十一月十六日

 自然栽培の事ですが、いろいろの報告で今までのやり方からみて、結論としては、この間中言った、つまり天地返しが必要ですが、それだけでは少しまずいところがあるのです。というのは天地返しをしても、壁のようになっている肥毒の層が、やはり壁土が混るようなもので、肥料壁の土が混りますから、初年度ではそれが影響するのです。ですから天地返しをすると共に客土をできるだけするという事が一番理想的です。これなら初年度から何割という増産になります。それで種に肥毒があるとやっぱり何んにもならないのです。よく農事試験場などで無肥料を試験してみて駄目だという事は、種に肥毒があるからで、それを知らないからです。それと、肥毒の壁があるからして、丁度麻薬中毒の人間に麻薬を止めさせるようなもので、一時馬鹿になってしまうのです。そのために種も土も肥料をやらないと馬鹿みたいになるから、それで結果が悪い、それで無肥料は駄目だという事になったのです。やっぱり今まで熱冷しをのんでいたのが、止めると急に熱が高くなる。それは押さえつけていたものを離すからですが、それと同じ理窟です。その点を十分に分らせなければならないわけです。経験者は分ってますが、世間一般の農民などにその点を十分わからせるように話してやるのです。

 この間京都に行った話で、最も感じた点を二つ話してみます。丁度正倉院の展覧会が奈良の博物館であったのでゆっくり見ました。おまけに博物館の人と、もう一人は道具屋でそういう古い物に非常に明かるい人の二人がよく説明してくれたのでよかったのですが、結局正倉院の遺物というのは美術的に見てはそれほどの価値はないのです。というのは、殆んどの品物という品物は当時の室内家具、調度品が多いのです。ですから指物師には非常に参考になりますが、絵とか彫刻、陶磁器とか、そういう物はないのです。だから美術的、芸術的の物ではないのです。ただ千年以上前によくもこんな巧な物が出来たというだけのものです。だからもう一度行ってみようという気はしないので、一度で沢山です。あれを見て楽しむという事もできないわけです。それともう一つは京都の有名なお寺は殆んど見ましたが、一番意外に思うのは庭です。これは他の美術と比べたらガタ落ちしているのです。今度行った三宝院の醍醐寺という有名な寺の庭で、しかも秀吉が直接指導したというのですが、まるでオモチャみたいなものです。秀吉とも言われるああいう剛愎(ごうふく)な人が、ああいったママゴトのような庭をどうして造ったかと不思議に思えました。如何にも庭は落ちてます。何処の庭もそうです。それで龍安寺では、下らない其処らを探せばあるような石を恭しく飾って、これが何の形だとか、いろんな事をうまく言ってますが、私は庭よりか説明の文句に余程感心しました。大徳寺の大仙院の庭では、変な石をやって、これが支那の宋時代の山水を写してあるとか、いろんな事を言ってます。これは亀、何んとか言って亀に似ているとか、いろいろ言ってましたが、子供だましみたいなものです。小堀遠州が造ったとか、真珠庵などもそうですが、私は見ても何処がよいのか分りません。そういうような工合で、今度嵯峨の平安郷を思い切ってそういった事と逆のアッとするような物を造ろうと思ってます。外人などが来て、日本のああいう庭園を見て感心する者は恐らくないと思います。それからあとは桂離宮にしても、古い時代がついているから見られるものの、あれとても何んの変哲(へんてつ)もない、別に見る所はありません。それから修学院のただ大きいばかりの、庭だか何か分らないものです。ただ池の廻りが土手になっていて、それだけのもので、頭には何にも残りません。つまり日本人の批評眼が低いというよりも、目ができてないのです。だから何んでも、これは古いから、これは誰がこしらえた、これは昔から評判になっているから、という事で強いて見ようとするように思えるのです。本当の批判力というのに欠けているからと思うのです。だからピカソの精神病的の絵に感心したりするのです。これは批評眼がないからです。人が良いと言うから良いのだろう、新聞で褒めているから良いのだろうというわけです。ですから何処が良いのか分らないが、人が言うから良いのだろうというわけです。私などもそうで、展覧会などに行くと帰りには頭が痛くなりました。これは良いと言うから良いのだろうと、それを発見するのに苦労するのです。この日本人の頭は大いに教育する必要があります。例えて言えば、この薬が効くとか、このオマジナイは御利益があるとか、これを拝めば良くなるというと、それを信じるのです。それで、やっても少しも良くならないのに、長くやれば良いのだろうと、二カ月三カ月とやっているが良くならない、というのがお蔭話によくあります。ですから人に褒められると、それを信じて、少しも良くならない物を効くだろうと言っているのです。ちょっとのんでみて良くない、では駄目だと捨ててしまうというように、はっきりした頭にならなければならないのです。それでアメリカから来たオシロイとか、或いは近頃は皮膚病によい、水と油と混った物だから良いのだという広告を見ると良いと思ってしまって、全然批判力はないのです。ですから今言ったように京都の庭は何んでも良い、室町時代の物だから良いと有難がるのです。それが批判力が正しければ、室町時代だろうが、桃山時代だろうが、悪い物は悪いし、現代物でも良い物は良いのです。そういう一つの基準を作らなければならないと思います。ですから正倉院の御物を今のように言う人は、今の日本人には恐らくないでしょう。そういうようで、つまり正しい目を持って、良ければよい、悪ければ悪いという目を持ってやれば、正しく見れるし失敗もないのです。ところが肥料をやって不作になったり、薬をのんで多病の人間になったりするが、それに気がつかないという事は、如何に正しい批判力に欠けているかという事が分ります。そういう頭を養うのが最も肝腎であるし、救世教としてはそういう点などを大いに強調したいところなので、そういう人間を作るのが本当なのです。ところがかえってこっちの方を迷信と言うのは、全く見る人の批判力が欠乏しているからです。

