九月十七日

 今米国では病人が非常に増えて来たのです。今度信者で米国の大学に入っていた立松文二という人が帰って来て、あっちの統計を細かく調査して帰って来たのです。それを読ませます。

 御論文「米国に於ける驚くべき病者の氾濫」   【註 栄光一七五号】

米国に於ける驚くべき病者の氾濫

(栄光一七五号)

 下記の報告は本教信者立松文二君が、米国ノートルディム大学(カソリック系)に留学一カ年を経た最近一先づ帰朝したが、予て依頼してあった現在米国に於ける主なる病気の統計を、精査記録したものを持って来たので私は之を見るや唖然としたのである。それは余りに私の説を立証しているからである。そうして今日日本人の誰もが思っている事は遂最近迄は世界医学の覇権を握っていた彼の独逸を追抜き、今日隆々たる米国医学の事であるから、定めし素晴しい成果を挙げているに違いないと予想していたであろうし、私もそう思っていた処、事実は全然裏切られてをり、其悲惨なる現状には驚くの外ないのである。若し今後も此趨勢が続くとしたら、此恐るべき状態は益々増大すると共に、何れは国を挙げての一大危機に直面するであろう事も、想像に難からないのである。

 而も米国が現在一大脅威としても、国を挙げて其対策と共に努力しつつある彼のソ連の軍備と、そうして共産主義の執拗な侵略的行動である。処がそれとは別な此健康問題に就ての重大性も閑却出来ないので、寧ろ共産主義以上かも知れないと思うのであって、之こそ一日と雖も忽せに出来ない大問題である。というのは共産主義の脅威にしても、自由主義国家群の聯合の力で兎も角抑えられている現状であるに反し、此方はそうはゆかない。何故なれば現代医学の幼稚なる為未だ其原因すら判らず、分っても解決の方法さへ不可能であるとしたら事は頗る重大である。それも其筈処か吾々からみれば、実は医学其ものが原因となっているという信ずべからざる程の意外な事実である。としたら此点に気附かない限り、今後と雖も悪化の一途を辿るのみであろう事は、下記の統計を見ればよく分るのである。それは年を経るに従い加速度的に凡ゆる病気が増えつつある事実である。従って此趨勢が続く限り、向後一世紀を経ない内に今日の如き強大なる米国と雖も、急速度に衰退の止むなきに至るのは、断言して憚らないのである。

 今私は世界の文明諸国を見渡した処、兎も角キリスト教を以て立国の方針とし、一般国民が神を信じ、正義の行われている国としては、先ず米国を以て第一と見てよかろう。それが又米国繁栄の基礎ともなっており、偉大な国家としての原動力ともなっているのは争えない事実であろう。今日世界の平和を維持している国の王者としては勿論米国であるとしたら、何よりも先ず此国を救うのが、平和と幸福に対する最大条件であろう。此意味に於て一日も速かに同国に於ける病気増大の根本原因を知らせ、解決方法を教ゆる事こそ神の大愛でなくて何であろう。従って、私は統計の順に一々の病気に就て、其原因と治す手段と、予防の方法とを詳しく明示して小冊子となし、同国大統領始め、各方面の識者、医学関係者に配布する心算である。

 処で玆で日本に就ても言いたい事は、米国医学が如上の如き実体であるに拘わらず、今日最も優秀なるものと誤信し、それを採入れようとしているのであるから、実に悲しむべき盲点である。之も全く唯物科学に囚われている結果で、米国医学の外形的進歩としての施設や、機械の優秀、強力なる新薬の続出等に眩惑された結果に外ならないので、米国と同様危い哉である。従って日本の当事者も此文を読んで速かに自覚されゝばいゝが、依然として迷夢から覚めないとしたら我国の将来も暗澹たるものであろう。最後に一言したい事は、医学が進歩する程病人が増えるという其鉄則は、現在米国が遺憾なく全世界に示している一事である。

 

 寄書「米国に於ける病気状況」    【註 栄光一七五号】

米国に於ける病気状況

(「アメリカを救う」より)

米国駐在信者 立松 文二

 全土を通じて、よく設備の行届いた六千四百三十の病院と、百四十五万六千九百十二のベッドを有し(以上千九百五十年現在)、日々の新聞に、医学上のいずれかの分野に於ける新学説、新療法、新薬、等々の発表、報告等を見ない日はほとんど無く、衛生思想は驚くべく普及し、食器類の熱湯消毒、病菌の媒介と見らるる蝿、蚊等の駆除、予防注射、伝染病患者の隔離等々が、莫大な予算の裏付によって、ほとんど完璧に近き迄に実施せられつつある。米国に於ける病気の状態は、果して如何?

