つい四、五日前信者の小川菊蔵という有名な人で、自動車の方では一方の存在とされている人ですが、世界中を三カ月ばかり廻って来たのです。其の人に会って、あっちの事情を良く聞いてみますと、日本で想像していたのとは余程異う点があるのです。その異う点だけを一寸話しておいても参考になると思います。最初英国の方からドイツに廻って、それからフランスに行ったのですが、フランスは美術的にはあらゆる点に於て、確かに値打があるそうです。確かにヨーロッパの美術国だ、という事が分ったそうです。それからイタリヤに行ったそうですが、イタリヤに行くとフランス処ではないのです。イタリヤの方はフランスより、未だずっと上だというのです。それはイタリヤの方が古い為もあると思いますが、絵画、彫刻は想像してもイタリヤの方が上かも知れないと思われます。日本で言うとイタリヤの美術品は奈良朝時代の美術の様なもの――奈良朝から藤原時代の様なものでしょう。フランスの方は桃山から元禄といった様な風でしょう。一寸見た所は非常に絢爛たるものですが、やはりイタリヤの方が古いのと、もう一つはイタリヤは宗教関係が多いです。ですからやはりフランスより上になるわけです。丁度京都がフランスとすると、イタリヤは奈良といった様な意味かも知れません。だからイタリヤの美術を大いに研究する必要がある、という様な事を言ってました。そうして然も最近に至って非常にイタリヤが復興して来たのです。私は世界の建築は、毎月新しい建築雑誌をとってますが、今迄で一番感心したのはローマの停車場です。之は去年出来たのです。今迄のコルベジュエ(コルビュジエ?)式は世界中の色々な写真で見ましたが大して感心した事はないが、去年出来たローマのステーションは感心しました。私が拵えれば丁度そういうものを拵えると思って、ピッタリしたのです。私がそれを褒めた処が小川さんも、自分もヨーロッパからアメリカの方を見たが、やはりローマのステーションが一番印象に残っていると言われてました。そんな様でイタリヤは非常に変って来たそうです。先にはイタリヤというと、乞食の多い国の様に思っていたのです。よく町を歩いたりすると、非常に汚い服装をしたり、憐を乞う様なものが沢山あったという事を書物で読みましたが、今度行ってみるとそういう事はないそうです。それで町も清潔になって、新しい建築もドンドン出来ている。それで国民も非常に文化的で、一種の溌溂たる意気があるそうです。私も此頃イタリヤを注目しているのですが、兎に角今の総理大臣が余程偉いのか何か、大分変って来ました。それから西ドイツですが、あれが大変でドイツ債権の意気込は凄いそうです。電車や何かに乗っても、切符の外に決って五円づつ、切符代と共に一つの奉仕金といった様なものを出すそうです。それは何だというと、ドイツ復興の為の色々な資金だそうです。国民が自発的にそういう寄附をしているのです。ですから日本と較べると、とても日本は仕様がないのです。そういった様な意気は日本には見られないと言うのです。只みんなずるい事をしたり、誤魔化したり、そういう事をしてうまくやっていこうという気風が漲っている。だから今のドイツ、イタリヤなどを見て来ると、とても歯痒い、何とかしなければならない、という様な事を言ってました。それからイタリヤはファッショが大分興って来たそうです。今ではムッソリーニを神様の様に崇拝しているそうです。それでムッソリーニの家族が居るそうですが、そういうのは非常に人民が優遇して、大変世話をしているそうです。ムッソリーニは偉いのだ、只戦争をしたから間違っている、という意味で日本が東條を恨む様な、そういうものは少しもないそうです。それからドイツでも、やっぱりヒットラーを非常に崇拝しているそうです。ヒットラーは偉いのとドイツの為に非常に功績を残した。やっぱり戦争をした為にあゝなった。というので、良い悪いは実にはっきり見ているそうです。只、ヒットラーを崇める様な事を言うと、米国や英国が煩いから表面には現わさないそうですが、国民の腹の中は――そういう国民感情になっているそうです。私なんかも、当時非常に感心した事は、最初ヒットラーがドイツから偉く仰がれたのは、失業救済です。第一回の欧州戦争の後、非常にドイツが疲弊して失業者が多いので、それを救済する為にヒットラー道路というのを作りました。ドイツを縦貫して一直線に作ったのですが、あの道路を作るには失業者をみんな使って、それに依って失業者は救われるし、道路が良くなった。