(お 伺) 六十才の婦人(未入信)三十四才の時、産後「血脚気」を病み、乳児は血脚気の母体の乳の為に死亡致し、当時より体が弱くなり現在医療に頼って居り、医者の診察では神経衰弱と言われたそうです。三十年近く、凡ゆる宗教を信仰し、多くの医者に診て貰いましたが、貴方に病気はない。神経だ。と言われました。子供が死亡してより、腰から頭の方へ筋が吊る様になり、医者にかゝっているうちに、頭から腰の方え(へ?)、身体全体の筋がゆるむ様な「づるづる」と何とも言えない悪い感じが致し、そのうちに夜中に寒くなったり、熱くなったりする度に、気分が悪くなり、眼をつぶると奥の方に引ずり込まれる様な気が致し、前頭部より、何か塊りの様なものが心臓部に落ちる様な気がして、動悸が強く打ち、又動くと動脈をねじられる様に痛むそうです。今年九月初めにメシヤ教の御話を致しました処、早速浄霊の御希望にて、以来御浄霊させて戴いて居りますが、半月程前より心臓部の動悸はなくなりましたが、前頭部から肩、腰の方に筋が「づるづる」とゆるむ様な感じが、とてもひどく、頭が重いと言って居り、浄霊後は気持が良くなるのですが、夕刻より夜にかけてひどく、胃、腹部から横腹の方にかけても同じだそうです。之は如何なる訳で御座いましょうか。又「づるづる」するのが止まりますでしょうか。尚御浄霊の重点箇所を御教の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
『貴方に病気はない。神経だ』と言うのは、よく医者の言う事ですが、神経だと言うのは、立派な神経の病気じゃないですかね。あれは、おかしいですね。
之は薬毒病ですよ。最初の血脚気と言うのは薬毒です。薬毒病ですからね。薬を飲まなければ、血脚気と言うのはないんです。薬毒が乳から出るからで、之を打擲らかして置けば良いが、医者にかゝったからですね。医療に頼ったからこうなったんです。
凡る宗教を信仰したのは、別に害にはなりませんが、他の宗教では治す力はないですよ。
寒くなるのは、熱が出るのです。悪寒ですね。皆んな薬毒の為です。体が毒で目茶苦茶になっている。薬毒が無くなるにつれて良くなります。浄霊は苦しい処苦しい処をやると良い。苦しいのは、薬毒が溶けるんですからね。皆んな作った病気ですね。気長にそう言う風にやっていれば、段々良くなって来ます。
「血脚気は、薬毒が血に混入致しますのでしょうか」
そうです。毒だからね。
「そう致しますと、子供に飲ませても宜敷いのでしょうか」
構いません。青便とかになって出ますからね。子供が親の為に浄化してやっているみたいです。子供は、それで何うと言う事はない。それを止め様とするから母親に悪いのです。打擲らかして置けば何でもない。
(お 伺) 私の父貞吉(六十五才)は、去る九月十五日炭焼小舎の屋根の上で脳溢血を起し、私一人で梯子もなく二人が落ちる様にして、屋根から下ろして連れて帰りました。教会の先生にも来て戴き、家族の者もずっと浄霊致して居ります。三日目から少し意識を回復した様に思われ、五日目頃から、お茶等飲む様になりました。右半身不随の中風状態で御座いますが、口がきけず手真似で御神体を早くお祀りする様にと頻りに申し、予てお祀りさせて戴きたく思って居りましたので、九月二十五日御神体を奉斎させて戴きました。其後少しづ(ず?)つ良くなり、現在では御飯も普通に食べる様になりました。只口がきけず、右の耳も聞こえません。二、三日前から、何か少し言う様になりましたが、意味は良く判りません。教会の先生が木龍の憑依ではないかと言われますが、心当りとしては三年程前、宮の境内の二抱え程の木を切った事があり、其の他今年の春、寺の銀杏の枝が台風で折れて落ちたものを、寺に断って碁盤にすべく切って持って帰って居ります。現在は炭焼をして居り、家族全部入信し、御屏風観音様も昭和二十三年にお祀りさせて戴きました。三年程前に分家が絶えて居り、私の家の墓に三界万霊の石碑を建てゝおり、位牌はお祀りして居りません。右浄化と霊的関係が御座いましょうか。又御浄霊の箇所を御教の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
