大祭も愈々今日で終になりますが、毎日同じ様な話をするんで――聞く人は変っても、こっちは変わらないからね。今日は少し許り変った話もしましょう。
今年の課題としては、度々言う通り自然農法ですね。二、三日前の晩のラジオで、広川農林大臣の話に、一寸こっちの――特輯号を見て、大分刺戟されたと思うような点があるんです。と言うのは、大臣が言うには、之から硫安は使わない様にした方が良い。それで、自給肥料ですね。自給肥料を大いに利用しなければいけない。と、こう言うんです。自給肥料と言うのは、つまり堆肥の事だろうと思うんですね。それはオワイも自給肥料ですがね。それの意味じゃないと思います。堆肥の事を、堆肥と、余りこっちの説に共鳴する様に見られるのも、一寸躊躇して―それで自給肥料と言うんだろうと思います。で、農林大臣とも言われる者が、硫安をやらない様にして、自給肥料をやらなければいけないと言う事は、余程心境の変化が見られるんですね。それから、もう一つは虫害ですね。虫害は、どうも薬剤が適切でない――と、だから之から薬をやるにも、害虫駆除に適当した様なのを工夫してやらなければいけない。と、こう言う事を言ってますが、之も薬に許り賴(頼?)るなと言う様な意味も含まれている。それから、農林大臣の、この間の話があったんですがね―丁度十日許りの話ですがね、何かの機会に話したんですが、それは忘れましたが、之からは出来る丈地力を出さなければならない。地力と言うのは、地の力ですね。之を出さなければいけないと言う事を言っている。之も私が言っている、今迄土を殺していた。だから土自体の力を出さなければいけない。と言う事と合っているんですね。だから少くとも広川さんは余程共鳴していると言う事は認められるんですね。尤も、去年の特輯号の時も其の後私の説に共鳴している点もあったんですがね。それは極く微弱だったんですがね。今年は大分強く言うんですね。だから、中々あの人も頭の良い人だと思われるんです。尤も――まあ、提燈持つ訳じゃないが―あの人は、元非常に苦労してますからね。鉄道工夫迄やったと言うんですからね。だから、そう言う人の頭と言うのは、非常に良い処があるんです。そうでないと、学問―大学を出て役人になっていると、どうも――一種の、心の中に捕われたものがついているから、解り悪いんですが、却って色んな苦労をした人の方が、凡ゆる方面に、却って頭が働くと言う訳ですね。
それから「結核信仰療法」と言う原稿は、もう出来ましたからね。之から印刷にかかる訳ですよ。両三カ月の内に出版する訳です。之は、新聞広告を続けてやる様にして、それから無論主なる方面ですね。大病院とか大学とか、そう言う方面にも全部配る積りです。それから、英文に訳して外国の大学、新聞社、病院とか、そういう方面にも配る訳です。で、今結核と言うのは、日本許りでなく、中々外国も負けないですね。近来アメリカなんかが非常に結核が増えたと言う事は、この間も言いましたがね。で、昨日の新聞かラジオで、ストレプトマイシンが――印度から、あっちの方面に非常に大きな注文が来たと言う事を言いましたがね。ですから、アジアの――中央アジアの方面も、結核が非常に増えて来たものと見えますね。今度は印度の何んとか言う博士ですが――印度人でね――之が、日本のストマイの製造が優秀だと言うんで、今度教わりに来るんですね。そう言う事もありましたね。そう言う位ですから結核革命療法なんて言うのは、大いに注目されるだろうと思うんです。
