秩父宮様がお亡くなりになった事について思い出される事は、私は確か二度か三度頼まれた事があるのです。それで一度は話がほとんど決まったのですが、フッと消えてしまったのです。それはああいう人は周囲がなかなか警戒してますから、医学以外の事はよほど慎重にやるのです。ですから私は大抵駄目だと思ったのですが、やっぱり駄目でした。だからああいう身分のある人は、命の方から言うと不仕合せです。助かるものが助からないということになるのです。それであの病気は最初太平洋戦争前でしたか、結核ではないのですが結核だという事になって、薬を相当のまれたのです。それは最初膵臓の所に溜っていたのです。それで膵臓の表面に溜って圧迫されると糖尿病が起りますから、軽い糖尿病が起って来たのです。それで薬をのんでいると右の方に固まって来たのです。そうするとそれは肝臓を圧迫するから胆嚢から胆汁が出るというので、こんどは肝臓癌から潜在性黄疸という事になってますから、薬毒でつくられた病気です。ですから西洋医学には限らないが、今までの医学というものは大変な罪悪なのです。助かる命を一生懸命に殺してしまうのですから、これほど恐ろしいものはないでしょう。私は前に論文を書いた事がありますが、出そうと思ったがどうも酷すぎるのでやめましたが、それは「病気製造業兼官許殺人業」という標題です。それで統計をとってみると、その時分に医学で殺される者は一日に二千人くらいでした。ですからそれだけが殺戮されているのです。しかしこういう事を出すとあまりに酷すぎるからよしました。ですからそれを第一に助けなければならないというので、始終論文を書いたりいろいろ話をしたりしているのです。薬という毒ですから、今の人がみんな薬をのんでいるという事は、つまり自殺しているのです。しかし自殺しようとして自殺するのでなくて、助かろうと思って自殺するのですから、無知による自殺です。それから久彌宮様の妃殿下が神経痛で腕が悪くて、腕が動かないのですが、これも頼まれて行くばかりになっていたのですが、執事が私の身の上や、経歴を調べたところが、元大本教信者という事であった。ところがその時分に大本教は不敬罪でやられたのですから、これはとんでもない。大本教信者であったとすればこれはいかん、という事になった。それは警視庁の手を経て調べたのですが、紹介者は海軍大佐でしたが、その人が宮様の副官で信用されていたので、何日に行くという事までになったのです。そこは千葉県の木更津ですが、そういうわけでオジャンになったのです。そのくらいやかましいのです。そういう様で、偉い人というのは気の毒なものです。それから前の政友会の総裁の鈴木という人も体が悪くて、何日に行くという事に決まっていたのですが、何とか言う代議士が非常に反対して、これもオジャンになったのです。そういう事がときどきありました。秩父宮様で思い出したので話したのです。
それから浄霊について話したい事は、何時も力をぬけという事を言いますが、力をぬくというだけでは足りないのです。というのは、みんな「一生懸命に」やりますがそれがいけないのです。「一生懸命」にやるためにどうしても力が入るのです。ですから『なんだこんなもの、一生懸命にやってもしようがない、可哀相だからやってやれ』という様な、ばかにした様な気持でやるのです。ですから「一生懸命」にやるといけないのです。『ええい面倒くさいな』という気持だとよくなおります。これはおもしろいのです。だから一生懸命だとなおりが悪いのです。一生懸命にならないとなおりがいいのです。あべこべです。しかし神様にお願いするのは一生懸命でいいのです。『どうか楽にしてもらいたい、なおる様にしてもらいたい』といいのは結構ですが、浄霊の方は今言った様にごく軽い気持で、なおそうと思うのは結構ですが、なおそうと思うだけであって、手に力を入れたり、一生懸命な気持が浄霊の手の方にいってはいけないのです。浄霊は軽く何でもない気持でやるのです。試してごらんなさい、そうするとなおりがいいのです。
「アメリカを救う」という本は出来ましたが、今度書く本は、今度は日本人を救うというか、そういう様な意味でできるだけ分りやすく書きます。御蔭話のうちで、私が批評を加えたのがありますが、それが七、八十になりましたから、百になったらそれを附録にして、医学の間違いをできるだけ分かりやすく書いて出版しようと思ってます。その序文だけを書いたので今読ませます。本の名前は「医学革命の書」と言うのです。
