十一月二十八日

(お 伺) 辰巳芳子(昭和二十三年二月入信。二十七才)昭和二十二年十二月より左肺浸潤の為御浄霊を戴き、大学へ通学出来る程に良くなりました。然るに本年四月頃より咳(息を吸う時ヒューと音が致します)が続いたり良くなったりを繰返し、八月頃からは咳が頻繁となり、御浄霊を毎日戴いて居ります。医診では、右肺浸潤で熱は夕方六度七分から七度位の程度であり、痰は極く薄いのが出てを(お?)ります。咳はヒューヒューと言うのは無くなりましたが、未だに頻繁で特に夜激しく御座います。御浄霊の急所、並びに一日の回数に就き御教え戴き度く御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 之は何でもないですがね。肋間に毒があるんです。肋骨の間にね。胸から横腹にかけてね。押すと痛いですからね――直きに分ります。それから出るんですね。肺浸潤と言うのは、非常に良いんですよ。あんな結構なものはないですよ。こう言う処の毒が溶けて、痰になって出るんですからね。この人は、薄い痰だから直き治りますが、浄霊に力が入るからですよ。力を抜けば、こう言う処なんか、どんどん溶けますがね。それから、ここをやったら良い――顎の下ですね。そこに必ず熱がありますよ。

(お 伺) 当年六才の男子で、昨年七月玩具のラッパにハンダで取付けてありました金具(長さ八分位、廻り六分位の円筒の物)之を口の中に入れて弄んでいるうちに、誤まって呑込み、其節那な非常に苦しみ顔色は真っ赤になりましたが、寸時にして収まり、家人も余り気に留めず、検便もせず過し、其後は非常に感冒に罹り易く、其都度高熱を出し呼吸が荒く、食欲は減退致し度々嘔吐を催し、左肺最下部に右の金具がある事が分り、医師の言うには、此異物を吸込み、器(気?)官を通り現在肺臓内にある故、左肋骨最下部一本を切取り摘出手術以外に方法なしとの事でしたが、子供の母親は四年前入信して居り、手術する事を嫌い、是非御道にて御救いを戴きたいと熱心にお縋り致して居ります。尤もレントゲン写真は、田舎の事とて医者自身が自信を持てず、目下東京の専門透視家の鑑定を依頼中との事で御座います。今迄物を嚥下する場合、御飯一粒すら気管への移行の時は咳により吐出されますのに、かかるブリキ製の危険物が果して肺に入るもので御座いましょうか。万一医者の言う通りでも、御浄霊にて御救い戴けますもので御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 肺に入ったと言うのは嘘ですよ。こんな物が肺に入る訳がない。第一肺に入ると言うなら、息道の方から吸込まなければならない。食道からで入る訳がない。入って腸に行ってないから横っちょの方に止まっている。大して心配ないです。暫くすると、少しずつ少しずつ溶けて来ます。人間の熱は大したものです。よく、ガラスを食べたり、釘を食べたりするでしょう――見せ物でね。何でも食べるでしょう。あれと同じ理窟ですよ。之は、段々――金でも溶けて来る。それで小さくなって来ます。或る時期になると軟かくなって、便になって出ます。放ったらかして置くと良い。唯、浄霊するんです。金物が軟らかくなる。金物の霊ですね。人間の体に異物が入ると――器物なんかは―こう(浄霊)すると、霊が薄くなる。稀薄になる。それで、体の霊と言うのが、しなびたり、溶けたりするものです。人間の体は良く出来ている。体の熱と言うのは大変なものなんですよ。体温ならば、何度と言うが、腹の中の熱と言うのは大したものです。つまり、熱の霊ですね。体の方は大した事はないが、霊の方は大したものです。之(浄霊)だってそうですよ。百度か二百度はあるでしょう。

 私のなんかは千度位ある。霊ですからね。私がやると、熱い熱いと言いますが、霊も――力があるとそうなるんです。人間の体も、そう言う事があります。で、金の霊の方が溶けてくるから、体の方が溶けて減っていくんです。心配しないで、そこの――左の肺の下ですね。在る場所を浄霊して――それで良いです。やっぱり咳が出たり色々する事はあるでしょうが、それは別に――之の為許りじゃないです。然し幾らか、此金が溶けた為もあるでしょうが――其為の浄化と思い易いんですね。

