五月五日

 アメリカに行っている嵐という人の第二信が来ましたが、あっちもなかなか面白そうなのです。それを読ませます。

(米国通信二)     【註  栄光二〇九号】

 お蔭話もありますが、日本よりか余計なおるくらいです。精神病が二人ばかり忽ちなおったのですが、今アメリカでは精神病が一番多いそうですから、アメリカ人の方で始まってくると素晴らしいものだと思ってます。もう一息だと思います。やっぱり順序としては日本人の方が先にお蔭をいただくというわけです。このお蔭話は栄光に出しますが、大分評判になりつつあるそうですから、いずれは白人の方にも拡がるに決まってます。アメリカ人の方に評判になったら、それはしめたものです。日本などよりはずっと早く燃え始めると思ってます。そうして今まで外国の宗教でアメリカに拡がるというのはありませんから、それは世界的の問題になります。そうすると日本も今さらのように騒ぎ出すだろうと思いますが、時期がもう余程近くなって来ましたから、大いに期待できると思います。二人の精神病とは、一人は喋らない精神病で、一人は喋り過ぎる症状なのです。そして片方はほとんどなおってしまったし、片方はもう少しでなおるというところまで来てます。非常によい事は、どっちも浄霊後間もなく血とか膿とかが下ったのです。これならもう本当になおったのです。無論霊的で、霊が頭に憑くのです。それで血や膿というものは、大体後頭部の下の方に固まったものですが、それが出るとすると根本的になおるのですから、大変よいのです。だから今後精神病の場合にはそういった血が下るような下痢があれば必ずなおります。浄化が強くなったからして、これからだんだんそういうなおり方が出てくるわけです。それで日本もやっぱりアメリカの流行を採り入れるのが好きですから、病気の方はどうか知らないが、とに角日本も精神病が非常に増えました。だから後頭部の附近を主にしてやるというようにすればなおります。それで今の病人の十中八、九まではこの辺(延髄)の毒です。延髄のどっちかが、どんな時でも持ち上がってます。大抵左の方が持ち上がっているのが多いです。つまり此処に熱が出て、そうして食欲が不振になるとか頭がぼーっとするというような事が多いのです。ですからまずこれからは病人は、一番目に延髄を見るのです。そうするときっとどっちかが腫れていて、必ず其処に熱をもってます。これがなおる場合にはほとんど下痢です。それで此処を浄霊すると、これが溶けて来て胃にはいりますから、幾らか胸が気持悪くなってムカつきます。それが原因になって出るのです。その順序を覚えておくとはっきり分ります。そこでまず後頭部が肝腎です。それで此処が悪いと信仰にはいるにも邪魔するのです。このために脳の血が少なくなりますから、そこに霊が憑って邪魔するのです。だから延髄を主にして、あとは淋巴腺です。これが又必ずどっちかが腫れてます。今年もこれから赤痢が流行(はや)るでしょうが、大分赤痢が出て来てますが、みんなこれ(後頭部)が自然浄化で赤痢になって出るのです。ですからこれをやっておけば赤痢にも罹らないというわけです。

 それからあんまり気持の良くない話ですが、偶にはよいと思って書いてみました。

 御論文〔裁く勿れ〕     【註 栄光二〇八号】

裁く勿れ

(栄光二〇八号)

 私はいつも信者にいっている事だが、アノ人は善だとか悪だとか、御邪魔おじゃまになるとかならないとかいっている人もあるようだが、そういう人がまだ少しでもあるのは充分教えが徹底していない訳である。そうして度々言う通り、人の善悪を云々するのは、徹頭徹尾てっとうてつび神様の地位を犯す訳で、大いに間違っているから充分謹んで貰いたいのである。それは勿論人間の分際ぶんざいとして人の善悪など聊かも分る筈もないからで、分るように思うのは全く不知しらず不識しらずの内に慢心峠に上っているからである。従ってこういう人こそ、実は信仰の門口にも入っていない証拠である。又御経綸にしても人間の頭で分るような、そんな浅いものではないので、この点も大いに心得ねばならないのである。何しろ三千世界を救うというような、昔からまだないドエライ仕組なんだから、余程大きな肚にならなければ、見当など附く筈はない。つまり小乗信仰の眼では、節穴ふしあなから天井をのぞくようなものである。

