、信仰の種が蒔かれてあったのであると、宗教人となってから判った事である。そうして私の経験上から菜食療法にした処、医療も受けずに三、四ケ月で治って了った。

 それから斯ういう事もあった。其頃桂庵から雇った十六、七歳の山出し下女があったが、此女が病気になったので房州の実家へ帰した処、暫くしてからヒョッコリ訪ねて来た。見ると真蒼な顔をしているので訊ねた処、其後段々悪くなり、医師から重症結核と診断をされたので、周囲の者から嫌われ、而も赤貧洗うが如き家庭なので、邪魔者扱いにされ、働きに出ろと言われるので参りましたと涙乍らにいうので、私も大いに同情し、“そんな身体で働くなどは飛んでもない話だ。直ぐ実家へ帰りなさい。その代り食扶持(くいぶち)と医療費を、お前の生きている間は必ず送ってやるから”と言ったので、喜んで帰ったが、それから毎月確か十五円(ずつ)送ってやったと憶えているが、当時としては其位で充分であったのである。然しそれだけの話なら情深い人なら、世間にない事はないが、之に就てかきたい事があるから、此話を挿入したのである。というのは当時私の親戚知人などは、よく斯う曰ったものである。“其娘の肺病が治る見込があるならいいが、あれでは死ぬに決っている。死ぬに決っている者を援けてやった処でつまらないじゃないか、治ってから働いて御恩返しが出来るならいいが、そうでないとしたら、無駄な金を費うだけで詰まらないじゃないか。早く止した方が利口だよ”と勧めるのである。そこで私は曰ってやった。“私は恩を被せて代償を貰う気は些かもない。人を世話して恩返しを期待するなどは一種の取引で、丸で恩を売るようなものだ、だからそんなものは慈悲でも何でもない。善人らしく見せる一種の功利である。只私はあんまり可哀想で見ていられないからそうしたまでで、つまり自然なんだ。私はそれで満足しているんだからいいじゃないか。大きな御世話だ。成程あんた方から見れば馬鹿だと思うだろうが、馬鹿でも何でも結構なんだよ”とマァー斯んな風に曰ってやったので、みんな呆れて黙って了った事があった。 此時の私も全然無信仰で、唯物主義のカンカンであり乍ら、丸で信仰者のような考え方なんだから、表面は無信仰でも、肚の底は已に信仰者になっていた訳である。 

 

 つまり之は神様がそんな事をしてはいかん、(よ)せという、そういう例です。今考えてみると良く分るのです。

(御論文「私と映画」)

私と映画

(『私物語』より)

 私の映画の好きな事は、信者はよく知っているが、何しろ今でも隔日には必ず観る事にしている。そこで私が映画に親しむようになった最初からの経路をかいてみるが、私が一番先に映画(其時代は活動写真といった)を見たのは十五、六歳の頃であった。其時は浅草公園六区に電気館という館があって、之が映画館としては東京での最初のものであろう。何しろ写真が動くんだから驚いたのは勿論で、波が動いたり、犬が駈出したり、町を人が歩いたりするのには、只唖然とするばかりだった。何と不思議な面白いものが出来たわいと思って、其頃浅草に住んでいたから、暇さへあれば見に行ったものである。其内に単純な実写物から、劇的のものへと進んで行ったと共に、当時神田錦町に錦輝(きんき)(旗?)館という今でいう倶楽部のような、公会堂のようなものがあって、界隈での唯一の映画館になっていた。其頃「浮かれ閻魔(えんま)」という題名の、確か仏蘭西(フランス)パテー会社の作品であったが、仲々面白いので評判となり、連日大入満員の盛況だ。当時は勿論外国映画ばかりで、殆んどは仏蘭西のパテーものであったが、其内伊太利(イタリヤ)物も少し宛入って来たが、パテーの方は実写物、劇的や子供向のものが専門で万人向がしたが、伊太利物の方は歴史的の大掛りのものが大部分で、偶に喜劇物が混る位であった。