それからその他に、今年の著しいのは箱根の神仙郷ですね。あれが愈々完成になって、そうして美術館は六月十五日に開館式をやろうと思ってます。この間も――数日前見ましたがね。大分予想よりも、却って良く出来た位で、私も非常に満足してますがね。何しろ色んな方棉面――美術のね。出来る丈凡ゆる種類を網羅して見せ様と思ってますからね。階下の左手は徳川時代――桃山から徳川期の屏風類ですね。陶器類、巻物類――そう言う物を陳列する積りですからね。それから掛物なんかも、普通の美術館なんかと違って、何処迄も床の間と言う様な気分を出そうと思ってね。壁は全部砂壁にして、天井もやっぱり砂にして、鴨居は檜の一寸五分のを通して、その裏手に蛍光燈をずっとやろうと思っている。ですから、掛物なら掛物ですね。それを、平にずっと照らしますからね。天気の悪い時でも良く見える訳ですね。そうして下の框と言う、あれはラワンと言う木ですが具合が良いんですよ。ずっとやって、高麗縁の茣蓙ですが、床の間にやる奴ですが、それをずっと敷きつめて――丁度床の間と言う感じを出す積りです。そう言う様な行り方は、今迄の美術館なんかにないですね。手が廻れば、処々に花でも生けてやろうと思ってます。そこ迄手が廻るか何うか分りませんがね。あと、日本の陶器類ですね。それから右手の方は現代美術ですね。之は二部屋ですが、部屋が小さいので、現代美術の絵画ですね。明治以後の絵画、彫刻、蒔絵、陶器と、大体そう言う物を――まあ油絵も少し出します―日本のね。之は優秀品許り集めた積りですから、相当注目されるだろうと思います。一寸見られない様な物が色々出て来ますからね。今、現代の美術家で、こう言う良い物を作ったのかと言う様な、そう言う物もありますからね。それから二階は、左手は大広間になってますが、之は大体、東山時代ですね。足利時代から徳川末期迄の色々な種類を集めたり、東山水墨、琳派物ですね。光琳、宗達、乾山――そう言う物だとか、浮世絵の肉筆物ですね。それから、若し並べる事が出来たら、書の物ですね。歌切れと言ってましたが、平安朝時代の歌ですね。そう言う物も出来る丈並べたいと思ってますがね。それから、蒔絵類。蒔絵は特に良い物を寄せ集めてある積りです。それから二階の右手の方の部屋は支那のですね。朝鮮も少しは入ってます。支那、朝鮮と言うけれども、大した物は無いんですね。まあ陶器が主ですね。あとは銅器ですね。それが少しと、そう言う物と絵画ですね。絵画は大体宋元時代のを主にして、あとは明が少しありますがね。それから書も其処に出したいと思ってますね。つまり宋時代の偉い坊さんの書いた物で、それは素晴しい物です。お茶の方でよく使いますね。利休なんて言うのは、お茶の会をする時に、必ずそう言った物をね。大体宋元時代の書と、大徳寺の系統の偉い坊さんの――一休とか沢庵とか、大燈とか――開山のね。又、そう言うのを非常に好む人がある。それから、一番奥の部屋は、極く古い、天平から藤原迄の、之は多く仏に関した物ですがね。仏画、仏像。仏像にも銅と木彫、乾漆ね。そう言う物。それから仏器――仏の器ですがね。それから経文ですね。それから仏教に関した絵巻物――そんな様な物を出す積りですがね。ですから、この間展覧会があった、興福寺にあった乾漆の仏の良い物ですが、そう言う物も出ます。兎に角種類は恐らく日本一だと思いますね。で、美術館はそんな具合で、それから――何しろ必ず評判になって大変来るだろうと思います。だから、その設備をしなければならないんで、外人なんかも沢山来るでしょうから、自動車置場なんか必要なんです。で、公園の角と、神仙郷の角と、渋井さんの家のあそこと、前の光社の出張所ですね。三尋木さんが住んで居た処、あそこが四つ角になってますね。公園の角は地面が低くなっているんですね。其処を埋めて、自動車の置場にしようと思ってね。と言うのは、神仙郷の角の方のあそこに宿舎がありますが、あそこを取払って、其処に―表に面した処ですね。丁度、渋井さんの処―美術館の方に曲る処に、切符売場を作って、その後を休憩所ですね。之は、美術館というものは、後をゾロゾロ来られては落着いて見られないですから、何うしても人員を計って、ゆっくり見られるものを作りたいと思う。それには二、三百人位入れる様な物を作らなければならない。それで、あそこが丁度良いので、そう言う設備にする積りです。
