今度京都、奈良の方のお寺廻りをやりましたが、実に各寺が疲弊しきっているのです。このままで行ったら大抵な寺はつぶれてしまうだろうと思います。それで京都、奈良が仏教の本元ですから、本元がつぶれようとしているのですから、全く仏滅の状態がよく現われてます。本元のインドは仏教信者が大体三十万くらいですから、人口が三億五千万としてそのうちの三十万とすると問題にはなりません。それから中国は中国でほとんど仏教はないと言ってよいくらいです。僅かに日本だけに残っているのです。それで日本の中心である京都、奈良が今のような状態ですから、いよいよ仏滅は今やほとんど燈が消えかからんとしている有り様です。そこで京都別院を造るという事も、その一部として仏教を救うという意味もあるのです。そういうようであっちのお寺などは仏像や仏画を売らなくてはやっていけないのです。それで本尊様だけはそんな事はないと思ったところが、本尊様を売りたいと言って申し込んで来てます。
昔からある上人、大師、禅師という高僧の霊は、これは地上天国の多賀夫人の霊憑りにもあるとおり、そういう偉い坊さん達が霊界で非常にあせっているのです。というのは霊界がだんだん明かるくなるにつれて、仏滅という事がよく分って来たのです。大体仏というものはみんな神様の化身です。これはお釈迦さんが、仏滅の世の間は神様では駄目だから、引退して時を待つか、さもなければ仏になって働けという事を言われているのです。そこで日本の八人男女という五男三女は、仏になるのは嫌だというので、それでは龍神になって時を待てというので、八大龍王となって時を待ったのです。それでお釈迦さんから名前を貰って、それでお釈迦さんに封じ込められたという事になってます。インド名ですからなかなか妙な名前で覚え難いのです。その龍神達は日本の周囲の海に隠れて、というよりか、其処に三千年の間住んで居られたのです。それでいよいよ仏滅になって、今度は神様になる、つまり元の身分になるわけです。それともう一つは、今言った仏様として働いた神様、そういう仏達が早く神様になりたい、そうして京都のいろんな仏像や仏画が自分達の居所になるわけです。それに憑っているわけです。それで今まで拝みに来る人などを守護していたのです。しかし守護していたと言っても、仏の力というものは月の光で薄いから、御利益を多くは与えられないのです。どうしても太陽の神様の力でなければならないのです。それで太陽の光というのは、神様になってその働きをするわけです。ですから仏様が神様になるというのは今なのです。それで八大龍王の一番の神様が伊都能売神龍です。これが近江の琵琶湖に隠れていたのです。それで外の龍神は方々の陸地に近い湾のような所……越後と佐渡の間の海にも居ましたし、駿河湾、伊勢湾という所にも居て、そうして又その間日本を守っていた点もあるのです。そういうような訳だったのです。
京都の平安郷に美術館を造り、殿堂も造りますが、そこで仏滅となり仏達を救い、救うという事は浄めるのです。仏の働きというのは神様の働きと違い、非常に間違った事もやったのです。しかしこれは間違った事をやらないわけにはゆかない点も大いにあったのです。そのために非常に穢れているので、それを浄めなければならないのです。浄めて初めて神様の資格になるわけです。それで平安郷でそういった仏様をみんな浄めるのです。そうして神様に戻るわけです。そういう意味があるのです。それで今度お寺をすっと廻ったという事は、主なるそういった仏様に、いよいよ君達は救われるという警告をすると言いますか、そういう意味になるのです。ですから神様の経綸というものはいろいろな事の、二つも三つもの経綸になるのです。そうしてそういった仏の霊が救われて神様になって、そうしてその仏像や仏画はカラッポになりますから、そこで美術品として美術館に並べて見せるという事になるのです。そうでないと中に魂が宿っている時にそうされると、仏様は非常に苦しいのです。つまり美術品扱いをされるという事は非常な侮辱をされるわけです。ですから嘘なわけです。よく仏像を集めたり家に置いたりすると、何か災いがあると言って恐れる人があります。その一つとして大阪の白鶴美術館ですが、今度私は行きましたが、あそこは非常に良い物があるが、仏に関した物が一つもないのです。あれだけ良い物を集めたのですから、仏に関した物があっても良さそうなものですが、一つもないのです。聞いてみると、仏には絶対に手を出さないという理由なのだそうです。そういうためもあるでしょうが、あそこの主人公は非常に長生きして、九十二才で亡くなってます。だからそういう考え方も間違ってはいなかったのです。
