(お 伺) 笠井末男。昭和二十四年十二月精神分裂症にて入院し、電撃療法を行い一度は収まりましたが、翌年再発し再入院致し、頭が変でありましたが電撃慮法は致しませず、自然に任せて居りました処、稍快方に向いましたが、赤痢を併発し衰弱が甚だしくなり、自宅に帰り、本教を知り、昨年五月より御浄霊を戴いております。八月頃には精神異常が甚だしくなりましたが、最近は応答も大分普通に出来る迄にさせて戴きました。現在は左足に苦痛を覚え、体の動きは中風の様で御座います。又左足は右足よりずっと肉のつき方が少なく、筋肉も締っておりません。食事は少しづ(ず?)絶えず欲しがり、特に魚が好きで、その食べ方は犬猫の様だと申しております。御神体はお祀りさせて戴く迄に信仰が進んで居りませんが、御屏風観音様はお祀りさせて戴いております。霊的と思われますが、無理の様でも御神体をお祀りさせて戴きませんと、お救い戴けないもので御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
精神病は、少しけわしい時は、歩けなくなったりしますが、あれは麻痺する注射をうつんでね。筋肉が締ってない――足を使わないと痩せて来ます。之は猫の霊が憑っているんだな。絶対に御神体をお祀りしなければ駄目です。精神病的なものは、御神体が一番肝腎なんです。ですから、それをやらないで浄霊許りしていても駄目ですよ。今言った通りですね。
(お 伺) 前田美智子(四才)は生後二カ月頃旅行中急に発熱、脳症との事で、熱は二週間程続きました。其後医師にかかり、自然に頭が肥って参り、脳水症と言われ、六カ月医療を続けましたが治らず、発病一年を経て本教を知り、御浄霊を戴き、母親も入信して御浄霊を戴いておりますが、頭は少しも小さくなりません。知能は普通より遅れ、体も弱く足も立たず、現在は床に就いております。今日では、頭は大きく可成り固まっております。之は霊的で御座いましょうか。又如何致しましたら宜敷いでしょうか。尚仏壇は親の方のみで、お祀り致しておりません。御神体もお祀り致しておりません。御浄霊は何処を主に致しましたら宜敷いでしょうか。
〔御 垂 示〕
之は、浄霊許りじゃない。ちゃんとお祀りしなければ駄目です。それから、第一仏壇もお祀りしなければ駄目です。之は霊的ですよ。水死人の霊で、水の中に落ちるとか飛込むとかして、水を飲み乍ら逆になって死んじゃった。それで、頭の方に水がうんと溜って膨れちゃった。それが憑いているんですよ。ですからこう言うのこそ、浄霊許りでは絶対治りませんよ。霊的で治していかなければね。先ず、仏様を作る事と、御神体をお祀りする事と、それをやらなければ救われないんだから、手放すかどっちかです。中途半端じゃ駄目です。
(お 伺) 古川益男(昨年七月入信。二十七才)十六才の時に運動中に癲癇症状で倒れ、以来一年に一回位二、三年倒れ、それを気に致しており、頭は痛くぼんやりし体はだるく、神経衰弱と診断され、腎臓病にもなり、一夏はのぼせるので氷枕をし通した事もあり、カラシの腰湯も半年位続け、種々服薬手当を致し今日に至っております。仕事不能になってから二年になります。入信後御浄霊を戴いておりますが、大した変化は御座いませんが、幾分返事をする様になって参りました。昨年九月より就床し、最近食事が減り、朝一杯位しか食べず、奨めても頭が痛いと言って食べません。食後胸が苦しく、呼吸も苦しく、息もいきむ状態で、のぼせる様な症状も一日に何回となく起ります。又一つ事を何時迄も考え込んで居ります。山羊の乳が好きで、長く飲用し、睡眠薬も幾らか使用しております。両親も入信し、御屏風観音様は御奉斎させて戴いておりますが、御神体は未だで御座います。祖父は神経衰弱気味にて変死しており、その親も同じ状態で亡くなっております。祖父の位牌はお祀りしてありますが、後のは個人としてはお祀りしておりません。原因並びに御浄霊の個所の御教示を御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
皆御神体を奉斎してない人許りですね。
之は、霊的と体的と両方ですね。それから、薬毒も相当入ってますね。薬毒と霊的ですね。のぼせると言うのは、頭に毒が合って、そこに浄化が起るんですから、頭を良く浄霊する。腰湯――こんな様な事は何にもならないんですからね。却って悪い。頭に毒がうんとあるから、頭をうんとやるんですね。一番は頭ですね。それで、頭に毒がうんとある為に、霊も憑り易いんです。それからここに祀って貰いたい祖霊も居ますから、やはり、正当に祖霊を祀ってやらなければいけないですね。祖父丈ではいけませんね。そうして御神体をお祀りする。それが根本ですよ。そうすれば必ず治りますよ。それから、家の人なんか良く御神書を読んで聞かせる様にするんですね。そうすれば必ず治りますよ。
(お 伺) 川上キノ(昭和二十一年入信。五十七才)二十六年七月畑の草取りの最中に急に右眼に痛みを覚え、床に就きました。右半面が激しく痛み、信者さんに御浄霊を戴き、その時の状態は黒目の中央に膿結らしい物があり、肩、頸筋、頭部に相当の熱があり、次第に黒目は全部真白になり排膿を始め、其後小指の頭位の膿結が黒目の辺りより御浄霊中に飛出しました。更に目の玉の周囲がザクロの様に腫れ、黒目の処が大豆位の大きさに飛出し、二回に亘る毒血の排泄により、眼球は凹み、ザクロの様な腫れもすっかり取れました。現在は、黒目に雲がかかった様になり、電燈の明りも判りません。中教会にて御浄霊を戴いてより左眼も段々見えなくなり、両眼共に見えない状態で御座います。御浄霊は約六カ月戴いておりますが、只今の処変化は御座いません。尚左眼は御浄霊を戴きつつ多少痛みがあるのみにて段々見えなくなりました。既往症としては、二十才頃大腸カタルで注射一本と服薬を致しております。又本家は潰れ家敷となっており、本家に目を患って亡くなった者が要るとの事で御座いますが、その関係が御座いましょうか。御屏風観音様はお祀りさせて戴いておりますが、御神体は家族の者が解らない為に、未だ御奉斎致しておりません。
