二月七日

 だんだん浄化が強くなって来てますが、この頃の浄化は飲薬のが多いです。胃が重いとか食欲がないとか、嘔吐をするとかです。つまり、飲薬の浄化が非常に多いのです。特に漢方薬が多いのです。なにしろ漢方薬は量が多いですから、土瓶に一ぱいでも大変な毒なのです。それが胃の廻りに溜まってだんだんしみ込んで固まったのです。それが、浄化が強くなったために胃に戻って来るのです。そこで胃に溜まるのです。それで胃が重くなったり食欲が無くなったりするのです。ですからそういう人は必ず背中に固まりがあります。左か右か、或いは両方にあります。それから脊骨の辺に固まっているのがあります。ですから背中の固まりをとると、ずっと良くなります。酷いのになると、食欲が無くなって衰弱するのがある様ですから、そのつもりで背中の固まりを溶かす様にするのです。

 それから今度のお蔭話の報告に、岐阜県の方の人で反当り約十八俵穫ったという人があります。しかし細かく何斗何升という事を調べてなかったのは残念でした。ところが朝日新聞で毎年日本一の米作りを募集してますが、四、五日前の新聞に今年の成績が出てましたが、一等が十五俵一斗三升二合なのです。それが日本一です。これは今までにもないくらいの様に書いてあったと思います。来年は朝日新聞に出す様に言っておきました。こういう事が日本一になると、自然栽培の効果というものが一ぺんに知れますから、非常にいいです。まだいろいろあった様ですが、これは今度の農業特集号に出しますから、それを読めば分ります。それでお蔭話を見ると、やっぱりいろいろ迷ったり、中途半端な人は、やはりそれだけの結果しか得られないのです。私の言うとおりに断乎としてやった人は皆成績が良いのです。これは、はっきりしてます。それで、一番肝腎な点は、肥料迷信は無論ですが、土を清浄にするという事です。これがどうも分らないらしいのです。だから無肥料にしたとは言いながら、廐肥は差し支えないだろうと思って入れたり、外の変な物を入れるのですが、それが大変な災をして成績が悪いのです。それから、まだ迷信が抜けきれないので、藁を沢山入れたり枯草を入れたりしてますが、これがかえって邪魔するのです。本当言うと土ばかりが一番いいのです。混ぜただけいけないのです。では何故堆肥をやるかというと、土地によって固まりやすい土があるのです。これは赤土系統が多いのです。それで土が固まるのがいけないので固まらせない様にするためと、稲などは温かい所はそうでもないが、東北の様の寒冷地の所は、土を温めるほど良いから、そのために藁を切ってやるのです。ところが私は随分書いているのですが、粗く切り過ぎていけないのです。五分や一寸くらいに切っては粗過ぎていけないのです。それに稲の根伸びの時に妨害になりますから、一分か二分に切る方がいいのです。ただしこれも、その土地によっては、非常に水が氾濫したりするのは浮いて流れるから、これも困るのです。そういうのは三分か五分にしてもいいです。それから、土に混ぜてなるべく浮かない様にしなければならないのです。上っ側の方でなく、蕊の方に深く藁を混ぜた方がいいです。それからもう一つは、土地によって、気候の関係もあるし、水の多い少いがあるし、それから水でも、高い山から流れて来るのと、低い山から流れて来るのは、まるで水の温度が違います。それから日当りの良い所と、山陰の所といろいろありますから、その状態によってそれに合う様に工夫していくという事が肝腎なのです。それで根本は土を穢さないという事です。そうすればまず今までよりか倍は穫れます。普通反五俵として、大抵な所で十俵は穫れる様になります。余程条件の悪い所でない限り十俵は穫れます。これを頭に入れておくといいです。それから種が非常に肝腎です。無肥の種と有肥の種とでは大変な違いです。今度の報告では、無肥の種ですと初年度から増収になってます。それからこの頃は良く分ったでしょうが、最初のうちは黄色い穂が出るのです。有肥の方は青いのが出るのに、こっちは黄色い、細いのが出るというのですが、これは肥毒のためなのです。ですから、肥毒が抜けてしまえば、黄色いのも細いのも出なくなります。それで二年も三年もやっていていそういうのが出るというのは、種と土地にまだ肥毒が残っているのです。ですから少しでも黄色くなるうちは、うんと増収にはなりません。最初から青い種が出る様なら、これは肥毒が抜けているのですから増収になります。それで肥毒が全く抜けると枝が出るのです。穂が出るのです。ですから幾らでも増えるのです。この種に穂が出る様にならなければならないのです。これは肥毒が抜ければ、余程の寒冷地でない限りはそうなります。それを心得てやれば、素晴しい成績が上がります。

