六月二十五日

 何時も奇蹟はありますが、最近のお蔭話の中に奇蹟中の奇蹟というのがありました。それは、六つになる子供ですが、普通医学上では小便が出ないのは八時間以上は危険だとなっているのですが六日間出なかったのです。それで命は取り止めました。ところが睾丸と陰茎が、膿がひどく出るために根本から取れてぶら下がって、何にも無くなってしまったのです。だから其処から腸が出ないかと心配したくらいです。その跡が握り拳ぐらいあったのです。それが僅かの間に元通りに生えたのです。その批評をつけたお蔭話を今読ませます。これは毎日新聞に話して出したいと思います。又出す値打があります。しかし又宗教宣伝になるから出さないかも知れませんが、出さなければ出さないで新聞社の連中だけに分らせるだけでもよいです。それから、これは駄目でしょうが、岡田道一さんに医師会に発表できるかどうか聞いてみようと思います。そうすれば相当な幹部のお医者さんが見ますから、それだけでも効果があると思います。

 御論文〔超奇跡〕     【註 栄光二一八号】

超奇蹟

(栄光二一八号)

 今読んだとおりで、驚くべき奇蹟です。今までにもいろいろな奇蹟はありましたが、こんな素晴らしいのは初めてです。

 「五月十五日に行って参りまして本人の陰部を見て参りましたが、陰茎は一寸五分くらい、睾丸は小さな盃くらいで三分の二くらい下がっております。誠に有難うございました」

 それから私は前から言おうと思ってはいましたが、これで気がついたので言います。重病の場合でもう治る見込がないという時に〝どんなになっても、まだそんな失望するにあたらないから、しっかりして居ろ〟と言って慰めますが、これは本当言うといけません。やはり生の執着が御守護の邪魔をするのです。治すのは、正守護神が神様の方から力をいただいて、自分がお取次して治すのですが、その場合に生の執着があると、正守護神の思うとおりにならないのです。本人や周囲の者も執着心が邪魔するので、治る場合も治らないという事も大いにあります。ですからこれからは、もう駄目だと思ったら、早く本人に諦らめさせるのです。〝これはもう駄目だ、死ぬ覚悟をしなさい〟と言った方が、かえって助かるのです。

 この事は私も経験がありますが、私は二十八の時にチフスをし、自分でもとても助かるとは思えないので遺言をしたのです。それは前の家内の時で、当時小間物屋だったが、〝自分はもう駄目だから、自分が死んだら商売は誰々に任して、こういうようにしろ〟と言ったくらいですから、全然生の執着が取れたのです。それで知っている人の兄が医学博士で、病院が近くにあるので其処に頼んだのです。そうするとその医者が来て診た結果、これは入院しても助かる見込はない。助かる見込のない者をみすみす入れるという事は病院の信用を落すからお断りすると断わられたのです。ところがその頃の私の家は狭くて、起居する部屋は二部屋しかないので、若しもの時に大勢人が来ても狭いから、死んでもよいから入院させてくれと、院長の弟が友達だったからその方から頼んで、やっとはいったのです。それでその当時は自動車はなくて人力車でしたが、人力車にも乗れなかったでの(ので?)、担架に乗って担いでもらって行ったのです。そして寝ながら町を歩いている人を見て、これで人を見るのも見おさめだと思ったのです。そうしたら夢とも(うつつ)ともなく墓場が見えてしようがなかったのです。それで自分は駄目だと余計思われました。しかしどうやら息はつながっているのです。そして非常に強い薬で、この薬が効かなければもう駄目だと言われたが、それをのまされるとその苦しいの苦しくないの、実に苦しかったのです。それでも死なずに居ました。そこで係の医者が、最初の見立ては肺炎だというのですが、その医者は肺炎とは思えない、チフスと思うから試験してみようというので、発泡薬というのでツユを取るのですが、ツユを取って顕微鏡を見たら、確かにチフスだという事で、チフスの手当をしなければならないという事になったのです。チフスは絶対流動物であって、チフスには薬はないのです。それから絶対流動物で、だんだんよくなって治ったのです。そういようで、生の執着を取った事がよかったのです。