それから話は飛ぶけれども、神仙郷と言うのは地上天国の模型ですね。そう言う目的で造ったものなんです。本当言うと本山がなくちゃならない。で、本山を造るべく、ケーブルを越えて半町許り行くと、左手にツツジを沢山植えてある処がありますが、あそこが約一万坪あるんです。之は前に――三、四年前に手に入れてあった処ですがね。大体その積りで買ったんですがね。その時分は非常に安かった。其処はホーロクを伏せた様な、実に穏かな良い山なんです。その両方に谷川みたいになっている。其処廻りが流れているんです。その後の方が杉林ですね。其処に白亜の殿堂ですね。そうすると実に美観が、何んとも言えないですね。青い森の前に、白い家ですからね。で、その建築は熱海の今度のメシヤ会館とは丸で違う様式ですがね。私は何かやるのに、早い内から、頭に出来ちゃうんですね。だから本当に間怠っこい様ですが、その代り見当は良くつくんです。でその殿堂は一万人入る積りです。全部椅子にして一万と言うんですから、之は未だ日本にはないですよ。日本で一番多く入るのは、浅草の国際劇場と言うのがありますが、あそこが五千人ですから一万人と言うのは全然ないんです。そうして周囲の平地ですね。それも非常に拡いですから、全部で二万や三万は充分入る積りです。そうしてその辺も、唯殿堂を建てる許りでなく、地形が具合が良いので、別な―庭園式にしますがね。丁度地形も実に具合が良く、前の方がずっと低くなっていて其処は去年五千坪許り手に入ったので、其処には宿舎を作る積りです。之は、宿屋に泊らなくても良い様に、各県別とか会別にして、何軒も作る訳です。之は天理教でやってますが、やっぱりそれを真似した訳ですね。そんな具合で、本当の本山が出来る訳です。
で、名前は「光明台」とつけましたからね。その光明台の其処が、丁度東と西の間ですね――箱根の山の上になる。要するに東と西と言うのは、経と緯なんですからね。東が経で西が緯なんです。東が火で、西が水なんです。ですから経緯結びの中心ですね。それが箱根になってますからね。つまり霊的に言えば、世界の真中に光明が現われたと言う事になるんですね。
それで、其処に行くには、ケーブルを越えなければならないですがね。今の処は、道がないですね。線路を越さなければならないので、危ぶなくてしようがない。自動車はとても行きませんしね。そこで、今の公園と旅館の倉田の間の道ですね。丁度、埋め様と言う処辺りから、地所を下げて―往来を下げて、ケーブルの下にトンネルを作ろうと思っている。之から始めますがね。あそこを調べると、トンネルは訳なく出来るんです。ケーブルの処は土が高くなっていますからね。で、割合に――私はもっと大袈裟だと思っていたら、良く聞いて見ると、ケーブルからは土は四尺あれば良いんですね。すると、あとはトンネルが出来る。鉄筋の柱をやって、セメントをやれば、もう出来る。だから今度はトンネルを、トラックでもバスでも訳なく通れる様になる。その出た土を、今の自動車置場に埋め様と思う。一石二鳥なんですね。まあ、時節に応じて色々そう言った工夫が出て来るんですがね。それは神様がちゃんと用意してありますからね。実に、地形なんかも旨くいくんですよ。そうして強羅の公園ですが、あの通り汚なくて、公園でないとは言えませんよね――ちゃんと公園になっているんだからね。実にボロ公園で、しようがないから、あれも私の方で拵えてやろうと思う。もっと、純西洋式に、つまりガーデン式にね。つまり神仙郷が岩だらけの、どっちかと言うと日本式の様な支那式の様なので、そこで公園の方は純西洋式にやろうと思っている。あれはもっと地所が拡くなるんですよ。片っ方の―私が埋め様と言う処は、丸で藪になってますからね。其処をすると拡くなります。そうして出来る丈色々な花を植えて、丁度噴水が中々立派ですからね。