世の中に悪というものが無くなったら、どういう様になるか、という事をざっと書いてみました。
御論文〔若しもこの世界から悪が無くなったら〕 【註 栄光一九七号】
若しもこの世界から「悪」がなくなったら
(栄光一九七号)
凡そ人間一切の不幸の原因を突きつめてみると、悉く悪にある事は今更いうまでもないが、そこで私はこの世界から若し悪がなくなるとしたらという仮定の下に想像してかいてみたのである。それは先ず第一病人がなくなることで、誰も彼も健康に恵まれ、仕事を休むような事はなくなってしまう。いつも言う通り病人の出来る原因は医学の誤りにあるので、いわば善意の罪悪であるから、結果からいえばやはり悪に属するわけである。成程昔から医は仁術なりといって、人の命を助ける立派な善の仕事と思っているのであるが、実はそれは大なる錯覚でしかないのである。
従ってこのことがハッキリ分り、是正されるとしたら、ここに病無き世界が出来るのは当然で、人間は年中張切って働けるから、貧乏も争いもなくなり、幸福な家庭、平和な社会となるのは間違いないのである。というとまるで牡丹餅でホッペタを叩かれたようなうますぎる話だが、玆に困ることがある。というのはそうなるまでには一時的ではあるが、病気に関係ある一切の施設も機械も不要となり、人的には医師も看護婦も、それに附随する製薬関係者を始め、各方面の従業者悉くは失業するから、この解決が容易ならぬ問題である。しかしこの結果国家国民に及ぼす永遠な利益を考えたら、何としても我慢しない訳にはゆかないであろう。
その暁人間病気の心配がなくなるとしたら、現在のようにヤレ風邪を引くな、冷えるな、食物に注意しろ、栄養が肝腎だ、外出から帰ったら嗽をしろ、食前には手を洗え、衛生に注意しろ、黴菌を防止しろなどという面倒なことは一切なくなり、人間は何等心配なく、伸び伸びとして多人数の中でも、空気の悪い所でも、薄着でも平気の平左で、いとも朗かに生きて居られるので、これこそ本当の自由人である。しかも毎月の生活費中、医療費がなくなるだけでもどんなに楽になるか知れないであろう。
又各家の戸締りも要らず、汽車や電車に乗っても、掏摸や置引の心配もなく至極気楽な旅となるであろうし、又金借りが来ても返すに決っているから、余裕さえあれば快く貸してやるから、双方気持がいいのは勿論であり、何の取引でも判証文や受取等も要らないから、手数も省け苦情や裁判沙汰等も起りようがなくなるし、家族一同健康であるから物資は豊かで、和気藹々たる家庭となり、家族連れの物見遊山なども大いに楽しみとなろう。主人は主人で大酒を飲んだり外泊したりしないから、妻君の心配もなく、家庭争議など昔の夢と消えてしまう。又子供も親に見習うから教えなくとも親孝行をするし、こうなっては民主主義も封建思想もヘチマもあったものではない。そんな面倒臭いことは忘れてしまうからである。
それから警察や裁判所は今の十分の一で事足りるであろう。というのは悪と雖もそう早くなるわけにもゆくまいから、やはりある程度の争いや犯罪者も出るには出るであろうが、今日のそれとは比較にならない程少くなり、殆んどは軽犯罪位で済むであろう。しかも警察官も裁判官も、今日のような面目や感情などにこだわる事なく、至極公平に裁くと共に、被告も嘘や誤魔化しをいわないから、弁護士の必要もなくなり、簡単に迅速に運ぶのは勿論、贈収賄などもなくなるから、官公吏、会社員、学校教員なども、何等気が咎めることなくいつも明朗であるから、仕事の能率は上り、今までの何分の一の時間で片附くであろう。
ここで最も大きな幸いは戦争がなくなることである。戦争こそ最大なる悪であるから、これがなくなるとしたら、世界は凡ゆる面に於ける好変は想像もつかない程大きなものがあろう。第一各国民の経済的負担は今より何分の一に減るであろうから、いやでも人間は幸福となり、住みよい社会となるのは勿論である。