尚、御浄霊の急所御垂示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
御神体は未だ――やっぱり、どうもね。御神体を祀ってその部屋に寝なければいけないですね。之は、霊的もありますが、やっぱり霊、体と両方ですね。こう言う人は頸の廻りを見て御覧なさい。必ず固まりがありますから、そこを溶かさなければならない。それから肩――その辺に固まりがありますから、それを溶かす。家族が反対するんだからしようがないが、それは、ゆっくりで良いです。それから後(延髄)ですね。ここに固まりがありますから、それを良く溶かす。治りますがね。そんな難かしいものじゃない。それから頭ですね。こう言処(延髄)の毒が頭に行って、そうして目に行って固まるんですよ。
「最初、黒目は飛出ておりましたが、殆ど低くなった様で御座います」
反対に凹んだ訳ですか。今黒くはあるんですか。
「黒くはなっておりますが、その前が膜が被った様になっております」
目の玉が取れる場合があるんですがね。そんな事はないですか。
「取れた様では御座いません」
それは取れた様な気がしますね。それでなければ凹む訳はないんだ。膿で後から押されて、目の玉が取れる場合があるんだ。膿で一杯被ったその儘出たんですよ。だから、膿の固まりみたいに見える。それは目の玉ですよ。片っ方丈ですね――この方は望みないですね。片っ方は治りますね――頭の毒を取ればね。けれども、之は相当長くかかりますね。何年もかかりますね。ですから、反対があったりすると、一寸――それ程丹誠にして、結局骨折り損のくたびれ儲けになるかも知れないが――之は止めた方がいいかも知れないですね。
幾ら人間を救うと言っても、十人が十人全部救う事は出来ないんですよ。十人の内に二人や三人は救われない人が出来るんですよ。致し方ないですね。だから悉く救おうとしても、救えない場合には、先ず止めるよりないですね。そう言うのはどうしても、霊になって救うと言うより仕方がないです。肉体では救われないと言う訳ですね。
(お 伺) 山口信子(昭和二十六年三月入信。二十三才)昨年一月十四日喀血し医療を受け、ストレプトマイシン(米国製)五本、日パス九グラム、テイビオン百錠、漢方薬一カ月服用、気胸五、六回にて入らず、絶対安静を致し食欲は進まなくなりました。以前学徒動員中脚気を毎年夏季連続発病し、ビタミン注射百本、頭痛にてノーシンを多量に服用致しております。大腿部、鼠蹊部主に全身の御浄化を戴いてより咳、痰激しく、現在は喉が痛み、呼吸困難、心臓が苦しく、歩行も出来兼ね、食欲は一日二回(一回に軽く一膳)程度で御座います。尚、父は肺結核で死亡、三男は戦死、姉も肺炎と脳膜炎合併症にて死亡致しております。母は入信させて戴いており、御屏風観音様を御奉斎させて戴いておりますが、兄夫婦が解らない為に御神体は御奉斎させて戴けない状態で御座います。霊的に関係が御座いましょうか。尚御浄霊の重点を御教示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は霊的に関係ありませんよ。薬毒ですよ。之丈入れたら堪らないですね。よく生きている位なものです。まあ――若いから、絶望と言う事は言えないが、先ず然し、難かしい方が多いですね。それで、こんなに薬を飲んで、色んな手当てをして、良くなかったら目が醒めそうなものだが、それでも反対するんだからね。実に――この迷信と言うのは、大変なものですよ。食欲次第ですね。どうぜ、浄化で段々薬毒が取れていきますからね。唯、咳や痰が出ると、是非熱もあるし、衰弱が増しますからね。食欲が少し足りないね。こう言うのは、出来る丈菜食をする様にするんだね。そうして、菜食をさせて二、三週間やってみて良い方に向えばいいし、そこでグズグズしている様では之も駄目ですね。まあ要領よく逃げるんですね。
(お 伺) 布施壽満子(三十七才)昨年十月、四十度程度の発熱が続き、左下腹部(卵巣部)に特に痛みを感じ、歩行にも支障ある様になり、医診では卵巣が癒着しているかも知れぬとの事で、御浄霊致しておりますうちに、痛みは烈しく吐気を催し、次第に下腹部より胃の近くに及び、腹部の表面は肌着が触れても痛みを覚え、この頃から発熱は殆んどなく、腹部のみが火の様に熱して参りました。十二月中頃より患部の痛みは軽減しましたが、体力は弱り食欲がなくなり、毎日四、五回御浄霊戴きますと、腹部の痛みは更に軽くなり、食欲も出て参りました。二十九、三十日には古血が少々出、本年三月頃より気分も軽く、腹部の張りも少し引いた様に感じられます。現在下痢を致しておりますが、大体左半身に御浄化が多い様で御座います。数年前医師の注意により、健康保持上掻爬手術を致しております。尚、私の家屋敷は、士族時代からの住家に現在致し居り、刀剣、火器の類も或程度伝わって居り、三百数十年前の先祖が、戦場で池田小入斎父子に殉じ切腹しております。数代前二、三代に亘り男子が生れなかった事も御座います。又、妻の肉親が四人結核で死亡しておりますが、霊的に関係が御座いましょうか。弟に医者が多く、私と家族のみが入信させて戴いております。光明如来様、御屏風観音様は御奉斎させて戴いております。御浄霊は腰と鼠蹊腺部と腹部の固結を中心に致しておりますが、特に注意すべき点を御教示賜わり度く御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は霊的じゃありませんね。やっぱり薬毒ですね。それから――順調ですよ。結構ですよ。もう少し経つと、ずっと良くなります。