(お 伺) 二十七才の男、二十四年の暮より、急に声がかれ食物が通らなくなり、医診では咽頭結核と言われ、それ迄胸は、何の自覚症状もなかったのですが、レントゲンの結果両肺が相当に進んでいるとの事で、医療を加えてを(お?)りましたが、余り良くないので、二十五年九月より二十六年四月迄約七カ月入院致し、ストレプトマイシン五十本、他にチビオン六カ月服用致しましたが、右肺が癒着しているから肋骨五本切らなくてはいけないと言われ、手術が嫌で退院致し、専ら食事療法を行って居ります。自分では今の処、何の苦痛もなく少し位の仕事ができますが、血沈も多くレントゲンも完全でないので、勤める事も出来ませんので、御浄霊で治したいと申して居ります。チビオンが大変腎臓を侵すとの事で御座いますが、之を浄霊させて戴いて宜敷いもので御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 浄霊させて戴いて――宜敷いでしょうかと言うのは変ですね。だって浄霊しなかったら、絶対に治りませんよ。他に治す方法はないんですからね。させて戴いて――良いも悪いもない――治りたければ、すれば良い。あの世に行きたければ、止すと。この人は大しい(た?)事はないですね。

 唯、薬毒ですね。薬毒を入れなかったら簡単に治るものですがね。浄霊すると薬毒の浄化作用が起りますから、それを、予め承知してやれば良いですね。それに、未だ体が衰弱してないから、体を掃除する間は大した事はないから、普通の浄霊で良い訳ですね。

(お 伺) 十才の男子。四才の時急性胃腸と脳膜炎を起し、医者にて絶望状態を救われましたが、同年九月より、引きつける様になり後天性癲癇と言われ、月一回必ず、夜明け前に発作を起し、症状は、強度に引きつけ尿を漏らします。発作後は無意識に頭痛を訴えます。学校の成績は悪く、いたずらっ子で家人を困らせて居ります。その家には、別に霊的に関係のある様な死に方を致しては居ない様に思われます。祖母は熱心な天理教信者であります。家人が言いますには、お腹の具合が悪い時には、必ず発作を起し易いとの事で御座います。右は如何なる原因で御座いましょうか。霊的でなく腹膜炎を固める事によっても、この様な症状を起すもので御座いましょうか。御救い戴きますには如何致しましたら宜敷う御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 之は霊的じゃありませんよ。脳膜炎を固めてあるんです。それで、前頭部ですね。ここに固まっている。それで、癲癇の様な症状が起るんですね。強度に引きつける――之は前頭部の中の――脳が、非常に神経を使う機能になってますから――それから、尿を漏らします――小便を催すとか言うのは前頭部に神経があるんですから、ここに浄化が起る為に、そう言った神経が鈍くなる――ぼーっとして鈍くなる。それで、尿を漏らす。発作中に無意識――ここに浄化が起るから――強く起るので無意識になる。それが溶ける為です。学校の成績――無論悪いですね。今、天理教じゃ治りませんね。それ丈ですからね。前頭部の中を浄霊すると、すっかり治ります。之も、力を絶対入れちゃいけません。之は、良くなると、目ヤニや洟が出ますから、そうしたら、しめたものです。それから痰が出る事もあります。そんな――排泄物で治って来ます。

 それから、お腹の具合が悪い時は発作を――之は、お腹と頭は続いてますから、ここに浄化が起る時は、お腹も浄化する。だから、ここ(頭部)を浄霊すると、お腹がグーグーと鳴る事があります。天地になってますからね。