以上悪のなくなった世界をかいてみたのであるが、まだ少しかき残したことがあるからかいてみるが、先ず何よりも一切の労力が何分の一に減ることである。考えるまでもなく、今日の社会は悪による労力の無駄は誰も気附かないが、実は大変なものであろう。従って悪が一割減ったとしても、国家はそれだけ楽になる。今年の政府予算九千九百六十億というのであるから、一割減っただけでも約一千億はプラスになるわけで、その割で税金も減ることになるから税金地獄からも救われるであろうし、その上二割となり、三割となるとしたら、金も物資もあり余って、人間は今までの半分以下の働きで充分であるから、先ず一日三時間働けば済むことになろう。そこで後の時間は夫々自己の趣味や勉強の時間に当てればいいので、ここに初めて人間としての生甲斐ある人生となり、文字通り鼓腹撃壌の世の中となる以上、到る所壮麗なる大建築が出来、華麗な劇場や凡ゆる娯楽機関の発達は固より、百花爛漫たるパラダイス、山水を取入れた大国立公園や植物園、特殊の私的庭園等々も続々出来るのは勿論、半公園式街路も方々に出来、交通機関の発達と相俟って、人間旅行の楽しみは今日の何倍となるであろうし、壮麗な美術の殿堂は各国競って設けることになるから、文化の光は地上に漲るであろう。
そうして人間は健康と肉体美増進の為と、競争意識を満足させる為等でスポーツは益々盛んになり、大グランドは各地に設置されるであろう。以上の如き世界となるとしたら、人間は今日の如く機械的に扱われる事なく、自己意識の儘に働くから寧ろ楽しみとさえなるのである。又食生活に於てもその進歩は素晴しく、豊富なる食料と調理の進歩と相俟って、一般人民の食生活は現在とは比較にならない程改善されるであろう。
先ずザットかいただけでこの位であるが、これを読む人は成程そうなったら結構には違いないが、それは単なる夢であって実現の可能性はあるわけがないから、絵にかいた御馳走にすぎないというかも知れないが、私はその可能を断言するのである。それには前記の如く悪の絶滅が根本条件であるから、問題はそれ次第である。処がそれこそ今や正に来らんとする最後の審判であって、これによって悪は全く追放されるのである。只そうなるまでには一大難関があるので、それを突破してこそ真の幸福者となるのである。その救いとして現われたのが我救世教であるから、本教こそ幸福の門を開く鍵である。
それから時局について少し話してみます。朝鮮問題でも、アイク大統領就任によって、よく世間ではトルーマンの時と大して変らないと、新聞などでも言ってます。だから吉田首相なども、このままで行くと、日本もそう変らないと言ってますが、これを聞くと吉田さんも少し年のせいではないかと思えます。アメリカの変り方というのは、まるで手の平を返した様です。大統領がいろいろな事を次々と出してますが、これによってみても分る様に、実に積極的にいろいろな手を打とうとしてます。従って日本も大いに変ります。その影響によって変らなければならない様になります。というのは、なんとしてもアメリカが主になって大攻撃を始めますから、それは新年号の「世界夢物語」に書いてますが、あのとおりになりつつあります。それで台湾の中立化解除も非常に結構です。そして国民政府が割合に早く出る様な塩梅でしたが、やはり準備にどうしても一年はかかるという事を言ってます。それに、戦線を拡げるのを英・仏などは非常に嫌っているので、ごく最近になって戦線を拡げないで北鮮軍を一ぺんに攻撃する様な作戦になって来ました。それで、平壌、元山の四十度線の附近までやってしまおうというのです。私は、現在の二百二十キロの戦線を一番狭い百キロの線まで押して行くという事を書きましたが、丁度あのとおりになって来ました。それで神様の方から言うと、やはり朝鮮の南北を合併させて、それから中共に当るというのが順序なのです。だからこの間のうちは、大湾の国民軍を出す様にしたり、沿岸封鎖、満州爆撃という様な事を企てて、非常に言われてましたが、それではどうしても順序が違うのです。