「刀剣類は如何致しましたら宜敷う御座いましょうか。長押に三本大きな槍を掛けております」
良いですよ。光明如来様はお祀りしてありますね。してあれば――そう言うのに霊がついている事もありますが、そう言うのも助かって来ますからね。上に掛けてあるんですか、それはいけない。それは、光明如来様の部屋の床か、隅の方か――下の方なら良いですね。畳にじかではなく、一寸台をして、それに並べて置いておく。それに霊が憑いていれば、それが救われていきます。それで良いです。之は、順調ですからね。治りますよ。
(お 伺) 森本きくゑ(三十八才)昭和二十三年三月突然心臓の動悸が高く打ち、左半身が痺れ、舌が硬張り、医診では神経衰弱が病原との事に医師を変えて色々手当をしましたが、日々悪化する許りで、医師は血の道からとも言い、病状は頭が悪く、肩、胸、腰と、全身の筋肉が硬張り、痺れを感じ、時々寒気が増し又暑かったり致します。又目を閉じますと、引込まれる感がし、眼を開きますと、天井や建物が廻る様に思われ、体の置場もなく困り居ります時、昭和二十五年八月知人の奨めで御浄霊を戴く様になり、夜も良く休める様になり、同年十月入信させて戴きました。二十六年三月頃より耳が遠くなり、神経も手伝い十一月頃より、又元の病状の様な苦痛を感じます。御浄霊箇所を御垂示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は神経衰弱じゃないよ。神経衰弱で痺れるなんて、ないですからね。舌が硬張るなんて、ないよ。丸っきり出鱈目ですね。だから、本当言うとお医者さんに診せて、之は解らないと言うなら、偉いですよ――その正直さにおいてね、大体医学で解る訳がないんだからね。血の道――女だから、そう言うんでしょうね。之は、後頭部から延髄にかけて固まりがありますよ。霊も時々憑りますが、憑り切りではないです。やはり、元は薬毒ですよ。之も治りますよ。今に健康になりますね。だから、大体固まりですよ――後頭部から、この辺(延髄)ね。
(お 伺) 元川一美(二十五才)昭和二十三年九月務め先の会社にて健康診断の結果、肥厚性鼻炎、扁桃腺肥大症と言われ、切開手術を致し、其後頭に異状を覚え、圧迫感を催し、断食療養所にて十六日間断食を行いましたが全快に到らず、再び十六日間行いました処、益々神経過敏となり、自殺を二度迄思い立つ程の悲哀感に、医大で診て貰いましたが原因不明で少しも好くならず、困り居りました時に、お道を知らされ御浄霊を戴く様になり、一カ年にして、熱海瑞雲山に三カ月の御奉仕に参加させて戴ける程になり、帰郷後全身御浄化を戴き、他人の話も聞くのが嫌になり、食物の味も解らず、全身は硬直、一人居を好みます。御浄霊個所、霊的関係の御教示を御願い申し上げます。尚、光明如来様、御屏風観音様は御奉斎させて戴いております。又、母は入信致しておりますが、父は未だ出御座います。
〔御 垂 示〕
頭に異常――切開手術の為だね。断食療法――断食は悪いんですがね。だから、私は何時も言うんです。日本人全部が断食したら、国力が弱っちゃうんです。食う為に口もあり、腹も減るんです。こう言うのは、やっぱり昔のバラモンの行者のやり方ですね。之は、祖霊の一人が救われたい為に、この人に憑っているんです。他人の話も――之は、その霊が死ぬ時の状態です。こう言うのは、本人が憑るんじゃなくて、祖霊の中の他の祖霊が、この人を助けてやろうと思って居るんですから、結構ですよ。祖霊の内の難病人を助けてやる事になるんですからね。そうして、狙い処はお父さんを信仰に入れ様と言うんだな。之は正守護神がやっている。だから、出来る丈御神書を読むと良いな。本人が読めなければ、お母さんが読んでやるんです。そうしていくと、段々救われていきますから、そう長い事はない。それからお父さんには御神書を読む様にする。そう言う場合には御神書を――新聞とか雑誌を――お父さんの部屋に置いておいてやると良いんです。それで、一寸でも目が触れれば、結びますからね。之はどっちみち、そう長くはかからないから、今言った様な具合にしてやるんですね。それから、之は――御奉仕する位だから、信仰に徹底しているが、そうなってから、よくこう言う事があります。そう言うのは祖霊が――自分が憑ったり、正守護神に引張られて憑ったりするんですから、そう言うのを救ってやると言う事は、非常に功徳になるんです。