御論文 医学革命の書〔序文〕
序文
(『医学革命の書』より)
凡そ人間としての最大欲求は、何といっても健康と長寿であろう。他の凡ゆる条件が具備しても之が得られないとしたら、何等意味をなさないのは今更言う迄もない。従って人間生の執着程強いものはなく、此執着から離れられないのが人間の特性である。といってもそれを免れる事の不可能なるが為、今日迄は諦めていたに過ぎないのであって、若此解決可能な方法が発見されたとしたら、之こそ人類にとっての最大福音であり、大問題である。処が喜ぶべし、その欲求は完全に達せられたのである。即ち凡ての病気は医され、天寿を全うし得るという実に驚くべき新医術が、私によって創造された事であって、此医術が普く世界に知れ渡るに於ては、既成医学は当然革命されなければならないと共に、人類の理想たる病なき世界は玆に実現するのである。そうして先ず現在に到る迄の医学の歴史からかいてみるが、抑々今日の医学なるものは、知らるる如く西暦紀元前、彼の有名な医聖ヒポクラテスによって創められ、その後欧羅巴に於ては医療以外、信仰、星占、霊療法等様々な治病法が現われ、東洋に於ては古代から神儒仏の信仰による医しの業をはじめ、易占、禁厭等の外、支那漢時代に到って漢方医術が生まれ、支那全土は固より、特に旺んに採入れられたのが我日本である。西洋医学渡来前までは、今日の西洋医学の如く漢方が一般に普及された事は衆知の通りである。
処が十八世紀後半に到って、俄然擡頭したのが科学である。之が素晴しい勢を以て欧羅巴全土は固より、世界各地に拡がり、遂に今日の如き科学万能時代が現出したのである。それというのも凡ゆるものが科学によって解決され、それ迄不可能とされていた凡ゆるものが可能となる等々、遂に絢爛たる近代文明が確立されたのである。従って此恩恵に浴した人類は、科学を以て無上のものと信じ、科学ならでは何事も解決出来ないとする一種の信仰的観念にまでなったのである。特に医学を以て科学中の最も重要な部門として扱われた結果、人間生命の鍵をも握って了った事は、恰度宗教信者が神に対する尊信帰依と同様で、他を顧りみる事さえ異端視せられるというようになり、世は滔々として科学信仰時代となったのは知る通りである。
之によって医学は客観的には驚くべき進歩発達を遂げ、人類の福祉は一歩一歩増進されるかに見えるが、一度冷静な眼を以てその内容を検討する時、之は又意外にも進歩処か、反って逆コースの道を盲目的に進んでいる有様であって、その迷蒙なるいうべき言葉はないのである。何よりも事実がよく示している。それは病気の種類は年々増え、罹病率も減る処か、益々増える一方である。その結果人間は常時病の不安に怯え、寿齢にしても一般人は六、七十歳が精々で、それ以上は不可能とされている。上代の文献にある如き、百歳以上などは昔の夢でしかない事になって了った。勿論百歳以下で死ぬのは悉く病の為であるから、言わば不自然死であるに反し、自然死なら百歳以上生きられるのが当然である。というように人間の健康は極めて低下したにも拘わらず、それに気付かず、遂に病と寿命のみは宿命的のものとして諦めて了ったのである。而もそれに拍車をかけたのが彼の宗教であって、それは斯う説いている。即ち死は不可抗力のものであるから、その諦めが真の悟りとして諭えたのである。彼の釈尊が唱えた生病老死の四苦の中に病を入れた事によってみても分るであろう。
そのような訳で現在の人類は、病の解決は医学の進歩による以外あり得ないとし、万一医療で治らない場合、止むなき運命と片付けて了う程に信頼しきったのである。処が之こそ驚くべき迷蒙である事を、私は神示によって知り得たのである。というのは医療は病を治すものではなく、反って病を作り悪化させ、遂に死にまで導くという到底信じられない程のマイナス的存在であるという事と併せて、凡ゆる病を治す力をも与えられたのであるから、之によって普く人類を救えとの神の大命であって、今日迄不可能と諦めていた夢が、現実となって此地上に現われたのである。現在私の弟子が日々何十万に上る病者を治しつつある事実によってみても、何等疑う処はあるまい。万一疑念のある人は、遠慮なく来って検討されん事である。