それで今度朝鮮を一ぺんにやるという事は、順序から言っても非常にいいのです。そういう様で、最初は小手調べをやって、それによって大々的にやるでしょうが、やはりアイゼンハウアーはあせってますが、なかなかそう簡単にはいきません。とに角中共の方も余程準備はしている様ですから、随分苦戦な場面が出るだろうと思います。しかし無論アメリカの方が勝つには勝ちますから結局は大丈夫ですが、かなり激戦があるだろうと思います。それで中共がやられるまで、ソ連はそう深入りして来ないという事も書いておきましたが、やはりそういう様な説もちょいちょいある様です。ソ連関係は大して悪化する気遣(気遣)いはないと思います。
今度も「スターリンの肚」という事を書きましたが、スターリンの肚というのはヨーロッパにあるのです。それでアメリカも薄々はそれが分ってますから、この間もダレス氏がヨーロッパに行って英・仏の尻を叩きましたが、とに角英国人、仏国人などは、もう弱りきっていて元気がないのです。だからともすれば尻込みして、戦争を嫌がっているのです。なるほど戦争を嫌がるのも良いのですが、それで落着けばいいが、いずれはソ連から大々的にやられて占領されてしまうのです。スターリンの肚は、ヨーロッパを全部占領する目的ですから、その時になってベソをかいても遅いのです。だから将来ヨーロッパのほとんどの国が苦境に陥るに決まってます。それで私にはスターリンの考えている事が分るのです。まあ、霊的通信によってです。しかしスターリンという人は、やはり無神論者ですから、その考えたるや唯物的には確かに良いのですが、結局成功はしません。まあ、最後はヒットラー以上に悲惨かも知れません。しかしそれもこれも、やはり神様の経綸なのです。何時も言うとおり、壊し屋の親方なのですから、これが大いに働かなければいけないわけなのです。そこで結局メシヤ会館は大体今年一ぱいで出来る予定ですが、やはり春にかかるでしょう。それからが大いに今の大波乱が本当に目立って来るわけです。それこそ龍虎相争うという様な場面になって来るわけです。そうして神様の方は、南北朝鮮をすっかり掃除して合併させて、それから中国全土をすっかり掃除をしてきれいにして、そうして日本と朝鮮と中国の三つは固く手を握る、ということになるのです。日本は五で朝鮮は六で中国は七ですから、これはミロクです。それが本当にそうなるまでにはなかなか時日がかかりますが、それがあらかたそうなってから、ヨーロッパの掃除が始まるのです。そういう幕が次々に出て来ますから、それを大体知ってみると、とても面白いのです。それこそ開闢以来ない大芝居で、世界的チャンバラ劇です。大本教のお筆先にこういうのがあります。「早くから神に縋りて居た人間は、いよいよとなりたら高見の見物をさせてやるぞよ」というのがありますが、お筆先は簡単にうまく言ってあります。そういう様に、ちょいちょい時局に対しての論文を出してますが、今度の地上天国にも出してあります。これもちょっと面白く書いてあります。
「アメリカを救う」の本も大分よく売れる様で、今三版を印刷してます。ずっと先になるでしょうが、次に出る本は「医学革命の書」ですが、この前の次の一項目を読ませます。
御論文 医学革命の書〔五、手術に就いて〕
手術に就て
(『医学革命の書』より)
近来医学に於ては、手術の進歩を大いに誇称しているが、実は之程間違った話はない。寧ろ其反対で手術の進歩とは、医術の不進歩を表白する事は私は常に唱えている。従って真の医術とは、患部の機能は其儘にしておいて、只病気だけを除って了う事で、之が真の医術である。それは殆んどの病気は機能の近接部に毒素が集溜固結し、器能の活動を圧迫阻害するからであって、機能自体には関係がないのである。従って治病とは右の毒素だけを除去して了えば、それで完全に治るのである。処が医学ではそのような巧妙な事が出来ない為、止むなく機能も共に除去して了うので、全く無力の結果に外ならないのである。