 それから二毛作、特に麦と交代(交替?)でやりますが、これが非常に悪いという事が今度実験によって分りました。ごく暖かい所なら二毛作で良いのですが、それは余程条件がいい所でなければ二毛作は考えものです。ですから今度も二毛作より一毛作の方がかえって余計出来ている所があります。麦と交代(交替?)でするという事も、いけない理由がまだ分らない人が大分ある様です。それから連作です。この農民の考え方が、土というものをどうも(おろ)そかにするのです。だからして連作が良いという事は、例えて言えば、茄子なら茄子で言うと、土というものは茄子が良く育つ様に変化して行くのです。ですから連作にすると、その物に対する土の働きがだんだん強くなって行くのです。だから連作がいいのです。そこで麦と混ぜると、土の性分は米が良く育つ様になりつつあるところに麦を入れると、今度は麦の方の性分に変って行きますから、それをチャンポンにやれば、土の性能は両方とも充分発達しないのです。発達しかけたものが、パッと変ってしまうのです。ですから連作もやはりそういう理窟なのです。連作するほど良くなるのです。こういう事は今までの考え方とあべこべです。今までは百姓は連作を非常に嫌いましたが、あれは肥料のためにああいう様になったのです。そういう訳で、私の書いたものを見て、そのとおりにやる事です。外の事を一寸でもしてはいけないのです。ところがどうも今までの習慣や言い伝えに促(捉?)われ勝ちなのです。だからよく書いてありますが〝病気は浄霊でなおるが、なるほどそうだ。しかし作物の方は違う〟という様に考えているのですが、これは同じ事なのです。その事も今度書きますが、今気が付いたから話したのです。

 それから新年号に「世界夢物語」というのを書きましたが、あれはヨーロッパの事は書いてなかったのです。朝鮮戦争の事だけを主にして書きましたから、今度はヨーロッパの事を少し書いてみましたから、それを読ませます。

 御論文 〔世界夢物語(二)〕   【註 地上天国四十五号】

世界夢物語(二)

(地上天国四十五号)

 私は栄光新年号に標題の如き論文をかいたので、信者は誰も読んだであろうが、最近に至ってアイゼンハウアー元帥は、着々として凡ゆる積極的な手を打始めたのは、外電によって段々分って来たが、それについて言いたい事は、この前の夢物語にはかかなかったヨーロッパ方面についてである。

 極く最近私の懇意にしている相当名の知れた洋画家某氏が、巴里に二カ年滞在していたのが、帰朝早々訪ねて来たので、ヨーロッパ方面の事情について色々()いてみたが、私の想像と余りにピッタリしているので驚いたのである。

 というのは私がいつもいう如く、肝腎(かんじん)な英国も仏蘭西も、国民の元気のない事は本当とは思えない程である。たとえば両国民一般の思想は、いつ国がどうなろうと困らないように用意しなければならないとして、頻りに(きん)を貯蔵しているという話である。その方法としては、金の針金であって、太い細い幾種類にも作られたものが秘密に売買されているという事で、その額は大変なものだそうである。では何故針金に作るかというと、売買の際金塊では細かくするのに手数がかかるが、針金なら(はさみ)一丁で、長い短い自由に切れるからで、全く驚くの外ないのである。又新聞などにも出ている通り、勤労意欲が乏しく、遊ぶことのみ考えており、何処も彼処も娯楽場は押すな押すなの景気であるという事である。そうしてこれもよく知られている英国などの食物不足は非常なもので、日本などとは比較にならない程だそうである。では何故ドシドシ田畑を耕して作らないかと訊くと、その答が又吾々には分らない。

 というのは日本人なら一寸とした空地でも直ぐに(くわ)を入れ種を播くが、英国人はそんな事は更になく、何でも彼んでも政府の手で外国から輸入する事のみ考えているのだそうで、同国人の意気地のなさ加減は何といっていいか言葉はない。それについて、一昨年の日本綿布が英国を凌駕(りょうが)して、世界一となったというにみても分る通り、日本は綿布の生産制限をしているに拘らず、英国ランカシャは全能力を発揮しても敵わないのだから、如何に国民の活気がないかが分るであろう。そんな訳だから、軍備に対しても熱のない事夥しく、アメリカが随分金を貸し尻を叩いても、思うように躍らないにみてもよく分る。最近国務長官ダレス氏が欧州へ行き、各国を次々活を入れるべく廻ったのも無論その為である。