厄介な処で脳溢血を起したね。之は木龍だね。木龍許りではない。脳溢血と木龍と両方です。之は、脳溢血になるべき毒血があって、脳溢血になった。それに木龍が憑ったんですね。ですから、耳が聞こえないと言う事は、普通の中風ではないんです。言葉――口がきけないと言うのが、木龍の働きですね。けれども、脳溢血が治るに従って木龍も救われますから、大丈夫です。
右の半身が不随の時は、左のこゝ(頸部)に固まりがありますから、それを良く浄霊する。治りますよ。そうひどい――重いのではないですね。少しづ(ず?)つ良くなります。左の固まりを解かないと再発します。溢血はこう言う風に(右より、頭の上を通り左側に)来ます。再発しなければ、段々良くなりますね。気長にやっていれば良いです。
三代前の分家が――之は位牌をお祀りした方が良いですね。仏具屋に位牌を頼んで、分家の苗字――大垣と言うんですか。分家の諸霊位と文字を書いて、それを下座の方に置く様にする。そうすると、そこに三代前の霊が来られますから、祝詞を聞いたりして救われますから、それは是非やった方が良い。
【御 教 え】
今日は教団に関した話をする前に、その参考として、之を読ませます。それから、その話をします。
経と緯
(『文明の創造』)
およそ天地の真理を知る上において、経と緯の意味を知る事が最も肝要である。この事は今までにも幾度となく説いて来たが、なお一層詳しく徹底的に書いてみよう。それについてはまず根本的認識である。それは私が常にいう日は火で、火は経に燃ゆるものであり、月はその反対に水で緯に流動するものである。従って日の本質は高さであり、月の本質は広さである。この理によって今地球を説明してみると、地上の空界は水素が緯に流動しており、火素は経に上下を貫いている。つまり経緯の精が綾のようになっており、布地のごときものである。しかもそれが想像を絶する程の密度であって、この事実として卑近な例ではあるが、人間が横臥すれば寒いのは、緯に流れている水の精によるからであり、起きて経になれば暖かいのは、経に昇降している火の精によるからである。また火は霊的、精神的、陽であり、水は体的、物質的、陰である。この理は世界の東西文化をみてもよく判る。東洋は経であるから霊的、精神的であるに対し、西洋は緯で体的物質的であるから、今日のごとき科学文化が発達したのである。宗教においても仏教は経であるから、経文といって経の字を用いており、祖先を崇拝し、子孫を重視すると共に、孤立的であるに反し、キリスト教は祖先を祀らず、夫婦愛を基調とし、隣人愛を本義とし、どこまでも国際的緯の拡がりである。
右のごとく、今日までの世界は、東洋文化の精神的に偏した思想と、西洋文化の物質的に偏した思想とであったがため、どちらも極端に偏する以上、一切が巧くゆかなかったのである。従って人類の苦悩はいつになっても解決出来ず、世界の混乱は停止するところを知らない有様である。こうみてくるとどうしても経緯両方が結ばれなければ、完全な文化は生れないはずである。としたらこの経緯の結ばる時こそ問題であるが、驚くべしそれが今日であり、その力の行使こそ本教の使命であって、本教のバッジがよくそれを表わしている。
次に私は前から言っている事だが、観音力の働きもそれであって、すなわち経にも非ず、緯にも非ず、といって経でもあり、緯でもあり、いずれにも偏らない応変自在であるから、千変万化、自由無碍というのもこの意味である。この理によって人間の心のあり方もそうなくてはならない。すなわち心は常に原則として経緯結びの中心に置くべきで、これを一言にいえば常識である。本教が特に常識を重んずるのはそういう訳なのである。