以上の如く此驚異的新医術の出現こそ、今日迄の如何なる発明発見と雖も比肩する事は不可能であろう。何しろ人類から病を無くし生命の延長も可能になったとしたら、彼のキリストの予言された天国の福音でなくて何であろう。之が世界に知れ渡るに於ては、一大センセーションを捲き起し、世界は百八十度の転換となるのは火を睹るよりも明かである。最近の大発見として世界に衝撃を与えた彼の原子科学にしても、之に比べたら問題にはなるまい。私は叫ぶ、最早人類最大の悩みである病は玆に完全に解決されたのである。故に此著を読んで信じ得られる人は天国の門に入ったのであり、之を信ぜず躊躇逡巡、何だ彼んだといって見過す人は、折角天の与えた幸福のチャンスを自ら逃して了い、何れは臍を噛む時の来るのは、断言して憚らないのである。
それから薬が病気をつくるという事ですが、そればかりでなく薬が悪をつくり不幸をつくるという事を書いてみました。これには不幸をつくるだけしか書いてありませんが、この次には薬が悪人をつくるという事を書きます。ですから悪人というのは薬でつくられるのですが、これも大発見です。それを今書いてますから、もうじき出来ます。
ですからあらゆる災も不幸も悪人も、ことごとく薬でつくられるのです。この薬がキリストの旧約聖書にある禁断の木の実です。ですから禁断の木の実は薬の事です。それを詳しく書きました。そうして神は悪をつくり不幸をつくり人間を弱らせて文化を進歩させたのです。これが根本的なものです。ところがキリストがそこまで説かなかったという事は、やっぱり時期の関係です。今の不幸のところだけを読ませます。
御論文〔薬が不幸を作る〕 【註 地上天国四十四号】
薬が不幸を作る
(地上天国四十四号)
薬については今まであらゆる角度から検討して来たが、薬と不幸の関係については、まだ余り詳しくかかないような気がするから、ここにかいてみるのである。そもそも人間の幸不幸の原因はどこにあるかというともちろん霊界にあるので、この事が充分判らなければならない。では霊界なるものの組織をかいてみるが、そもそも霊界は百八十段階の層になっており、これがまた上中下六十段ずつに分けられている。もちろん下段は地獄界、中段は中有界、上段は天国界となっており、右の六十段がまた上中下二十段ずつに分れており、そのまた二十段中でも上中下があるのである。という訳で単に地獄といっても、下段に行く程最も苦悩がはなはだしくなるのはもちろんで、最低地獄に至っては難病、飢餓、闘争等が極度になっている世界である。これを神道では根底の国といい、仏教では暗黒無明、極寒地獄といい、ダンテは煉獄といっている。しかしこれが漸次上段に昇るに従い段々緩和され、中有界に至って始めて普通の社会状態になる。つまりここは苦も中くらい、楽も中くらいというその名称通りである。ところがそこを上方に突破するや、ここに天国界に入るのであって、こここそ仏語にある極楽浄土であるから、病なく貧なく、飲食豊かに和気藹々とした幸福に充ちた世界である。
右のごとくであって、一般人の大部分は中有界に籍が置かれているのである。ところがそこは決して安心は出来ない、というのはその人の心と行い次第で上にも下にも行けるからである。だが多くは下に落ちるので現界もその通りである。以上現界と霊界との関係をザットかいたのであるが、いつもいうごとく万有の法則は霊主体従で、人間といえどもそうである以上、霊界における霊の地位いかんによって幸不幸が決まるのである。これが真理であるから、この事を知ってよく守りさえすれば、幸福者になるのも敢て難しい事ではない。という訳で現在いかに幸福と自分も思い、人に思われても霊界において天国に籍がなければ、その幸福は一時的で早晩在籍通りの地位に転落すると同様、現在いかに不幸であっても、その人が正しい信仰によって徳を施し、人を救うというように善事を行えば相応の地位に向上し、幸福者となるのである。
そうしてこの根本原因であるが、それは霊が下段に堕ちるのは霊に曇りが溜り、霊が重くなるからである。従って曇りが減る程軽くなり上昇するから、それに伴って幸福も増すのである。つまり人間の幸不幸は霊の曇りの多少によるのであるから、この原理を知っただけで、その人は最早幸福者の仲間に入った事になるのである。これこそ霊界における千古不滅の鉄則であるから信ずる外はない。