従って病気を治す目的の為、患部全体を切り除るとしたら、原始人的方法であって、少なく共文化的でない事は言う迄もない。而もその手段たるや肉を切り、血を出し、骨を削るなどの残虐的行為により、患者に非常な痛苦を与えるに至っては寧ろ悲惨事である。成程手術中だけは麻酔薬を用いて痛苦を免るとしても、その後の傷口が治るまでのガーゼの取替や日数のかかる事、莫大な費用を要する等を考えたら、患者の負担は容易なものではあるまい。それでも順調にゆけばまだしもだが、中には経過が悪く再手術を要する場合もあり、切開してから誤診が分り慌てて口を閉ぐ事などもよく聞く話で、偶には手術の失敗で生命を失う事さえあるのだから、全く一種の冒険である。そればかりではない、外部的病気の場合手や足は勿論、指を切って不具にしたり、腫物などは醜い傷痕を残す等、一生涯の不幸の種を残す等忌憚なくいってみれば、現代医学は野蛮医学といってもよかろう。
然し乍ら医師は曰うであろう。「成程それは分っているが、若し手術をしなければ生命に関わる以上、不具や傷痕など云ってはおれないから、止むを得ず行うのだ」との理由もあろうが、之が大変な誤りである。というのは手術を要する程の病気なら、無論固結毒素に強烈な浄化が起ったからで、熱も痛みも相当激しいに違いない。つまり旺んに治りつつある状態であるから、放っておけば迅速に毒は溶けて、排泄され必ず治るのであって、苦痛はそれまでの期間と思えばいい。それを手術の苦痛に比べたら何分の一で済むのであるばかりではなく、堪えられない程の苦痛であればある程短期間で済む訳で、長くとも数日位と思えばいいので、而も自然療法なら順調に治るから心配がなく、寧ろ楽しみとなる位だから我慢し易い訳である。処が世間よく何十日も痛む患者があるが、之は元の病気の外に薬毒を追加する為、其痛みが増したからである。而も自然治癒なれば不具にもならず、醜い痕も残らず、短時日で順調に治り費用もかからず、生命の危険さえないのだから、此事を知っただけでも大きな幸福を得たのである。然し之を読む医師も一般人も、今迄の考え方との余りの異いさに、容易に信ずる事は出来まいが、之こそ絶対の真理である以上、白紙になれば簡単に分る筈である。それに就ての二、三の例をかいてみよう。
手術に就て最も多いのは、彼の盲腸炎であろうが、此病気の原因は服み薬の毒が胃壁を滲透して右側腎臓部に集溜し、それが少しずつ溶けて一旦盲腸部に移行し固結するので、健康であっても盲腸部と右側背部腎臓部を圧すと、多少の痛みがあるのはそれであって、之がある人は早晩盲腸炎が発るとみていいのである。之が或程度に進むと玆に浄化作用発生し、高熱に激痛を伴い、右の固結が溶け下痢になって排泄されて治るので、之が順序である。処がその際溶けた毒素は腹膜を通過するので、医師は間違えて「之は大変だ。早く手術しないと虫様突起が破れて、腹膜炎を起すと最早手後れで助からない」と曰うが、之を吾々からみれば笑えないナンセンスである。というのは右は順調な経過であって、命に関わるなどは絶対ないからである。従って盲腸炎の場合何等手当もせず、放っておくだけで、一週間以内に必ず治るのである。而も盲腸は重要な機能である以上、それが失くなれば他に影響を及ぼすのは当然で、前記の如く腎臓部に溜った薬毒の移行する個所がなくなるから、その毒は他へ氾濫する。それが腹膜及び腎臓部である。そうなると反って盲腸炎より始末の悪い病気となり、容易に治り難くなるのである。此様に放っておけば簡単に治るべきものを、誤れる医療は反って将来の禍根を残すのであるから問題である。
次に多い病気に扁桃腺炎がある。之は液体薬を服む場合、それが口内の粘膜から浸入し、膿化し、扁桃腺部に集り固るが、それに浄化が起って熱で溶けて腫れ、破れて膿が出て治るのである。処が医療はルゴール等の塗布薬で固めるから、一旦治っても必ず再発するというように癖になって了う。勿論其度毎に増大し、遂に手術の止むなきに至るのである。