そういった仏像という物は、良い仏像ほど良い仏様が憑っているわけです。そこで私が去年手に入れた観音様ですが、今度も奈良の木彫の良い仏像を見ましたが、それは法隆寺にあるのよりずっと上です。ですからこれは持主が手放すわけはないのです。その仏像を置いてある所の二階が土蔵になっていて、そこで踏まれる形になるので、苦しくてしようがないというのです。それは木彫りでは世界一でしょう。木は白檀で虫がつかないのです。天平時代に出来たのですから、千二、三百年たっているが、一つも毀ついた所がなく実にきれいです。都合によったら今度出しますが、今度出なかったら、いずれ熱海の時の美術館に出します。それは実に大したものです。というのはそういう仏像には良い仏様の霊がついているから、早く私の所に来たくてしようがないので、親父さんを動かしたのです。それは前から知っている人でなく、初めて知った人です。ところがどうしても私の所に売りたいというのです。自分は時々見なければ気が収まらないが、美術館なら見たい時に見せて貰えるからと言ってました。随分高い値段でしたが、実際の価値から言うと安いです。そういうようで結局仏様は私の方に来たくてしようがないから、順繰りにそういう物が来るのです。まだ申し込みが随分ありますが、私の方でも金の方がなかなかそうはゆかないから延ばしているのです。今度の京都行きの意味はそういう訳なのです。
それからスターリンの死について、その後ソ連の平和攻勢があり、ソ連の方針がばかに変ったのですが、変った事の第一番は、アイゼンハウアーが本腰になって中共征伐をやろうとしていろいろ準備をしているので、これをやられたら中共の方に勝ち目がないという事はよく分っているので、早くアメリカの考え方を変らせなければ危ぶなくてしようがないので、そこで急いでああいう手を打ったわけです。そうしてまずアメリカを緩和して御気嫌(機嫌?)を良くしておいて、それからゆっくりと新しい政策をたてようという考えです。というのはマレンコフとかモロトフという人達が相談し合ってやっているのでしょうが、とに角スターリンは偉い人物なのです。それはマレンコフでもモロトフでもてんで後継ぎができるほどの者ではないのです。スターリンはとても偉いのです。ですからスターリンが死んだという事は、ずっと弱くなったのです。弱くなったから、じきに平和的になるかというと、そうもゆきません。ここに問題があるのです。それはアメリカとしては、どうしても朝鮮の南北を合併させなければならないのです。そうでないと侵略を認めるという事になりますから、そうすると将来世界平和に対して非常に悪い例を残すという事になるから、アメリカとしてはどうしても合併させなければならないのです。そうしてもう一つは、中共が蒋介石を押し込めて中国の全権を掌握したという事も、アメリカとしてはどうしても許せないのです。それと蒋介石に対して今までアメリカが公約して来た事があります。いよいよ復讐戦の時には大いに援助するというような点もあるのです。そうかといって、それをやると、そこに非常に悲惨な戦争を起さなければならない事になるのです。アメリカとしては中共が大いに平和的に来るのに、それを武力でやっつけるという事は、世界の輿論に対して面白くないのです。ですからこの点はアメリカも非常に困るのです。この前ダレスが辞職するとか、二、三日前の新聞に出てましたが、べつにダレスが悪いのでなく、情勢がそうなったのです。スターリンの死を動機として非常に平和的になって来たのですが、一時ダレスが言う事とは情勢が違って来たからで、これはしかたがないのです。