今の処は開店休業と言う様子です。水は出ますがね。最初は綺麗だったんですよ。あそこいらをすっかり整理して、そして箱根は気候が寒いですから、何んな花でもといかないが、あそこに適した物を大いに植えて、美観を呈し様と思う。そうして美術館に行った人が、何うしても―混む時は一時間以上待ちますから、その間公園を散歩すると言う様に、こっちで役に立て様と思う。で公園も教団で利用するのと、会社でも其処の旅館でも、大変に良いですよ。それは旅客が一寸散歩しようとしても、今では何んにも見る所がないんですからね。今度は美術館が出来ると大変な魅力になりますね。それこそ旅館が援助しても良い位です。そんな様な具合で、外人なんか非常に喜ぶだろうと思ってます。公園をこっちで本当にやると素晴しいものになりますよ。中々地形なんかも面白いですからね。そうして、私は公園に面した方の、茶席の拡い処ですね。其処をすっかり整理して――この間も行って見ましたが、方々出来ました。土は少し斜面になって、出来る丈岩を少くして、土許りにしようと思う。それにモミジを植える。この間行ったら三百本買ったそうですがね。成可く大きい、枝の下に張ったものを択れと言って来ました。そうして、みんな紅葉するのと、しないのがありますから、紅葉するのを集める様にと言って置きましたがね。そこで、秋は真っ赤になる訳ですね。そうして下の土は真っ青にしようと思う。それには青苔が良いですからね。去年京都の苔寺に行った時、ははあ之は面白いなあ、こっちも何処かにやって見ようと思ったんですが、丁度モミジの処は良いんです。苔寺の方は三十幾種類あると威張ってましたが、なに、もっと種類を多くしようと思っている。で、信者さんの中で、自分の処に――庭にあるとか、近くにあるとか言う苔を採集して持って来て貰いたいと思うんです。それは未だ、今じゃないんですから、早くて入梅あたりか――多分その頃だろうと思いますがね。それは持てる丈で良いですからね。みんな其の土地の苔を持って来て貰う。それで、全部私が拵え様と思う。之は、苔の種類が多いのでは日本一で、それは植物学の評判になりますよ。苔を研究するなら箱根のあそこに限るとね。そうすると、紅葉と苔との対照が非常に良いと思う。で、今の宿舎の処から太鼓橋の様な物を掛けてね。今橋の形なんかも考えてます。調和する様な旨い物を拵え様と思っている。それから流れを、美術館の横手の方に上って行く、穏やかな流れにして、両側にモミジを植え様と思っている。それからあの辺一体秋の感じが、大いに出る積りです。で、萩の道も、もっと延長しましたからね。萩の道もずっと良くなる。萩とモミジですね。そうして大いに秋の感じを出そうと思ってますがね。
箱根はその位にして、熱海の方は、今誰方でも皆見ているでしょうが、ツツジ山ですね。あれじゃ大体出来ましたがね。あれも最初ツツジを二千本植える積りだった処が、二千本じゃとても足りない。あそこに取ってあったのが六百本あったが、それでも未だ未だ足りない。それで今度は千本買いました。三千六百本ですね。やっぱりミロクですね。箱根のツツジも三百六十本。こっちが三千六百本。それから梅が結局三百六十本になります。やっぱり、ミロクに何うしてもなっちゃうんですね。だから、三千六百本一山に植えると言うから、到底日本の何処にもないに決っているからね。あれは将来日本の名物になって、一ぺんは日本中の人が必ず見に来ますですね。それからメシヤ会館ですが、会館もこの間技師が図面を持って来ました。どうも気に入らないのです。どうもああ言う人物は、之(鼻)がありますからね。だから、こっちが言っても、その通りに中々やらないです。やっぱり自分の個性を出そうとする。その人は芸術院の建築の方の受賞者になった吉田五十八と言う人です。兎に角あの人は美術学校の教授で、今度の美術賞を貰う位ですから、設計家としては日本一ですが、けれどもこの人は日本建築を研究しているんです。