(お 伺) 二十四才の男子。昨年一月に下腹部の苦痛と尿の濁りに、驚いて医者にかかり、尿道炎との事でペニシリン十本、ダイアジン三十本を注射しましたが何の効果なく、八月には睾丸結核で、右を手術にて取り去りましたが変化なく、他の医師に診て貰いました処、右腎臓結核故、至急手術せよと言われ、十二月手術しましたが、猶はっきりせず、今年一月には両肺浸潤と言われ、以後気胸を左肺に行って参りましたが、三月頃より猛烈に尿道が痛み、全く不眠状態となりましたので、又ペニシリン四十本を打ち、レントゲンで焼き固めて参りましたが、依然として痛みは取れず、九月には医者も全快不能と言い、死を待つ許りでしたが、十一月に御道を知り、九死に一生を念じつつ御浄霊を戴きました処、十日目頃より猛烈な下痢の浄化を戴き、激痛は殆んど無くなりました。然し、尿は二十分に一回づ(ず?)つ御座いますが、完全なる体になるとは思われませんが、今度如何なる方法をさせて戴きましたら宜敷う御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 全快不能と――之がおかしいんですね。全快不能にしたんですからね――御自分がね。放ったらかして置けば、ちゃんと治っちゃうのを、一生懸命に病気保存法をやった訳ですね。実に――之をどうしても知らしてやらないと、人間は可哀相ですよ。如何なる方法って、つまり浄霊ですね。之は、睾丸結核なんて、之は間違いらしいね。と言うのは、手術にて方法なく――と言うんですからね。若し、それが病気の原因なら良くならなければならない。それが、変化なく――と言うんだから、誤診だった訳ですね。右腎臓結核――之も誤診ですね。と言うのは、手術をしても、猶はっきりせず――と言うんだからね。両肺浸潤――之は本当でしょう。肺浸潤と言うのは、さっきも言った通り結構なものですから、放ったらかして置くと良い。之は薬毒ですよ。小便に薬毒が混じって尿道を荒らす、そこに小便がしみますから、それで痛む。痛みは取れず――見当が違いますからね。全快不能――実に罪悪ですね。之は何でもないのを、段々やって命迄奪うんですからね。実に大変な、恐るべきものですね。この人のは、大した病気じゃないんです。之は、医者がつくったんです。つくったと言うのは、レントゲン――薬毒が一番ですね。未だ、年も若いしするから、まあ――仕事が出来る位に迄は治るでしょう。然し、その間浄化がありますから――然し若いから大した事はないです。咳だとか下痢だとか、それから濃い小便だとか、そんな程度ですから。そう悲観する事はありませんが、実際、お医者が散々壊したのをこっちで修繕するんだからね。うんと金を使って壊して貰うんだから、之程愚かな、悲惨な話はないですね。

(お 伺) 小島武左衛門(六十二才)昭和十八年頃物を持上げる途端に下腹が何となく力が抜けた様な感じが致しました。其時から左太股鼠蹊部の少し上の処に小さな腫れが出ました。脱腸と気附き、脱腸帯を使用し今日に至りましたが、膨れは段々大きくなりました。然し痛みは少しもありません。仰臥すれば引込みます。八月頃子供が、脱腸は色が変る様であれば生命に関わると、学校の先生に聞き、念の為に病院え(へ?)行き、診断を受けました処、医師にも同じ事を言われました。尚、この老年になって脱腸とは珍らしい事だ。手術すれば治るが、又出るかも知れない、との事でした。万一出っ放しになれば、時を移さず手術をしなければ、生命に関わると言われました。私と妻と長男及びその嫁が入信させて戴いて居ります。御屏風観音様は廿三年、御神体は廿五年十月に御奉斎させて戴いて居ります。御浄霊(約三カ月)は、教会の先生及び家でも毎晩戴いて居ります。脱腸には何等変化は御座いません。農家の関係上、少しは力仕事も致しますが差支えない物で御座いましょうか。又御浄霊の急所に就き御垂示御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 然し、脱腸と言うのは、年寄りによくありますよ。赤ん坊と年寄りに多いですね。こう言うのは腹膜に毒が溜って、圧迫するんですからね。子供のうちのは――磯鶏部に穴が開いている――人間はね。穴が大きいのは腸が出る。年取ったのは穴が開いていると言う事はないから、圧迫です。圧迫されるから、どうしても軟らかい処に出るんですね。それから、色が変る様であれば生命に――こんな事はないですね。他の訳ですね。腸は――腹が疵して脱出するのは、命に関わりますが、皮の中で疵しても、まあ――命に関わる事はないですね。心配しなくても良いです。お腹に固りがありますから、浄霊して取ると良い。それから、帯を固く締めてはいけない。固く締めると、どうしても腸を圧迫して、出るから――帯は固く締めてはいけない。それから、腎臓の後も大事ですから背中から尾骶骨の方をやる。それから、之も力を絶対に抜く様にしてやる。之は心配した事はないですよ。然し、相当長くかかるな。年取ると、幾らか、そういった――緊張力が弱ってますからね。でも、段々治るから、今言った様にしてやって御覧なさい。