 霊界の漸進的転換、火素の増量、浄化力の強化、と云う一連の現象は、この医学王国に如何なる形で現われているであろうか?次に簡単な一瞥を試みて見よう。

 マラリヤ、十二指腸虫病、トラホーム、チフス、コレラ、天然痘、黄熱、ペスト等々、所謂集団病と称せられる病気は、確かに医学の発達に比例して、米国を始めとする文明諸国から姿を消しつつある。と同時に、文明社会に固有の「贅沢病」乃至「文明病」の患者は、アメリカにおいてすら多数存し、寧ろ年々その数を増しつつある事、彼等の自負する医学を嘲笑うが如くである。現代医学は急性の集団病を慢性の文明病と置き代えた、と言っても過言ではないようだ。

 例えば癌である。現在米国には七十万人余の癌患者がいるが、これは死亡者数、罹病者数、共に年々増加の一途を辿っている。死亡者数を見ると、千九百年には十万人につき六十四人であり、死亡率の順位として第八位に位していたのが、年毎に漸増して、千九百四十八年には百三十六人となり、心臓病についで第二位を占めるに至った。

 即ち千九百年には、癌による死亡は四万一千人であったのが、千九百四十八年には十九万七四十二人、更に昨千九百五十一年には二十一万五千人が癌でたおれて、アメリカ建国以来の新記録を画した。現在米国癌協会(The American Cancer Society)は、種々の癌対策に腐心している。癌の早期発見と、責任ある医師による早期治療(主としてラジウム光線、Ⅹ線、摘出手術)とを、パンフレット、新聞、ラヂオ、公開講演等々によって、奨励、宣伝にこれ努めている。日々の新聞を見てもアメリカ人は癌恐怖症に取りつかれているという印象を受ける。

 次に結核であるが、これによる死亡率は確かに年々減少しつつある。千九百年には十万人につき百九十四人で、第一位の死亡数を示していたが、千九百四十八年には三十人となって、第七位に下った。「しかし、千九百五十一年においては、それに先立ついかなる年よりも結核患者数は多い(聖ヨゼフ・カウンティ結核連盟、St. Joseph County Tuberculosis League)」死亡者数の減少と、罹病者数の増加という皮肉な現象は、固め療法としての医学の発達と、浄化力の強化と云う、二つの相矛盾する事象の相剋がもたらす当然の一結果と言えよう。医療による浄化停止は、ベッドに常住する気の毒な社会的廃人を益々製造するに役立つ許りであるようだ。

 死亡率減少しつつありとは言え、千九百四十八年における結核死亡者数は、四万三千八百三十三名に上っている。これは一日に百二十人、十二分毎に一人の死亡という割合であり、他の全伝染病による死亡者数の総計を上回っている。

 因みに、全世界における結核による死亡者数は、年平均三百万人から五百万人に上るというから恐しいことである。現在米国で結核患者と銘打たれている人々は、五十万人(主として十四歳から三十五歳迄)即ち、二百二十五人の成人に一人の割合である。

 米国の社会にとっての大きな脅威の一つに精神病がある。精神分裂症を始めとする精神病者の数は、実に九百万人という夥しい数を示している。そして精神病国民協会(National Association for Mental Health)は「今年米国で生まれた子供の内十二人に一人は、その生涯の何れかの時期に、精神病院に入院せねばならぬであろう」と報告している。

 罹病者の多い事で、精神病に次いでいるのは、四肢の諸関節の激痛、発熱、腫脹、硬化等々の症状を現わす関節炎(Apthritis)であろう。患者数は全米を通じて七百万人から八百万人に上り、毎年約十四万七千人の新患者が出ている。人類史上最も古いこの病気は、又最も多く謎に包まれた病気とされている。