これは了解するに従ってこの問題は消えますが、今のアメリカがちょっと困る事です。一番厄介なのは南北朝鮮の合併です。これをどうしてもやらなければならないのです。それでこの間、平壌と元山の線まで進出するというスローガンを出しましたが、ああいうような工合にアメリカが言ってくると、北鮮も中共もオイソレとは言う事をきく事はできないのです。しかし抵抗するとやっつけられるというので、これも随分ゴタゴタするだろうと思います。そういうようで、大分平和的にはなっても、まだまだ難かしい問題が沢山あります。それから又インドシナの問題などもホー・チーミン軍が非常な攻勢に出て来ましたから、下手にまごつくとフランスが追い払われますから、そうするとそれに対するアメリカの援助を中止する事はできないし、どうしてもホー・チーミン軍を或る程度くい止めなければならないから、これに対するアメリカの戦略もなかなか難かしい問題なのです。ですからソンナコンナでまだ当分そういったような問題がいろいろと随分あるだろうと思います。そこでどうしてもまず朝鮮を武力をもって南朝鮮の方に勝たせなければならないというような政策に出るかも知れません。とに角これから今までと変った形の朝鮮問題というものに変化して行くわけです。われわれからみると一種の興味ある問題と言ってもよいのです……それは、見物人の方だから。それでスターリンの死についてちょっと書いてみました。
御論文〔英雄の死について〕 【註 栄光二〇五号】
英雄の死に就いて
(栄光二〇五号)
今度のスターリンの死について、考えるまでもなく、この人は今世紀における最も偉大なる存在であった事は今更いうまでもない。兎に角彼の来歴をふりむいても分る如く、ロシヤ帝政時代の、アノ圧制極まる帝国主義を、根底から覆えしたレーニンの後を継いで、善い悪いは別としても、兎も角今日の如き共産大帝国を作り上げたその手腕は驚異に値するといってもよかろう。然も僅々三十余年にして、現在見るが如き、強大なる米国と相対峙してビクともしない大勢は、全く世紀の巨人として英雄の名を冠してもいいであろう。
にも拘らず、彼の死に対し心から哀悼する者は世界中果して幾人あるかであろう。これは今始った話ではないが、昔から幾多の英雄が死ぬ場合、大多数の感想をいえば、成程外形的には輝かしい存在としてその卓越せる鉄腕には感歎せずにはおれないであろうが、只そうなるまでには数え切れない程の多くの犠牲者が出たことである。これだけでも無条件に褒める事は到底出来ないのである。というのは、それ等被害者の怨恨は深刻なものであり、その儘では霊は承知しないからである。つまり目的のために手段を択ばず式の英雄特有の利己的観念を見出すのであって、この観念の根本こそ全く彼等の無神思想から生まれたものである。とすれば世に無神思想程恐るべき、幸福の破壊思想であり、文明の敵であるのは言うまでもあるまい。
右は英雄と無神思想についてかいたのであるが、このことは英雄ならざる一般人民に対してもいえる。すなわち目的のために手段を択ばず、勝てば官軍式の考え方で、この種の人間が現在余りにも多いのである。然もそういう人間が成功者として崇められるのであるから、それを見習う人間が増え、社会悪がドシドシ作られるのである。この悪思潮に対し、それを防止するには宗教以外にないのは知れ切った話である。これによってみても宗教なくしては、到底明るい住みよい社会は出来る筈はないのは勿論である。この様に、宗教が社会不安の防止に役立っているかは計り知れないものがあるに拘らず、世の識者の殆んどはこれに気が附かず、反って宗教を以て無用の長物視しているので、実に情ない話である。この原因こそ全く科学中毒のためであって、不知不識人間の幸福を阻害し、それが文化人と思い得々としているのが今日の有様である。