次によくある病気に瘭疽と脱疽があるが、此原因は瘭疽は右なら右、左なら左の頸部淋巴腺に固結している毒素が溶けて、指の先から出ようとするその為の激痛であるから、その際頸部を探れば必ず固結と発熱があるからすぐ分る。故に吾々の方では瘭疽でも指先に構わず、頸部だけを浄霊すれば忽ち痛みは去り、長くも数日で全快するのである。処が医診では指が腐るなどというが、之こそ噴飯物である。此間違いは最初指先に一寸した腫物が出来ると、それが段々上の方へ拡がって行く。恰度腐れ込むように見えるからである。然し之は或程度拡がれば必ず停って了うものである。又脱疽は瘭疽と同様鼠蹊部淋巴腺に溜った固結毒素の浄化作用で、之は略すが、此両方共医療では必ず手術するから不具になるので、之も浄霊か自然治療なら必ず元通りに治るし、その他の腫物や皮膚の湿疹にしても悉く薬毒であるから、自然療法に限るのである。即ち凡ての腫物類は放っておけば、腫れるだけ腫れて最後に小さな穴が穿き、其処から血膿が排泄して全治する。而もどんな大きな腫物でも聊かも痕跡は残らないから、今後此理を心得ておれば、驚く程の膨大な腫物でも何等心配はない。而も之は非常に結構な浄化で、若し右の毒素が内攻すれば、内臓の病気になる処を外部に排泄されたので、大難が小難で済んだ訳である。又傷や火傷の場合よくその部へ膿が集るので、医師は黴菌浸入の為としているがそうではない。その付近にある毒素が、刺戟の為其処へ集まり排除されるので、それだけ毒が減るから之も結構である。
玆で大いに注意すべきは消毒薬中毒である。手術とか外傷の場合消毒薬を不可欠のものとしているが、何しろ何十倍に淡めても黴菌を殺すだけの劇薬であり、直接筋肉から滲透するので、時が経てば必ず何処からか出ようとする。その場合多くは頭痛、眼(失明)、中耳炎、歯茎等であり時には下降して肛門(痔)、陰部、手足の関節等へ迄も集溜し、腫物か湿疹となり痛み痒みの苦痛が伴うが、只消毒薬に限って激痛であるからよく分る。その場合之はアノ時の消毒薬だなと思うと必ず肯くであろう。又近頃膝から下に腫物の出来る人が多いが、之は予防注射の薬毒が下降したもので、放っておけば膿が出て必ず治り、少しも心配はないのである。
それから心得ておくべき事は、漢方薬です。薬毒の事を言っても、漢方薬はどうも薬毒とは思わない人が多いのです。よく〝あなたの病気は薬毒だから、随分薬を飲んだでしょう〟と言うと、〝あんまりのみません〟〝そんな事はない〟と言うと、〝子供の時に煎じ薬をちょっとのんだ。それもほんの土瓶に二杯か三杯のんだだけです〟と言うから、〝それなんだ〟と言うと、〝へエー〟と言ってます。ところが二杯か三杯でも漢方薬の毒というものは大変なものです。それで日本人の寿命が短かくなったのは漢方薬のためなのです。だから歴史をみても、千年くらいまでの間はみんな百才以上生きたのです。ところが千四、五百年くらいたってから非常に短かくなって来たのです。漢方薬が渡来したのは丁度千年過ぎた頃からです。欽明天皇の時に疫病が流行しましたが、疫病というのは天然痘ですが、それまでは日本には天然痘は無かったのです。そういう様で漢方薬が一番寿命を縮めるのです。それで近頃寿命が延びたというのは漢方薬をのまないからです。その点において西洋の薬の方が、割合に害は少ないのです。しかしこの頃ペニシリンとかヒドラジットとか出てますが、これは毒が強いですから、これを続けていると恐ろしい事になるに違いありません。ところで漢方薬中毒が一番分るのは顔色です。黄色いのや青黒いのがありますが、これはみんな漢方薬中毒ですから、よく調べれば分ります。又青ぶくれた人が多いのです。又女の人が多いです。漢方薬は男より女の方が多くのんでます。それで漢方薬で一番恐ろしいのは、何時も言うとおり、げんのしょうこです。これをのんだ人はまず助からないとみていいです。その次はどくだみです。それからまだいろいろあります。
