ロスアンジェルスに行った樋口さんからの手紙が来ましたから読ませます。
(米国通信 六) 【註 栄光二二五号】
米国通信 六
(栄光二二五号)
今読んだとおり、これでアメリカの救いの第一歩を印したわけです。丁度赤ん坊が生まれたようなわけで、これからだんだん育ってゆくわけなのです。なにしろなかなか神様は急がれてますから、割合に早く発展するだろうと思ってます。ハワイなどはあのとおりなのですから。この間も三十人ばかりハワイの観光団が来ましたが、その中に信者が三人居て、今度支部長になる人も居ました。その人が三十人を引連れて来て、美術館などを見たりしましたが、これが又、観光団の人達が帰って大いに話をするでしょうから、今までにハワイに行った踊る宗教とか、そういったヒョロヒョロしたものではない、しっかりしたものだという事が、あっちの人にも大いに分るだろうと思います。それで今度ハワイにあっちの本部ができましたが、これは相当立派な家で、とても安く買える事になったのです。それも神様が前から用意されたものに違いありませんが、とに角五万弗というのですから千八百万円ですが、大変安いのだそうです。家もなかなか良い家だそうです。勿論洋館ですが、詳しい事はまだ分りませんが、人間も相当はいれるようです。今まではワイに行った新宗教などは直きに帰ってしまって、試しに行っているようなもので、腰をすえないから、土地の人も新宗教というと馬鹿にして、あれも直きに帰ってしまうのではないかという目をもって見てますから、そこにいって救世教がじっくりと腰をすえると、これは本当だと思うでしょう。今言った観光団の信者の人の話では、もう信者が七百五十人くらいできているそうです。本当に始めたのは三月ですから、まだ半年にならないくらいなので、とに角何もないところから、それだけできたわけですから実に早いです。ですからこの分で行きますと、増え方が鼠算で行きますから、大変だろうと思ってます。それでアメリカの方は又今に物凄い事になると思ってます。そういうわけで、だんだん面白くなって来ました。
「救世教奇蹟集」の本ですが、これは素晴らしい本のつもりです。来月出版になります。相当認めるだろうと思ってます。なにしろ「アメリカを救う」なども割合に売れましたが、あれが売れたために、あれに似たような本を出してます。私は新聞広告で三つほど見ました。あなた方も見たでしょうが、売れたものは、あとその真似をするのは、何んでもそうですが、本などもやはりその行き方です。この「奇蹟集」の本は、今までのお蔭話にある奇蹟の中から最も顕著なものを選ってますが、私なども今見て驚くぐらいです。そういうようなわけで、相当の効果があると思います。
それからその次には、来年の春あたりになると思いますが「医学革命の書」というのを出しますが、これは私は心血をそそいで書いてます。これは将来はバイブルのようなものになるつもりです。今までその序文を読んだ事がありますが、どうも気に入らなくて、最近できたのは大体これならよいと思うのが書けましたから、それを読ませます。
御論文 医学革命の書〔序文〕
序文
(『医学革命の書』より)
凡そ人間としての最大欲求は、何といっても健康と長寿であろう。他の凡ゆる条件が具備しても之が得られないとしたら、何等意味をなさないのは今更言う迄もない。従って人間生の執着程強いものはなく、此執着から離れられないのが人間の特性である。といってもそれを免れる事の不可能なるが為、今日迄は諦めていたに過ぎないのであって、若此解決可能な方法が発見されたとしたら、之こそ人類にとっての最大福音であり、大問題である。処が喜ぶべし、その欲求は完全に達せられたのである。即ち凡ての病気は医され、天寿を全うし得るという実に驚くべき新医術が、私によって創造された事であって、此医術が普く世界に知れ渡るに於ては、既成医学は当然革命されなければならないと共に、人類の理想たる病なき世界は玆に実現するのである。そうして先ず現在に到る迄の医学の歴史からかいてみるが、抑々今日の医学なるものは、知らるる如く西暦紀元前、彼の有名な医聖ヒポクラテスによって創められ、その後欧羅巴に於ては医療以外、信仰、星占、霊療法等様々な治病法が現われ、東洋に於ては古代から神儒仏の信仰による医しの業をはじめ、易占、禁厭等の外、支那漢時代に到って漢方医術が生まれ、支那全土は固より、特に旺んに採入れられたのが我日本である。西洋医学渡来前までは、今日の西洋医学の如く漢方が一般に普及された事は衆知の通りである。