 それには本人が肝腎なのです。本人に〝あなたはもう駄目だから諦めなさい〟と言い渡した方がよいです。それから本人ばかりでなく、親や周囲の近親者も大事なのです。近親者の執着の霊が邪魔します。ですから霊の邪魔というのが非常に重大なのです。それはそれとして、家の中に非常に反対している者がある場合に、反対している者は〝若しか治ると自分が恥をかいたりするから、どうしても治らないように〟と一生懸命に思うその霊が又非常に邪魔をするのです。そこで、執着は何にでもいけませんが、執着はどこまでも逆効果になるという事を心得ておかなければいけません。これは病気ばかりでなく、他の事にもあります。よく、金が欲しい金が欲しいと思いますが、その金の執着がある間は金ははいらないのです。その執着が邪魔するのです。まして信仰にはいって居ればなおさらです。そういう事は忘れてどうでもよいと思うようになるとはいって来るので、実に皮肉なものです。ですからあの人に信仰の事を分らせよう分らせようと思っていると相手は分らないのです。勝手にしろ、それだけの御守護があれば分るし、さもなければ駄目だから、と忘れてしまうのです。そうすると先方で信仰にはいりたいと頼みに来ます。ですから良い事でも執着は邪魔するのです。或る程度骨折って、あと思うとおりゆかない時は放ったらかしておくのです。そうすると案外よいものです。

 それからこの前の時に〝結核は浄霊するだけは毒が減ってゆくから病気が治りつつあるのに悪化する〟という事について話しましたが、それは衰弱のためです。という事は食欲が減るためです。再浄化の時にはよくあります。再浄化の時には、長くのんだ薬毒が咳になり痰になり、又熱が出る。そうすると咳で夜も眠られないとか、非常にセキ込んで体力を消耗します。それから熱というものがやはり体力を最も消耗するものです。そのために薬毒はだんだん取れつつあるにかかわらず衰弱を増して来るのです。それを補うには食事より他にありません。その食欲を出すには、一番に肩を柔らかくするのです。これは結核ばかりでなく、何病気もそうです。胃が悪い人でもそうです。肩を柔らかくすると非常に食欲が増します。ですから胃病の人は胃をやるより肩をやる方が効果があります。前に言った事がありますが、健康診断は肩で分ります。肩が柔らかい人は健康です。病人で助かる病人と助からない病人は、肩が柔らかい人は随分悪くても助かります。それから肩の固い人はそれほどでなくても駄目になってしまいます。健康上一番重要なのは肩の固い柔らかいという事です。

 それからもう一つ面白い事は、成功者の人の肩は必ず柔らかいのです。私は以前相当偉い人を時時治療しましたが、成功した人は肩が柔らかいです。今でも覚えているのは、近頃の特需で軍器製造をやっている、前の三菱重工業の社長で、今再びそういう地位になっている郷古潔という人の肩は非常に柔らかくて、固い所は少しもありません。それからこの間大臣になった田子一民という人の肩も柔らかいです。それから大分県の人で内務大臣の後藤文夫という人も肩が柔らかいです。その他にもまだ居ますが、最近社会に出た人だけを例にあげたのです。そういうようで、成功する人は肩が柔らかいのです。何故かというと、肩が柔らかい人は非常に精力が続くのです。だからどこまでも突進して行くから成功するのです。それで大抵な人は相当にやっても途中で(くじ)けるのです。いい加減な所で妥協してしまうのです。欲が制限されるのです。それだから中途半端(ちゅうとはんぱ)になってしまうのです。それは肩の原因が大いにあるのです。だから子供などの肩を柔らかくしてやるという事が、子供が社会に出て出世するとか、或いは学校の成績がよいという事になります。

 これからは病気についても、一切は肩を柔らかくするという主義でやらなければいけません。これは私は前から知っていますが、どうも今まではいい加減にしていたのです。それで最近、私は薬毒が沢山あるので方々を浄霊しているうちに、肩が非常に固くて骨みたいな物があります。それを去年あたりから肩を中心にして浄霊していたら、近頃は柔らかくなって、食欲が倍くらいになって、体の工合が非常によいのです。それで前から知りながら今さらのように気付いたので話をするのです。人の肩もそうですが、自分の肩も固い人は自分でやればよいです。それから私は何時か此処に居る三尋木さんをやった事があるが、柔らかいよい肩です。ですから事実において健康です。それから肩の柔らかい人はみんな太ってます。それは食欲が増えるからして太るわけです。そういうようで、まず肩を柔らかくすると凡てにおいてよいです。

 

 

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