 

【御 教 え】

無神迷信

(栄光一三四号)

 最近新聞紙上を(にぎわ)しているものに、公務員の汚職(おしょく)問題がある。然も御承知の如く次から次への続出で、殆んど底知れぬ観がある。これによって想像してみると、官界方面は何処も彼処も腐敗し切っており、丁度第三期梅毒患者のように、何処を()しても膿汁が出るのと何等変りはない。恐らく今までに斯んなにまで腐敗した事は聞かなかった。そこで当局も何とかせねばならぬと、対策に腐心しているようだが、それとても知れた事で、例の如く官紀(かんき)粛正(しゅくせい)の一途あるのみであろうが、これも致し方ないとしても、これ等も一時的手段で根本には触れていない以上、何れは再び同様な問題が起るのは知れ切った話である。

 そうしてこの問題に関連して、近頃(やかま)しく言われているものに彼の社用族の暗躍がある。彼等はそれぞれの役人を料理屋、待合等に招待しては、ウンと饗応し骨抜きにしてしまって、旨い金儲けをするのだそうだが、これ等に要する費用も莫大な額に上るであろう。言うまでもなくそれらの金も物価や税金に掛けられて、その負担は国民が負うのであるから、考えれば国民こそいい面の皮である。このような訳で、この問題は一日も早く徹底的に解決しなければならないが、遺憾(いかん)乍ら当局も有識者もその根本原因が分っていないから、どうしようもないのが実状である。そこで私はこれに就いて、必ず解決出来方法を教えたいと思うのである。

 先ず何よりも理窟(りくつ)に合わない事は、この問題を起す処の連中は、残らずと言いたい程、高等教育又は相当の教育を受けた者ばかりであるから、教育と犯罪とは余り関係がない事になろう。処が世間一般は高等教育を受けた程の人間なら、犯罪を(おか)すような馬鹿な事はする筈がないと信じ切っている。それが今日の社会通念であろう。成程智識人に限って、暴力的犯罪は行わないからそう思えるのも無理はないが、事実は暴力を揮わないだけの話で、それに代る智能的に行うのであるから、結果に於ては寧ろ深刻さがある訳で、然も彼等社会的地位にある人間であるから、一般に与えるその影響も少くないであろう。では何故智識人であり乍ら、彼等はそのような忌わしい犯罪を犯すかというと、其処には重大な理由があるので、私は先ずこの点にメスを入れてみよう。

 その根本理由というのは、彼等の心理に一大欠陥(けっかん)がある事である。それはどんな不正な事でも巧妙にやり、人の眼にさえ触れなければ旨く済んでしまうという唯物観念である。処が意外にも予想もしない処などからバレてしまうので、大いに驚くと共に首を(ひね)るであろうが、その場合彼等の心境を想像してみると、こんな処であろう。俺はアンナに巧くやったんだが、到頭バレてしまった。俺だって法律上の事位相当知っているから、間違っても法の網に引っかかるような間抜けな事はしてないつもりだが、それがこんな結果になるとはどうも分らない。併し出来た事は仕方ないから、成可く速かに軽くなるようにすると共に、若し今度再び役人になった節は、もっと巧くやってやろうと思うのがその殆んどであろう。中には殊勝(しゅしょう)な公務員もあるだろうが、そういう人は今度のような汚職事件を起したのは全く間違っていた、俺が悪かった、この上は深く罪に服し、これを契機として立派な人間に更生しようと決心するであろうが、なる程一時はそう思っても日の経つに従い、その決心は段々緩んでしまい、(もと)木阿弥(もくあみ)となるだろう。というのはその原因が何れも無神論者であるからである。