 今度の「救世教奇蹟集」の広告について書いてみました。

 御論文〔ジャーナリストと本教〕     【註 栄光二三四号】

ジャーナリストと本教

(栄光二三四号)

 今度私が救世教奇蹟集メシヤきょうきせきしゅうを出版するに当っては、先ず最初三大新聞に広告を出すべく依頼した。処が読売のみは早速掲載けいさいしたが、朝日と毎日は三週間を経た今日こんにち、未だ出ない処を見ると、広告輻輳ふくそうの為ではなく、他に理由がなくてはならないと思ったのである。尤もこれに就いてはまえもって予想はしていた。というのは、毎日はそうでもなかったが、朝日のみは、先頃の「アメリカを救う」と「結核信仰療法」の二書とも広告掲載をきょしたからである。その際理由をたずねた処、係の話では、さんりょうろんあって決定がつきかねる為、掲載は不可能との返事であったので、今回も或いはそんな事かも知れないと思っていた処、今度は毎日も同様なので、驚いた次第である。

 これを要するに、私の著書は、どれもこれも取上げにくい程てんこうのものばかりなので、オジがつき、さわらぬ神にたたりなし的に引受けないのであろうが、気の小さい話である。併し、考えてみるとそれも無理はない。何しろ今迄に聞いた事も見た事もないような、ぜんじんはつきょう的著書で、現在の学者やジャーナリストの頭脳では到底想像出来ないからである。併しそれであればある程、進歩せる説として価値が高いわけである。然も事実のうらづけがある以上、くうくうろんでない事は勿論で、疑う余地はいささかもない筈である。言う迄もなく、現在の知識人に理解出来る程度のものとしたら、それは既成学問の枠内わくないであり、ありふれたものに違いないからである。これをたとえてみれば、彼の西洋に於けるコペルニクスやガリレオの地動説にしても、当時の学者は勿論、支配的勢力を持っていた宗教人等にも理解困難の為、強い反対にい、投獄され、生命の危険にまでさらされたのであるから、先覚者の世にれられない悩みは、何時の時代でも同様であろう。早い話が、日本に於ても幕末ばくまつ当時、西洋的のものは何でも彼んでも切支丹キリシタンバテレンの名のもとに、一刀両断いっとうりょうだん禁止された事や、ひそかに蘭学らんがくを学ぼうとした杉田すぎたげんぱくたかちょうえい等もそうだが、よししょういんの如き泰西たいせい文化ぶんかに触れようとした為、アレ程の迫害をこうむったにみても、思い半ばにすぎるであろう。