今道路が一番良いのはドイツだそうです。アメリカより良いそうです。何しろヒットラー道路は一時間は百五〇キロで走れるそうです。アメリカにもそれ丈の道路はないそうです。私は先から思っていたのは、日本でも真中にそういう道路を作ってやると日本の交通は素晴しいものになります。私が総理大臣ならそうやります。それから私が総理大臣だとすると、日本位無駄な役人というのはないですから、之を半分にして了います。つまり官吏が多すぎる為に仕事に果がいかないのです。あれは人間が多いと果がいかないのです。むしろ少いと能率が上るものです。そうして救済事業を沢山拵えて日本の道路を良くする。そうすると日本の交通は素晴しくなります。兎に角日本位道路の悪い国は、世界で一番です。殊に此頃バスが盛んになりまして、観光バスが熱海、小田原間を通る道等というのは実に狭いです。一昨日私は鎌倉に行って小田原と熱海間のそれを通った時に、何しろ日曜の夕方でしたから、熱海から帰る人が沢山あるので、其バスが後から後から来て、其度に止ったり後退するのです。其為に丁度かれこれ二十分か三十分以上余計にかゝりました。ですから普通小田原から熱海迄は一時間ですが、約一時間半位かゝり、驚いて了いました。道路も、有料道路を作るという計画があってチビチビ始めてますが、兎に角日本はしみったれなやり方ですから、予算が何うだとか言って思い切った事をやらないのです。道路さえ良くすれば小田原、熱海間は三十分で行きます。そうすると普通一時間かゝるのが半分で済みます。それが日曜などというとあべこべにもう三十分余計かゝるという事になる。実に野蕃(蛮?)極まるのです。そういう点なんかも、今のヨーロッパの話を聞くと情ない様な気がします。
それから最近のアメリカの話を聞きましたが、それは成程大きな建物や機械的には便利だそうですが、面白くないそうです。楽しむとか、そういう気分は起こらないそうです。只仕事本位という様な工合で、さっぱり面白くないという様な事を言ってました。
それから英国は或る点は非常に良いそうです。というのは古いですから非常に伝統を重んじてますが、併し今はあらゆるものが非常に不足してますから、そこで経済的方策を採っている。ですからロンドンなどにはあまり流線型の自動車は走ってないそうです。十年も二十年も前の古い自動車が多いそうです。それで調べてみると機械は良いそうです。機会はアメリカ、イギリスでも出来ますし、アメリカの最新式のもありますからそれを使ってますが、箱は経済的に扱っている。だから日本なんかの方がずっと新しいそうです。兎に角日本は見栄坊で虚栄心が強いから、そういう点は思い切ってすばしこく、体裁を作るのです。それで英国は非常に疲弊している。疲弊しているという事は私は先から言っているのです。労働党内閣が出て社会主義政策をやったのですが、社会主義政策をやったら国は衰えるに決っているのです。優勝劣敗というものを無くして、怠る者も働く者も同じ様に扱うという、要するに公平にして不公平です。だから不公平が公平で、公平が不公平という事は世の中には沢山あります。社会主義政策も或る程度は仕方がないか(が?)、社会主義的にしたら国は衰えるばかりです。で、英国の労働党の政策は、凡てを官営にしたのです。私営を非常に少くして、大きな産業はみんな官営にしたのです。あれを打擲らかして置くと、もっとあらゆるもの――製鉄も官営にしたのです。チャーチルが出て止めたのですが、あれで英国は助かったのです。それでそういう事が明らかです。日本も社会党が今度の選挙で先よりか投票が増えましたが、日本人は丸っきりそういう事は無関心です。只つまらない宣伝に乗ったりして、それに乗って社会党の左派やあゝいうのに投票を入れたりするが、実に情ないものです。社会党左派というのは共産党です。共産党と内通してやっているのですから、要するに合法的共産党です。斯ういう話をすると政治論の様になりますから、この位にして置きます。