 処がこのような英・仏闘志のない事が、将来の重大問題を(はら)んでいる事に気附かねばならない。それはこの情勢を見越して、クレムリンは北叟笑(ほくそえ)んでいるであろうし、それと共に予定通りの作戦計画を進めているのは勿論で、時期到れば大々的ヨーロッパ侵略の挙に出るであろう。しかも成功の可能性は多分にあるとみねばなるまい。しかもソ連の狙い処は言う迄もなく英国であるから、英国の運命こそ全く風前の(とも)(しび)といえよう。その事を考えただけでも、米国は気が気ではなく、何としても欧州を思い切って強固にしなければならないと(あせ)っている訳である。然も茲に重大問題がある。それは、これから米国は中共を何としても打倒すべく大仕掛な作戦に取掛る以上、この消耗も生易いものではあるまいから、予定通り中共を破り朝鮮戦争は一段落つくとしても、その後が大変である。それは流石の米国の戦力も相当弱体化するであろうからで、万一の場合欧州援助に対し相当困難を覚悟せねばなるまい。そこをつけ込んで、玆にソ連は充分蓄えた戦力を以て欧州に(いど)みかかるのは火を睹るよりも明らかである。

 これこそ愈々第三次戦争の開幕であって、世界の檜舞台に於ての龍虎相争う大惨劇となり、何れは驚天動地の場面出現もさ程遠くはあるまいと思う。この事については今はこれだけにしておいて、情勢の進展につれてかく事にしよう。

 今読んだ様な訳で、アジアよりヨーロッパの方が危ぶないのです。とに角今の情勢はソ連の思うとおりに行っているわけです。というのは今度アイゼンハウアー大統領が大々的に中共をやっつけるという準備を今やってますが、それでこの準備も、私が新年号に書いたとおり半年や一年はかかるのです。それで今着々と固めているわけなのです。今は台湾の封鎖解除とか、沿岸封鎖とか、アジアの各地に飛行機を非常に配布している様です。或いは原子爆弾を使うかもしれません。しかしこれは威嚇程度でしょう。そうして、何としても中共をやっつけて取るというのです。しかし中共も、とに角トルーマン大統領が延ばしてくれたので、戦備はうんと充実して、原爆に対する地下の防備等も大分出来ている様です。全くスターリンはトルーマンにお辞儀をしてもいいわけです。それに、マッカーサーがあの勢いでやっつけてしまおうというので、トルーマンが止めてグズグズしておいて時を稼がせたのです。トルーマンという人も悪気でしたのではないでしょうが、ただ第三次戦争にでもなったら大変だという引込み思案で、無事太平を願ってやったので、これは惜しい事をしたのです。それで今度やる事になるとアメリカもなかなか骨が折れます。とに角中共の方の労働力というのは素晴しいものです。それから毛沢東にしても周恩来にしてもなかなか頭が働きますから……。けれどもこのままグズグズしておいたら、だんだんソ連の方は充実して来て、アメリカの方は、丁度結核の様に少しずつ消耗してしまいますから、早く思いきってやるより仕様がないというので、アイゼンハウアーの計画もこれより外に仕様がないのです。そうしてやっと中共をやっつけて、再び蒋介石の手に戻したとすれば、アメリカは非常に勝ったわけですから良い様なものですが、アメリカの戦力はそのために非常に消耗しますから、そこを付け込んでソ連はヨーロッパに大攻撃をやるわけです。ところが肝腎の英・仏が今言った様にまるっきり戦力がないから、割合簡単にやっつけられてしまうと思います。ほとんど抵抗するだけの力もないでしょう。なにしろ、今もって、アメリカがいくら尻を叩いても、なんだかんだと言って反対するのです。特に英国のあのざまというのはありません。チャーチルでも、イーデンでも、アメリカの今度の台湾封鎖解除に反対してますが、それはただ無事太平を望んでいて、国家の権威も世界に対する正義感も全然起せないのです。それほど弱りきっているのです。