私の父は五十六才で死にましたが、非常に早死にだったのです。なんでも便秘をなおすために二、三十年間大黄という薬を一日も欠かさずのんでいたのです。のまないと便秘をして気持が悪いので続けていたのです。それで死ぬ前に心臓病になって、医者にみせたら、半年くらいしかもたないと言われて、やはりそれから数カ月たってから死にました。死ぬ時に睾丸の皮が破れて、それはとても臭い汁が出ました。その時には私はまだ若年でしたから分らなかったが、今日考えてみると、それは大黄の中毒だったのです。
それで、一番分るのは顔色です。だから中国人には黄色い顔色をした人が多いのです。赤い顔はあんまりありません。それは漢方薬中毒のためです。もっとも日本よりあっちが本場ですから、よくのんでます。そういう様で薬毒の場合には漢方薬を考えてみると間違いありません。それから田舎の農夫などはどうも黄色い顔が多いのです。都会人の方は白い顔か青い顔をしてますが、農村の人は黄色いのが多いです。これは、まずい物を食っているからと言うが、そうではないので、漢方薬を煎じてのむからです。ですから農村の人でも、いくらまずい物を食っていても、漢方薬をのまなければ赤い顔になります。それを一番感じたのは、去年の春に薬師寺の管長の橋本凝胤氏が私の所に来たので、半日話をしましたが、それは実に赤い顔をして、模範的と言ってもいいくらいに良い顔色です。それで相当太っていて、実に頑健なものです。そうなると男性美と言うか、一種の美しさを感じます。顔を見ていて実に惚れ惚れとします。五十六才だそうですが、聞いてみると絶対菜食だそうです。だから私の所で晩の御馳走をしてあげるのに、鰹節も入れずに、本当の菜食にしてあげました。だから栄養学から言うと、栄養不良で青い顔をして居なければならないのが、全然反対です。
そうしてみると、漢方薬中毒というのは恐ろしいという事を大いに話してやった方がいいでしょう。それからそのつもりで浄霊してやるといいです。それで浄霊してもしても、あとから溜まって来ますが、それは大抵漢方薬です。又これは量が多いのです。何年も続けて持薬と言ってのみますから、そのために顔色が悪かったり、女の人などは美しくないというのが随分あります。
それからもう一つは、女の人の話のついでですから話しておきますが、化粧品中毒が大変なものです。よく、のぼせ症と言って、のぼせるのがありますが、これは男には少なく女に多いのですが、これは化粧品中毒です。昔はおしろいだけですが、おしろいには鉛がはいっているので、この鉛毒だけだったのです。ところが今日では薬を入れてます。特に舶来のおしろいには薬を入れてあります。だから今のアメリカの婦人と言ったら、皮膚はザラザラで見られたものではないそうです。今化粧品でおしろいをつける人は、それを隠すために濃厚になって来ました。それから唇の色が悪いので口紅をつけるのです。昔はそういう物は無かったのです。それは唇の色が良いから、塗る必要がなかったのです。ちょっと紅をつけるくらいでした。だから婦人で汚たないのはみんな薬毒のためです。だんだん薬毒が無くなったら、それはきれいになります。ですからごく薄化粧くらいでいいのです。全然薬毒が無くなったら、化粧はしなくてもよくなります。この事を知っていればいいですが、さもなければこれからは美人というのはだんだん無くなります。だから私は、小野小町というのは確かに美人だっただろうと思います。それはあの時分は薬毒と言っても知れたものですから……。だから今の女の人は化粧という人工美で手数をかけて、高い化粧品を買って、懐にしても女の人の支出では化粧品がほとんど一番多いでしょう。化粧品だけでも金が出なかったら、女の懐は余程楽になるに違いありません。だから信者になった女の人はだんだんきれいになりますが、それは薬毒が無くなるためです。そこでそれに準じてやはり化粧品もだんだん少なくする様に調節すると良いです。戦争の話から化粧品の話になってしまいましたが、このくらいにしておきます。
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