 ではこの問題を根本から解決するにはどうすればいいかと言うと、言わずと知れた信仰である。信仰によって神の実在を認識させる事である。それ以外効果ある方法は絶対あり得ない事を断言するのである。それというのは彼等の犯罪心理は前述の如く、この世に神仏などは絶対ないと信じ切っており、この地球の上は空気だけで、外には何もありはしないという、至極単純(たんじゅん)な観念である。処が、吾々の方は眼には見えないが、神は必ず在ると言うと、それは迷信に囚われているからだと決めてしまうである。処が真に実在しているから実在していると言っても、そう思われない処に恐るべき無神迷信が伏在しているのである。とすれば実に憐れむべき彼等であって、この考え方が犯罪心理の温床(おんしょう)となっているのであるから、この迷信を打破する事こそ、問題解決の鍵であることは余りにも明白である。では何故彼等はそのような迷信に陥っているかというと、言うまでもなく子供の時から唯物教育を散々叩き込まれた結果、唯物主義至上の迷信に囚われているからで、この啓蒙(けいもう)こそ吾々の仕事である。つまり彼等の再教育であって、事実これによってのみ犯罪を犯さない人間が作られるのであるから、為政者も智識人もこの事に目覚(めざ)めない限り、他の如何なる方法も一時的膏薬張りに過ぎないのである。つまり人の眼は誤魔化し得ても、神の眼は誤魔化し得ないという只その一点だけを、彼等の腹の底へ叩き込む事である。

(御論文「無神迷信」のあとの御教え)〔註 栄光一三四号〕

 もう少し書く積りなんですがね。それは、先にも少し――一寸、書いた事がありますがね。人の目を誤魔化し得ても、自分の目を誤魔化し得ないと言う事を――先に、書いた積りですがね。だから、誰も知らないと思っても、自分丈は知っているんです。処が、自分と言うのは、霊線によって神様に繋がってますから、何かあると、自分が知っている事は、取締りの方に直ぐ知れちゃうんです。つまり、閻魔の浄玻璃の鏡の様なものですね。そこで、審きと言うか、浄化と言うか――起るので、その点を知らせれば良いんです。だから今の文化と言うのは、実に安直なもので、ああ言う――相当社会的にも偉い人たちが、殆んど悪い事をしてない者はない位ですからね。それで今――此処に役人の人が居たら――何ですけれどもね――官吏と言う――役人と言うのは、実に信仰が嫌いなんです。ですから、役人で信仰に入ると言うのは非常に少ないんです。少ないから、役人で信仰に入るのは――非常に偉い人ですね。そんな様な具合ですから、無神者と言うのは役人、新聞屋とかジャーナリストですね。だから、そう言う人は、どうしても隠し事をしたがる。そうった、社会を指導する様な、社会の上に立つ様な人が、そう言う事をするから、どうしても一般は真似する。それを我々は打破るんですから中々大変な事です。之は人間業ではないから――神様がやっているから出来る様なものの、それを解らせると言う事です。そうでなければ、幾らでも出て来る訳ですね。だから、始終政府では官紀粛正だとか、色々やってますが、一時的なもので――今大分喧ましくなったから、当分の間気をつけ様、今にほとぼりが冷めたら――今の処はその積りでやり給え、と言う様な具合でね。だから、何時迄経っても、後々と出る。医学の対称(症?)療法みたいなものです。痛い処は、注射で取る。熱い処は氷で冷ますと言う――つまり、表面に出た処をやると言う――それが、今の文化ですからね。我々の方は、外に出たものは大した問題にしないが、出るべき元ですね。それをギュッとやっつけるんです。処が、こっちの方は目に見えない仕事で、向うの方は目に見える仕事だから――医学や法律で抑えつけるから、はっきり効果がある様に思われる。処が、我々の方は、その何倍、何十倍の効果があるが、目に見えない効果だからね。丁度、浄霊でやるのを医者の機械でやる様なものですね。

 お蔭話に出てますが、最初は手を振ってやれば――治るものかと、失望したとあるが、処が翌る日になると大分良いので、変だと言う事になる。それと、ちっとも異わないですね。之が唯物教育の結果です。つまり唯物思想が悪の根本になる訳です。そこで、この間も、悪が今迄必要だったと言う論文を書きましたが、それと同じ様に、みんなカチカチの唯物思想になったと言う事も、之は今迄は必要だったんです。それでなかったら唯物文化は発達しないんですから、その為に発達したが、その代り余計な――あってはいけない物があるから、救世教はそれを取ると言う仕事なんです。之は、良い物を拵え様とする場合に、ゴミとかカスとか、色んな汚たない物が出来るんだから、それを未だ取り切れないで、汚たない――削った粉だとか、色んな物があるんですね。あるのがそれで良いとしてあるのが、今の文化です。苦しみ乍ら、それに気がつかないでいる。そこで我々の方は、出来上った物はとって置いて、汚たない者は掃除していく――しなければならないと言うんです。処が、使い途になるのは少なくて、カスの方がずっと多いんです。だから厄介ですが、神様がやられているんだからね。いずれはちゃんと掃除が出来ますからね。その掃除と言うのは――段々、掃除されるべく、神様の力が強くなりますからね。それが、つまり火素が増えるんですね。霊界が違って来るから、結局に於て、浄化がどんどん強くなりますからね。今信仰に入っている信者ですね。信者も随分浄化が強くなっているが、信者だから浄霊で解決がついてますが、一般――世の中に浄化が強く起る様になると、之は大変です、幾分そう言う傾向が見えて来ましたがね。