(お 伺) 平田三郎(四十六才。潜水業)一昨年七月より視力が段々なくなり、痛みますが目ヤニ等は全然出ず、九月に京大に入院診察の結果黴毒の疑いがあり、脊髄液を三回取り検査の結果、黴毒ではなく網膜炎との事でオーレオマイシン注射十八回、服用二瓶、胃が痛む為途中で止め、六〇六号三本、代用約六十本射ちましたが、入院中日増しに視力がなくなり、十一月末に退院致しました。退院後灸療法をしたり、「生長の家」の信仰にも入りましたが何等の変化もなく、昨年四月妻と共に入信させて戴きました。其後教会にて御浄霊を戴き、妻より毎日御浄霊を戴いておりますが、変化御座いません。私は平田家の婿養子で、現在子供が五人あり、二人病死しております。両親は千葉県に在住。私達は築港作業の為に兵庫県美方郡浜坂町に寄寓しております。先祖の位牌を別に作り、御屏風観音様を御奉斎させて戴いております。視力の程度は新聞紙、雑誌等は全然読めません。晴天の時は、太陽の光は強くて見悪く。(、?)曇った日、月夜は楽で御座います。入信させて戴きました当時より、視力は少し落ちた様に思われます。左延髄が少し高く、左頸筋に微熱が御座います。之は霊的で御座いましょうか。尚、御浄霊の個所を御教え賜わり度く御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
見えなければ網膜炎に決っている。丁度、疥癬が出来て、之が皮膚病と言うのと同じだ。解らなかったら、薬をやらなければいいんですがね。黴毒でないと言うのなら、射つのはおかしいですね――六〇六号が黴毒の薬じゃないですかね。退院――之は結構だ。之は霊的ですね。こう言うのは蛇の霊が多いんですがね。蛇を殺した霊ですね。それか、或いは盲で死んだ霊ですね。どっちかですね。ですから之は、頭を良く浄霊して、そうして霊を救ってやるんですがね。無論御神書は読んで聞かした方が良いです。それから、頸筋に固まりがありますから、それをよく取る。治るんですがね。ただ、脊髄液を取るのが悪いんですよ。あれを取ったのは、非常に長くかかりますね。オーレオマイシン――之も障ってますね。六〇六号之もいけないね。代用と言うのは、六〇六号の代用ですかね。これもいけないですね。六〇六号の為に盲になるのがありますよ。六〇六号の中毒は、盲と精神病ですね。処が、それで旨く口実がつくんですよ。六〇六号を射つのは黴毒の為だと言うんですが、目が悪くなったり、精神病になるのは、黴毒だと言う事になるんですね。旨く口実はつくんです。今言った様にして気長にやると、少しづ(ず?)つ良くなります。
(お 伺) 沢田さき(昭和二十三年三月入信。四十一才)六月頃より咳が激しく、九月頃より胸部重く心臓が高ぶり、廿四年三月教会にお詣りさせて戴き、一週間程右半身が不自由になり、又一週間後には左半身が不自由となり、同時に右は治り、左も一週間程で治り、以後体がだるく心臓が高ぶります。十月には激しい咳と痰と鼻汁が三カ月余り出ました。廿五年三月頃三合位喀血し、少し楽になり、仕事も出来る様になりましたが、八月頃より急に重くなり、教会にて御浄霊戴き、十日程で良くなり、仕事も出来る様になりました。廿六年四月喀血し稍々楽になりましたが、五月頃より声が出なくなり、五月末京都で明主様に御面会戴きましてより、全く出なくなりました。六月半頃より、御浄霊戴き、田植も出来る様になりました。九月十日頃より再び胸が悪く心臓が高ぶり、全身が浮腫み、足が重く、下腹が膨ります。十二年前に母親が鳥小屋で蛇を殺してより急病になり、伏している事が出来ず。(、?)舌をベロベロ出し、水を欲しがり、目が座り、附根附近が痛み苦しみ、一カ月程にて死亡。父親も廿五年三月頃より、体がだるくフラフラしており、現在は寝た儘で御座います。父親、母親、私の御浄化は、霊的関係が御座いましょうか。又御浄霊の個所御教示の程御願い申し上げます。尚御神体、御屏風観音様は廿四年三月御奉斎させて戴いております。
〔御 垂 示〕
之は蛇が憑ったんですね。之は、霊的と薬毒と両方ですね。喀血だとか、鼻血が出たと言うのは、蛇が未だ入っているな。併し、治るには治りますよ。もう一息だね。ですから、少しずつ良くなったら、出来る丈人助けをするんですね。浄霊して、人の病気を治すと――そうするとずっと早く治りますよ。それによって、蛇も救われていきますからね。そう気にする必要はないです。
(お 伺) 井関勇吉(五十九才)昭和十五年夏頃大変に疲労を覚え、医診の結果糖尿病との事で、毎日インシュリン、葡萄糖の注射をし、内服薬も用い、食事は糖分は控目に、魚肉類を多く摂る様にしておりました。昭和十六年バセドウ氏病を併発し、疲労感が一層加わり、十九年九月頃一時小康を得ましたが、十二月に面疔及び鼻梁軟骨炎を併発し、約三カ月床に就き、インシュリンの代用薬ミニグリン、インペリン等の注射をうち、手術は致しませんでしたが鼻、眼の縁から排膿し、漸次快復に向いました。二十三年秋頃から眼が充血し、視力減退し、医診の結果腎臓病併発の為眼底出血し失明の直前で、同時に糖尿病も併発し、放置すれば生命が危険との事で入院し、毎食前にインシュリン、ビタミンC、ニッサリジン等注射及び服薬し、一週間二回眼球の注射等を三カ月続けました。他に漢方薬、ニハトコ、木ササギ、トウモロコシ等も一カ月程服薬致しましたが、思わしくありませんでした。二十五年五月本教の福音を承り、御浄霊を戴き、七月に退院し、一切の医薬を廃し御浄霊にお縋りする様になりましてより、身動きも出来なかったお腹の膨れも、段々と引き、楽になり、殆ど盲目に近かった視力も稍々恢復し、少しづ(ず?)つ読み書も出来る迄になりましたので、廿五年秋から廿六年秋迄公務の為に身心を使い、それ迄戴いて居りました会長先生及び支部長先生の御浄霊も怠り勝ちとなり、又々悪化し御浄化が激しくなって参りました。