では曇りとは何かというと、昔から宗教では罪穢としているが、これは誰も知っているから説明の要はないが、それは表面だけの事であって、その奥の深いところに大きな原因があるのでこれが曇りの本元である。それは何かというと、これこそ世人が最も結構なものとして、昔から現在までも旺んに使用している彼の薬剤である。といったら何人も仰天するであろうが、私は神示によって知り得たのであるから、絶対信じて貰いたい。すなわち薬を体内に入れればその毒によって血液が濁る。血液が濁れば霊体一致の法則によって霊が曇るのである。ゆえに薬程恐るべきものはないのである。つまり薬で霊を曇らし、重くなって、霊界における地位が段々下降し地獄界に堕ちる。そこで相応の理によって醜悪な行いをする人間が増える結果、病貧争氾濫の苦の娑婆となったのである。
以上のごとく人間を不幸にする根本こそ薬剤であるとしたら、平和幸福の世界たらしむるには、何よりもまず世の中から薬剤を廃止する事で、ここに根本を開示して警告するのである。
だから浄霊というのは霊的には霊を浄める事ですが、体的に言うと薬を取る方法です。ですから除薬法と言ってもいいのです。薬はそれほど恐ろしいものです。けれども長い間一つの薬剤迷信に陥ってますから、なかなか信じにくいのです。信者になっても、相当期間はやはり薬迷信がぬけないものです。ですからこれからそういった事を大いに世の中の人に知らせ様と思っていろいろやっているのですが、こういう事も今度の本に出すつもりです。そういう様で、人間の体から薬さえぬけば元気になるばかりでなく、精神的にも非常によくなるのです。第一、薬がなくなって来ると、目付が違って来ます。気持がいいです。始終気のふさぐ人とか元気のない人というのは全部薬毒です。特に若い婦人などは薬を多く入れると、無論顔色は悪いですが、皮膚などは小じわが寄って年寄の様になります。ですから若いつやつやした血色はなくなってしまいます。薬をとるという事は最も効果のある美容法です。ところが今の人は薬をのんでいるので、第一顔色が悪いです。この人は薬毒が多いか少ないかは顔色を見るのが一番です。青い色をしたり、或いはどす黒い、暗い様な色をしている人は必ず薬毒が多いのです。ですから薬毒をうんと入れた今の婦人は顔色を悪くしているために、仕方なしに人為的にごまかさなければならないという事になって、そこで化粧品が売れるのです。大体本当に血液が綺麗になれば、そんなに化粧しなくても、皮膚も滑らかになって美しい顔色になるのです。だから救世教信者になると、女が一番気に病む顔の美しさが大変によくなるのです。ですから長く信者になっている婦人は非常に美しくなります。私は始終見てますが、前にはそうでもなかった人でも、この頃ばかに綺麗になっているな、とよく思います。これは全く血が綺麗になったためです。ですからそういう点の仕合せというものは違います。それに、第一感じがよくなります。ですから信者でない女を見たり口をきいたりしても、私は少しも魅力がありません。ですから信者の婦人は非常に感じがいいです。それは無論信仰のためもありますが、薬毒が減るという関係も大いにあります。ですから相手が婦人の場合には、宣伝の一つの道具として、それを大いに言っていいと思います。私は女にそういう事を言うのは、病気が健康になるというよりか魅力があるのではないかと思います。女にとっては顔の綺麗、きたない、という事は命以上ではないかと思います。化粧品の広告の様になりましたが、まあ信仰宣伝です。なんでも信者にさえなればいいんですから、それは大いに有効だと思います。
それからこの前に名人が失くなった理由という事で、俳優の事を書きましたが、その次に画家の名人が失くなったという事を書いたので今読ませます。
御論文〔名人の失くなった理由(二)〕 【註 栄光一九一号】
名人の失くなった理由(二)
(栄光一九一号)
次に今度は、美術界特に画家方面を書いてみよう。この方も近頃は名人と言われる人は殆んど失くなった。只僅かに玉堂、大観の両大家が残っている位である。勿論両画伯とても年が年だから、そう長くは期待出来ないから、日本画壇の前途を思う時、当分は寂しさが続くであろう。その他の有名画家にしても、ありの侭を書いてみれば、技術の方は益々円熟の境に達しているが、その反面洵に活気が乏しく、特に大家程その傾向が著しいようである。その中で、今日兎も角元気な人としては龍子画伯位であろう。という訳で、近頃の展覧会へ行っても、大いに引きつけられ印象に残るような作品は殆んどないと言ってよかろう。それにつけても思い出すのは、院展が出来てから後のアノ頃の華やかさである。