処が十八世紀後半に到って、俄然擡頭したのが科学である。之が素晴しい勢を以て欧羅巴全土は固より、世界各地に拡がり、遂に今日の如き科学万能時代が現出したのである。それというのも凡ゆるものが科学によって解決され、それ迄不可能とされていた凡ゆるものが可能となる等々、遂に絢爛たる近代文明が確立されたのである。従って此恩恵に浴した人類は、科学を以て無上のものと信じ、科学ならでは何事も解決出来ないとする一種の信仰的観念にまでなったのである。特に医学を以て科学中の最も重要な部門として扱われた結果、人間生命の鍵をも握って了った事は、恰度宗教信者が神に対する尊信帰依と同様で、他を顧りみる事さえ異端視せられるというようになり、世は滔々として科学信仰時代となったのは知る通りである。
之によって医学は客観的には驚くべき進歩発達を遂げ、人類の福祉は一歩一歩増進されるかに見えるが、一度冷静な眼を以てその内容を検討する時、之は又意外にも進歩処か、反って逆コースの道を盲目的に進んでいる有様であって、その迷蒙なるいうべき言葉はないのである。何よりも事実がよく示している。それは病気の種類は年々増え、罹病率も減る処か、益々増える一方である。その結果人間は常時病の不安に怯え、寿齢にしても一般人は六、七十歳が精々で、それ以上は不可能とされている。上代の文献にある如き、百歳以上などは昔の夢でしかない事になって了った。勿論百歳以下で死ぬのは悉く病の為であるから、言わば不自然死であるに反し、自然死なら百歳以上生きられるのが当然である。というように人間の健康は極めて低下したにも拘わらず、それに気付かず、遂に病と寿命のみは宿命的のものとして諦めて了ったのである。而もそれに拍車をかけたのが彼の宗教であって、それは斯う説いている。即ち死は不可抗力のものであるから、その諦めが真の悟りとして諭えたのである。彼の釈尊が唱えた生病老死の四苦の中に病を入れた事によってみても分るであろう。
そのような訳で現在の人類は、病の解決は医学の進歩による以外あり得ないとし、万一医療で治らない場合、止むなき運命と片付けて了う程に信頼しきったのである。処が之こそ驚くべき迷蒙である事を、私は神示によって知り得たのである。というのは医療は病を治すものではなく、反って病を作り悪化させ、遂に死にまで導くという到底信じられない程のマイナス的存在であるという事と併せて、凡ゆる病を治す力をも与えられたのであるから、之によって普く人類を救えとの神の大命であって、今日迄不可能と諦めていた夢が、現実となって此地上に現われたのである。現在私の弟子が日々何十万に上る病者を治しつつある事実によってみても、何等疑う処はあるまい。万一疑念のある人は、遠慮なく来って検討されん事である。
以上の如く此驚異的新医術の出現こそ、今日迄の如何なる発明発見と雖も比肩する事は不可能であろう。何しろ人類から病を無くし生命の延長も可能になったとしたら、彼のキリストの予言された天国の福音でなくて何であろう。之が世界に知れ渡るに於ては、一大センセーションを捲き起し、世界は百八十度の転換となるのは火を睹るよりも明かである。最近の大発見として世界に衝撃を与えた彼の原子科学にしても、之に比べたら問題にはなるまい。私は叫ぶ、最早人類最大の悩みである病は玆に完全に解決されたのである。故に此著を読んで信じ得られる人は天国の門に入ったのであり、之を信ぜず躊躇逡巡、何だ彼んだといって見過す人は、折角天の与えた幸福のチャンスを自ら逃して了い、何れは臍を噛む時の来るのは、断言して憚らないのである。