 私は耳にタコの出来る程、小乗信仰は不可ない、大乗信仰でなければ神様の御心は分る筈はないと言っているが、どうも難かしいとみえて、間違まちがった人がまだあるのは困ったものである。処が世間一般を見ても分る通り、凡ゆる面が小乗的であり、特に日本はそれが甚だしいようである。信仰団体なども内部的に派閥はばつを立て、勢力争いなどの醜態しゅうたいは時々新聞を賑しているし、その他、政党政派、官庁、会社等の内部にしても、御多分に洩れない有様で、これ等も能率や事業の発展に悪影響を及ぼすのは勿論である。尤もそういう間違まちがった世の中であればこそ、神様は建直しをなさるのである。そうしてこれ等の根本を検討してみると、悉く小乗なるが為であるから、どうしても大乗主義でなくては、到底明朗めいろうおおらかな社会は実現する筈はないのである。

 それだのに何ぞや、本教信者でありながら、世間並の小乗的考え方がまだ幾分でも残っているとしたら、早く気がつき、頭を切替えて、本当の救世教信者になって貰いたいのである。そうでないと段々浄化が強くなるにつれて、神様の審判しんぱんも厳しくなるから、愈々となってほぞんでも追っつかないから、改心するのなら今の内と言いたいのである。大本教の御筆先に〝慢心と取違いは大怪我おおけがの因であるぞよ〟という言葉が、繰返くりかえし繰返し出ているが、全くその通りである。又キリストの〝汝人を裁く勿れ〟の一句も同様である。要するに人の善悪よりも自分の善悪を裁く事で、他人の事などは無関心でいる方が本当である。

 処がまだ驚く事は、アノ人は余り感心かんしんしない事をしているのに、明主様はお気が附かれないのか。イヤ御気が附かれても御慈悲で御見逃しになられているのか、或は仰言り難いのでそのままにしておかれるのではないか。若しそうだとすれば、吾々が明主様に成り代わって、警告けいこくを与えなければならないと思うだろうが、これが大変な誤りで、私としては反って不快である。というのは私はそんな甘ちゃんに見られているのかと思うからである。考えてもみるがいい、かりにそうだとしたら世界人類を救い、悪魔の巨頭きょとうと闘って勝つというような、すばらしい事など出来る訳がないではないか。故にこういう御親切な人達こそ、私から見れば大甘ちゃん処か、赤ん坊としか見えないのである。以前私がかいた〝甘くない者を甘く見る甘さ〟である。

 そうして信者は知らるる通り、現在どんな人間でも毒素のない者は一人もない。これは体的だが、霊的にみても同様欠点のない者は一人もないので、それだからこそ神様は浄化によって救われるのである。又〝馬鹿野郎よく考えりゃ俺の事〟の名句の通り〝甘い奴よく考えりゃ俺の事〟でもある。ついでだから今一つの事をかいてみるが、私は誰の心の中でも必要だけはチャンと分っている。只それを口へ出さないだけで、その為明主様は御存知ないのだろうと心配するが、私としては百も承知しょうちで、只黙して神様にお委せしているのである。というのはどうしても見込のない人は、神様はつまみ出すか、悪質な人は命まで召上げて解決かいけつされるのであって、今までもそういう人も何人かあったので、古い人はよく知っている筈である。右のように万事神様にお任せしている私はいつも気楽なもので、心中しんちゅう春風の如しである。そうして私からみれば、世の中の人の殆んどは甘ちゃんばかりといっていい。世界的英雄にしても、日本の偉方にしても、甚だお気の毒だが、おひとよしの坊ちゃんと思っている。その中でも最も甘ちゃんは悪人である。面白いのはカノ踊る宗教の北村教祖は、人の顔さえ見りゃ蛆虫うじむしと言うが、言い方は野卑やひだが、本当だと私は思っている。話は大分横道へ外れたから、この辺で筆をく事とする。