 所謂心臓病による死亡者は、年々手の施しようもなく増えつつある。五十年前の千九百年には十万人につき百三十七人で、死亡率の順位では第四位であったのが、千九百四十八年には第一位を占め、三百二十三人となり、更に千九百五十年には三百五十四・四人で、実数にして五十三万五千九百二十人がこの病気でたおれている。心臓病罹病者数は実に三百七十万人と言われる。

 次にいわゆる慢性頭痛持が米国に非常に多い事も注目に値しょう。クレアランス・ウッドベリイと云う医師は、アメリカン・マガジン誌の五月号で曰く。

 「私は、約千二百万人のアメリカ人が、慢性の頭痛持である事を知って驚いた」と。

 典型的「贅沢病」と云われる小児麻痺は、患者数は詳かでないが、比較的文明高度なヨーロッパ諸国及び米国に最も多く見られるのみならず、主としてそれらの国々の富裕階級に多い。これ等気の毒な小児麻痺患者の為の活発な街頭募金運動は、米国で屢々目撃される処である。

 米国におけるその他の罹病者数は大体次の通りである。

 動脈硬化及び高血圧症が三百七十万人、喘息が三百五十万人、慢性気管支炎が百七十万人、腎臓炎乃至腎臓病が百五十五万人、脱腸が二百万人、痔が同じく二百万人、又少くとも九百万の人々が何らかの心臓及び血管の疾患で悩んでいると云われる。

 ニューヨーク医師会、医学情報部(Medical Information Bureau, New York Academy of Medicine)のイアゴウ・ゴールドストン博士(lago Gladstone, M.D.)によれば、

 「アメリカにおける慢性病問題は、口で言う事も、想像する事も出来ぬ程重大なものである」と。

 かくて、患者として医療を受くる者は年々増加し、千九百三十一年現在では七百十五万五千九百七十六名、千九百四十年には千八万七千五百四十八名、千九百五十年現在では、実に千七百二万三千五百十三名となっている。これはアメリカ全人口の一割以上である。医療を受けていない者も加えると、少くも米国全人口の六分の一に当る二千五百万人以上が、いわゆる慢性病の犠牲者であり、更に示唆に富んでいる事にはその半数以上が四十五歳以下の比較的若い人々である。

 米国全人口の大きな部分を占めるこれらの人々は、労働不能乃至労働力不足の為、社会から当然受く可き報酬は得られず、又社会に対して寄与する処も殆どない。言わば、不幸な社会的徒食者の群である。

 再びイアゴウ・ゴールドストン博士の言葉を借りれば、

 「かかる現象は、現代医学の進歩に由因するのである。前にも述べた如く、現代医学は死亡者数を大量に減らした代りに、罹病者数を大量に増やしたのである」そして、「健康と病と云うものの本体に関して、新なかつ最も妥当な再検討が加えられない限り、医学は治療の努力を続けつつ、益々深く迷路に迷い込み、病と云う、病者と社会と職業にとっての重荷に追附く事は永遠に出来ないであろう」。

  アメリカよ、アメリカよ、

   神は汝に恵みを注ぎ給う。

 と歌われている、輝かしき機械文明と、キリスト教の国アメリカも亦病んでいる。増加しつつある二千万余の病者の呻吟を前に施す術なく、唯唖然と拱手するかに見ゆる現代医学が、神の大慈大悲の想念の具現である神霊医学の前に膝を屈す可き時が、いよいよ来たのではあるまいか?

  昭和二十七年九月二十日

(以 上)

 何しろ色んな病気が増えつゝあるのです。之を一々原因其他を出来る丈精しく書く積りです。そうして送ろうと思ってます。それで丁度、浄化作用――要するに溶け様とする毒を固めて来たわけです。で、病気の種類も段々増えて来るのですが、それはつまり、此の毒が出ようとするのを固めると、其処から出ないから、他から出ようとして変化をするのです。だから色んな病気が増えるのです。それで薬毒が段々増えていくわけです。増えていくので――新しい薬という奴は段々毒を強めて固めるのです。そうすると浄化作用は、段々昼の世界になるにつれて強くなっていく。それに就いて此間も一寸話しましたが、書いてみたのです。