 今迄は寒くなると赤痢が無くなるが、今年は寒くなっても赤痢が出るんですね。ああ言うのは、浄化が強くなったんですね。一番仕(始?)末が悪いのは薬毒ですが――

狐が薬毒を知っているんです。それで、人間に教えているのがありますからね。

「狐霊でさえ薬毒の害を知っている」

 それから、B・C・G問題に就いて、この間新聞に出ていた或る村の事が一寸面白いと思うのでそれに書き添えたのと一緒に新聞に出して、この間のも、之も厚生大臣に送ってやろうと思ってますがね。

 

(「B・C・G問題」)    〔註 栄光一三五(〇?)号〕

BCG問題

(栄光一三〇号)

 昨今BCG問題が喧しくなって来て、言論機関も盛んに論議されており、医家の間でも賛否両論に分れていて、仲々決着はつかないようである。そうしてこの問題の起りというのは、先頃米国ミネソタ大学の教授マイヤース博士が、BCGの有害無益論を、八月十八日発行の米国医学協会雑誌に掲載されてあったところ、折も折日本においても武見太郎博士が文芸春秋四月号に、結核撲滅対策を撲滅せよとの題下に、BCGの効果に疑問ありとし、法によって強制するのは不可なりという意見を発表したので、それらに刺激されてか、最近に至って橋本厚相が、同薬の効果はいまだ不確実な点あり、充分確定するまで接種は見合した方がいいとの主旨を発表した事から、俄然波紋を捲き起し、政治問題なども絡んで、面倒臭くなったようである。これについて私としての見地から、いささか批判を加えてみるが、

 これは事改めていう程の事もないが、BCGに限らずどんな薬でも効果は一時的で、時が経てば必ず薬害が表われる。というのは私の持論であって、今度の問題などもそれである。もちろん吾々にはよく分っているが、科学者としたら実に不可解千万と思うであろう。というのはこの薬は、昨今使用しはじめたものではない。すでに二、三十年も前からさかんに使用されて来たにかかわらず、今までは別段何事もなかったにかかわらず、思いもかけぬ今度のような事が起ったので、本来なれば何よりもこの原因を究明しなければならないが、それも無理であろう。なぜなれば、この原因は科学の分野には属していないからであって、その証拠には今もって決定しないため、今度の問題が起ったのである。というのは真の原因は霊的であるから科学的智識では分りようがないので、今ここにかくところの私の説明を見たところで、科学者から見ればまず一種の珍説か、迷信的ドグマにしか思えないであろう。ところが吾々から見ればこの人達こそ、立派な科学迷信に陥っているからである。

 さてこれから真の原因を明らかにしてみるが、それはこうである。私は以前かいた事もあるが、長い間の夜の世界がいよいよ昼の世界に転換する事となったので、霊界においては太陽の精である火素が増え、浄化力は日一日と旺盛になって来たので、以前は薬で固め得たものも、今日では固まりえなくなったためで、それが今度の問題の原因である。そのような訳で今後時日を経るにつれて、段々固まらなくなり、いずれは医師自身がすべての医薬に疑問を起す事となり、結局薬害の恐るべき事がハッキリ分って、ついには医学の再出発という事になるであろうし、ここで初めて眼を他の面に向ける事となる結果、本教の浄霊療法こそ真の医学としての真価が判り、医学の大革正となりやがては世界医学界に一大センセーションを捲き起すのは、時の問題でしかあるまい。従って今度の問題も、その時機の接近の示唆でなくて何であろう。

 

 

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