 では何故そんなに弱ったかというと、これは約二千年くらい前から世界を自分の手に握ろうとして計画したのです。その計画というのは、その時分から一番開けていた文化民族の体を弱らせて、最後に武力をもってやっつけ様というのです。それで弱らせるために、医学をつくったのです。ですから毒を薬の様にうまく瞞して、うんとのまして弱らせて来たのです。そのうちで一案の手柄(てがら)をしたのは種痘です。これが体を弱らせるのに一番効果があるのです。そこで種痘を一番最初に始めたのは英・仏ですから、これが一番弱っているのです。それにこの数世紀に亘って割合に順調に行きました。それでドイツの様に苦労するとあんまりやってないから丁度良かったのです。それからソ連とアメリカだけは種痘を始めたのが遅いのです。それで今アメリカを弱らせ様と思って薬で一生懸命にやってますが、新薬が出来るという事は、邪神がアメリカを早く弱らせなければならないというのでやっているのです。そしてソ連の方では労働階級にうんと体力がつく様に、どんな者でも労働しなければならない様にやっているわけです。一方に弱らせた民族をつくっておいて、一方に労働で体力を持った民族をつくらして、一挙に武力をもってやるというわけです。それを私は前から見破ってますから、第一にアメリカを救わなければならないのです。それにはまず薬の毒を知らせなければならないから、今度の「アメリカを救う」という本はそれが根本の意味なのです。そこで二千年前につくったというのはマッソン秘密結社です。それから分れたのがフリーメーソンです。根本はマッソン秘密結社です。これは最初秘密団体をつくったのです。そうして事務所を石屋組合の事務所においたのです。ですからマッソンの事を一名石屋と言います。それから〝石屋〟と〝医者〟は言霊は相通じるのです。ですから医者という事は石屋で、石屋というのはマッソン秘密結社の陰謀です。私が今書いているのは「医学革命の書」というのですが、つまり医者を革命するのです。それで世界は邪神に掌握されますから、そうなると、これまで来たのがまるでぶち壊しになってしまいますから大変なのです。だから表面から見ただけではなかなか見破れないのです。それで医者の方はアメリカを弱らせ様とするし、又一方の手はソ連の軍備を大いに充実してやっつける準備をするというわけで、世界はほとんど九分九厘まで、彼の計画が成功して来たのです。それで九分九厘と一厘という事になりますが、私は一厘の仕事をして引繰り返してしまうというわけです。これは私がやっているのではないので、神様同志(同士?)がやっているのですが、大変なものです。それでマッソンの方の親玉は黒龍と赤龍なのですが、これが又大変なのです。それで私は今まで黒龍と戦って来たのです。それで近頃は黒龍は大分弱って来たのです。大分悔い改めるに近くなって来ました。だからそれだけずつ救世教は発展して行くわけです。しかしなにしろ共産党の根本というものは学者と労働者です。根本と言うがマッソンです。根本の趣旨はそこにあるのです。学者と労働者を手にしなければ世界革命はできないという、なかなかうまいところを狙っています。そこでわれわれがやっている事をインテリが一番嫌うのです。ですから共産党の運動などもやはり学者がやっているのです。学生が火炎瓶を投げたりして踊りましたが、去年法務総裁をやっていた木村さんが(今保安庁長官になってます)箱根の美術館に来た時に一時間か二時間話をしましたが、あの人は大の共産党嫌いで、何としても共産党をやっつけなければならないというので、それを吉田首相に買われて保安庁長官になったのです。保安隊というのは共産党をやっつけるためのものなのです。それで私は木村さんに言ったのです。〝政治は一番肝腎なところに手を打たない、それが私には分らない。一番は大学の教授だ。これから共産思想を抜く事だ。第二は大新聞社から共産思想を抜く事だ。これで日本は共産党は怖くない様になる〟と言ったのです。日本では学者と大新聞社です。大新聞社のうちでも朝日です。これが大変な共産思想です。二、三日前に今度のメーデー問題の公判の事を書いてましたが、その書き方が朝日のは〝傍観者大喝采〟などと大きな事を書いてます。まるで肩をもっている様な書き方です。外の新聞はそうではありません。それで私の方の事でも、始終反対の態度をとってます。だから今度の「アメリカを救う」でも、朝日だけは広告を出さないのです。これは何故というと、共産党は新宗教が嫌いなのです。既成宗教はそうでもないが、新宗教は力があるからです。特に救世教は共産党にとっては危ぶないのです。だから日本の共産思想を無くするというのは訳はないのです。学者と新聞社です。新聞は、共産党の記事は小さく書けばいいのです。今までは共産党の働き手は英雄化して書いているのです。ですから一番シャクに障る事は、以前のことですが「岡田茂吉」と呼捨てに書いて、「徳田球一()」と書いているのです。こういう新聞社の頭では仕様がありなせん。ですから私はこの二つをやれば何でもないと言ったのです。〝なるほどね〟と言ってましたが、ところがその手を打つだけの事もなかなかできないのです。というのは察するに、大学の教授から共産的思想の無い者だけを選べば幾らも居ないでしょう。しかし大体はそうなのです。大体生徒がああいう事をやると言っても、それは教授が教育するからです。教授がグッと押さ(抑?)えたらあんなことはありません。生徒は可哀想なものです。ですからそれを全然閑却しているのです。それから大新聞社が共産党の党首を英雄扱いしない事です。それから共産党の記事は小さくする事と、それでいいのです。それから今の左派は共産党の化物です。鈴木茂三郎などがしきりにやってますが、共産党は頭がいいですから、なお放送局の中にもやっているのです。中には共産党のすごいのが居る様です。ですから放送部長が婦人の時間にか、鈴木茂三郎が何とか言ってましたが、鈴木茂三郎というのは、共産党が社会党の面を被ってやっている様なものです。それで再軍備反対をやってますが、これは再軍備反対の親玉です。そういう様に朝日新聞とNHKをギュッとやっているのですから、なかなか頭は働いてます。しかしとに角共産党は幾ら頭が働くと言っても、根本が悪ですから成功するわけはありません。だからそう怖がる事もありません。いくらマッソンがうまい事をやっても、悪ですから悪は九分九厘の力しかないのです。神様は一厘だから、一厘だけ欠けているから駄目です。