御論文「昼の世界に転換の科学的証明」

昼の世界に転換の科学的証明

(「栄光」一七九号)

 この間ラジオの学校新聞の時聴いた話だが、最近スエーデンのハルマンという学者が、面白い研究を発表した。というのは五十年以前の地球の温度を今日と較べると、今日の方が約十度高くなったという実に驚くべき報告である。なぜなればもしこの割合で暖かくなるとすれば、右の十倍とみて五百年経ったら百度暖かくなる訳だからで、到底信じ得られない話である。ところがここで考えなくてはならない事は、もっと古い時代にそのような変化があったとすれば、その時すでに百何十度の炎熱となるから、人類は全滅した訳である。しかしそれらしい記録もないのであるから、何としても割切れない話である。そう考えてくると、どうしても数十年くらい前から変化し始めたと見ねばなるまい。そうでなければ理屈が合わない。

 この事について私は常に唱える夜の世界が、昼の世界に転換するという重大な意義である。それが日本においては明治に入った頃からであって、漸次進んで昭和六年六月十五日に到って、この日からいよいよ地球の霊界が黎明期に入ったのである。その日私は三十余人の弟子を連れて、房州鋸山にある乾坤山日本寺という有名な山寺に前日登って一泊し、翌十五日暁の午前五時頂きに登ってある神事を行ったのである。その後それに関連した種々の奇蹟が起ったという事も、以前著書にかいたから信者は読んだであろうが、それらの事を科学的に証明したのが、前記温度の高くなった報告である。

 しかし今後このままの割合で暖かくなる事はないから安心していい。というのはある程度までで済むからである。右のごとく最近に至っていかに火素が増量し、浄化も強くなったかが分るであろう。無論火素といっても本来霊的であるから、体的熱量はないと思うであろうが、ある程度の体的熱量はあるので、何よりも私の浄霊である。信者数百人に対し十分ないし二十分浄霊する場合、中には非常に熱くなって、汗ダクダクになる人さえよくあると共に、冬など私の部屋へ入ると暖かいとよく云われる事がある。ところが火素の増量は独り病気に限らずあらゆる面にも影響を受けるのであるから、これが世界的クライマックスになった時が世の終りである。これについても大いに神秘があるがまだ時期が早いから、いずれ発表するつもりである。