其間指導者の方々より、先生方の御浄霊は出来得る限り多く戴き、又御高恩にお報い奉るべく人々をお救いする様にとお話戴き乍ら、忙しさや我事に追われ、御報恩も意に任せず、御浄霊も偶に戴く程度にて、寔に申訳なく心より御詫び申し上げて居ります。今日では頭から足の指先迄腫れ上り、腹部は太鼓の様で、副睾丸は握り拳三つ程の大きさに腫れ、横臥する事も出来ません。昨年末より咳を頻に致し、濃い痰が出る様になり、体を動かしますと咳が出て、腹部に力が入り、膨満と咳の圧迫の為にか、副睾丸が痛み、呼吸が困難になります。一月七日代人にて御参拝させて戴きましたが、代人出立の日御守護戴き下痢を致し、同時に副睾丸は段々小さくなり、咳激しく、痰も多量に出させて戴き、大分楽にさせて戴きました。尚、下痢は未だ激しく続いておりますが、三日前より異常な眠気を催しております。現在最も苦しいのは、腹部膨満の為胸部圧迫され、胸元が息苦しい状態で御座います。尿量は非常に少なくなっております。御浄霊は一日四、五回戴いております。尚、今回も代人にて御参拝させて戴いております。光明如来様、御屏風観音様は御奉斎させて戴き、只管お縋りさせて戴いておりますが、御浄霊の急所御教示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は、急所は――命を救われた事を忘れた事が急所です。大体この人は命が無かったんです。之は非常な薬毒ですよ。医学の犠牲者ですね。気の毒なものですね。そうして、折角務(勤?)めが出来る迄に治ったら、直ぐに神様の為にはたらかなければならない。命は神様に戴いたんですからね。だから、私有物じゃない。助かってからの命は神有物なんです。処が自分勝手にしたから御守護が離れたんです。だから、こう言う事になるのは当り前です。だから、そこを自覚しなければならない。神様から戴くと言う事は、神様の御用をしろと言って戴くんですから、そう言うのは神様以外の事は出来ないんです。こう言うのは沢山あるんです。処が、それを私有物にして、折角戴いた命を勝手に使って――一旦神様から戴いた命を、会社か何かに使っては、人が助かりません。そうでなく――神様は、命をやるから御神業に使えと言って下さったんです。それを忘れた。この点は指導者も責任があります。それは言ったでしょう。併し、言い方が足りなかった。断固として言えば――他の事をしては命は無い。神様以外の事はいけないと、断固として言うんです。それで言う事を聞かなければ、突っ離す。だから、浄霊も良いですが、腹の中から――間違っていた。今度治ったら人助けをさせて戴く。だから、もう一ぺん命を戴きたいと御願いするんですね。それで、神様が聞届けられたら、助かりますが、神様がもう駄目だ――中々神様は、そう言う処は厳しいですからね。もう駄目だ。お前は霊界に行って働けと言われたら、もう仕方がないですがね。
【御 教 え】
この間言った通り、農業特輯号を出しますがね。以前に読んだ「農業の大革命、五カ年にして米の五割増産は確実」と言うのと他に、今度方々からの報告を見た結果の感想を書いてありますから、それを今読ませます。
(御論文「農業の大革命(二)」 【註 栄光 一四一号】
農業の大革命 五ヶ年にして米の五割増産は確実(二)
(栄光一四一号)
今度各地から報告された昨年度の成蹟をみると、時期が早い為収穫迄に到らないものもあって遺憾ではあるが、しかし大体は判ったので、これに就いて私の感想をかいてみるが、何よりも自然農法は、今迄作物の生命と頼んで来た肥料を否定するのであるから、最初は家族をはじめ、村人等から思わざる非難攻撃を受け、嘲笑の的とされるので、実に血の涙で隠忍自重、黙々と頑張り通して来た事は、読み乍ら私は目頭が熱くなる位である。全く信仰ならではという感が胸に迫るが、何しろ先祖代々肥料迷信になり切っている人達からみれば、反対するのも無理はない。これに就いて惟われる事は、歴史上今日でも、人類に多大な貢献をなしつつある発明発見と雖も、その当初は例外なく誤解と迫害を浴び、苦心惨澹押切って来た幾多の記録は、吾々の魂を揺り動かさずには措かないものがある。
そんな訳でこの自然農法と雖も、一時は相当反対されるであろう事は覚悟はしていたが、何といっても実際に驚異的成果を挙げる以上、或時期迄の辛抱と思っていた。ところが予期の如く、漸く各方面の注目を惹くに至った事は、今度集まっただけの報告をみてもよく分る。しかし最初は何といっても周囲の事情も悪いし、本人でさえ確信が持てない事とて、思い切って堂々とやり始めた人は少なく、大部分はオッカナ吃驚試作的に始めたのである。しかも土地にも種子にも肥毒が相当滲み込んでいるので、最初の年などは枯死するかと思う程の黄葉、細茎等で、これを見ては不安焦燥、只管神様に祈るのであるが、収穫時になると案外好成績なので、ホットするとは誰もがいう言葉であって、この難境を切抜けてこそ、勝利の栄冠をかち得るのである。しかし本当をいうと四、五年本栽培を続けて、五割位増産の各地からの報告を載せたかったのだが、それ迄待たれない程の目下の実状であると共に、最早今迄の実蹟だけでも、本栽培の効果は充分判ると思うから、取敢ずこの特輯号を刊行し、早急に農業者はもとより、一般人にも知らせるのである。
右の意味に於いて、この際、目からも耳からも入れるべく、この特集号は各大臣、国会議員、主なる新聞社、全国の農事試験場、農会、農事関係者等に、普く配布すると共に、準備つき次第全国的に本部から出張講演する予定である。従って農村の信者諸君はもとより、一般信者諸君に於いても、大いに宣伝し、勧告されん事を望むのである。