この次のは「現代医学論」です。それで大体分るわけですが、それはこの次に読ませます。ちょっと面白い論文を読ませます。
御論文〔硝子製造人〕
硝子製造人
(昭和二十八年八月二十五日)
世間我救世教を以て、他の新興宗教と同様のレベルに見てる人がその殆んどであろうし、少しましな人の解釈でも斯んな処かも知れない。新宗教の中でも救世教は、多少レベルを抜いているようだ。何しろ僅かの間に兎も角あれだけの地位を獲得したのであるから、どこか違った処があるに違いあるまい。勿論終戦後の社会混乱に乗じて、巧みに人心を捉えた教祖独特の手腕は、買ってもいいだろう位に見ている事は、私にも大体分るような気がする。
中には“アメリカを救う”とか、“結核信仰療法”など、社会をアッと言はせるような題名の著書を出した宣伝政策など、医学の医の字も知らない癖に、随分思い切った事をするものだ、というようにその方の怪物視しているらしい。従って此医学が進歩した時代によくも思い切った非科学的な説を堂々と唱えるなどは、甚だ怪しからんと癪に障る人や、鼻の先で嗤う人もあるであろう。之等が私という者の見方であろうが、此見方の見方を玆にかいたのである。
之に就いて私は、今思うままをかいてみるが、右の見方は決して無理とは思わない。仮に私が普通社会人としたら、ヤハリ同様の見方をするかも知れないからである。そうしてブチマケて曰えば、先づ私なるものの正体は、一寸やそっとでは分る筈がない。本当に分る人は先づ世界に一人もないといっていい。恐らく人類史上私のような人間は未だ嘗て生まれた事がないからである。故に私こそ謎の人間と思っている。然し自分から謎といふのは可笑しな話だが、それが一番ピッタリしているように思う。今迄にも私の事をかいたり、噂をする人の言を綜合してみても、全然見当違いで、微笑まずには居れないのである。
玆で私は偉い人達の御気に障るか知れないが、右の謎の意味を最も分り易い譬えを以てかいてみよう。それは現在のどんなに偉い学者、政治家、宗教家でも、ジャーナリストでも、硝子製造人と私は思っている。というのは今日迄の世界は硝子で作ったダイヤモンド、即ちイミテーションを有難がり、満足していたからである。そこへ最近御膝元の日本に本当のダイヤモンドが生まれたのであるから、本物を見た事のないイミテーションに馴れた目には、サッパリ見別けがつかない。
何しろ数千年もの昔から、本物を知らない人間は、ダイヤモンドとは硝子で作るものとしか思っていなかったので、そこへ私は之が本物だと説明するんだから、疑いが先に立ってどうしても信ずる事が出来ないのである。然し中には親しく手に取上げてみる人もあって、硬度といい、光沢といい、今迄見た事もない素晴しさなので、成程本物は異うという事がよく分り、欣喜雀躍有難涙で分けて頂き、珍重愛玩措く能はざる事になる。
という次第で、何れは誰にも知れ渡る時が来るに違いないから、その時になって吃驚仰天、之は一大事と急に随喜の涙を零して、世界中から続々頂載に来る事になろう。その様が眼に見えるようだ。玆に到って長い間の硝子時代が終りを告げ、愈々天然ダイヤモンド時代に移るという事になる。以上の如くで私は現在どれ程偉い人をみても、硝子製造人としか思えないのである。
これはこの前書いた「神と硝子玉」という論文の続きみたいなものです。これはやっぱり「医学革命の書」の中に入れるつもりですが、とに角できるだけあらゆる面から又角度から批判して、これでもかこれでもかというようにいろんな例をあげたりして、分るようにするのですから、おそらくこれを読んだら分らない人はないだろうと思います。それでいろんなお蔭話からとった一つ一つの病気にはみんな私の批判をつけて出しますから、どうしても分らないはずはないわけです。