 昼の世界になった一番初めは、日本では日蓮上人が出た時です。で、何時も言う通り仏教は月の教えだという事はつまり夜の世界というわけなのです。まあ、闇の世界です。そこで月が有難かったのです。それが仏教です。それ迄月であったのが、初めて仏教の中に日が出たわけです。それが日蓮上人なのです。日蓮上人は一番最初に安房の清澄山に登って、黎明に妙法蓮華経を唱えた。それから法華経を弘通したという事になってますが、之は事実なのです。そんなわけで日蓮上人は、天照大御神の生まれ変りだという事を唱えていたのです。「我日本の柱ともならん。我日本の大舟ともならん」と言ったのですが、日本の柱という事は日本の天皇という事です。自分は日本の天皇だと思っていたのです。処がそれが間違いであったという事を悟ったのですが、兎に角そんなわけで仏教の中に日が出たのです。だから仏界に於る黎明期に入ったというわけです。それから段々進んで明治に――この明治になったという事が、そこに又意味があるのです。それ迄は武家の時代だったのです。武家の時代という事は、武力で天下を取っていたのです。で、最後の武家の天下が徳川時代だったのです。之は先にも書いた事がありますが、武家の先祖と言いますか、それは素盞鳴尊なのです。素盞鳴尊が神武天皇にやられたのです。まあ、息子の大国主命の時です。之は歴史にもありますが、神武天皇の系統を日の系統だという事があります。天照大御神の系統だという事になってますが、天照大御神の傍系になっているのです。ですからまあ――系統とも言えるのです。本当の系統は押込められたのです。岩戸隠れになっている。その傍系が神武天皇になっている。そこで大国主命は素盞鳴尊の系統ですから、月の系統になる。そこで日の系統をやっつけ様と思って、そうして始終闘っていたのです。それが日本の戦争に次ぐ戦争であった原因なのです。そうして最後が徳川家康です。あれは素盞鳴尊の系統だからです。そこで今度は、素盞鳴尊の方をやっつけて、そうして日の系統が立たなければならないという事が明治なのです。王政復古です。その一番根本的の一つの手伝(てつだい)、援助者がアメリカです。アメリカから、日本の開国の為にペルリなんかが来ました。それは何ういう訳だというと、月の時代――英国は月の国だという事は私は言ってますが――を過ぎて、月が段々隠れて来て――月が隠れると闇になるから、そうすると星が光って来るのです。そこで英国が段々衰えるに従って米国が勃興して来たのです。米国は星の国なのです。そうすると、星が過ぎると日が出るのです。之は天文学的に言っても良く分ります。月が無くなると真暗になり星が光る。そうして今度は日が出る。ですから「星」という字は「日が生まれる」と書いてある。米国は日本の日の系統を生んだわけです。米国が日本を開国した為に、徳川というものは没落したのです。そうして日の系統である天皇の方が天下を治めたという事です。処で之が、この形が宗教的に現われている。というのは一番面白いのは、今何処の宗教でもみんな病院を造り始めている。天理教なんかでも病院を作り始めているのです。それから人の道――PL教団でも、日蓮宗の「霊友会」の一派で最近非常に有名になって来た「立正交(佼?)成会」でも立派な病院を作っている。理想的な病院だと、非常に自慢している。これらも、以前は医学が駄目だとか薬が駄目だとか言っていた宗教ですが、今はみんな病院を拵えている。今度聞いた話ですが、「人の道」の教祖の御木徳一という人の時に――二十年前ですが、其時に信者になった中々有力な人で、金なんかも大変に寄附したらしいですが、其当時に医者や薬はいかんと(や)められて、その通りにしていたら、間もなく自分は健康になって、今以って家族でもなんでも医者にかゝらないで、非常に健康を維持している。処が最近病院を作った。自分は何処迄も、病気は信仰で治すべきものと思っているので、病院を作った「人の道」が頼りにならない。そこで今度は、医者に頼らない宗教で、信仰で病気を治すというものを見附け始めた処が、メシヤ教より他にない。そこでメシヤ教に入りたいからと、或る支部に尋ねたというのです。ですから其人の話に依っても、医者を否定する宗教はメシヤ教丈という事になる。私が「大本教」に入った動機というのは、医学の間違った事を知ってからですが、お筆先に斯ういうのがある。「外国から渡りて来た、毒にはなっても薬にはならぬ。ヤクザな物に高い金を払って身体を濁らす馬鹿な人民ばかり、神も困るぞよ」というのがある。そこで私も驚いた。その頃薬は毒だという人は無いのです。それがちゃんとお筆先にある。之は大変だと、大本教に入った一番の魅力だったのです。大本教もそれ程医学を否定して、あの時分にやっていたのです。処が此間大本教の古い人が来たのですが、真青な顔をして来た。「何うした、あなたは薬を飲んでいるだろう」と言ったら「漢方薬をやってます」と言う。ですから皆医者にかゝったり薬を飲んでいるのです。以前は人の道なんかでも、「オフリカエ」で非常に良く治ったのです。それが治らないから病院を作るのですが、何うして治らなくなったかという事は、今迄の宗教は全部月の系統の宗教なのです。その親玉は「天理教」です。天理教の神様が月の系統の神様です。天理王尊というのは相応した名前です。他の色んな八柱の神という神様がありますが、あれは月の系統の神様です。天理教に古くから会があります。月日会というのがある。私は可笑しいと思うが、日月会としたら良いだろうと思います。今でもあります。それからもう一つは、天理教の標語に「一列揃って甘露台に」とあるが、甘露台という事は月の甘露です。それから、以前は甘露台と言うと、燈台みたいな物を作って、入物は皮か何かを置いて、其処に月の夜に露を溜める。それを甘露と言って大変喜び、病気の時にそれを一滴位飲むと非常に良く治った。ですから月の系統という事は良く分ります。処が昼の世界になるに就いて、さっき言った通り明治時代になって霊界の――八衢(やちまた)の前――八衢は三段になっており、天国も三段になってますが、言わば第三天国の処に黎明になった。之は私の本に書いてある通り、昭和六年六月十五日に房州の日本寺に行った時が現界の黎明になったわけです。そうして段々日が出て来る――つまり浄化が強くなって来る。火素が増えて来る。そうして昼間になって来ると、月の光というものは段々消えて来るのです。ですから月の光で治った力が、段々無くなって来て、今は何の宗教でも病気は治らないのです。仕方なしに病院を作るという事になる。処がメシヤ教の方はそれと反対です。毎年段々治って来るのです。之はあなた方が浄霊すれば分りますが、日に月に治り方が強くなって来るのです。ですから之が段々進むと、愈々月の系統の方は、全く治らなくなって来ます。段々そうなって来てますが、一層治らなくなると共に、日の火素の方が強くなって来るに従って浄化が強くなって来ます。そこで月の方は――医学も月の方ですから、固めるというのですから――。以前よく手の平療法とか色々な療法がありましたが、それは相当効目があるのです。治るのです。然しそれはみんな固め療法です。そして固め療法の親方が医学です。薬で固めるのですから――。処が段々火素が増えるに従って固め療法が固まらなくなって来た。之は医学の方でよく現われている。此頃、先には良く効いたが此頃効かなくなったという事が非常に増えて来た。先に、ヒドラジットはアメリカで良く効いたのです。処がアメリカの方は火素が弱いのです。日本から日が出るから日本の方が浄化力が強いのです。そういう訳ですから、ヒドラジットが日本に来たら固める力が弱くなるから効かないのです。二、三日前の新聞に、今迄の試験では一番大袈裟にやった様に書いてありますが、効いた人が三割だと言うのです。三割効いたと言った処で、一時的なものですから、又幾月か経つと(もと)木阿弥(もくあみ)になるから、結局一人も効かないという事になります。ですからそういう工合に益々火素が増えつゝあるという事ははっきり分るのです。何にでも現われている。此頃お医者さんの方でも首をひねって来たのが随分あります。メシヤ教は病気が良く治るという事でも、医学界の方にも大分知れて来た様です。之は当り前の話ですが、喜ばしい話です。そんな様で段々それが著しくなって来て、終いには注射すると即座に死ぬという事になります。それで始めて、医学はもう駄目だ。では何か他にないかという事になると、メシヤ教は先から斯ういう事を言っていた。それではメシヤ教を研究してみよう、という事にならない事もありません。それからがこっちの出場の舞台になります。みんな鼻をオヤカしておいて――。今に引張ダコにされるでしょう。それ迄我慢して楽しみにしている事です。あまり長くなるから、その話はその位にして――。