 偶にはこういう事も薬になるでしょう。

 それからこの間女の人の病気についてちょっと話したところが、聞くところによると、女の人は大変喜んだそうです。ああいう事を教えて下さると大変参考になるというので、評判が良かったのです。この間はざっとやったのですが、もう少し徹底しようと思いますが、あんまり徹底はできないので、これはなかなか難かしいのです。程の良いようにうまく説明しようと思ってます。婦人関係の病気もやっぱり頭が一番原因になっているのです。それで頭の毒が溶けて下に下がった場合、男の方は多く痔の方に行くのです。脊柱附近からずっと下がって行くのです。女は尾骶骨(びていこつ)附近に溜まって、前の方に行くのです。ここが男と違うところです。それで女のコシケとかいろいろなもの、掻痒症とか、粘膜にカタルと言いますかオデキのようなのが出来るのは、頭の毒が一旦腰の方に行って、それが前の方に行くのです。ですから子宮が悪いというのは実は頭に原因があるのです。外の毒素もありますが、頭の毒素が一番下りるのです。そうして前からが出よいから、みんな集まってしまうのです。そうして一旦此処で溜まるのです。その溜まったのも早く溶かさなければならないというのですから、そこを目掛けて浄霊するわけです。そうすると非常に気持が良いのです。それから、よく足が吊るとか足の悪い人は、腰に溜まったものが両足の方に垂れて来るのです。それで薬によって、重い薬と軽い薬がありますが、軽い薬はももたぶとかももの外側です。よく歩き難い、転びやすいとかありますが、これは婦人には限りませんが、一切足のあがきの悪いという事はももの外側です。押すと固いです。大抵な人は固いですが、この固いというのは此処に毒が固まるのです。ですから此処を浄霊すると、ずっと工合がよくなります。それから、これから下に行って膝に行くわけですが、今度は膝の裏手に行くわけです。ですからももの外側と、その次は膝の裏で、それからふくらはぎから踵、足首です。それで毒のごく重いのは足の裏に溜まるのです。だから足の裏をつくと痛い、足の裏が痺れるという人が偶々ありますが、それは実は頭の毒が溶けて足の裏まで行くというわけなのですから、実に想像もつかないくらいです。それから結婚を嫌う娘さんの原因は、霊的ではつまり龍神の生まれ変りになってますが、これもあります。けれども龍神の生まれ変りの龍女はごく少ないので、大抵は病気なのです。病気のうちでも一番の原因になっているのは、頭の毒素が溶けて膣の附近に固まるのです。そうすると薬毒によっては非常に痛いのです。ちょっと触っても飛び上がるほど痛いのです。これは医学の方では膣痙攣と言いますが、これが案外多いのです。そこで結婚を嫌うのです。それにこれは人に言うわけにはゆかないので、実に気の毒なものです。幸いにこっちの方は医者と違って外からやってなおるのですから、そういう非常に結婚を嫌う娘さんは、お母さんなりがそういった意味で浄霊してやればよいのです。それから偶々無毛症というのがありますが、これも皮膚の中、筋肉に毒が固まって、それが邪魔しているのですから、これも外側からやればまずなおるわけです。十中八、九はなおります。偶に霊的のがありますが、これは余程信仰を深くやらなければ、なかなかなおりません。それでも年限がたてばなおります。今のは、大勢の前でも話よいような話をしたわけです。これは徹底して話をすれば、どこまでも分りますが、しかしそれほど分る必要はないし、大体浄霊は医学的のように詳しく知る必要はないから、このくらいで沢山だと思います。それで外の病気と違って、婦人に関係した病気は本人が訴える事ができないのですから、一番不幸な性質のものです。そこで神様は多くの人を救われるのに、そういう面は或る程度余計分らなければならないから話したのです。そうして頭と関連してますから、下の方を浄霊すると頭も非常に良くなるのです。というのは平均浄化が起こるからです。これは両方が直接に関係していて、直結しているわけです。そこで頭も良くなるから性質も良くなります。我儘とか怒りやすいという事もだんだんなおります。そのつもりでやるとよいです。それから頭でも、今のは後の方でしたが、人によっては前の方に相当毒がある人があります。これは額を触ってみれば熱がありますから、すぐ分ります。それで熱も、額の中から来る熱と淋巴腺から影響される熱と二つあります。中からの熱は、触ってみると(しん)から熱があるようにみえます。それから淋巴腺から影響する熱は、芯に熱がなく、どこか浅い感じがします。熱に力がないような感じがしますから分ります。そういう気持で、熟練すればなお結構ですが、普通でも大体分ります。それからこめかみに熱があるものです。この熱が非常に苦しいのです。こういうのはやはり横から浄霊するのです。それから頭の芯に熱がある人が随分あります。これは上からやればよいです。体と違って、頭の方は手は少し接近してもよいです。それから淋巴腺に熱の無い人はないくらいなものです。中耳炎は無論この毒が溶けたものです。それから歯の痛いのもやはりこれです。何処かに固まりがあります。それから舌が吊るというのもこれです。そういう工合で、これから病気に関係した事で今まで本などに書いてない事を時々話しようと思います。

 ちょっと面白い論文を読ませます。

 御論文〔墳墓の奴隷〕     【註  栄光二〇九号】

墳墓の奴隷

(栄光二〇九号)