 そうこうする内、浅草公園は電気館が益々発展し、映画といへば電気館という程であった。何しろ当時は珍らしい事とて、どの館も連日押すな押すなであって、今と異ひ小さな館ばかりなので、観るのに大変であった。然し映画の方は急速な進歩を辿りつつ段々長尺物となり、面白いものが出来るようになったが、無論無声映画時代の事とて、弁士の上手下手が大いに影響したのである。当時弁士として鳴らしたのが有名な染井(そめい)三郎(さぶろう)君で、暫くしてから今の古川(ふるかわ)緑波(ろっぱ)君が助手として入った事を憶へている。其後附近に三友(さんゆう)(かん)というのが出来たが、此処は映画とキネヲロマと言って、動くパノラマのようなもので、色電気で風雨雷鳴のような天然現象を巧みに表わすので、一時は大いに受けたものである。それから次々出来たのが富士館(ふじかん)大勝(たいしょう)(かん)、オペラ館、帝国館、日本館などであったが、当時大当りした映画といえばジゴマ、名金(めいきん)天馬(てんま)等で、其頃からアメリカ物が入って来たのである。それまでは仏蘭西(フランス)独逸(ドイツ)伊太利(イタリヤ)物ばかりであった。私が初めてアメリカ物を見た時は、俳優の演技の迫力、セットの大掛り、テンポの早い事等で、見ていて飽きないから、俄然として人気が集まり、今日と同様映画は西部劇大流行で、而も連続物と来ているから、大衆はアッピールされて了ったのも無理はない。其頃の西部劇で人気を博したのが、ロローといふ日本人型の小男で、其敏捷軽快なる早業は、見ていて気持がいいものであった。そんな訳で映画といえばアメリカ物と決ったようになって了い、今日に至ったのである。

 そうこうする内、之もアメリカ独特の喜劇物が生れて、到る処人気を博した。彼のチャップリン、ロイド、キートン等の人気者が出たのも此頃であった。尤も其以前伊太利(イタリヤ)映画で、新馬鹿大将(アンドリュウ)という頗る小男の喜劇俳優があったが、之も一時は人気を湧かしたもので、古い人は知っているであろう。又其頃米画には時々大物が入ってファンを驚かした。其中で今でも記憶に残っている物に、当時の巨匠グリフィスの大作であった。特に大物で題は忘れたが、原始時代から現代迄の文化の変遷を描いたもので、全世界を唸らしたという事である。又伊太利(イタリヤ)物ではミラノ会社の作品が殆んどで、十字軍やネロ国王、クオバヂスなど、仲々大仕掛のものがあった。そうして当時米国の会社で主なるものとしては、パラマウント、フォックス、メトロ、ユニバーサル等で、其中で今でも忘れられないのは、ユニバーサル系統の小会社でブリュウバードというのがあった。此会社の作品はそれまで全国を風靡していたドタバタ物とは逆に、非常に落着いた恰度欧州のロマンス文学に一転機を与えた彼のイプセンが現われたと同じような行き方で、非常に文化的でケレン*がなく、真面目そのもののテーマであるから別の味があったので、私は見逃さないようにした。此ブリュウバードは市内の二、三の特殊館だけで、其頃新橋の金春館(こんぱるかん)(弁士は滝田天(たきたてん)(れい)君)赤坂の葵館(あおいかん)(同徳川(とくがわ)無声(むせい)君)が担任していて、ファンを唸らしたものである。

 話は後へ戻るが、最初浅草公園だけに限られていた映画館は、其後市内各所に出来るようになり、而も関東大震災後は至る所に出来るようになった。そうして長い間子供専門であった日本映画も、漸く大人物になって来た。私なども最初の尾上松之助(おのえまつのすけ)時代は見る気にはなれなかったが、私が日本映画を見始めたのは、今から約十数年前松竹の夏の陣といふ当時(はやし)長二郎(ちょうじろう)、今の長谷川一夫君の坂崎(さかざき)出羽(でわの)(かみ)を見た時からであった。此映画は其大仕掛な事や、種々の点が洋画にも劣らないので驚いた。之をキッカケとして私は此時から、日本映画ファンになって了ったのである。次に近頃の事は誰も知っているから此位にしておくが、玆で現在の邦画に就て、些か感ずる事をかいてみたいと思うのである。