 之は一寸面白い論文です。

 御論文「美術品の集まる理由」   【註 栄光一七七号】

美術品の集る理由

(栄光一七七号)

 箱根美術館を見た人は分るであろうが、容易に手に入らないような物が豊富に(あつま)っているので、驚かない者は殆んどないのである。これについて最初からの経路をかいてみるが、先ず買始めたのが終戦直後からであった。何しろ日本は嘗てない世の中の変り方で、誰も知る如く、一挙に貴族、富豪、大名、財閥(ざいばつ)等残らずと言いたい程、特権階級の転落となったので、忽ち経済的苦境に陥り、先祖伝来大切に秘蔵してあった書画骨董類(こっとうるい)を手放さない訳にはゆかなくなった事である。従って珍什名器は随分出たと共に、値段も安かった。

 (かて)て加えて巨額な財産税を課せられたので、どうしても手放さなければならない窮地に追込められ、泣く泣く売払ったのであるから、余りの気の毒に私は同情に堪えなかったのである。そうかといって売らなければ追っ附かないから、私は買いつつも助ける気持も手伝った位である。という訳で、私は値切らず殆んど言い値で買ったものである。併し欲張り道具屋の暴利だけは加減したのは勿論である。その様にしてボツボツ集るには集ったが、いつもいう通り私は若い頃から美術が好きではあったが、鑑識(かんしき)の点は無論素人の域を脱していなかったと共に、買った経験もないので、相場も分らず、只見て気に入った物だけを買ったのである。処がその方針が当ったとみえて、全部と言いたい程買損いがなかった。