今度の「アメリカを救う」という本は出来ましたが、翻訳の関係上何うしても今日迄に仕上げなければならないというので、半月ばかりで拵えて了ったのです。だから随分骨が折れました。翻訳する人は一番上手いのだそうですが、何うしても今日迄にやって後半月で翻訳しようという予定で今日迄に書上げたのです。最初は理論的に書いて、それからアメリカの報告の統計を書いて、それから一つ一つの病気を説明して、それから病気に対する実例、つまり御蔭話を多いのは六例、それは多い病気にです。そうでない病気は三例の御蔭話を附けて、それを一冊にしたのです。今最初の理論丈を読ませますが、之は急いでやりましたが何しろアメリカの大統領始め識者や医者、そういう方面に出すのですから、余程考えて入念にやらなければならないから、心血をそゝいで書いたのです。
御論文 アメリカを救う〔序論〕
序論
『アメリカを救う』より
今回本教信者立松文二君が、米国ノートルディム大学(カソリック系)に留学、一カ年を経た最近一先ず帰朝したので、予て依頼してあった現在米国に於ける主なる病気の統計を精査記録したものを持って来たので、私は一見するや愕然としたのである。それは同国に於ける驚くべき病者の氾濫であって、全く私の説を立証して余りあるからである。そうして今日日本人の誰もが思っている事は、つい最近迄世界医学の覇権を握っていた彼の独逸を凌駕して、隆々たる今日の米国医学の事であるから、定めし素晴しい成果を挙げているに相違あるまいと共に、私もそう思っていた処、事実は余りに裏切られており、その悲惨なる現状には、到底見るに忍びないものがある。従って今後もこの趨勢が続くとしたら、この恐るべき状態は益々深刻の度を加え、何れは国を挙げての一大危機に直面する日の来ないと誰か言い得るであろう。
しかも米国が現在国を挙げてその対策に腐心し努力しつつある彼のソ連の軍備と、共産主義の驚異であるが、これも重大には違いないが、それとは別な意味でのこの健康問題に至っては、寧ろそれ以上の重大性があろう。何となれば共産主義が如何に侵略の爪を伸ばすと雖も、自由主義国家群の連合によって、軍備を充実すれば防止出来ない事はないが、この方はそうはゆかない。何故なれば現代医学の余りにも無力であるからで、まだその原因すら分っていないばかりか、仮令分っても解決の手段は絶対あり得ないからである。としたら前途は全く暗黒の一語に尽きるであろう。これを吾々からみれば現代医学そのものに、恐るべき一大欠陥が伏在している事である。にも拘わらず全然それに気が附かず、寧ろ反対な方向に進んでいるのである。それは左記の統計を見れば分る通り、年を経る毎に加速度的に、凡ゆる病気が殖えつつある現状で、若しもこの儘としたら、向後一世紀を出でずして今日の強大な米国と雖も、急速度に衰退の止むなきに至るのは断言出来るのである。その例として現在ヨーロッパに於ける高度の文明国家としての彼の英仏である。両国近来の衰え振りはどうであろうか。彼のトラファルガー戦争時代の英国といい、ナポレオン戦争時代の仏国といい、その国民の元気を今日と較べたら、余りの異いさに驚かざるを得ないのである。この原因こそ全く誤れる医学の結果に外ならない事は、以下の解説によって判る筈である。
そうして今私は世界の文明各国を見渡した処、兎も角キリスト教を以て立国の方針となし、一般国民は神を信じ、正義の行われている国としては、先ず米国を以て第一とせねばなるまい。それが米国繁栄の礎でもあり、今日の如き偉大なる国家となった原動力でもあろう。という意味に於て今日世界の平和を維持出来る力をもつ国としたら、同国を措いて他にない事は言う迄もない。この意味に於て何よりも先ずこの国の国民の健康をよりよくする事こそ焦眉の急であり、世界の平和と人類の幸福に対する最大條件であろう。従って私は一日も速かに同国に於ける病気蔓延の趨勢を食止めると共に、尚進んで病なき米国たらしめるべく、先ずこの著によって自覚を促さんとするのである。そこで私は統計の順に一々の病気について、その原因と治す手段と、予防方法と、治病実績とを詳しくかいて英文に訳し、大統領始め会う方面の識者、医事関係者に頒布するのである。
処で日本についても言いたい事は、米国医学が如上の如き真相であるに拘わらず、今日最も進歩せる医学と過信し、これを採入れようとしているのであるから、実に恐るべき迷妄である。これも全く唯物科学心酔の結果、米国医学の外形的進歩に幻惑されたからであろうが、これを考えれば日本も米国と同様洵に危い哉である。故に日本の当事者もこの著を読んで、速かに目醒られん事を望むのである。最後に一言したい事は医学が進歩する程病人が増えるという厳たる事実は、現在米国が遺憾なく全世界に示している事である。
御論文 アメリカを救う〔病気とは何ぞや〕 【註 栄光一七九号】