そうして無神主義を以て、望み通り英雄に祭り上げられたとしても、その歓喜と満足は到底長く続くものではない。これは歴史がよく物語っている。すなわち、英雄と名のつく者で終りを全うした者は殆んどないといってもよかろう。事実英雄が死に際会して安楽な往生を遂げた者はなく、今度のスターリンの如きは、珍しい平穏な死を遂げたといえるが、併し彼の死後現在の大ソヴィエトはいつまで続くかという疑問である。というのは、彼によって歓喜幸福を与えられた者の数よりも、彼の為に生命を奪われ、不幸に陥った人の数の方がどれ程多いか判らないであろうからで、何ずれは多数者の怨霊の塊りは、同国を倒さずにはおかないと共に、霊界の鉄則としてそういう大きな罪人が死後霊界に往くや、暗黒無明の地獄界に転落し、名状すべからざる悲惨な境遇に落ち、その罪を赦されるまでには、少くとも数百年はかかるのである。従ってこれを知るや如何なる英雄豪傑でも一溜りもなく後悔するが、時既に遅しでどうにもならないのであるから〝哀れなる者よ、汝の名は英雄也〟と言いたいのである。
それに引換え、神を信じ、一人でも多くの人を救い、歓喜と安心を得させる吾々こそ、永遠なる栄光の下に真の幸福者たり得るのである。
薬というものは全然科学性はないので、これはまぐれ当りを狙ったものです。それを書いてみました。
御論文〔薬剤に科学性はない〕
薬剤に科学性はない
(栄光二七七号)
これはチョット聞くと変に思うであろうが、事実によって考えればよく分るハズである。というのは新薬を作る場合、科学的に正確な論拠がある訳ではなく、ただこの病気ならこの症状なら多分効くだろうくらいの推測の下に、まず最初二十日鼠、モルモット、猿などに試みてみる。その結果効き目がありそうだと思うと、今度は人間に試験してみる。それも長期間ならいいが、それでは暇がかかるので、数週間ないし数カ月の成績によって、可否を決めるのがほとんどであろう。それで良ければ早速人間に応用してみて、これならまず大丈夫と思うと、始めて発表するというのが大体の順序であろう。そこでいよいよ発表するとなると、大新聞などデカデカと報道するので、一般人はなるほど医薬は進歩したものだと感心し有難がるのだから、まことに単純なものである。
ところが事実をみると、薬なるものはたとえ数力月くらいは効果があっても、それから先が問題である。というのは無論薬剤中毒が現われるから、せっかくの効果は零となってしまうのがほとんどで、まず長くて数年くらいで駄目になるのは、今までの幾多の例に徴しても分る通りである。何しろ新薬が次々出ては消えてしまうのが何よりの証拠である。従って現在一般から歓迎されている結核特効薬のどれでも、まず数年の寿命と思えば間違いあるまい。これにみても薬で病気が治ると思うのは錯覚で、薬屋の懐を肥すだけであるから、これに目覚めない限り、医薬の進歩などいい加減なものといえよう。衆知の通り近頃の新薬ときたら、ちょうど何かの流行品のようで、一時パッとして大騒ぎされるがしばらく経つと駄目になるのを見てもわかるであろう。
ところが今日識者なるものは、薬をのむ事が科学性で、薬でなおす事が科学性がある、それでこんな事を(手を振って)してなおすのは科学性がないというのですから、あべこべも甚だしいのです。この間も漢方中毒の話をしましたが、それを書いてみました。
御論文〔恐るべき漢方薬〕 【註 栄光二〇七号】
恐るべき漢方薬
(栄光二〇七号)
吾々が一般の人に薬毒の恐ろしさを話す場合、聞く方の人は薬毒は西洋の薬に限るように思っており、漢方薬はほとんど薬とは思わないくらいであるが、これは大変な誤りである。というのはむしろ薬毒は漢方薬の方が多いくらいである。なるほど薬そのものとしては洋薬よりも弱いが、何しろ漢薬の方は量が頗る多い。昔から漢薬は土瓶に一杯煎じて、持薬として毎日飲むどころか、お茶の代りに服む人さえあるのだから、洋薬の何十、何百倍にも上るであろう。