話は違いますが、自然農法も各地に大分反響を起こして、その土地の有力者だとか、或いは役人という連中が相当に研究をし始めたような話を聞きます。それで稲の方は大分顕著な報告を聞きますが、畑作の方はあんまり聞かないのです。多少はありますが、もっと素晴らしい成績が現われなければならないのです。現われないということは、これを一言でいうと堆肥迷信が大いに災しているのです。金肥や人肥ではないが、堆肥迷信になっています。どうも肥料という事の迷信が未だ本当に取り切れないのです。だから堆肥などで騒ぐ人がやっぱりまだ大分あります。ところが本当は堆肥もいけないのです。堆肥なしの土ばかりがよいのです。堆肥が土を邪魔するのです。前にも書いたとおり、土というものが肥料の固まりなのです。それで堆肥をやると、土の肥料がそれだけ減るのです。それを、堆肥からも肥料がとれるように逆に考えているのです。ただ堆肥というのは、固まり易い土が固まらないようにするために混ぜるのですが、そのためにはできるだけ腐らせて、葉の繊維などが無いようにしなければならないのです。それで根が伸びる場合に、柔らかければ伸びますが、ちょっとでも固いものがあったら伸びません。堆肥は固まらせないためのものですから、その必要がなければ、土が肥料なのですから、やらない方がよいのです。そういうところが、何でも反対になってます。それからもう一つは、土が天日で乾きますが、日当りの良い所は土が乾きますから、土の湿気を保たせるために堆肥をやりますが、これは木の葉でも何でも、湿気を保たせる目的でやるのですから、腐らせなくてもよいのです。果樹などは特によいです。水分を保たせるために落葉を厚くやりますが、それはよいです。堆肥というのはただそれだけのものです。それから堆肥は、大根、人参、牛蒡といった根の物には、土を温めるために、少なくとも一尺か二尺くらいの下に、木の葉がよいですが、一尺くらいの床を作るのです。そうすると其処から温みが始終ありますから非常によいです。大根などは、どんなに太く長くなるか分りません。それからもう一つは、私は芋が好きで、薩摩芋を毎日食べるのですが、実におかしいのは細長い薩摩芋があるのです。これが無肥ですと太って丸い薩摩芋が出来るのです。前に私が宝山荘で試験した時に、太って丸いのです。それで或る人が薩摩芋が欲しいというので一つやりましたが、なにしろ普通の五、六本分の量があります。それは金時ですが実に美味いのです。この頃は金時は作らないようですが、まるで金時のように白く粉をふいたようになってますが、殆んど農林一号です。それで美味しそうに見えるが、食べてみるとそうでもありません。味が悪いのです。最近は金時はだんだん止めて来たようです。ところが芋の作り方が違うのです。無論肥毒があるのです。その肥毒を消すために窒素肥料をやりますが、これが大変悪いのです。それで薩摩芋はできるだけ高畝にして、横から日が当たるようにするとよいです。それからよく蔓を切ったり裏返したりしますが、そういう事は決してしなくてもよいのです。そうして何処までも自然にするのです。それから間も詰めなくて、開けておいてよいのです。一番肝腎なのは高畝にして日を横から当てる事です。そうしたらウンと大きな物が出来ます。金時でも立派に採算がとれます。私は金時ばかり作りましたが、今言ったように大きなのが出来ました。それから薩摩芋は特に肥毒を嫌うのです。それから土の固まるのを嫌います。ですから幾らか砂気がある方がよいです。そこで薩摩芋は海岸が割によく出来るのです。そういうような工合で、今言ったようにして金時を作って試験してみる事です。きっと良いです。お蔭話にありますが、堆肥を一反分何貫目入れたとか、何畝に何貫とか言って、大変な事です。如何に堆肥を重要視しているかという事が分ります。ですから今後はできるだけ堆肥も使わないようにして、土ばかりにするようにする事で、そうすると又よく出来ます。これは去年の佐渡では、堆肥もやらない方がよく出来たと報告がありましたが、その方が理窟に合っているのです。なにしろ人間は間違ったいろんな習慣のために、それがこびりついてしまって、どうも切り替えなどもはっきりしないのです。これは農業ばかりでなく、薬などはその最もの親玉です。そういうようなわけですから、今の人間の頭というものを、つまり作り直すようなものです。