病気とは何ぞや
(栄光一七九号/『アメリカを救う』とは少し異なる)
序論にもある通り、現在米国に於ける病気の漸増は何が為であるかを、その根本から説いてみるが、先ず病気なるものの発生原因であるが、驚く勿れ病気というものは医療が作るのであって、特に薬剤がその中心をなしているという事実である。つまり病気を治し、病人を減らそうとするその方法が、反対に病気を治さないようにし、増やしているという、到底信じられない程の迷妄である。そうしてこれは説明の要のない程明らかであるに拘わらず、それに気が附かないのであるから、全く二十世紀の謎といってもよかろう。それ処か益々医学に信頼し、これを進歩させれば病気は解決出来るものと固く信じているのである。ではその様な不可解な原因は何処にあるかというと、それは医学の考え方が逆になっており、病気を以て悪い意味に解釈しているからである。それをこれから徹底的に解説してみよう。
本来人間なるものは、生まれ乍らにして例外なく先天性毒素と、後天性毒素とを保有している。先天性毒素とは無論親からの遺伝であり、後天性毒素とは生まれてから体内へ入れた薬毒である。というと何人も意外に思うであろう。何となれば昔から薬は病気を治すもの、健康を補うものとの観念が常識となっていて、良い薬さえ出来れば病気は解決するものと信じ、それを医療の主眼としているからである。特に米国は薬に最も重点を置き、新薬発見に非常な努力を払っているのは誰も知る通りである。故にもし薬で病気が治るとしたら、病気は漸次減らなければならない筈であるのに、逆に益々増えるのはどうした訳か、これ程理屈に合わない話はあるまい。元来薬というものは、地球上只の一つもないのであって、悉く毒物であり、毒だから効くのである。それはどういう意味かというと、薬という毒の作用によって病気症状が減るから治るように見えるので、実は治るのではないのである。
では薬が何故毒物であるかというと、抑々人間が口へ入れるものとしては、造物主が人間を造ると同時に生を営むべく用意されたのが食物である。そうして食物にも人間が食うべきものと、食うべからざるものとは自ら別けられている。即ち食うべきものには味を含ませ、人間には味覚を与えられているのであるから、人間は食いたいものを楽しんで食えば、それで栄養は充分摂れるので、これだけを考えても造物主の周到なるは分る筈である。この意味に於て生きんが為に食物を摂るというよりも、食物を摂る事によって生きてゆけるので、丁度生殖と同様、子を得る目的で男女が営むのではなく、別の目的の営みで偶然子は授かるのであるから、神秘極まるものである。
右の如く人間の体内機能は、食物として定められた物以外の異物は、完全に処理出来ないようになっているので、薬は異物である以上、含まれている栄養分だけは吸収されるが他は体内に残ってしまう。これが薬毒であって、しかも厄介な事にはこれが各局部に集溜し、時の経つにつれて固結してしまう。その集溜個所としては神経を使う処に限られている。神経を使う処といえば、勿論上半身特に首から上で、頭脳を中心とし眼、耳、鼻、口等であるから、其処を目掛けて毒素は集中せんとし、一旦頸の周りに固結する。如何なる人でも頸の周り、肩の辺に必ず固結をみるであろう。これが凝りであって、或程度に達するや自然排泄作用即ち浄化作用が発生する。その場合発熱によって毒結は溶けて液体となり、咳、痰、鼻汁、汗、下痢、熱尿等になって排除されようとする。これを名附けて感冒というのである。
故に感冒とは毒素排除の過程であるから、少し苦しいが我慢して自然に委せておけば順調に排泄され、体内は清浄化し、治るという実に結構なものであるから、感冒とは全く簡易な生理作用で、神の摂理であるから、大いに感謝すべきであるに拘わらず、それを知らない人間は、この浄化の苦痛を反って悪い意味に解釈し、これを止めるべく考え出したものが医療であるから、如何に間違っているかが分るであろう。そうしてこの浄化作用なるものは、人体の活力が旺盛であればある程起り易いので、これを停めるには人体の活力を弱らせるに限る。そこで薬と称する毒を用いたのである。昔から草根木皮、鉱物、動物の臓器等から探り出し、煎じたり、粉末にしたり、抽出したりして水薬、丸薬、塗布薬、注射薬等色々な形にして、浄化停止に応用したのである。それには毒が強いと生命に関わるから、微弱にして少しずつのませる。この為一日何回などと分量を決めたので、よく効く薬とは中毒を起さない程度に毒を強めたものである。