ところが世間常識人はまことに平凡に見らるるもので、反って偏る人の方が偉く見えるものであるから、この点大いに注意すべきである。事実この偏在精神の持主が、偉く見ゆるのは大抵一時的であって大成は出来ない。いつかは必ず失敗する事は、歴史がよく示している。
右のごとく経は高いが小さく、緯は低いが大きいのが真理である。従って私はこの方針で進んでいるので、例えば箱根と熱海がそうである。箱根の聖地は高くて小さいが、熱海のそれは低くて大きいのである。
また経は霊であるから箱根を先に造り、熱海は体であるから後に造るので、これが霊主体従の順序であるからで、この通りにすると実に順調にうまくゆくが、少しでもこれを狂わせると、必ず故障が起るのはほとんど絶対的といってもいい。実に神様の御経綸こそ、一糸紊れずまことに整然たるものである。
(御論文「経と緯」のあとの御教)
之は今迄、よく書いてあるから知っている人は沢山あるでしょうがね。あとで話しますけれどもそれがやっぱり、良く出ている。それから、もう一つ、仏教ですね。「文明の創造」の宗教篇ですが、仏教に於る大乗小乗も、一寸面白いですから、参考の為に読ませます。
仏教に於ける大乗小乗
(『文明の創造』)
元来仏教は、小乗が本来である事は、以前私は書いた事があるが、小乗である仏教の中にも、大乗と小乗のある事を知っておかねばならないのである。これを判りやすく言えば、小乗は自力本位であり、大乗は他力本位であると思えばいい。そうして仏教中禅宗と日蓮宗は小乗であって、その他はことごとく大乗である事で、ここではまず小乗から解説してみるが、これは自力であるから、どこまでも難行苦行を修行の第一義としている。というのはこの考え方は、その根本が婆羅門宗から出ているためである。ことに彼の禅宗に至っては、最もこのやり方が濃厚に表われている。
先にも詳しく説いたごとく、釈尊によって主唱された仏教精神は、婆羅門式難行苦行は誤りであるとし、それに代るに経文を唱える事によって、悟りを得るという言わば経文宗教ともいうべきもので、ある期間印度全体を風靡した事は人の知るところであるが、その勢いに対してもそれに従う事なく、依然として婆羅門宗を奉ずる一団があった。もちろん信念は頗る固く、相変らず禁欲的難行苦行の道を歩み続けて来たのはもちろんで、その信仰の的としては彼の達磨であった。そうして達磨思想の真髄としては、苦行の外に学問であって、この両道によって悟道に入るべく、錬磨研鑚したのである。
ところが釈尊入滅後数十年を経てから、婆羅門宗の行者の中に、傑出した一人物が現れた。これが彼の有名な維摩居士である。この維摩こそ禅宗の開祖であって、この本流が彼の臨済禅である。ところが彼は業成るや、印度を捨てて支那内地に移り、布教のため各地を巡跡し、最後に至って有名な五台山に登って道場を開き、道教の祖となったのである。そのような訳であるから本当からいえば、禅宗は仏教から出たものではなく、日本に入ってから仏教化したものであろうし、そうしなければ布教上にも困難があったからでもあろう。この意味において禅宗の寺院も修行法も、僧侶の日常生活等も他宗とは大いに異っているにみても分るのである。彼の禅宗のみに行われる坐禅の行も、開祖の達磨の修行に則ったものであるのは言うまでもない。また問答を修行の第一義としているが、これも他の仏教とは異ったもので、学問から生れたからに違いない。それらについてもうなずかれることは、支那日本における古来からの禅僧である。彼らの中、学高き者は漢詩のごときものを作るが、これには禅の悟りを含めたような、言わば漢詩禅ともいうべき詩文を作り、盛んに書いたらしい。今日これらの書や大字など相当残っているが、好事家から非常に珍重され、価格も高いが、静かに観ると実に脱俗的匂いは人の心に迫り、よく筆者の人格を表わしていて、実に頭の下る思いがする。その中でも有名な彼の『碧巌録』の作者圜悟禅師のごときは支那随一とされている。