次に最近の新聞紙上によれば、政府も思い余ったとみえ、本年度から莫大な費用を支出し、あらん限りの方策を樹て、一ヶ年三百万石増産の計画を実行するとの事である。それもいいが今迄通り金肥人肥を使用するとすれば、他の農事改良や種々な方法を講じても、三百万石増産は先ず夢でしかあるまい。私の推測では旨くいって平年作か、下手をすると昨年の如く減産になるかも知れないとさえ想えるのである。故に何としても肥料迷信を目醒めさせ、一日も早く自然農法に切替えたいと思うのである。しかし、幸いこの事が分って実行するとしても、日本全国を一挙に切換えることは無論不可能であるから、慎重の上にも慎重を期し、先ず一ヶ年一割づつ十年計画で実行すればいい。そうすれば全然減産の心配はなく一、二年は平年作とみて、三年も過ぎると漸次増産となり、五、六年経た頃から五割以上は、太鼓判を捺しても間違いないのである。
ここで特に言いたい事がある。それは未信者では一寸分り難いが、元来人間の主食である米というものは、神が人間を養うがために造られたものである以上、人口が如何に増えても必要量だけは必ず生産される筈である。ところが現在の如く一ヶ年二千万石も不足するというのは、全く間違った農耕法、即ち、人為肥料を用いるからであって、前記の如く五割以上増産になるとしたら、日本経済はどうなるであろう。借金王国の有難くない名は逆となって、国民は鼓腹撃壌という文字通りの時代が来るのは必定である。こんな事をいうと余りに棚牡丹式で、反って疑念が起るかも知れないが、私は根拠のない事は言わない。実績報告中にもある通り、自然栽培によって肥毒がなくなるに従い、稲は穂に穂が出る。即ち一本の茎から何本もの枝が出て、その枝に悉く実が生るから、少なくとも一茎で三百ないし五百粒は確かである。その上虫害もなく、風水害も激減するとしたら、昔から言われる豊葦原瑞穂の国の名に愧じない国となるであろう。以上によってみても、今後日本の人口が一億になり、二億になり、三億になっても、現在の耕地面積そのままで充分養える事は、断言して憚らないのである。
次に今一つ言いたい事がある。それは報告中の随処に出ている浄霊の文字である。これは未信者には分り難いだろうが、分かる分からないは別として、ザットかいてみるが、つまり浄霊とは肥毒を消す方法である。なにしろ手をかざしただけで、素晴しい効果があるのだから、唯物思想で固まった頭脳では到底分りようがない。しかしこれこそ本教の真髄であるが、ここでは略す事とし、先ず土の解剖をしてみよう。本来土と言うものは、霊と体との二要素から成り立っているもので、体とは土そのもので、霊とは目には見えないが、土の本体である。言わば体は表で霊は裏である。ところが肥料は毒素である以上、土の体を弱らせるから、それが霊へ映って曇らせる。というのは霊主体従が万物の法則であるからで、言わば浄霊とは肥毒解消法である。即ち浄霊の場合掌から一種の強力な光波が放射され、霊の曇りは払拭されるので、それが体に移って肥毒は減るのである。これが真理であって、この理を知らない科学は、半面である体だけを対象とする。つまり跛行的学問である。この様な不完全な科学と伝統的考え方の為、肥料によって土を弱らして来たのである。この原理を私は発見し、ここに自然栽培法が生れたのであるから、これこそ真の科学であり、世界的大発見であろう。従って画期的増産の実を挙げ得るのも、何等不思議はないのである。
最後に注意すべき事がある。それは私の唱える五ヶ年にして五割増産というのは、普通量の人為肥料を施した田を標準としての成果であって、五年位で肥料分が全く消滅するからである。ところが近来は収穫を挙げようとして至るところの農村は、硫安の如き化学肥料を多量に用いるようになったので、今日自然農法に切換えても、肥毒が全く消滅するには、それだけ暇がかかるから、五年以上と見ねばなるまい。これは報告中にもある通り、自然栽培を実行してもその成績に相当差別がある事で、これこそ肥毒の多少によるのであるが、これもじき分る。即ち出穂の場合黄色を帯びている間は肥毒のある為で、肥毒がなくなるに従い、初めから青穂となる。従ってその為の浄霊であるから、五年以上経って肥毒皆無になれば浄霊の必要もなくなる訳である。次に客土をすると、一時的成績が良くなるのは、肥毒のない土を入れるからであって、この事だけでも肥毒の害が分りそうなものだが、分からないのは全く肥料迷信に陥っているからである。
今は年(年は?)、今読んだそれと、その次に――この間も言った通り「結核の信仰療法」と言う本を出す積りです。結核の方は原子爆弾みたいなもので、思い切って医学の間違っている点を暴露したんですからね。之は大体書終って、結論迄出来たんです。結論は一寸面白いから、今読ませます。
(御論文「結核信仰療法 結論」)
結 論
(『結核信仰療法』より)
私は結核問題について、現代医学に対し随分思い切って、赤裸々にかいて来たが、これを読んだとしたら政府当局者も、専門家も、一般人も、余りの意外な説に、恐らくただちに首肯する事は出来ないであろう。ある人は怪しからんと言うであろうし、ある人は宗教人一流の独善論と思うかも知れないし、中にはこれは大変な説である、もし真実としたら世界的大問題として、真面目に研究しようとする人も現れるであろうが、私としてはあえて医学を誹謗する考えは毫もない。ただ真理を真理として披瀝したまでである。というのは真に人類を救おうとするには、こうするより外に方法はないからである。