 話はそのくらいにしておいて、一寸面白い論文を読ませます。

 御論文 〔若しもこの世界から悪が無くなったら〕   【註 栄光一九七号】

若しもこの世界から「悪」がなくなったら

(栄光一九七号)

 凡そ人間一切の不幸の原因を突きつめてみると、(ことごと)く悪にある事は今更いうまでもないが、そこで私はこの世界から若し悪がなくなるとしたらという仮定の下に想像してかいてみたのである。それは先ず第一病人がなくなることで、誰も彼も健康に恵まれ、仕事を休むような事はなくなってしまう。いつも言う通り病人の出来る原因は医学の誤りにあるので、いわば善意の罪悪であるから、結果からいえばやはり悪に属するわけである。成程昔から医は仁術なりといって、人の命を助ける立派な善の仕事と思っているのであるが、実はそれは大なる錯覚(さっかく)でしかないのである。

 従ってこのことがハッキリ分り、是正されるとしたら、ここに病無き世界が出来るのは当然で、人間は年中張切って働けるから、貧乏も争いもなくなり、幸福な家庭、平和な社会となるのは間違いないのである。というとまるで牡丹餅(ぼたもち)でホッペタを叩かれたようなうますぎる話だが、玆に困ることがある。というのはそうなるまでには一時的ではあるが、病気に関係ある一切の施設も機械も不要となり、人的には医師も看護婦も、それに附随する製薬関係者を始め、各方面の従業者悉くは失業するから、この解決が容易ならぬ問題である。しかしこの結果国家国民に及ぼす永遠な利益を考えたら、何としても我慢しない訳にはゆかないであろう。

 その暁人間病気の心配がなくなるとしたら、現在のようにヤレ風邪を引くな、冷えるな、食物に注意しろ、栄養が肝腎だ、外出から帰ったら(うがい)をしろ、食前には手を洗え、衛生に注意しろ、黴菌を防止しろなどという面倒なことは一切なくなり、人間は何等心配なく、伸び伸びとして多人数の中でも、空気の悪い所でも、薄着でも平気の平左で、いとも朗かに生きて居られるので、これこそ本当の自由人である。しかも毎月の生活費中、医療費がなくなるだけでもどんなに楽になるか知れないであろう。