 これに就いて面白おもしろい話がある。昔白人たんけんがアフリカ内地旅行の際、偶々たまたま蛮人ばんじんが何か地にあるものを見附けて驚き、悲鳴を上げ逃げたので、早速その場所に近附いてみると、何と一個の時計が落ちていたので、失笑しっしょうを禁じ得なかったといういちそうを或る本で見た事がある。これを思い出した私は、少しちょうかも知れないが、その時計と救世教奇蹟集と相似ているとさえ思った事である。というように、私の説く処行う処は、ことごとく現代文化のレベルをはるかに抜いているので、反って始末が悪いのである。今一つの事は、今日世界何億の人民が神としてあがめている、イエス・キリストが行ったと同様の奇蹟を行い得る私の弟子、已に数十万に及んでおり、尚益々増えつつありという一事など、これだけみてもぜんとするであろう。

 さらばと言って、これをたんじゃせつする事も出来ない。確実な立証りっしょうが伴なうからである。そうかと言って今直に偉大なる発見として取上げる事も勿論出来まい。それには大いに勇気を要するからである。何しろ何百何千年にも及ぶ、伝統、宗教、学説等の綜合そうごう知識ちしきで出来上がった頭脳である以上、急に切替えるのは無理であるからで、どうしても時を待つより致し方あるまい。そうかと言って、安閑あんかんとしてはおれない理由がある。それは、驚くべきしんであって、人間は近き将来断崖だんがいから転落する如き危機が迫りつつある事である。これを救うべく神の大愛は、世界到る所に救いのつなを準備されており、早晩これを握らざるを得ない時が来るのは已に決定的である。処がこの重大事を知らず、又知らされても信じないジャーナリスト諸君は、何れほぞむのは分っているが、それに盲目もうもくであるが為、広告を引受けないのであろうが、それだけならいいが、この結果として大多数の不幸な人が救われる機会を失うのであるから、まことかんである。それというのも、本教の実態を知らず、他の新宗教と同列視どうれつししているに外ならないのであるから、本教が他の如何なる宗教とも全然違っている認識であって、それには本教を徹底的に調査検討されん事をせつに望むのである。現に本教が行っている事業たるや、偉大なる新文明の創造であり、その企画の雄大ゆうだいなる何物も追随ついずいを許さないものであり、これによって世界人類が救われるとしたら、この際小乗的見方を捨て、寧ろ本教を支援すべきが本当ではなかろうか。併し凡ては時の問題である。何れは一般に分り出し、世界の輿ろんとなるとしたら、その時となっては已に遅しで、全部の新聞は慌てて取上げざるを得ない事になろう。そうなったら、今日の如き大新聞としての権威を保つなどは、一つの笑い話となるであろうが、それにはこの際、眼を大局的たいきょくてき視野に向けられん事である。釈迦しゃか説法せっぽうではあろうが、新聞の使命は社会の指導的正しい輿ろんを作る事で、輿論の後を追うようでは、無定見むていけんそしりは免れまい。

 これに就いてうらやましいのは、のアメリカである。同国の有識者始め社会一般の進取的しんしゅてき自由主義は、今迄のものより進歩であり、人類の福祉にいささかでも役立つものとしたら、躊躇ちゅうちょなく取入れる態度である。発見者が学者であろうとなかろうと、商人でも職工でも宗教家でも、そんな事はどうでもいいという、大胆だいたん率直そっちょくな見解の広さである。同国が二世紀に満たない今日、世界をリードする程の地盤を築き上げたのもゆえあるかなである。私は、日本もこれにかんがみ、一日も早く島国しまぐに根性こんじょう一擲いってきし、非は大いに糾弾きゅうだんすると共に、是は大いにようするという大乗的見地に立って、新聞としての大使命を発揮される事である。そうして結局に於てこの救世の大業たいぎょうが完成するあかつき、日本が人類史上空前の模範国家として、世界から尊敬そんけいまととなるのは断言してはばからないのである。えてジャーナリスト諸君の猛省もうせいうなが所以ゆえんである。