それから最近あった事ですが、私の写真を二人で(二人共資格者ですが)いただいたのですが、帰るときに違えて持って帰ったのです。即ちAの人に上げたのと、Bの人がいただいたのが、あべこべになってしまったのです。これが普通の写真なら何でもありませんが、ところが神様の方は、その人に上げたら、その人の護り神になりますから、他の人に行くと駄目なのです。ところが一方の人の写真に折目のような皺が出来たのです。それを私の所に持って来て、こういうふうになったけれども、どうしたよいでしょうと言うから、そんな事はない、余程間違った事があるというので調べさせたら、今言った事が分ったのです。それは神様が、それは注意しなければいかんというおしめしです。それでその皺は神様がつけたわけです。それで今度、一方を新しくチャンとやり直すようにしました。
又最近こういう人がありました。その主人公は相当古い信者で、神様のお手伝いなども時々するようですが、大酒が止まないのです。それでこの間大酒を飲んで、飛んでもない間違いをしそうになったが、それは神様がうまく止められました。しかしそれはおかしい、そういうはずはないからと、よく調べてみると、あまりに小さな家のくせに「大光明如来様」を御祀りしてあったのです。この事が又大変にあるのです。支部なら勿論結構ですが、家があんまり小さいとか、座敷の小さいとか、床の小さいのに、大光明如来様は相応しないのです。それからその信者の資格の上下があります。その代り立派な家で、大きな座敷でなら、大光明如来様も結構です。ですから総て相応にしなければいけません。食い違えば、何処かに故障が起こるというわけです。前にも、平塚の方の百姓で、以前に観音様の絵を画いた時分に、横向きのならよいですが、正面向きの「光明如来様」と言っていた正面向きの大きなのに、非常な雨染みができて、それがちょっとくらいのものではないので、どうしたらよいかと言うので、調べてみたところが、百姓屋の甚だお粗末な所に、今言った光明如来様を御祀りしてあるのです。それで、もっと小さいのにしたらよいと、そういうように改めた事があります。ですからただ立派なものならよいというだけでは駄目なので、相応しなければいけないのです。人間はよく間違えるので、ただ立派ならよいと思うのです。やっぱり昔から言う〝相応〟とか〝程々〟というそういう事に外れてはいけないのです。人間万事相応の理です。この相応という事は、つまり理窟に合う事です。何時も言うとおり、理窟に外れてはいけないという事は、相応しなければやはり理窟に外れるわけです。それから又理窟に外れると無理をするという事になります。だからよく昔から〝ぶるな。らしくせよ〟という言葉がありますが、先生ぶってはいけない、先生らしくせよという事です。信仰を鼻の先にぶら下げて――これは救世教信者にはありませんが、他の信仰に見られますが――信者ぶるのです。そういうようで、〝らしくする〟という事は〝相応する〟という事ですから、丁度よいという事です。そうすると万事うまくゆくわけです。順調に進んでゆきます。ですから私がやっている事は、別にそう急ぎはしないので、ゆっくりやっていて結果が早いのです。それは後戻りがないからです。普通は急いでも後戻りをするのが多いです。ですから遅くても確実にというわけです。これはイギリスの格言にありますが、〝遅くても確実に〟ということがあります。これはイギリスが世界一になった第一でしょう。私は昔からイギリスの「コモンセンス」と「遅くても確実に」という格言を非常に尊んでいましたが、今でも非常によいです。ところが今のイギリスは「遅いために不確実」という事になってますが、これは医学のために国民の健康が弱った事によるのですが、それは今の話とは全然別です。そこをよく考えて、智慧正覚を働かしてよく考えて、そうするようにして総てをやってゆくのです。そうすると、あせらずゆっくりしながら、ドンドンうまくスムースに運んでゆくわけです。
Copyright © 2020 solaract.jp. All Rights Reserved.

-1-scaled-2.jpg)