 又各家の戸締りも要らず、汽車や電車に乗っても、掏摸(すり)置引(おきびき)の心配もなく至極気楽な旅となるであろうし、又金借りが来ても返すに決っているから、余裕さえあれば快く貸してやるから、双方気持がいいのは勿論であり、何の取引でも判証文や受取等も要らないから、手数も省け苦情や裁判沙汰等も起りようがなくなるし、家族一同健康であるから物資は豊かで、和気藹々(わきあいあい)たる家庭となり、家族連れの物見遊山なども大いに楽しみとなろう。主人は主人で大酒を飲んだり外泊したりしないから、妻君の心配もなく、家庭争議など昔の夢と消えてしまう。又子供も親に見習うから教えなくとも親孝行をするし、こうなっては民主主義も封建思想もヘチマもあったものではない。そんな面倒臭(めんどうくさ)いことは忘れてしまうからである。

 それから警察や裁判所は今の十分の一で事足りるであろう。というのは悪と雖もそう早くなるわけにもゆくまいから、やはりある程度の争いや犯罪者も出るには出るであろうが、今日のそれとは比較にならない程少くなり、殆んどは軽犯罪位で済むであろう。しかも警察官も裁判官も、今日のような面目や感情などにこだわる事なく、至極公平に裁くと共に、被告も嘘や誤魔化しをいわないから、弁護士の必要もなくなり、簡単に迅速に運ぶのは勿論、贈収賄などもなくなるから、官公吏、会社員、学校教員なども、何等気が(とが)めることなくいつも明朗であるから、仕事の能率は上り、今までの何分の一の時間で片附くであろう。

 ここで最も大きな幸いは戦争がなくなることである。戦争こそ最大なる悪であるから、これがなくなるとしたら、世界は凡ゆる面に於ける好変は想像もつかない程大きなものがあろう。第一各国民の経済的負担は今より何分の一に減るであろうから、いやでも人間は幸福となり、住みよい社会となるのは勿論である。

 以上悪のなくなった世界をかいてみたのであるが、まだ少しかき残したことがあるからかいてみるが、先ず何よりも一切の労力が何分の一に減ることである。考えるまでもなく、今日の社会は悪による労力の無駄(むだ)は誰も気附かないが、実は大変なものであろう。従って悪が一割減ったとしても、国家はそれだけ楽になる。今年の政府予算九千九百六十億というのであるから、一割減っただけでも約一千億はプラスになるわけで、その割で税金も減ることになるから税金地獄からも救われるであろうし、その上二割となり、三割となるとしたら、金も物資もあり余って、人間は今までの半分以下の働きで充分であるから、先ず一日三時間働けば済むことになろう。そこで後の時間は夫々自己の趣味(しゅみ)や勉強の時間に当てればいいので、ここに初めて人間としての生甲斐ある人生となり、文字通り鼓腹撃壌(こふくげきじょう)の世の中となる以上、到る所壮麗なる大建築が出来、華麗な劇場や凡ゆる娯楽機関の発達は固より、百花爛漫(らんまん)たるパラダイス、山水を取入れた大国立公園や植物園、特殊の私的庭園等々も続々出来るのは勿論、半公園式街路も方々に出来、交通機関の発達と相俟って、人間旅行の楽しみは今日の何倍となるであろうし、壮麗な美術の殿堂は各国競って設けることになるから、文化の光は地上に漲るであろう。

 そうして人間は健康と肉体美増進の為と、競争意識を満足させる為等でスポーツは益々(さか)んになり、大グランドは各地に設置されるであろう。以上の如き世界となるとしたら、人間は今日の如く機械的に扱われる事なく、自己意識の儘に働くから寧ろ楽しみとさえなるのである。又食生活に於てもその進歩は素晴しく、豊富なる食料と調理の進歩と相俟って、一般人民の食生活は現在とは比較にならない程改善されるであろう。

 先ずザットかいただけでこの位であるが、これを読む人は成程そうなったら結構には違いないが、それは単なる夢であって実現の可能性はあるわけがないから、絵にかいた御馳走にすぎないというかも知れないが、私はその可能を断言するのである。それには前記の如く悪の絶滅が根本条件であるから、問題はそれ次第である。処がそれこそ今や正に来らんとする最後の審判(しんぱん)であって、これによって悪は全く追放されるのである。只そうなるまでには一大難関があるので、それを突破してこそ真の幸福者となるのである。その救いとして現われたのが我救世教であるから、本教こそ幸福の門を開く鍵である。

 

 

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