何といってもこの著の出現は、人類不幸の根源たる病気滅消の天の時が来ったのであって、これこそ神意の発動でなくて何であろう。従って既成学理にこだわる事なく、白紙になって読むとしたら、何らの疑念も起こらないはずで、信ずるより外はないであろう。そうしてこの真理を神は日本人である私に、初めて啓示されたという事は、まず日本から救いの業を始めよとの意図であろう。としたら現在日本においての最大苦悩は結核問題であるから、ここにまずこの著の出版となったのである。とはいうものの現在の日本人も、唯物科学の信奉者になり切っている以上、科学上の新説なら耳を傾けるが、科学以外いかなる立派な説といえども、最初から否定の眼を以って見るに違いあるまい。しかも神とか霊とかいう宗教的臭いがあるとしたら、なおさらそうであろうが、しかし理論を体系とし、事実を裏付けとして解説してある以上、全然否定の余地のない事はもちろんである。そうしてこの実証方法こそ我浄霊法であって、現在あらゆる病を治し、病人なき家庭を無数に造りつつある、この生きた事実を見ても分かるはずである。
最後に浄霊の原理も根本的にかきたいが、これは信者以外第三者としては分かり難いから、ある程度に止めておくとして、元々この著の主とするところは、医学の盲点を指摘する事と、浄霊の効果を知らすにあるのである。
そこで浄霊法の概略だけをかいてみるが、この方法たるや何らの物質を用いず、患者にむかって数尺離れたところから、ただ手を翳すだけで、それであらゆる病気が治る。という訳は掌から光の霊波が放射され、それによって患者の霊の曇りが払拭され、体に映って毒素は溶解排除されるからである。そうして毒素稀薄な場合、大部分は水分となって、漿液中に混入され、濃度の場合は濃い分だけ種々の排泄物となって体外へ出るのである。例えば盲腸炎の激痛のごときは、普通二、三十分で治り、重症となるとそれを二、三回繰返せば半日くらいで全治する。もちろん溶解された毒素は、間もなく下痢となって排泄されるから、全く根治であり、再発の憂いは決してないのである。この事だけにみても現在の医療が手術の苦痛や多くの日数莫大な費用はもちろん、擬似腹膜炎(これは手術後の盲腸部の痛み)や腎臓病の原因をも作るのであるから、我浄霊法と較べたら雲泥の相違であって、この浄霊法こそ最も進歩せる新医術である。そうして今日結核療法においては、気胸はじめ種々の手術を行うが、これらも間に合せ手段で、根本的ではないからはかばかしく治らないのみか、たとえ治るにしても一時的で、再発かそうでなければ弱体者となり、一生壊れ者扱いをされなければならない人間となるのは、医家もよく承知しているであろう。
ここで浄霊の霊波について、概略説明してみるが、これは一種の光線である。しかし単に光線といっても霊と体との区別がある。彼のレントゲンやラジウムのごときは光線の体であるが、浄霊の光線は霊であって、この二様の作用は反対である。前者は医学でも知らるるごとく、レントゲンは毒素を固める性能であり、ラジウムは毒素を破壊する性能であるから、癌治療はこの破壊力を応用するのである。しかし厄介な事には、その破壊力は癌と共に、局部の機質をも破壊するから、結果において効果は抹殺され、差し引き零となり、気休め以外の何物でもないのである。しかも非常に高価な代金を払って外国から取寄せるのだから、実に愚かな話である。
ところが浄霊による光波たるや、右のごとき固めでも破壊でもない。固まった毒素を溶解し、原形に復させる療法であるから、全く邪と正との異いさである。しかも前者は機械的に鉱物から採取するため、費用も手数も掛るが、後者に至っては人体から無限に放射されるので、一文も要らずして効果は前記のごとくであるとしたら、全く神が人類を救うべく、授けられたものである事は推測されるであろう。
最後に人間の寿齢の事を少しかいてみるが、近来日本人の寿命がだいぶ延びて、男女平均六十一、二歳になったと喜んでいるが、今少しくらいは延びるかも知れないが、これは健康になったためではなく、浄化停止によって発病を延ばすからで、発病しなければ医療を受ける機会がないので、生命の危険を免れるという訳である。この例として高度の文化国家程そうであるのは、彼の英仏のごときを見ればよく分る。なるほど寿命は延びたと共に、老人が多くなり、青少年はその割に少ないから、国民の元気乏しく人口も殖えず、安易を貪る事にのみ汲々たる消極的人民になってしまった。現に両国共数ある植民地も漸次減ってゆき、国威は日に月に衰えつつあるにみて分かるであろう。そうして今日までの人間は死の原因といえば、災害を除けばことごとく病気であるから、言わば不自然死である。故に病なき時代となれば、全部自然死となる以上、早逝者はなくなり寿齢は大いに延び、百歳以上は普通となるのは当然である。としたら誰でも一生涯の間に、いかに多くの仕事が出来、しかも病気の心配がないから思い切った計画も立てられ、死ぬまで活動が出来るから、人類社会にとってこれほどの大きな福音はないであろう。このような夢にも等しい世界が如実に生れるその方法こそ、本著の理論を信じ、実行する事であって、私は神の代行者として、この真理をあまねく人類に伝えんとするのである。
最後に結核に限らず、一般医学に対する批判と私の抱負をかいてみるが、まず今日全世界を挙げて、現代医学をもって最も進歩せる療病法と信じ、各国政府においてもこれを基礎として、健康確保の施設を立てており、医学の進歩によってのみ、人間生命の安全を保ち得るとしているのである。