 この題を見た人は、随分(ずいぶん)変った題だと思うだろうが、よく読んでみれば、(なる)(ほど)合点(がってん)がゆくはずである。というのは、(ふる)い思想や(かび)の生えた文化を後生(ごしょう)大事(だいじ)に有難がっていて、(す)て切れない人の事を言ったのである。御承知の如く人間というものはどうも先祖代々守って来た伝統や習慣から中々抜け切れないものである事は誰も知る通りであるが、こういう人こそ墳墓(ふんぼ)奴隷(どれい)と言いたいのである。日進月歩の今日、そういう思想の持主(もちぬし)こそ時世(じせい)(おく)れで、敗残者(はいざんしゃ)になるのは事実がよく示している。この例を大きくしたものが、彼の米国と英国の現在であろう。

 言うまでもなく、今日世界をリードしている米国の、アノ繁栄と国力の充実振(じゅうじつぶ)りは、実に世紀(せいき)偉観(いかん)と言っていい。そうしてこの原因こそ、同国民の卓越(たくえつ)せる進取(しんしゅ)思想の為であって、新しい、今迄の(もの)より(すぐ)れているものでさえあれば、何物でも容赦(ようしゃ)なく(とり)()れるという気概(きがい)である。これに反し英国の方はアノ根強い保守的思想が(わざわ)いしていて、それを誇りとしている位である。(ロン)(ドン)をみても、古典的美しさは(まこと)に結構だが、そうかと言って新時代の都市美は大いに欠けているにみても、現代英国の実体(じったい)がよく現われている。従って同国国連にしても、つい半世紀前頃のアノ隆々(りゅうりゅう)たる姿を思えば、全く隔世(かくせい)の感がある。世界七つの海を我が物とし多くの植民地を領有(りょうゆう)し、働かずして莫大(ばくだい)な収入が入って来るのであるから大したものであった。実に今昔(こんじゃく)の感に()えないのは同国民ばかりではあるまい。以上二つの例を挙げてみても分る如く、墳墓(ふんぼ)に支配されている国と、されていない国との違いさは、余りにもハッキリしている。

 その他の国としては、西洋では埃及(エジプト)希臘(ギリシヤ)波斯(ペルシヤ)西班(スペイ)()葡萄(ポルト)(ガル)、東洋では印度(インド)、中国、朝鮮も同様の運命を辿(たど)って来た。この原因こそ、(はな)やかであった時代の夢醒(ゆめざ)めやらず、それが進取(しんしゅ)的観念の邪魔になって、遂に今日の如き弱国化したのであるから、この墳墓の奴隷観念が如何に(わざわ)いするものであるかは、右の如く歴史が物語っている。なお()つ宗教と(いえど)も例外ではない。その最も(いちじる)しいのが仏教であろう。仏教生誕地(せいたんち)の印度が現在の信徒三十数万人というのであるから、丁度千人に一人の割合で、事実は滅びたも同然であろう。又中国等は(ほと)んど仏教の蔭だにないとの事であって、(ただ)(わず)かに日本に(おい)命脈(めいみゃく)を保っているに過ぎない有様である。次にキリスト教であるが、これが最も(さか)んであったのは中世期頃で、何しろ裁判権(さいばんけん)まで(にぎ)った位であるから、他は()して知るべきである。それが科学文化の影響もあって、今日は形式的存在でしかないのも衆知の通りである。

 以上の事実によってみても、(あら)ゆる文化は時の流れに従って変転(へんてん)しつつあるのは言うまでもない。彼のベルグソンの万物(ばんぶつ)流転(るてん)の説もこれであろう。右の如く、進化の法則は古き物の没落(ぼつらく)と新しい物の勃興(ぼっこう)との歴史の過程(かてい)を見ても明らかに分るのである。この意味に(おい)て、新しい時代を指導(しどう)すべき価値がある思想が生まれてこそ、文明は進歩するのであって、それには歴史的偉大なる宗教である。としたら我が救世(メシヤ)教こそ最もそれに当嵌(あてはま)る事を断言(だんげん)するのである。勿論事実の立証(りっしょう)(もと)より、何よりも現在本教が経営(けいえい)しつつある多方面に(わた)る救いの業である。これを一々挙げる事は略すが、実際を見れば直に分るのである。何となれば、その(ことごと)くは今まで誰も手を染めなかったものばかりであるからで、この事に()いて私は常に人に言う事は、今日迄誰かが行ったものは、その専門家に任せておけばいい。私は誰も夢としてやらなかった文化的新天地を(ひら)こうとするのであって、それが私の天の使命と信じている。勿論その根本としては、標題(ひょうだい)の如く墳墓に支配されない主義の下に邁進(まいしん)しているのである。 

 

 

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