日本における禅宗の開祖は、京都大徳寺の開山大燈国師であるが、この人も当時から傑出した僧で、その文といい書体といい、まず日本一と言ってよかろう。次は鎌倉円覚寺の開祖無学禅師であるが、私はこの人の書はことに好きである。このように見て来ると、禅宗の高僧は僧侶よりもむしろ宗教学者といった方がいいくらいである。そうして今日日本の禅宗は曹洞宗、臨済宗、黄檗宗三派となっているが、黄檗宗は微々たるもので、これは支那の方がさかんだという事である。禅宗の方はこのくらいにしておいて、次は日蓮宗を書いてみよう。
日蓮宗はもちろん小乗仏教であって、難行苦行による自力本位であるから、他宗のごとく釈迦や阿弥陀には余り重きを措かないようで、ただ一途に開祖日蓮上人を中心に拝み、苦行によって自力を強めようと修行するのは人のよく知るところである。すなわちこれらによってみるとこの宗は釈尊の仏教を通り越して、婆羅門の流れを汲んだものといってもいいくらいである。上人が「吾は法華経の行者なり」と言われたが、この行者の言葉も婆羅門から出ているのである。といって上人は釈尊の経文にも大いに重きを置いている。法華経二十八品を同宗の基礎とした事によってみても分るが、言わば上人は精神は婆羅門に従い、形体は釈尊に学んだといってもよかろう。そうしてこの宗は最も霊憑りを奨励し、修行の第一義としているが、これも仏教的ではなく婆羅門的である。
(御論文「仏教に於ける大乗小乗」のあとの御教)
つまり、今両方読んだが。根本は経と緯ですね。之を結んだものが、今迄ないんです。それで、救世教も最初観音教時代には、経と緯だったんですね。経は――之は皆んな知ってますが、天国会だったですね。緯が五六七会だったですね。ですから、信仰の状態も、天国会の方は非常に厳粛だったですね。簡単に言えば、厳しかった。窮屈でもあった。それから、五六七会の方は、寔に自由で気安かったけれども、又だらしがないと言う事が言える。両方共極端と極端です。之はやっぱり経と緯で、つまり結んでなかった。伊都能売になってなかった。そこで、結局に於て、天国会は大きな手柄を残したけれども、失敗した。五六七会の方も大きな働きをしたけれども、失敗した。そうして去年の事件によって――事件と言うのは、兎に角五六七会の失敗なんですね。
五六七会は緯ですから、非常にどんどん発展した。一時は不思議な位発展しましたが、之は緯の働きですから、幾らでも広がったんですね。それが良く出ている。そうすると、経と緯の観音会と言うのはそうなんです。今度メシヤ教になってから、緯が失敗する時期になったんですね。で、以前は殆んど、五六七会と言うのは、教団の八割位に発展したんですからね。丁度、五六七会が観音教団の様な形になったんですね。それが去年失敗すると、それから後は、経の方の観音会系統の人が――大草さんとか、阿部さんにしろ――全てが経営の中心だった。ですから、非常に教団はがっしりして了った。堅実と言う様な感じですね。けれども、之ではやっぱり発展性が乏しくなる。ですから、何うしても発展性は緯の広がりでなければならない。そこで、今度渋井さんが、その働きをしなければならない。丁度、事件当時――事件が起るや否や――渋井さんが脳溢血で倒れた。中風ですね。普通だったら、今もしょうがないんだけれども、何しろ一時はフラフラになって、やっと旭町から歩いて来る様な――ものにつかまって、やっと歩いて来る位だった。口もきけなかったし、頭もぼっつとして、何うにもならなかった。最近は私の浄霊によって殆んど治って来た。