そうして昔から幾多の新発見や新学説、または幾度とない革命はあったが、この医学の革命程偉大なものは、いまだかつてなかったであろう。何よりもこれによって人類の生命は永遠に確保されるとしたら、正直に言って釈迦、キリストの偉業よりも、何層倍価値あるものであるかは考えるまでもあるまい。この意味において好むと好まざるとにかかわらず、信ずると信ぜざるとにかかわらず、今やいよいよ真の医学は太陽のごとく燦として、東方の一角に輝き出でたのである。ゆえにこれに従う者は永遠な栄えを得ると共に、従わざる者は医学と共に、滅亡の運命を甘受するより外ないであろう。聖書にある“あまねく天国の福音を宣べ伝えらるべし、しかる後末期到る”という一節に留意されたいのである。
それから、この間ピカソの絵に就いて「栄光」に出しましたがね。肝腎な事を言ってないんで、それを書きましたからね。
(御論文「速度の芸術とピカソに就いて」) 【註 栄光 一四〇号】
速度の芸術とピカソに就いて
(栄光一四〇号)
抑々、東西芸術を比較考察してみると、西洋は動的であり、東洋は静的である事がよく分かる。例えば音楽にしろ、西洋は飽迄動的で、速度的であり、聴く者をして勇躍、爽快、自らジットしては居られないようになるが、そこへゆくと東洋の方は、静かに落着いた気持になる。舞踊にしてもそうで、日本のそれは踊るよりも舞うという方で、どこ迄も静である。それに引替え西洋の方は動的で、その極端になったのが、彼のジャズであろう。
処が絵画にしてもその通りで、只音楽、舞踊と本質的に違うのは、絵画は動を表現しようとしても、静的手法である以上困難で、そこに無理が生ずる。併し何とかしてそれを破って、新しい傾向を作りたいという意欲から生まれたのが、今日の洋画であってみれば、これ迄のように物体の静止をじっと見たままか、でなければ動いている物でも、画家の方で静的に描写するかで、その観念が真実でないとして、アノ奇怪な絵画が生まれたのであって、その巨匠がピカソというわけある。
この意味を知って彼等の絵画を見る時、大体分かるであろう。即ち動いている物体から受ける瞬間の感覚を表現するので、この場合前記の如く物体の動きを客観する場合と、物体は静止していても、見る画家自体が動く瞬間の感覚との、二様である。という訳だから、観者もこれを正確に見分けなければならないが、それが中々難かしい。早く言うと、相手の動きの速度と、相手の静止を見る画家の動きの速度とである。としたら、甚だヤヤッコシイが、何れにせよ速度の感覚と思えばいい。だから顔が重なり合ったり、歪んだり、顔が小さくて、身体が馬鹿に大きく、釣合がとれなかったりするのである。又幾何学的線の交錯なども、建築物に対する速度の感覚であり、同様取り止めのない色彩の乱舞なども、花畑とか女性の服装などの瞬間的感覚である。故にこの事を心得て見れば、或る程度は分からない事もないが、遠慮なく言えば、一々画いた時の説明書を附けた方がよいと思う。そうでないと、見る者は徒らに頭脳を困惑させられるばかりで、本来楽しみたいから展覧会へ行くので、それが苦しむとしたら、大いに考えざるを得ないであろう。
これだけ書けば大体は分ったであろうが、茲で画家に対し観者としての申分がある。今我々が画家に向うや、直ぐに何の絵かが分かってこそ、作者の意図が摑み得られ、楽しめるので、それが芸術の生命であらねばならないが、ピカソ的絵は、画面に向うや、作者は一体何を狙ったものか、何を画こうとしたのかという、二十(重?)の扉じゃないが、動物か植物か鉱物かを考えなくてはならない。それが為苦しい時間を要する。これでは、芸術ではなく、一種の判じ物でしかあるまい。幸いアナ君からご名答の言葉を戴ければいいが、そういう人は恐らく何人もないであろう。私などは数枚も見ているうちに頭痛を覚えるので、全部を見たらどうなるであろうかと、恐ろしい気がする。としたら、極端な言い方かも知れないが、見物人は一種の被害者である。成程画家自身はいい気持になって、主観の押売をするのだが、買わされる見物人こそいい面の皮である。哀れなる者よ、汝の名は展覧会の見物人也と言いたい位である。これというのも、現代美術家の考え方である。彼等は客観を無視し、私がいつも言う、主観の幽霊となるのを誇りとしている。というように、以上私は随分思い切って書いたが、これも私としての個性の押売かも知れないし、押売に対する代償かも知れまい。
そこで、私は絵画に対する私の意見を少し書かして貰うが、一体絵画とは一般美術の基本的なものに違いないが、この重要性を持つものとしたら、単(端?)的に美の感覚が感受されるものでなくてはならない。即ち良い作品に向った場合、心ゆくばかり美に魅惑され、陶酔されてこそ、絵画の真価であって、優秀なる文化財である。としたら、展覧会とはこの為の存在でなくて何であろう。今一つ附け加えたい事は、古今東西を問わず、絵画そのものの存在意義であって、特殊な眼識者のみが鑑賞出来るものであっては、本当ではない。誰にも楽しめるという普遍性こそ芸術の生命である。としたら、今の洋画の如き独りよがり的であってはならない事は、言う迄もあるまい。只徒らなる流行を追うジャズ音楽に堕するとしたら、早晩自滅あるのみであろう。勿論絵画とは、眼から摂取する人間の精神的食物であってみれば、不味い物よりも、美味い物を食わすべきで、それが画家としての良心である。
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