このように薬毒を以て溶解排除せんとする毒素を固めて来たので、今日の人間が如何に有毒者であり、病気が起り易くなっているかは、近来予防衛生などと喧しく言ったり、感冒を恐れるのもその為である。又人間の寿命にしても六十余歳となったといって喜んでいるが、これも大変な誤りである。というのは人間病さえなければ百歳以上は楽に生きられるのに、百歳以下で死ぬのは病による不自然死の為で、無病となれば自然死となる以上、長生するのは当然である。右の如く医療とは病を治すものではなく、一時的苦痛緩和手段で、その為の絶対安静、湿布、塗布薬、氷冷、電気、光線療法等々、凡ての療法は固め手段ならざるはないのである。その中に一、二異うのは灸点と温熱方法であるが、これも一時的熱の刺戟によって、その個所へ毒素を誘導させるので楽にはなるが、時間が経てば元通りになるから何にもならないし、又ラジウム放射で癌を破壊する方法もあるが、これも癌だけの破壊なら結構だが、実は組織をも破壊してしまうから、差引プラスよりマイナスの方が多い訳である。
以上の如く現在迄の療法という療法は、徹頭徹尾固め方法であって、治す方法とは毒素を溶かして排除させる以外決してないのである。何よりも医師は〝治す〟とは言わない。〝固める〟というにみて明らかである。しかも固め方法の内最も有効なものが薬であり、その薬が病原を作るのであるから、医療を受ける程余病が発り易く、悪化するのは当然である。その結果遂に生命の危険にまで及ぶのである。それについてこういう事がある。治そうとして熱心に高貴薬など用いる患者程成績が悪く、その反対にどうでもいいと思う患者程治りがいいという話は、医師からよく聞く処である。又衛生に注意する者程弱く、無頓着の者程健康である事や、医師の家族や病院の看護婦などが多病であるのもよく聞く処である。面白い事には稀な健康者、長寿者に訊いてみると、「自分は病気した事がないから、医師や薬の厄介になった事はない」などというが、吾々からみればそれだから健康であり、健康だからそうであるので、この点大いに味わうべきである。
今米国で一番困っているのは癌ですが、癌は非常に簡単なものです。その説明を一寸読ませます。
御論文〔癌〕
癌
(『アメリカを救う』より)
この病気は肉食病といってもいい位のもので、これを根本的に説明してみると、最初造物主は人間を造った時、その食物としては穀類、野菜、獣鳥肉、魚肉等夫々人体に適合した物を造られ、それを食う事によって、健康で生を営み得るようにされたのである。勿論住んでいる風土、気候や、人種別にも適応するようになっているのは勿論で、それが自然である。従って米国に於ける大いなる沃野と、そこに生産する穀類、野菜、獣鳥肉等が豊富であるのも植物性と動物性食物を適当に食えという訳である。又日本は陸地が狭く、海に取り巻かれているのは、魚肉を多く食えというのである。
処がその様な自然の実体を、科学という魔法使が打ち壊してしまい、人体を単なる物質扱いにした結果形而下的には進歩発達はしたが、形而上の存在である人間の生命迄も形而下に引き下し、栄養学などという飛んでもない学問を作り、皮相なる分析上から獣肉を推奨したのであるから、今日の如く肉食過多に陥ったのである。処が元来獣肉には一種の毒素が含まれており、この毒素が漸次集積し固結したものが真症癌であるから、自然はこの肉毒中和の必要からも野菜があるので、穀類は別とし副食物としては相当量野菜を交ぜなくてはならないのである。そうすれば決して癌は発生しない。としたら米国などは肉と野菜と半々位が丁度いい訳である。何よりも菜食多量の民族には癌はない筈である。近来日本に於ても癌はあるにはあるが、米国とは比較にならない程少数であるのは、全く日本は生活が低く、肉食が少ないからである。
次に注意したい事は、単に癌といっても真症と擬似との別がある。即ち右にかいたのは真症であるが、実は擬似の方がズッと多く、この点日本も米国も大差ないであろう。この擬似癌の原因は、無論悪性な薬毒の一種であるから、薬を廃止する事によって無くなるのは勿論、罹病の場合薬を廃め菜食を多くすれば長くは掛かるが少しずつ治ってゆくから、左程心配はない訳である。
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