この間京都に行って見た処が、どうやら活動出来る様になったと言う事で、愈々時期が来た。それで、渋井さんが大いに働く事になったんです。この間、渋井さんが言う事には、自分が教修をしたのは十何萬――十萬以上ある。それが、あとが寔に育たない、と言うんです。本当に順調に育っている人は、何分の一だと言うんです。処が自分があゝ言う様な病気だから仕方がない。新しい信者を作るのも肝腎ですが、復活させるのも肝腎で、手っ取早いと言うんです。それで、私も大いに結構だからやりなさいと言った。そうすると結局、何う言う意味になるかと言うと、天国会系の経と、五六七会の緯が、今度結ぶ事になる。ですから、渋井さんも、以前の緯に経が加わる。それから、天国会系の人も、今度は緯が混じる働きもすると言う事になって、両方とも、丁度結ぶ働きになる訳ですね。それではじめて伊都能売の働きになっていく、丁度そう言う動きが来た訳ですね。渋井さんと言う人は、発展する――拡げる力は非常なものです。何と言うか、腕があると言うか――そんな様なのがあります。そうかと言って、拡げるのを締めていくと言うのがない。今迄なかったですね。拡げっぱなしなんです。それで、自分も懲りたと言っている。以前には変な人間が入って来て、色々かきまわしたり、教団の金を、何とか旨い事を言って引出したりする。渋井さんは非常に良い人ですからね。世間の人がそんな悪い事をしないと、気を許したからで、今後は絶対にそんな事はないと言っている。結局は経の働きが出る訳ですね。ですから、之からは本当の伊都能売になって来た訳ですね。
それから散花結実ですね。あれは大体――教団の去年の事件迄と言うのは、花を咲かせたんですからね。花と言うものは、つまり体になります。霊ではない。ですから、体だけは非常に花を咲かせた。五六七会が花を咲かせた。そうして、五六七会が散らした。ですから事件の動機と言うのは、五六七会が起した。之から実を結ぶと言うのは、やはり五六七会がやらなければならない。之から実を結ぶと言う時期になります。ですから、体ですね。体の働きですね。それから、天国会は霊の働きです。之からは、中島さんも霊界で活動します。そこで霊、体の力が出ますから、要するに伊都能売の力ですね。丁度その時期になったので、それを知らせたんです。ですから、之からは教団の色々な形も違って来ます。何う違うかと言うと、非常に発展していく、広がっていく。
之で、色々精しく話すると――中々色んな事がありますが、大体は今お話した様なのです。一寸あれは何う言う訳なんだと言う、色々な疑問が起った様ですが、それは今言った様な、神様の方の御経綸によって、色々な訳があるのです。例えて見れば、こんなにお陰があって――段々お陰がひどく大きくなっていく。病気も早く治り、感謝する人なども、前から見ると非常に違って来ている。病気が早く治って、違って来ている。感謝が強いですからね。その割に発展しないんです。おかしいですね。それは何だ、と言うと、今言った様に緯の方が休んでいたからで、之から緯の働きが始まりますから、成る程と言う様な事になっていく。ですから、之からは経でもいけなければ、緯でもいけない。伊都能売ですね。そう言う風になっていく。だから、やる人も、何処迄も伊都能売式でやらなければならない。教団全部がそうなるんです。以前の様に天国会と五六七会が一つの対立する様な系統のものが出来て、あゝなったと言うのは、之はやはり仕方がないんです。それが世界の型なんです。で、型と言う事は、よく言いますが、そう言う事も、世界の型をやっている。つまり、東洋文化と西洋文化ですね。それが、今迄別々だったんですね。東洋は何処迄も精神的に、西洋は何処迄も物質的と、両方偏っていた。之から、それが結ぶんですが、その前に救世教が結んでそれが世界的になるんです。ですから、言わばこっちは、その模型をやっている。