そうして漢薬の種類も相当あり、中でも私の経験によればゲンノショウコが一番猛毒で、この薬を沢山飲んだ人は、浄化の場合実に執拗で、除っても除っても後から溜ってくるので、衰弱死に至る、実に恐ろしいものである。次はどくだみも中々毒が強く、まずこの二つを多く飲んだ人は、余程注意しなければならない。右以外の薬は大体同じようであるが、今一つ名前は分らないが、真黒で飴のような漢薬があり、これを飲んだ人は偶にあるが、この中毒も執拗で治り難いものである。何よりも漢薬中毒の多少は、顔色で一番よく分る。多く飲んだ人程顔色が蒼白で、よく青ぶくれというのがこれである。また漢薬中毒者は女性の方が多く、花柳界にいた人は特に多いようである。これは昔から婦人病によく効くとされているからであろう。それから便秘によく効く薬で、奇応丸という丸薬があるが、私は以前これを二十数年毎日飲んだ人で、腎臓結核となり、医師から見放された人を扱った事があるが、何しろ余りにその毒が多いので、到頭駄目になった経験がある。これは誰も知っている事だが、中国人には青黄色い顔の人が多いのは、漢薬中毒のためであろう。
それから気がつかない事でこういう事があります。今の人は明治以前の人よりは顔色は良いのです。昔の人の方が顔色が悪いのです。これは古い肖像画を見ても分ります。これは何かというと漢方薬中毒です。漢方薬を多くのむと顔色が悪くなります。それで明治からだんだん漢方薬をのまないで、西洋の薬をのむようになりましたが、西洋の薬は、量は漢方薬より少ないので、顔色は漢方薬ほどにはならないのです。そういうようで西洋の薬は良いように思うが、そうではないので、毒の量が少ないから顔色が良いのです。しかしそれは男の方で、女は或る程度今の方が悪い場合があります。それは化粧品中毒です。いろんな舶来の物などを塗りますが、オシロイ、クリームなどがだんだんしみて行って皮膚を荒して悪くなるのです。ですから今のところは二十才前後くらいの若い女性は割合にきれいです。それで三十才前後くらいになると、非常に膚が荒れてくるのです。それは中毒がだんだん現われてくるからです。特に米国製というのが強いようです。ところが新聞の広告などを見ると米国製の化粧品がどうとかと、それを売り物にしてます。米国の化粧品は良いと日本人は思うのです。これは米国迷信にかかっているためですが、そういうようで化粧品を女が全然使わないと、それはきれいになります。しかし薬を飲んだら駄目です。ですから信者の人で化粧品を止める人がありますが、薬をのまないで化粧品を止めたら、それはきれいになります。ですから小野小町というのは、それはきれいだったでしょう。
それから医学でもう一つ注意する事は、浄霊の場合に、婦人に限って臍から下の急所をよく浄霊するのです。これが非常に女の病気の原因になっているのです。そういう症状の人とか、ヒステリー、或いはいろいろな下の病気に関係のあるので、種類はいろいろありますが、そういう事がみんなこれが原因ですから、まず其処をよく浄霊するのです。夫婦仲の悪いというのは、此処が大いに原因しているのです。夫婦喧嘩を始終やっている家庭というのは、其処をよく浄霊するのです。そうすると夫婦円満は絶対です。病貧争絶無とすると、やはり争が此処に原因があるのです。それから娘などで、よく結婚を嫌うのは、大いに此処に原因があります。これはやっぱり薬毒のためですが、薬毒がずっと下に垂れて行きますから、そうすると婦人は此処に一番溜まるのです。よく膣痙攣というのがありますが、ちょっと触ってもピリッとして飛び上がるほど痛いのです。こういうのは結婚を非常に嫌うのです。それから掻痒症というので痒いのがあります。これも薬毒が下に溜まるのです。ところがこれは人に言えないから、実際余程苦しむのです。こういう事も神様からいろいろ教えられますが、実際こういう事がいろんな苦痛や悲劇の原因になる事が非常に多いのです。ですから、ただ浄霊して浄めれば良いのです。それで前頭部の毒は此処に行くのです。そして後頭部の毒は肛門の方に行くのです。ですから下痢とか、何時も言う赤痢というのは後頭部の毒です。それで婦人の病気は前頭部です。ですから前頭部と此処は非常に関係があるのです。前頭部が痛い人は前頭部を浄霊するよりも下を浄霊した方が良いのです。この神霊医学というものは素晴らしい発見です。ノーベル賞の値打はあります。現代医学ではそういう事は全然知らないのです。これは試して御覧なさい、よく分ります。外からやるのですから、べつに差し支えありません。このために非常に早くなおります。
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