その点に私と一寸喰違う。私はずっと新しい処を狙ってますからね。外国よりか新しいものを狙っている。だから喰違う。でもあの人は新しい方です。日本の新人でね。歌舞伎をやっている位ですからね。私の方が異っているので、先の方が異って来るんですね。私は何うも解らないから、先生一つ画いて下さいと言うので宜敷いと言って、今度図の専門の者を呼んですっかり命じましたからね。お気に入る迄何回でもやりますからと言うので、今度は気に行ったものが出来ますがね。そうしたら見せます。之は、相当良いと思うんです。で、メシヤ会館は大分拡くなったので、結局椅子席が二千人は出来ます。それから廻りの廊下に立ったのが千人位出来ますから、三千人位は大丈夫収容出来ますね。それより多くなったら、外の廻廊が六尺幅で、ずっとコンクリートになりますから、そこにも相当立てますから、何んだ彼んだと五千人位は収容出来ますね。その代り、外に廂を作らなければならない。屋根がなくちゃいけない。そこで硝子の廂でずっと取りまく――四十何間の硝子の廂が出来る。然し今硝子は非常に進歩してますから。間数の長いのは平気ですよ。どの位でやれますか――兎に角長さ三十間迄やれるんですからね。新しい硝子の設備は最近出来たんです。網硝子ですがね。玄関は三間四方位の天井にする積りです。硝子の廂でね。色々の点は――中々難かしい点なんです。そう言うのは今迄誰もやった事がないんですからね。宗教建築じゃないからね。耶蘇教式――キリスト教式の物をやるなら、今迄出来ているから訳ないんですがね。こっちは余興もやらなければならないから、舞台の設備もやらなければならない。舞台と言うのは娯楽で、拝むと言うのは宗教ですから中々苦労が要るんです。外殻も、今の吉田と言う人のは、丁度今の――現代人の感覚なんです。私の方はもっと先ですからね。先方のは、幾らか劇場気分があるんです。私の事を言うと、私のは銀行式になっちゃうと言うんです。そんな様な具合で、銀行式とか官庁式とか映画館式と言う、それを避けなければならないので、外郭が難しいと言うんですがね。それもちゃんといく積りです。それから展望台なんか、いろいろお話がありますが、之はこの次にして。
そんな事を色々言うと金は大変かかりますよ。処が之は、信者さんは屹度心配するだろうと思いますがね。之は、心配御無用で良いんです。中々――それに、金に苦しむとか、心配すると地獄ですからね。やっぱり、天国を造る宗教が、地獄の苦しみをしては逆ですから、神様はそんな気の利かない事はしないから大丈夫です。と言うのは、大抵知っているでしょうが、鉱山の方が旨くいったんです。素晴しい脈をぶち当てたんです。之も不思議なんですね。私が去年一ぺん水上温泉のある水上に行った処が、あそこに――温泉に行ったんじゃない――山を見に行ったんです。その時、昔見付けた処で、二、三寸幅のしみたっれな――まあ鉱石は良いんですが――細いですからね。之から下に行くと拡い処があると言うんで、下をやらせ様と思った処が、昔――二、三十年前に掘った事があるんです。何人かやって、全部其処で失敗し身上をつぶしたと言う話が村人の間にあるんです。それで、下に十間許り行くと、五尺の六尺の、五六と言って―之は立派な坑道です。それで掘った処が駄目なんで、力尽きて止めちゃったんです。で、私の見当では、其処をもう一息寄ればぶつからなければならないと言うので、やらせたんです。四、五尺行くとパッと当ったんです。骨と言うものの、一つの神秘性があるんですね。その当時にもう四五尺掘ったら、大変な事になったんです。其処で力尽きたんです。神様は旨くね。見本の石は一尺ない位ですね。五六寸で、殆ど金属許りでね。何しろ七貫八百匁ですからね。何んと言っても金許りですからね。鉛と亜鉛と銅ですね。普通鉱石と言うのは、鉱石の間に金があるものです。良い物でそうなんです。処がこっちは、金の間に石があるんです。この間、神岡鉱山と言うのがありますが、あれは日本一の鉛、亜鉛の山ですからね。其処の技師に見せた処が、日本一だと折紙つけましたがね。私なんかも、見た事もないし、想像もつかない石で――余り良いんでね。四月一日から此処の処に飾りますからね。今度来れば見られますがね。それは大した物です。之は鉱山の知識のある人が見たら吃驚りしますよ。