 昔と異い近頃の日本映画は、大分進歩はして来たが、遠慮なく言うと非常に悪い面が残っている。其点私は大いに警告を与えたいのである。先づ一口にいうと日本映画のレベルの低さである。それに就てよくいう言葉に、日本映画は金を掛けないから、外画のような良いものが出来ないという言い訳で、之が最も間違っている。何故なれば非常に評判になった近頃の伊太利(イタリヤ)映画にしても、恐らく金の掛っていない事は日本以上であろう。それにも拘わらずアレ程評判になるというのは、何処かに大いに魅力がなければならない。ではどの点にあるかというと、何としても其テーマの真摯さで、些かのケレン*もない。飽迄観客を甘くみていない。一言にしていへば映画性を避けて、本当に人間のあるがままの姿、にじみ出る社会苦の呻きをよく描いている。又頗る徹底的で、人間の悩みに対する批判の鋭さが、観終ってから何か万感胸に迫るものがある。

 之に較べると日本映画の甘さはお話にならない。如何にも映画的、商業主義的すぎる。処が此結果が逆である事に気が付かないらしい。何よりも甘い邦画を棄てて、外画に吸はれるファンの多い事である。従って大いに警告したいのは、日本のプロデューサーなり、監督の考え方なりを、一日も早く断然切替えるべきである。一口に言えば全体的レベルを高める事である。飽迄観客の胸に喰い入るものを作る事である。終いまで我を忘れて観客を椅子に縛りつけて了わなければならない。それらに就て思い付いた儘をかいてみるが、先づ時代劇で之に就ても見逃し得ない一大欠陷があるから露呈してみよう。 

 (*ケレン——見た目本位の奇抜さを狙った演出)

 未だ、之から相当書くのですが、書けた丈を読ませました。

 話の(ついで)ですから、映画の一番悪い点を言うと、チャンバラです。今は時代劇が流行ってますが、ヤクザ位の人間が武士(さむらい)を十人以上も相手にして闘うのですが、そうして斬られないのです。それこそ、国定忠次(忠治?)とか子分の日光の円蔵位の処がやるのですが、武士(さむらい)の方が負けるのです。あんなのは馬鹿々々しいです。アメリカなんかは、ピストルなんか射つと死にますが、日本のは中々死なないのです。それは、スターが死なないのは仕方がない。死んではそれでお終いだから――。処が下っ端が、日本のは死なない。見ていると実に馬鹿々々しいです。それ迄面白がっていたのが、そういう場面でガッカリして見る気がしない。だから観客愚弄映画といって、観客を甘く見過ぎるのです。観客は甘いと――子供とか若い者を中心としている。之は前の大映の所長で永田――あの人なんかの話が、大体映画の観客の目標とするのは二十才前後、精々二十五才迄を目標とする。という事を言ってましたが、それが悪いのです。そういう映画は、当る時は当りますが、やっぱり――深刻な何処迄も事実と余り離れない様な映画の方が受けるのです。盆とか正月映画は別ですが、不断から正月映画の方が多く作っているのです。いずれ気が附きますが、気の附き方が遅いのです。それ迄観客はいい犠牲になっているのです。その点に於ては、イタリア映画が最も良かったです。イタリア映画位金のかからない映画はないです。よくも貧乏臭い物を作ってますが、それでいて観客を惹附けてます。日本映画は割合金がかかっていて、中途でガッカリするのが実に多いです。アメリカも最近その点に気が附いて来たのか、馬鹿々々しいテーマはないです。実に深刻なものになった。アメリカで馬鹿々々しいのは西部劇ですが、然しピストルを射って死ぬのです。之は日本のより良いと思う。それから、日本のもう一つの馬鹿々々しいのは、殺されてから死骸が直ぐ無くなって了うのです。アメリカ映画の方は殺されて、五人も六人も転がっているのです。その方が実感が出ます。日本のは、やられてもやられても斬られに行く奴が減らないのです。という事になると、死んだ奴が起上って又やるのでしょう――。実に観客を愚弄している。そんな訳ですから、斯ういう事を書いて、映画のああいった関係者に配ろうと思ってます。

 

 

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