又、地上天国の模型なんてのは、そう言う訳なんです。将来世界はこうなる。と言うその一番始まりをやっている訳です。教団の今の型も、世界の型をやっている。いずれ世界は結ぶんです。神様が経綸しているんですから、その頭を以て見れば判ります。
今日は、西南アジヤの方面が非常に変って来ましたが、あれは世界の整理の為なんです。今、英国が一番やられてますが――植民地なんかがね。あれは一つの清算ですね。と言うのは、英国は長い間、あゝ言う国を武力で圧迫して、そこから出る色んな利益を搾取していた。それはもう許されない。ですから、今度エジプトなんか、條(条?)約ですが、未だ期限が来ないのに、期間は未だ十年近くあったんですが、その條(条?)約を破棄しようとしたですね。その口実は、先には武力によって結んだ條(条?)約だから、破棄するのは当然だ。と言うのです。それには違いないがね。イランあたりからやられて、それにつけ込んで、やる訳なんです。と言うのは、一番目はインドの植民政策ですが、インド独立運動の為に英国が譲歩して了った。その為に、それを契機としてイランの石油問題が起り、エジプトに問題が移って来て、今度は又イラクあたりもやっている。要するに、武力や、力によってそれを抑えて、そこから出る富を搾取して、英国が大きくなったんです。そう言う間違った事は許されないと言う時期になったんですね。やはり、大きく言えば、一つの五六七の世の現れですね。一つの現れと言っても良い。然しそうかと言って、英国がそう言った欲張った許りでもない。良い事もあるんです。と言うのは、そう言うアジヤの未開の国を、相当開発しましたからね。イランの石油にしろ、若しイギリスが来て出さなかったら埋もれたからね。エジプトとか、あそこいらの文化を進展させたと言う様な点は良い方なんですね。やはり、良い方と悪い方と両方あったが、良い方は、何処迄も残して置き、悪い方は、間違っているから整理していくと言う――神様は整理をしている訳ですね。それは非常に結構です。未だ未だ色々な事があります。神様は全てを整理しているんです。共産主義と言い、アメリカの資本主義と言い、あゝ行った全体主義的なやり方と、自由主義的なやり方とが闘っていると言うのは、大きな経綸なんです。それを、良く見ていると判るんです。判ると言う事は、こっちに智慧正覚がそこ迄進んでいなければならない。智慧正覚が進む様に一生懸命修業するんですね。そう言う、世界の色々な変化する型と言うのは、私は始終神様から見せられているので見当がつくんです。以前には小いさな型ですが、この頃の型は大きくなった。今お話した天国会、五六七会のなんかは、今迄の教団の流れを見ていくと、軈て世界はこう言う事になっていくと言う事が分る。
この一番元と言うのは、大本教なんです。大本教はメシヤ教が生れる為に出た宗教です。お筆先に「この中は世界の型であるから、この中を見て置いたらありやかに分るぞよ」と言うのがある。非常に面白い。その一つの現れとして一番分るのは、大本教が最後に断(弾?)圧されたのが昭和十年の十二月八日です。それから、日本が太平洋戦争を始めたのが昭和十六年十二月八日ですね。丁度六年目ですね。同じ十二月八日と言うのだから、不思議なんですね。処が、神様の方でちゃんと大本教でそれをつくらせて、日本が太平洋戦争を始めると言う様な意味があるんですね。こう言う事は、実に神様は甚深な綿密な経綸をやられている。それを、差支えない事だけは話しますが、あんまりは言えないです。残念なんだが、之は仕方がない。