処が、そう言う素晴しい物をぶち当てて―未だ大して深く掘りませんが、段々深く掘ります。それは堅杭を掘る様に準備してます。量も、私の鑑定では一万噸は大丈夫だと思ってます、処が、直ぐ売ったら金になるかと言うと、金になるけれども、大変損なんです。先に良い様に儲けられちゃうんですね。つまり鉱山会社の方にね。と言うのは、そう言うのは何んなにでも誤魔化せるんです。だから、どうしても分析して、つまり選鉱しませんと非常に損なんです。銅は幾ら、鉛は幾ら、亜鉛は幾らと分離して、その分丈売ると、非常に儲かって、先も面倒臭くないものだから、先も喜んで要求して来る。だから、そう言う選鉱機が必要なんです。それも去年買ってあるんです。未だすっかり組立ててない。少し足りない部分があるので、それを至急注文して、それを据附けて、運転が出来る様になるのは、どうしても二、三カ月掛るんですね。それ迄鉱石は掘って溜めて置くんですがね。今、銅丈なら直ぐに売れるんです。選鉱しなくても良いんです。下に行けば銅があるんです。こう下に行くのと、他の方で銅の脈があるのがありますから、其処を掘らしてますがね。そうすれば直きに売れるんです。
玆で一寸話たい事は、鉱山学と私の方は異うんです。今に私の方になりますが――之はやっぱり医学と同じですよ。鉱山学は幼稚なものです。時間がないからざっと話ますが、鉱山学と言うのは岩に亀裂がありますね。そうすると地から鉱液と言うのが自然に発生すると言うんです。鉱液と言うのは、鉱物の液体ですね。それが岩の亀裂に入って鉱物になると言う学説なんですね。処が、馬鹿々々しい学説でね。そんな――地から――丸で地に鉱物の製造工場があるみたいです。もっと面白いのは、交替鉱床と言って、鉛の方が何処かに行って、銅の方が地から出て来ると説くのです。そんな馬鹿な事を言っている。だから鉱山の技師が幾ら採鉱しても、成功する訳がないんです。電気採鉱をやれば良いですがね。電気採鉱は未だ日本では不可能です。石油とか鉄とか言うのは良いですが、銅、鉛と言うのは電気採鉱は駄目です。じゃ何う言う訳で鉱物が出来るかと言うと硬化作用です。土が硬化して石になる。石が硬化して金になる。金の内でも、硬いのと軟いのがありますから―鉛なんて言うのは、充分硬化してないのです。亜鉛が硬化して銅が発生して来る。硬化作用と言う事を、鉱物学は知らないんです。ですから仮りに、粘土が硬化した物が鉛になるんです。良く似ているでしょう―鉛と粘土はね。それから赤土が硬化した物が、褐鉄鉱ですね。茶色の鉄鉱です、それから、赤土でもない、粘土でもない、白土がありますが、それが硬化すると銅が発生するんです。その硬化作用と言う事を知らないからね。そこで、圧力の強い程硬化作用が強いので、山の中央の下が硬化作用が強いから――今掘っているんですがね。鉛、亜鉛の山でも――今度堅坑を入れてやってますが、ちゃんと合ってます。私が言う通りやると、ちゃんとなる。だから、鉱山のある処なら成功しますよ。原理は今の浄霊と同じですよ。大変時間が径(経?)っちゃったね。もっと話したい事があるが、いずれ段々話します。
お祭中は浄霊しない積りだったんですが、非常に期待して来た人が多いんで、是非やって呉れと言うものですからやる事にしましたがね。多いから時間が何時もの倍位掛りますから、二十分位掛りますからね。
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