 しかし実際無理はないのです。今新宗教とか言って世間の注目をひいているのは、今問題になっている霊友会とか爾光尊とか踊る宗教とかですが、そういうものが表面的に人の目につくような新宗教で、あといろいろありますが、それは殆んど世間には知れてないのです。ただ救世教だけが漸くこの頃そういう低級のとはどうも少し違うようだという事が分りかけて来たくらいなところです。しかし救世教の真相というのは未だなかなか分っていないのです。特にジャーナリスト方面には分っていないのです。分っていないというよりか、分っても分らないのです。丁度今首を傾げているところです。その代り、それがウンと下に下りれば、もうしめたものです。それからがこっちは本当に発展できるのです。だからこれもやっぱり一つの首の問題です。しかし、やはり神様がやっているのですから、別にそれほど気をもんだり心配はないので、よいのです。あんまり一度に分らしては可哀想だから、なるだけゆっくりボツボツやってやろうというような思召しだと思います。

 ちょっと違った論文を読ませます。

 御論文〔新聞の売薬広告〕     【註 栄光二三六号】

新聞の売薬広告

(栄光二三六号)

 私は日々新聞を見る毎に、心の暗くなる思いをどうする事も出来ない。知らるるごとく近頃の新聞の売薬広告は目立って多くなったようである。言うまでもなく薬物が大いに進歩したといわれ、ペニシリン、ストマイ、テラマイ、パス等々、ヤレ何々の薬がよく効くなどと、専門家は言論機関などを通じてハヤシ立てるので、一般人はそれを丸呑みにしてしまい、(ふところ)をハタいて買漁(かいあさ)るのであろうから、大いに売れ、売薬業者はホクホクものだろうが、これを吾々からみると実に恐ろしい気がする。というのは大切な金を捨てて病の種を買うようなものだからで、知らぬ事とはいいながら余りに可哀想で見てはおれないのである。しかも始末の悪い事には売る方もそれを善いと思って行っている事が、金儲けにもなるのだから大威張で、はなはだ結構にみえるが、実をいうと危険千万としか思えない。もちろんこれらことごとくの薬は麻薬と同様一時抑えにすぎず、本当に治るのではないから、暫くすると必ず再発する。また薬で抑えるというように漸次悪化しついに慢性となるのは御蔭話中にも沢山出ている通りである。

 従ってこの悲惨事を一人でも多くの人に分らせたいと思って、私は絶えず最善を尽くしてはいるが、何しろ根強い迷信であるから容易ではない。しかも政府はじめそれに携わっている人達は、これによって国民の健康を維持し得ると錯覚しているのである。

 このような恐るべき薬の害毒を知らない結果、堂々たる大製薬会社を作り、医師も協力し、政府も援助するとしたら、現在のごとき病人氾濫時代を生んだのも当然で、その愚及ぶべからずである。そうしてこれが現在文明のあり方であってみれば、この迷蒙を打破するのが世界を救う根本であろう。これとよく似た日本の例をかいてみるが、知らるるごとく封建時代から大東亜戦争直前までは、忠君愛国をもって最高道徳とし、大多数の殺人者程英雄と崇められると共に、個人としての武士、軍人階級は一生を通じて殺人の技術を練磨し、一旦緩急あれば義勇(こう)に報ずるという美名の下に、生命を捨てて顧みない。それを武士道精神の勇者として称えられ、一家一門の栄誉とさえ思われたのであるから、今日から見れば実に想像も出来ない程の馬鹿馬鹿しさである。それが敗戦によって一転、民主主義国家となった今日、当時を顧(かえり)みてその野蛮思想に愕然とするのである。

 ところがいよいよ天の時来って右と同様な変革が文化面にも今や来らんとするので、その第一条件こそ二十世紀の今日まで薬という毒物をもって、病を治そうとして病を作り、そうして苦しむという恐るべき迷蒙である。従ってこの迷蒙に終止符を打つのが神から命ぜられた私の大任である。