もう一つ面白い事は、以前にも話したが、私が大本教を脱退する前に、大本教の東京の分院と言うのが、今の和田堀にあった。あそこで、世界の型をやった。それは人間でやったんです。その時の幹部の者で、そこの会長が東島亥之吉(*木村 瑞枝)と言うアメリカの型の人で、大変な人気だった。又一方には田口清吉と言う元東京の石屋組合の会長があって、この人がソ連の型だった。それ迄と言うのは東島亥之吉(*木村 瑞枝)と言うのに、方々にあった支部が皆んな集まった。そうすると、田口清吉と言う人は、相当力の或る人で落着いていたが、或動機により「俺の時期が来た」と、或支部を穫(獲?)得した。と言うのは、ソ連が鉄のカーテンを作って、穫(獲?)得したと言うのと似ている。東島(*木村)と言うのは、海軍大佐でその人が会長になって居た事が英国の型になっていて、その人の長男で、海軍少尉でしたか、逗子の海岸で高い処から飛び込んで、何処か打って即死した。その時、私は英国が植民地を失うんだなと思った。植民地と言うのは、子供を生んだ様なものだからね。今英国が植民地を失いかけて来たのは、その型なんですね。もう一つ面白いのは、石屋組合長の田口清吉と言うのは、最近今年の夏箱根に居る時に金を借りに来た。尾羽打枯した、実に見るかげもない。洋服もヨレヨレになってね。温泉事業を静浦の附近でやるのに、資金を借りに来た。私は断わりましたがね。そう言う事は、教団として出来ないと。私は熟々思ったが、結局ソ連の最後は之になるなと思った。東島亥之吉(*木村 瑞枝)と言う人は、今茨城県に引っ込んで居て、古い信者から指示されて気楽にやっているそうですが、之が又何うなるかと言う事が、アメリカの運命になって来る。然し、この人は立派な人ですから、いずれ復活するだろうと思っている。と言うのは、大本教がいずれ変りますからね。その一つの現れが出てますからね。と言うのは、先月箱根に居る時、三代様が私の処に来て、庭を見せてやって、色々話してやった。非常に喜こんで、今度は、今月末京都に行った時、家内だけ、茶席の会があるから、招かれて、是非来て呉れと言うので、家内丈行く心算りですが、之は神様が、意味が合ってやっている訳です。そう言う点なんか、一つの世界の経綸の型になって来る訳です。そんな様な訳で中々色々な意味もあるし、興味もあるんです。今日はそれだけの話です。
之は、大宅壮一と言う、あの人は別に問題にはならないですが、霊写真に就いて、けしからん事を書いてありましたから、信者でも見たら首をかしげる人があるかもしれないので、そう言った事を書いたんです。
(御論文「大宅壮一と言う人」)(註 栄光一二九号)
大宅壮一と言う人
(栄光一二九号)
此人は不思議な頭脳の持主である。今度も東京日日の「蛙のこえ」で、三回に亘って例の通り巧妙に私の悪口を書いたが、此人は廿年も前から、親の仇のように私を狙っていて、根気よく時々私の悪口を新聞に出している。処が今度の記事は、今迄にない御念の入ったものであるので、よく考えてみると此間の彼の悪口に対し、教団の方で名誉毀損の訴えを起した為、口惜し紛れにかいたものであろう。といって又訴えられるのは怖いとみえて、極力独断を避け、根拠らしいものを集めて、材料にしている点がよく分るのである。
処で、其材料なるものは、昔の私の知人であった頭の少し変な人が、私を恨んで語ったらしい嘘の記事が、昨年某三流新聞に出ていたのをネタに使ったり、まだ白黒も判らぬ昨年の事件を黒と決めて了って、悪口の材料にしたりしてデッチ上げたもので、何も彼も一方的に取上げて私の名誉を傷つけようとするのだから、斯んな不徳義な行為をして何の利益があるのか、確かに普通の頭脳ではない事が分る。だから斯ういう精神変質者を相手にするのは大人気ないが、広い世間には立派なジャーナリストと思っている人もあるだろうから、それに瞞されないようにと筆を汚した次第である。