 これは美術館を見た専門的知識のある人は、御世辞でなく褒めている。今迄どんな美術館を見ても、如何(いかが)わしい物は相当あるものだが、この美術館は屑がない、逸品揃いだと言うのである。先頃来られたニューヨーク・メトロポリタン博物館、東洋美術部長プリースト氏なども、この点特に褒め讃えていた。そうこうしている内大分品物も集り、私も段々目が利く様になったので、何れは美術館を造らねばならないと思いはじめたのが、忘れもしない三年前位であった。それから不思議にもその目的に合ったものが予想外に集って来たので、愈々神様が美術館建設に力を注ぎはじめたことがハッキリ分ったのである。それについての奇蹟(きせき)は余りに多いので、一々はかけないから、その中の著しいものだけかいてみよう。

 最初の頃であった。或蒔絵(まきえ)専門の道具屋が、不思議と思う程上等な蒔絵物を次から次へと持って来るので、私も驚いたと共に道具屋も実に不思議だといったものである。然も時も時とて非常によいものが驚く程の安価で手に入ったもので、先ず今日の相場から言えば、少くとも数倍以上は違うのである。今美術館に並んでいる蒔絵物がそれで、あれだけの品物が僅か半年位で集ったのである。特に稀世の名人(しら)山松(やましょう)(さい)の物なども、現在並べてあるのが二点であるが、まだ数点は(しま)ってあるから、何れは並べるつもりである。何しろこの人の作品は今日殆んど売物には出ない位で、如何に品物の少いことと、所持者が珍重して手放さないことが分るのである。

 又私が以前から好きなのは、琳派物(りんぱもの)と仁清の陶器であったがこれ等も時の経つに従い段々高くなるばかりで、近来売物殆んど影を没してしまい、希望者は歎声を漏らしているそうだ。処が終戦直後のドサクサ紛れで、値も頗る安く、相当数手に入ったので、全く神様の力である事がよく分るのである。そんな訳で私が是非欲しいと思う物、美術館になくてはならないという物は必ず手に入る。その都度道具屋は、不思議だ奇蹟だという。それについてこういうことがあった。私は広重(ひろしげ)の有名な東海道五十三次の初版のものが欲しかった処、或版画専門の道具屋が来て、広重物など見せたので、私は初版の五十三次ならいつでも買うと言ってやった処、その翌日持って来たので驚いた。すると彼曰く〝こんな不思議なことはありません。昨日帰宅するや或人が昨日のお話通りのものを持って来たので吃驚しました。私は四十年前から心掛けておったのですが、昨日帰宅するやそれを売りに来たのですから、どう考えても分らない〟というので、私も余りの奇蹟に感激したのは勿論であった。よく見ると、これは有名な某大大名の秘蔵していたもので、先祖が作ったとかで、その立派な画帖にも二度吃驚したのである。且つ値段も非常に安く喜んだのである。

 次に支那陶器であるが、私は以前から全然趣味(しゅみ)もなく、鑑識もなかった処、美術館としてはどうしても必要と思った処、それから間もなく方々から集って来た。今並べてあるものがそれだが、何しろ約一年位で(あつ)めたので、これを知った誰もは本当に思わない。然も初めは全然目が利かず、道具屋の説明や自分の六感で選んだのだが、今日専門家は、よくこんな良い物がこれ程沢山集ったものだと感心している。という訳で、いつも乍ら御守護の偉大さは何ともいえないのである。まだ色々あるが後は想像して貰いたい。

 そこでこの奇蹟は何がためかということを茲にかいてみるが、これこそ霊界においてその作者は勿論、愛玩(あいがん)していた人、その品物に関係のあった人等の霊が、大いに手柄を立てたいと思い、適当の順序を経て私の手に入るように仕向けるのである。何故なればその功績によって救われ、階級も上るからである。言うまでもなく僅かの期間でこれ程の美術館が出来たというのも全く右の理由によるのである。考えてもみるがいい、今日まで財閥富豪が一世一代掛って漸く出来る位の美術館が、瞬く間に出来たとしたら、到底人間業でない事が誰が目にも映るであろう。

 二年前に初版でない再版物の広重の五十三次を持って来た道具屋がありますが、それは普通の道具屋です。それが二、三年後に本当の初版物が再版物よりずっと安値ですから喫(吃?)驚しました。

 

 

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