 これはちょっと面白い論文です。これは何回にも亘って書いてゆこうと思います。今まで昔からこんな事を書いた人は誰もないのです。キリストや釈迦やマホメットという人も、こういう点には全然触れてないのです。ですから後世いろんな説が出たり、どういう点によってああいう事をやったのか、ああいう事ができたのかという事がさっぱり見当がつかないのです。あの時代はそういう時代であったのかもしれないけれども、今日の目を持っている人には甚だどうも廻りくどいような不透明なわけです。だから説く事柄もいろんな説が出たりするのです。というのはあの時代では文化がそこまで行ってないから、あんなところで良かったのかもしれません。今日ああいう事を言っても、テンデ人は耳を傾ける事はありません。それもさっき言ったとおり批判力のしっかりしたものを持っていないために、今までは前提的に、みんな良いというそういったものに無批判にその考えになって、一生懸命にやるというわけです。これも私から見れば甚だもどかしい気がします。それで私はそういう事がどうも本当でないからして、神というもの、人というものはこういうものだという事をできるだけはっきり分らせようと思います。そうなると迷信もなくなってしまいます。迷信という事は、やはりはっきり説いてないからです。はっきり摑めないようになっているからして迷信も起こるのです。それで、はっきりできなかったという事も、神様の方の深い意味があるのですが、そういうこともだんだんに書きますが、取敢えず最初の方を読ませます。

 御論文〔私は神か人か(一)〕

私は神か人か(一)

(『私物語』より)

 私という人間程不思議な人間はあるまい。恐らく世界肇って以来類型のない事は確かである。私自身と雖も考えれば考える程、不思議の一語に尽きると思っている。そうして昔から知る限り、聖者、賢哲、偉人等の伝記を見ても、私に当嵌るような人間は一人もない。そんな訳で将来いつの日か誰かが私を研究し、批判する事も必ずや相当数出るであろうから、それを考え今出来るだけ私というものの有りのままの姿を記き残しておこうと思うのである。

 先づ私をかくに当って、一番不思議に思っている事は、誰よりも私自身である。それというのは余りの神秘性に富んでいるからであって、此意味に於て主観と客観との両面から解剖してみようと思うが、之に就いては何年も何十年も私に接近している者でも、今以って本当には分らないらしい。否私の妻でさへ余り分っていないようである。勿論、私は宗教家ではあるが、釈迦、キリストのような一宗の創立者でもなければ、飛抜けた人物とも思えまい。それは余りにも間口が広すぎるからである。

 そうして私は右のような事は若い頃から思ってもみた事がない。只普通人よりも何処か変ってる処があるようだと、只漠然と意識していたにすぎなかった。その最も変ってる点といえば、私は歴史上偉人として伝えられる如何なる人間でも、崇拝する気にはどうしてもなれない。それは私として追いつけない程の偉い人物とは思えないからである。之は理屈でもなく自惚でもない。自然に湧いてくる気持で、寧ろ寂しくさえ思える事が屢々あった。又今一つの特異性といえば非常に正義感が強く、悪を憎む事人一倍で、日々の新聞紙を見てもその憤激を抑えるに随分骨折ったものである。そこで何とかして此不正を減らしたいと考えた末、目を付けたのが新聞である。処が当時一新聞を発行するには百万以上の金がなくては駄目だというので、それを儲けるべく大いに活躍したが、事志と違ひ見事失敗した。然し之が宗教界に入る動機ともなったので、反ってプラスになった訳である。

 それが大本教の入信であって、それまでの私は無神論のコチコチであったが、大本信仰により神の実在を肚の底から認識出来たのであった。それというのは何しろ驚くべき奇蹟が次から次へと出て来るので、玆に心機一転百八十度の転換となったのは勿論、日の経つに従い益々奇蹟続出、遂には私の過去、現在、未来に亘る運命に就いての霊的啓示をも受けると共に、自分は超人的力を与えれら、人類救済の大使命を荷う事が判然としたのである。そうしてその頃洵に不思議な現象と思ったのは、偉大なる何者かが私を自由自在に操り、一歩々々神の世界の実在を、奇蹟を以て会得させた事で、其際込上げて来る歓喜をどうする事も出来なかった程である。此気持たるや幽幻至妙言葉では現わせない心境であった。而も相変らず奇蹟続出で、興味津々たるものがあった。一日の内に何度心が躍ったかは分らない。その中での最も大きな奇蹟は、大正天皇崩御の年、即ち大正十五年十二月の事であった。

 

 

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