只右のネタの内、信者の中で霊写真に就て真相を知りたい人もあるだろうから、此一つだけかくが、最初右の変な人が写真を撮った処、其翌日驚いて飛んで来た。それは不思議なものが映ったといって、乾板のまま見せに来たので、それがアノ千手観音様が写った写真なのである。又煙りのようなのは鏡に反射した為というが、其部屋には手鏡一つさえなかったのである。又龍神は誰が見てもハッキリしており、御本人も之は正に龍神であるといって、不思議を繰返えし得々としていた位である。
では何故此様な嘘ッ八を新聞へ出したかというと、昨年私の著書の奇蹟物語へ霊写真を出したので、其謝礼が欲しかったらしく、十六年振りで訪ねて来たが、気まりが悪いと見えて、明ら様に口へ出さないのと、私は其人を以前立派な人と思っていたので、そういう事をいうと侮辱になると思い、反って触れないようにした処、彼は私を、没分暁漢だと思って憤慨し、返報返えしの意味であったに違いないと想像されるのである。
祖霊祀りに就いての注意
(栄光一三三号)
いつもいう通り、宗教を代えた場合、其宗教の先生に勧められるまま、祖霊を祀り変えるが、之は大いに注意すべき事である。左の御蔭話には其点祖霊が出てよく分らせたので、大いに参考になると思うので、此文を添えたのである。
一家断絶寸前の境地より救われし喜び
(本文省略)
(「祖霊祀りに就いての注意」)のあとの御教)
よく、宗教を替った場合に、特に神道ですが、神道に祀るのが良いとして、又先生にもそう言う風に勧められますが、それが、祖霊にとっては非常に有難迷惑なんです。それを霊が出て言うんですから、一番はっきりしているんですが、以前から私が、やたらに改宗してはいけない。一間の家族でも、揃って改宗する事は滅多にないんですからね。処が、やっぱり祖霊さんでも同じ事で、天理教の信者になっても、俺は嫌だ。昔からの仏界の方が良いと言う祖霊の方が多いですから、それを気付かせ様と思って、天理教に入ってから、重い病気になったり、苦しんだりすると言うのは、そう言う訳なんです。又キリスト教に入って先祖を祀らなくても良いと、祖霊を祀るのを止めますが、祖霊は悲しんだり怒ったりします。処がメシヤ教は違います。信者になったと言うだけでも喜こびますから、不賛成と言う者はないんです。之は霊が憑ってよく言います。それでも、中にはこう言うのがあります。御獄教、豊川さんと、色んなのがありますが、そう言うので、役員になったりしたのが、霊界に行ったのは、メシヤ教は良い宗教には違いないが、癪に障ってしょうがない。邪魔してやれと言うのがいる。又狐が憑って邪魔する場合もありますからね。直ぐに祀り替えや、そう言う事はしない様にして、以前通り祀ってやって、何年か経ってから、メシヤ教が分って来るから、是非祀られたいと言う気分が起って来ますから、之が一番安全なんです。稲荷なんかそうですね。狐ですから、悪い方が多いが、メシヤ教と言うと、飛んでもない。邪魔してやれと言うのがいる。この間の地上天国の質問応答に、そう言うのがありました。之は、先生が知らないんですが要するに指導者の失敗ですね。光明如来様をお祀りするや否や直ぐに処分して了った。それで狐が怒って――と言うのがあった。それで、処理のしかたが早かった。と言う事を答えた。そんな訳で祖霊さんを祀り替えると言う時も、慎重にしなければならないと言う生きた実例なんです。それでいずれメシヤ教の方の祀り方――形式を拵えますが、今の処は、こっちの方で、そう言う形式になってないんだから、威張って言えませんが、そう言う点はメシヤ会館が出来てからです。本部の形が一通り出来てから、そう言う冠婚葬祭のやり方に就いて考えます。やはり順序から言って、本部の形が出来てから出ないと、順序が違うんです。それで、それ迄は待って貰うとして、今のお蔭話も、祖霊さんに就いてのこう言う実例を見ると、大変参考になりますから、それで読んだのです。
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