何しろ次から次へと素晴しい傑作が出るので、展覧会開催の日が待ち遠しい位で、それを今日に比べるまでもなく、時代の推移として諦めるには余りに残念に堪えないので、寧ろ一面不思議とさえ思えるのである。そうして最も遺憾な点は、東洋画の生命である筆力の没却である。成程有線画も多少あるにはあるが、実に弱々しい細い線で、輪廓だけを後生大事に描き、そこへ絵具を塗るだけであるから、迫力もなければ深味もない。そこへゆくと、古人の名画に至っては、アノ味わいと言い、ボリュームの豊かさと言い、何とも言えない魅力があり、見ていて暫くは目が離せない程で、見終って軽い疲れさえ覚えるのである。これは多くの好事家も同様であろうが、全く芸術の匂いと、その高さである。
処が今日有名画家の絵としても、その弱さは丸で病人の絵を見るようで、その上塗抹絵と来ているから、尚更である。これこそ筆力が思うように出ないのと、画き損っても塗抹で直せるからであろう。近来油絵式が盛んになったのもその辺にあると、私は思っている。そうして近頃の展覧会を見て気の附く事は、大家の画も初心者の絵も、さ程違いのない事で、落款を見てそれと分る位である。というのは、考えるまでもなく大家と雖も油絵の模倣は初心者と同様であるからである。そこへゆくと、以前は一見して大家の作は直ぐ分る。断然光っているからで、この点から言っても今日の絵の真価が分るであろう。という訳で、近頃の展覧会を見終るや、失望、落胆、悲哀、忿怒、交々湧くのはどうしようもないので、折角楽しまんが為の当が外れて、苦しみのお土産を頂戴するわけである。以上は少し酷評すぎるかも知れないが、日本画の将来を思うとどうしても言わざるを得ないのである。では一体この原因は何処にあるかというと、私は真の原因を知っているから、次に詳しく書いてみよう。これに就いて前以て言いたい事は、支那の古名画であって、これは画家も好事家もよく知っている通り、特に宋元時代の画である。その中で傑出しているのは、何と言っても彼の牧谿と梁楷であろう。この両者に就いては、以前武者小路実篤氏が書いた事があるから、読んだ人は知っているだろうが、東洋画としての最高峰であり、神技と言っていい位で、見る度に頭が下るのである。その他としては、顔輝、馬遠、馬麟、高然暉、日観等であるが、右は何れも墨絵であって、彼の千の利休が茶会を催す毎に必ず墨蹟を掛けるが、絵としては牧谿だけだという事を何かの本で見た事がある。そうして、これ等の名画を見て最も驚く事は、その筆力の雄渾さである。この筆力こそ宋元画独特のもので、日本人は固より外国人も嘆賞措く能わざるものとしている。
そうして、日本でこの宋元画を学んで生まれたのが、彼の東山時代に於ける周文、蛇足、啓書記、雪舟、雪村等の逸才であって、この人達こそ日本絵画の祖と言ってもよかろう。併し乍ら宋元画に比べたら勿論遜色あるのは致し方ないとしても、その後に生まれた日本独自の絵画こそ特筆すべきものである。即ち仏画、土佐派、琳派、大和絵、浮世絵等がそれであって、これだけは日本絵画芸術の為大いに気を吐いており、世界に光っているのは、誰も知る通りである。次に明治以後も相当巨匠が現われたが、何と言っても琳派を骨子とし、西洋画のいい処を採入れて成功した美術院派と、今一つは稀世の天才栖鳳を中心とした京都派であろう。この二者によって、それ迄長夜の夢を貪って、旧態依然たる日本画壇に一新生命を吹込んだのは確かで、その功績は高く買ってよかろう。その後戦争の影響によって、暫くは沈黙状態であったのが、国の復興と相俟って漸く動き始めたので喜んでいた処、意外にも前記のごとしとすれば、私は長大息せざるを得ないのである。嗚呼一千年以上に及んで積上げて来た日本画の美の殿堂が、今や揺ぎ始めたのである。然もその跡へ打樹てられようとしているのが泰西の殿堂であるとしたら、事は頗る重大である。尤も、日本画も相当以前からこの傾向はあるにはあったが、これは新しい時代芸術を生む温床として、私は良い意味に解釈して来たが、何ぞ知らん、いつの間にか裏切られ、プラスと思っていたのがマイナスになったのである。
以上大体分ったであろうが、では何故このような傾向が生まれたかという事であるが、これには大いに原因がある。それを次に書いてみよう。
これもやっぱり医学と薬のためです。それを今度詳しく書こうと思ってます。
Copyright © 2020 solaract.jp. All Rights Reserved.

-1-scaled-2.jpg)